第百二十三話 ありがとう、頑張ります。
表彰式も終わり、優勝トロフィーと小さなメダルを貰った俺たちは全員で家路に着く。瑞穂と藤原と秀明が先頭、その後ろに藤田と有森、続いて涼子と智美、最後に俺と桐生の並びで歩いていると、不意に桐生が声を掛けて来た。
「……お疲れ様、東九条君」
「……お疲れ。それと……ありがとな」
「なにが?」
「俺の我儘でバスケの試合に付き合って貰って。練習もさせたし……申し訳なかったな、って」
色々あったが、結果的には最高の結果だろう。優勝は出来たし、瑞穂はバスケを――正確には、後悔をしない選択肢を選ぶ事が出来た。これも偏に桐生をはじめとしたチームメイトの尽力のお陰だろう。
「……そんなに気にしないで良いわ。私自身、少しだけ楽しんでいたのも否定できない事実ですもの。だから、お礼を言われる程の事じゃないわ」
「……いや、それでもだよ」
「そう」
俺の言葉に、しばし考え込む様に人差し指を顎に当てて考え込む。
「……それじゃ、なにかでお返ししてくれるかしら?」
「……高いモノは勘弁して貰えれば……」
「馬鹿ね。お金で買えるものが欲しいワケじゃないわよ。何かの時に、私にお礼をしてくれたら良いわ」
「……逆に怖くね?」
「そうでも無いわよ? そんな大したことをお願いするワケじゃないもの」
そう言って可笑しそうに笑う桐生に首を竦めて見せる。と、一番前で松葉杖を付きながら歩いていた瑞穂がこちらを振り返った。
「ええっと……個別にはお伝え致しましたが……今日は皆さん、ありがとうございました」
ペコリと頭を下げて微笑む瑞穂。
「……理沙や雫から聞きました。浩之先輩が、皆に声を掛けて下さって……私がバスケを続ける……じゃないか、後悔をしない選択肢を選ぶ為に、皆さん沢山練習して、試合に出て下さったって。桐生先輩や、藤田先輩はバスケ未経験者なのに、私の為にそこまでしてくれたんだって聞いて……その、本当に感謝しています」
綺麗な笑顔を見せて。
「――私、バスケットを続けようと思います。リハビリはきっと辛いと思いますけど……皆さんが此処までして下さったんですから、私も負けてられません。私、負けず嫌いですし。だから一生懸命頑張ります! 皆さん、本当にありがとうございました!!」
もう一度、頭を下げる瑞穂。そんな瑞穂の態度に、藤田がきょとんとした表情を浮かべながら振り返った。
「ええっと……そうなのか、浩之」
「……なにが?」
「いや……この試合に出て優勝したかったのって、あの後輩ちゃんの為なの?」
「…………は?」
いや、あの後輩ちゃんの為って……あれ? 待てよ?
「……お前……もしかして、この大会なんで出てたか知らないのか?」
「知らん。いや、お前が優勝したいってのは知ってたけど……」
……マジか。
「アイツ、こないだ靭帯切ったんだよ。んでまあ、復帰するかどうかで悩んでたからな」
「ああ、だからブランクがあるお前が頑張って試合に出て優勝すれば、あの子もまたバスケを続けるんじゃないか、って話か?」
「正確には続けるにしても止めるにしても、後悔の無い選択肢を選んでくれれば良いって話なんだがな」
「ふーん」
そう言って少しだけ考え込むように中空を見つめる藤田。その後、ニカっとした笑顔を浮かべる。
「そうだったのか……でもやっぱ、お前良い奴だよな、浩之!」
「……なにが?」
「だってお前、後輩ちゃんの為にわざわざ皆を集めて練習して、試合に出たんだろ? しかも最後なんて完全にバテバテだったのに、それでもシュート決めてさ。すげーやつだよな~、お前」
「……お前もな」
むしろ藤田の方が良いヤツだと思うが。だってコイツ、事情も知らずに手伝ってくれてたって事だろ? どんな良い奴だよ、コイツ。
「……ほー……藤田先輩は理由も知らずに練習に付きあってくれてたんですか」
「理由は知らんが……でもまあ、浩之が困ってたからな。ツレが困ってたらそりゃ、手助けするだろう、普通?」
瑞穂の言葉にそう返す藤田。その言葉を聞いて、瑞穂がニマニマした笑顔を浮かべて有森を見やる。
「……ふ~ん。雫の気持ち、ちょっと分かったかも~。良い人じゃん、藤田先輩」
「……ニマニマ笑うな、ムカつく」
ぷいっとそっぽを向く有森。そんな有森を面白そうに瑞穂が見つめていると、有森がチラリと瑞穂に視線を戻した。
「……盗っちゃ、ヤダよ?」
「とらないよ~。藤田先輩、良い人だと思うけど恋人にはどうかと思うし~」
瑞穂はそう言うと、楽しそうにこちらに視線を向けて。
「そもそも私、浩之先輩ガチ勢だし。『ちゅー』もしましたもんね~、浩之せんぱーい」
「「「……あん?」」」
『ひゅ』ってなった! 何処がとはいえんが『ひゅ』ってなった!
「……どういうことかしら、東九条君?」
「『ちゅー』したってなに? 浩之ちゃん?」
「言い訳があるんだったら聞くけど? ヒロ?」
「ご、誤解だ!」
三者三様、射貫くような視線を向けて来る。そんな視線に耐え切れず、俺は逃げる様に視線を瑞穂に向ける。
「瑞穂!!」
「えー? 嘘じゃないじゃないですか~。まあ、ほっぺですけど?」
「……ほっぺに」
「……ちゅー」
「……」
「まあ、お礼ですよ、お礼。私の為に此処までしてくれたんですから……お礼ぐらいはしても良く無いですか、先輩方?」
にまーっと笑って涼子、智美、桐生を見やる瑞穂。『ぐぐぐ』と言わんばかりの表情を浮かべる三人を面白そうに眺めながら。
「浩之先輩には『妹分』って言われましたけど……まあ? 浩之先輩ってシスコンの気もあるし、年下大好きだと思うんですよね~。なもんで、今まで以上にガンガン攻めますから!」
「「「……」」」
……瑞穂。お前、恩を仇で返すって言葉、知らんのかよ……
「……ズルく無い、浩之ちゃん?」
「……ねえ? ズルいよね? 桐生さんもそう思うでしょ?」
「ず、ズルいとか……ただ、なにかしら? ちょっと納得いかないんだけど?」
三人にじとーっとした視線を向けられて。
「……勘弁してくれ」
先頭で楽しそうに――それ以上に、穏やかな笑顔を浮かべる瑞穂に俺はなんだか納得が行かないながらも……それでも、瑞穂のあんな笑顔が見れたのなら、まあ良かったかなと思い苦笑しながら、大袈裟にため息を吐いて見せた。
「あ! そう言えば、さっき抱きしめても貰いました!」
「「「……はぁ?」」」
……マジで勘弁して?
くぅ疲。第三章終了です。
第三章、如何だったでしょうか? 『瑞穂編って言いながら、本当に瑞穂編?』みたいな感想もあるかと思いますが……まあ、瑞穂編です。
今回は私的には初となる『スポ根』モノでした。一章、二章とはガラッとイメージも変わったんじゃないかと思いながら、それでも楽しく書けましたので……個人的には良かったと思います。後、バスケットに関してですが、作者の知識的には藤田君に気が生えた程度しかないです。バスケも体育以外やった事ないですので、『いやいや、違うって!』って思われても温かい目で見て頂ければ幸いです。ラグビーと剣道しかした事ないので。
さて次回は第四章、このお話も最終章になります。最終章のメインヒロインは当然、皆大好き悪役令嬢桐生彩音さんです。ようやく登場の本家のお嬢様とかブラコン妹とか登場予定です! 今までのが糖分少な目だったのでベッタベッタに甘いの書いてやろうと思ってマッスル。まあ、次回投稿は番外編的な『幕間』をやろうと思っていますが。皆気になりません? 藤田君と有森さんとか。
そういう訳でこのお話ももうちょっとでエンディングです。最後まで頑張りますので、皆様よろしくお願いします~。




