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第百十九話 タイムアウトってこんな雰囲気じゃないからね? もうちょっと真面目だから。


 バスケットでは試合中に何度か『タイムアウト』という作戦タイムを取る事が出来る。細かいタイムアウトの取り方は大会のレギュレーションによって違うが、この大会では第一クオーターと第二クオーターの前半で二回、第三クオーターと第四クオーターの後半で二回の計四回取る事が出来る。出来るがまあ、男子の部とか女子の部の少しだけガチ気味な試合ならばともかく、レクリエーションの域を出ないこの男女混合の部でのタイムアウトは初めての経験だ。

「……」

 ……本来ならタイムアウト中に作戦を考えたりするのだが……俺の隣で不機嫌も露わにむすっとした表情を浮かべる桐生のせいでなんとなく空気が居た堪れない。あれ? タイムアウトってこんな殺伐としてたっけ? 他のチームメイトは俺らから距離取って遠目で見てるし。薄情な奴らめ!

「……鼻の下」

「……はい?」

「鼻の下、伸ばすなって言った」

「……伸ばしてないんですが……」

「嘘ばっか。あの子、可愛らしいもん。マッチアップの度にニヤニヤしてたじゃない。気持ち悪い」

「気持ち悪いって」

 いや、そもそもニヤニヤなんかしてないんだが。そんな俺の無言の抗議にも、『むぅ』とした表情を浮かべたままの桐生。

「……なに話してたのよ?」

「なにって……取り留めのない話?」

「言えない様な事を話してたの?」

「いや、そうじゃないが……」

 ……どう答えようか?

「……ともかく、そんな大した話はしてない」

「……」

「……悪かったよ。試合に集中してない様に見えたか?」

「……そうじゃないけど……」

「それとも嫉妬か?」

 少しだけ揶揄い気味にそう言って見せる。俺のその言葉に、『キッ』とこちらを力強く睨む桐生。それも数瞬、ぷいっと視線を逸らした。



「……そうよ? 悪い?」



「……」

「……私には俺を見て置けって言った癖に、貴方は全然、私の方見ないじゃない。さっきも接触プレイしてイヤな思いをしないかって心配してくれて嬉しかったのに……その舌の根も乾かないうちに、ほかの女の子にデレデレしてたら、良い思いはしないわよ」

「……その……別にデレデレしてたワケじゃないけど……すまん」

「……ううん。別に私が怒る事じゃないし……本当にデレデレしてたと思ったワケじゃないのよ。でも、なんとなく、貴方があの子と話して、笑ってる姿を見て」



 ちょっとだけ、寂しかった、と。



「……」

 ……笑っては……ああ、まあ、苦笑ぐらいは浮かべたかも知れんが。

「……悪かったよ」

「……」

「……でもまあ、本当にデレデレはしてないぞ? つうか……むしろ、言ってやった」

「……なにを?」

「悔しかったら、桐生ぐらいの良い女になれ、って」

「……」

「……」

「……どういう会話の流れでそんな話になるの?」

「……どういう会話の流れだろうな?」

 多分、あの会話は迷子だったんじゃね? 首を傾げる俺に、桐生がようやくその顔に笑みを浮かべる。

「……ねえ」

「なんだ?」

「頭、撫でてくれない?」

「はい?」

「さっきね、ボール取った時に、水杉君の手が私の髪に触れたのよ」

「……はぁ」

「だから、頭撫でて?」

「……意味が分からんが?」

 なに? 此処でも会話が迷子なの? そんな俺に、少しだけ苛立った様子で桐生は。

「……なんとなく、嫌な気分なの。だから」



 貴方が、上書きして? と。



「……」

 子猫が頭を擦りつけるような仕草でぐいっと頭を寄せて来る桐生。いや、桐生さん? 今はこう、神聖な試合中ですし、周りの視線も痛いですので――


「……だめぇ?」


 ――その上目遣いは反則でしょう? ため息一つ、俺は桐生の頭に手を乗せて優しく撫でる。

「……あ……ん……ふふふ……」

 頬を緩めて嬉しそうに微笑む桐生。その笑顔がとても綺麗で、思わず俺は視線を外す。顔が熱くなりそうだ。

「……恥ずかしくねえのかよ、お前?」

「なにが?」

「公衆の面前で頭撫でられて」

「馬鹿ね」

「なにが?」

「恥ずかしいに決まってるでしょ? 皆に見られて、子供の様に頭撫でられて」

「……んじゃ止めない?」

「ダメ」

「……なんでさ?」

「……こうしておけば、悪い虫が寄って来ないでしょ? 貴方、モテるみたいだし? こうしておけば『私のだ!』って主張出来るじゃない?」

「……虫って。つうか、別にモテて無いって」

「そう? でも、もしかしたらこれからモテるかも知れないわよ?」

「何を根拠に?」

「……バスケをしてる貴方、格好良かったもん。シュートも決めるし、ドリブルもパスも凄く上手。鈴木さんや賀茂さんが貴方に熱を上げる気持ちは分かるわ」

「……」

「……そして、私も」

「桐生?」

 少しだけ驚いて桐生を見やる。そんな俺の視線に気付いたか、桐生がにこやかに笑って見せた。



「――凄く格好良かったわよ、東九条君。貴方が許嫁で……私、とっても嬉しい」



「……そりゃどうも」

「あら? 照れてるのかしら?」

「……勘弁してくれ」

「やーだ。勘弁してあげなーい」

 楽しそうに笑う桐生。そんな桐生に肩を竦めて見せて。



「……なあ? あいつら、試合中になにイチャイチャしてんの?」

「……凄いっすね、浩之さんも桐生先輩も。恥ずかしく無いんですかね? いや、正直ちょっと見てられないんですけど?」

「……っていうか、桐生さん、ズルくない? いいなー。私もヒロに頭撫でられたーい!」

「欲望丸出しだな、鈴木……って、秀明? なんでお前ちょっと涙目なの?」

「いえ……なんとなく、『越えられない壁』を感じまして。つうか智美さん、マジ酷いっす。いえ、吹っ切れてますよ? 吹っ切れてますから、別に良いんですけど……それ、俺の前で言うの酷く無いです?」

「な、なにがあったか知らんが……な、泣くなよ、秀明。そ、そうだ! この試合終わったら、なんか奢ってやるから! な?」

「……藤田先輩、良い人ですね……」

「や、さめざめと涙を流すなよ!? え? なにこのカオスな空気? ちょ、待って? タイムアウトってこんな感じなの!?」



 ……向こうで騒ぐチームメイトの姿が視界に入った。つうか藤田、マジでごめん。今度なんか奢るから。


もう付き合えよ!

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― 新着の感想 ―
[一言] 恋愛すっ飛ばしてすでに新婚さんだからなぁ
[一言] 相手チームにしてみればまさに悪役令嬢
[一言] 僕が審判でこの光景を見せられたら、相手チームを贔屓しますね。() そんなことしちゃダメ?そんなの分かってますよ。分かった上でやるのが、(モテない)男でしょう!
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