第百二十話 彼もまた、最強チームの一人
タイムアウト終了後、一様に砂を噛んだ様な表情を浮かべるチームメイトに見られながら俺と桐生はコートに戻る。第三クオーターは残り三分。第四クオーターの八分を加えても十一分だ。六十八対五十二と点差は十六点、セーフティとは言えないまでも、まずまず点差はある。
「……このまま行けば良いわね」
「お前、それ、フラグだぞ?」
ポロリと零した桐生の言葉に突っ込む。いや、別にフラグを信じる訳では無いが、こういう事はちゃんと験を担いで置かないとどうなるか分からんからな。
「ごめん。でも……今までのペースなら」
「……確かにな」
後半が始まってから精彩を欠いている向こうの面々だ。一分間のタイムアウトで何処まで建て直せているか、だが……顔を見る限り、水杉は疲労が抜けて無いし中西はイライラしている様に見える。木場はこっちを睨んでいるが……まあ、それは置いておいて。
「……油断はするなよ? そうはいっても向こうは全国常連校だからな。一年とはいえ」
「分かってるわよ。貴方もね」
軽く手を打ち合わせて、俺はマークに付くために木場の元へ。憎々し気にこちらを睨む木場に肩を竦め、黙々とマークに励む。
「……ムカつきますね、先輩。絶対抜いて点を入れてやります」
そんな俺に敵意むき出しで言葉を放つ木場。正直、さっきのは『言い過ぎたかな?』と思ったが……ふむ。コイツがこういう性格なら、ちょっと試して見るか。
「やれるものならやってみろ」
「その言葉、後悔しないで下さいよ?」
相変わらず精彩を欠くオフェンスをする水杉から木場へパスが渡る。明らかなミスマッチであるにも関わらずこっちにパスを放るあたり、この一分間の休憩で冷静さは取り戻せてない様だ。
「……来い」
「言われなくても!」
ドリブルでカットインを仕掛けて来る木場。ポイントガード上がり、確かにドリブルは巧い。『抜いて見せます!』なんて言ってはいたが、それでも試合を優先してか確実にパスコースを探す目の動きをしている。良いガードだ。
「……おいおい? 抜いて見せてくれるんじゃなかったのか?」
――だからこそ、煽る。
「……」
「ワン・オン・ワン中にパスコースを探すあたり、やっぱりガードだよな? フォワードならガンガンドライブかけて点とって来るし」
「……うるさい」
「ほら、観て見ろ? 水杉、フリーだぞ? パス、出さなくて良いのか? どうせお前、俺を抜けやしないんだし……」
……『逃げて』良いんだぞ、と?
「煩い!!」
激情した様にドライブを掛ける木場。が、そんなドリブルでは抜かせない。少しだけ体を詰めて激しくマーク。
「ほれ、抜いてくれるんじゃなかったのか? それともアレか? 俺がお前らのポイントガードみたいに、緊張して動けなくなると思ったか? 残念。さっきも言ったけど、お前ぐらいの女じゃドキドキしねーよ。桐生並みの良い女になって出直して来な?」
いわゆる、『トラッシュトーク』というヤツだ。試合前、或いは試合中に相手に対して挑発したり野次ったりする作戦である。まあ俺自身、あんまり使い慣れてはいないが。
「だったらシュートを打てばいいんでしょ!!」
効果はあるっぽい。憤怒の表情でこちらを睨む木場に、俺は意識的にヘラヘラと笑って見せる。
「どうぞ。ああ、ハンデだ。飛ばないで置いてやろう」
「っ! 舐めないで!」
シュートモーションに入る木場にもう一歩、体を詰める。
「ほれ、打ってみろよ?」
「っ!!」
一歩の詰めで少しだけバランスを崩し、さらに俺の言葉で怒りそのままシュートを放つ木場。力加減も、軌道も、シュートフォームのそのなにもかもがバラバラ。流石にこれじゃ入るものも入らない。意外……でもなんでもないが、ショットはメンタルの部分が大事だからな。
「っく!」
「約束通り、飛ばないでやったのに」
打った瞬間に自分でも分かったのだろう、木場が俺の言葉に悔しそうに唇を噛む。ゴール下には秀明、藤田、中西の三人。リングに弾かれたボールに、三人が同時に飛びつこうとジャンプをして。
「……え?」
その隙間を縫う様に、『にゅるり』と長い手が伸びた。三人の伸ばした手の間をまるで嘲笑うように掻い潜ったその手は弾かれたボールを空中で掴むと、リングにそのまま叩き込む。
「……」
リングにぶら下がる事をよしとせず、淡々と手を離してこちらを射貫くような視線を見せるその男は、今まで全く目立たなかったセンターの小林だった。
「……マジかよ」
あいつ、ゴール下に居なかったぞ? なのにあそこまで走った上で、三人からボールを奪ってダンク決めて見せたのかよ。
「……! き、切り替えよ! さあ、プレイ再開よ!」
ゴールに入ったボールを拾って桐生がエンドラインに立つ。そのパスを受ける為に、俺は木場からマークをずらして。
「――なっ!」
エンドラインに立ってスローインをしようとした桐生から驚愕の声が漏れる。目の前で両手を広げて立ち塞がった小林の行動に。
「……っく!」
「……」
小柄な桐生に対し、バスケのセンターを務める程の大柄な小林。桐生の視界はすっぽりと隠され、パスコースを探す事もままならない。
「……」
今まで全く動くことの無かった小林の意外なプレイに、俺も思わず思考を止める。無論、俺だけではない。秀明も、智美も、今までディフェンスではゴール下で立ち塞がっていただけのこの小林の行動に一瞬、虚を突かれて動けていない。つうか、そもそもセンターが真っ先にオールコートを仕掛けてくるという『常識』が俺らには無い。
「……っ! 不味い!」
時間にして二、三秒。だが、バスケットに取って致命的なそのタイムロスに気付いて俺は桐生めがけて走り出す。
「桐生! 出せ!」
「東九条君! だ、ダメ! 出せない! 弾かれる!」
「良いから! 早く――」
ピーっと。
「え? え?」
……バスケでは、シュートが決まった後のエンドラインから五秒以内にボールをスローインしないとヴァイオレーションというファールを取られ、相手チームにボールが移る。審判に促されるままボールを渡し、まるで狐に抓まれた様なきょとんとした表情を浮かべる桐生。
「……失敗した」
完全に教えるのを失念していた。桐生がボールをスローインする機会も無いし……あっても、このケースを想定してなかったからだ。完全に俺のミスだ。
「こ、小林! ナイス!」
「よ、良くやった、小林!」
茫然とその光景を見守っていた水杉と中西が口々にそう言って小林の肩を叩く。チームメイトのそんな祝福を受けながら、審判から受け取ったボールを水杉に渡して。
「――勝ぁーーーーーーーーーーーーつ!!」
今まで目立たなかった小林の、腹の底からの咆哮が体育館に響いて。
「……やべーな、これ」
試合の『潮目』が変わった事を、俺は悟った。




