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第百十八話 桐生さんの作戦。


 桐生のファールによるスローインから始まった一連の流れは桐生のボール運びからの俺、藤田、最後は秀明がゴール下でシュートを決めるというプレイで決着。スコアは五十五対四十二と点差は十三点。残り時間を考えれば、もう少し点差を広げて置きたい所ではある。

「……それじゃ、行くわよ?」

「……なあおい、本当にやるのか?」

「当たり前じゃない。心配しないで? ダメだと思ったら直ぐに止めるから」

「いや、その心配はしてない。作戦の成否はワンプレイで大体分かるだろうし……でもな? 俺が心配してるのはそうじゃないんだよ」

「そうじゃない?」

 きょとんとした顔で首を捻る桐生。お前、何にも分かってないな?

「……その、さっきみたいな接触プレイだってあるだろ?」

「そうね。でも、そういうものなんでしょう、バスケって?」

「いや、そうだけど……その、なんだ? こう……イヤな思いもするかも知れないし」

「……ああ、そういう事? なに? そんな心配してたの?」

「……まあ」

 俺の言葉に可笑しそうに笑う桐生。いや、お前な? 笑い事じゃないぞ?

「……大丈夫。そんな事で私は全然、傷ついたりはしないわ」

「……」

「……東九条君?」

「……俺が、嫌なの」

「……」

「……」

「……ふふふ」

「……なにがおかしい?」

「いえ……ちょっとだけ嬉しくなって。そうね。そうならない様に気を付けるわ」

「……そうしてくれ」

「でも、それは貴方もよ? 鼻の下伸ばしたプレイなんかしてみなさい? 許さないわよ?」

「するか。それじゃ……行くぞ? ヤバくなったら直ぐに言えよ?」

 そう言って腰の所で手を打ち合わせる。俺にもう一度笑顔を見せると、桐生は自身のディフェンスのポジションに向かった。

「……」

 まあ……桐生の言う事に一理はあるのだ、確かに。


『――次のプレイのディフェンス、私が水杉君に付くわ』


 無論、リスクはある。


『さっきの接触プレイで思ったの。カレ、バスケ上手いでしょ? なら、多分小さい頃からバスケばっかりしてたと思うのよね』


 だが……試して見る価値もあり、それが後生大事に抱えて置くほどのカードでは無いのは確かだ。


『水杉君、さっきの接触プレイで私に覆い被さったでしょ?』


 ならば――早めに切ってしまえ、という考えも分かる。




『――カレ、顔真っ赤にしてたわよ? きっと、『女子慣れ』して無いのよ。つまり……私がマークに付けば、きっと今までみたいなドリブルでカットインは出来ない。藤田君が有森さんの胸を触って、まともなプレイが出来なかったみたいにね?』




 ……以上、回想終了。確かにあの時の藤田なみのプレイレベルまで下がれば儲けものではある。なんせ、パスの起点は水杉にあるし、それを完全に抑え込めればかなりのアドバンテージにはなるが……

「……」

 いかんせん、何とも言えない『もやっ』感があるのは事実だ。そうはいっても接触プレイが少なからずある以上、桐生の体を水杉が触るってことで……なんとなく、嫌な感じだし、それを差し引いてもこう……なんだろう? 桐生に『女』をウリに勝負をさせている様で、あんまり良い気がしないのは事実だ。あの気高い桐生を、そんな事で貶めて良いのか、という気持ちもある。

「……まあ、アイツが決めたんだ。従おう」

『気を付ける』って言ってたしな。もし水杉が変な事したらぶっ飛ばしてやれば良いし……そもそも、作戦は失敗の可能性も――


「――なっ! な、なんで貴方が!?」

「来なさい、水杉君! 私が貴方を完全にマークしてあげるわ!」


 ――無かった。明らかに狼狽した様に、腰が引けたドリブルをする水杉に桐生の顔からこれ以上ない笑みが浮かんでいるのが見て取れた。


◇◆◇


 桐生の作戦はドンピシャで当たった。まさに有森を前にした藤田状態、水杉のプレイは完全に前半とは別物と言って良かった。

 まず、ドリブルで切り込むことを一切しない。桐生が少し強めにチェックに行くと、直ぐに後ろに下がり、過剰なまでに接触を避けようとする。当然、そうなれば攻め手を欠いた水杉のパスは精度を落とし、楽々とカットされる。シュートを打とうにも、桐生のディフェンスを意識してか切り込めてない位置からの中途半端なシュートだから当然落ちる。向こうの小林と中西がなんとかオフェンスリバウンドを拾ってシュート決めているから点差こそ開いていないものの、このままでは早々に崩壊するであろうことは誰の目にも明らかだった。

「……はぁ。情けないですね」

「……なんなの? おたくのチーム、マークに付いた相手に話しかけないといけないルールでもあんの?」

 桐生が水杉のマークに付いている以上、俺がマークに付く相手は桐生の元マーク相手である木場だ。そんな木場は詰まらなそうに俺に話掛けて来る。なんなの? 暇なの?

「暇に決まってるじゃないですか。どうせ私と東九条先輩のマッチアップだったら私に渡しても無駄ですし。あれだけ舞い上がってる水杉君でもそれぐらいは分かるんじゃないですか?」

「……舞い上がってるのか、アレ?」

「あのポイントガードの女の人、綺麗ですもん。水杉君、完全に動揺してますよ。ホント、正南が聞いて呆れますよね? パワーフォワードは粗野でガサツな馬鹿。センターは無口で根暗。それで、ポイントガードはちょっと女子にマークされただけで舞い上がるドーテー野郎ですよ? 先が思いやられますね、正南も」

「……口、悪すぎない?」

 ドーテー野郎って。

「本当の事だから良いんです。それに比べてそちらのチームの男性陣は紳士ですね~。センターの子、聖上の古川君でしょ? イケメンだし、バスケは上手いし……優良株ですね」

「……まあな」

 良い奴だしな、アイツ。

「それに……貴方も」

「俺?」

「東九条浩之先輩、でしょ? 東九条茜ちゃんのお兄さんの」

「……知ってるのか、茜のこと?」

「入学して直ぐに遠征で京都に。そこで知り合いになったんです。試合もしましたよ?」

「へぇ。試合出れたんだ、アイツ」

「一年生同士の試合ですけど。茜ちゃん、凄く上手くて……その上で、楽しそうにバスケットをするんですね。試合後の懇親会でその話をしたら、『おにいの教えなんだ! 私にバスケを教えてくれたの、おにいだから!』って嬉しそうにしてました。それで、何気なく大会前にメンバー表見て『東九条』って名前でピンと来たんですよ」

「珍しい名字だしな」

「そうですね。で、試合を観て確信しました」

「試合を観て?」

「プレイスタイル、そっくりですよ? 茜ちゃんの生き写し……は、逆ですかね? 茜ちゃんが東九条先輩の真似をしてたんですね」

「……ポジション違うのにな、アイツと俺」

「似る所は似るんでしょ、多分。ポイントガード上がりって言ってましたし」

 そう言って笑った後、少しだけ羨ましそうに俺を見る木場。

「……なんだよ?」

「……茜ちゃん、良いな~って。こんな格好いいお兄さんが居て」

「……いい眼科、紹介しようか?」

 俺が格好いいって、目の病院か頭の病院行った方が良いんじゃねーのか?

「いい眼科、知ってるんですか?」

「いや……知らんけど」

「それじゃダメじゃないですか。それに、私目は良いんです。お兄さん、格好いいですよ?」

「……なんなの、その『お兄さん』って」

「ふふふ。私、一人っ子なんでこーんな頼れるお兄さん、欲しかったんですよね~。お・に・い・さ・ん?」

「……社会的に俺を殺すつもりか、お前は」

 ……見ろ。水杉を必死にマークしながらこちらをチラチラと視界に納める度に、憤怒の表情を浮かべる桐生を。社会的の前に、物理的に殺されるかも知れん。

「……ああ、それも良いですね~。なら、私がこっちで東九条先輩の気を引きましょうか? あのポイントガードの先輩みたいに。私、これでもそこそこモテるんですよ?」

 そう言って流し目を向けて来る木場。まあ確かに、可愛らしい顔立ちはしてるしスポーツしてるだけあって体の線も綺麗だし、モテるってのも嘘じゃないだろう。

「女子高なのに?」

「大会とかで」

「んじゃ、その辺で相手見つけときな。なんなら、試合後に秀明紹介してやろうか?」

「……なーんか、カチンと来ますね? 私、東九条先輩に話してるんですけど?」

 少しだけこちらを睨む木場に苦笑を浮かべる。

「東九条君!!」

 と、同時、水杉のパスを桐生がカット。そのまま、攻守交替とばかりにドリブルで一気に駆けだす桐生。



「――ま、お前じゃ役者が足りねーよ、木場」



 そう言い残し、俺は木場を置いて相手コートめがけて走る。今日の俺の定位置、スリーポイントラインに足を揃えた所でドンピシャのパスが手元に届いた。

「絶対に決めなさい! 外したら許さないわよ!!」

 余程お怒りなのか、桐生の檄が飛ぶ。きっと、俺と木場の会話が気に喰わないんだろうが……完全に、冤罪じゃない?

「……外さねーよ」

 俺の手から放たれたシュートは綺麗な放物線を描いてゴールネットを揺らす。ようやく自陣に戻って来た木場の、睨むような視線を受けて俺は肩を竦めて見せる。

「……どういう事ですか、役者が足りないって」

「言葉通りの意味だよ。お前、俺のチームメイト誰か分かってんのか?」

「……あそこで今にも貴方を射殺さんばかりに睨んでる人でしょ?」

「……」

 ……うん、桐生。美少女がしちゃダメな顔してる。笑顔に!

「……まあ、そういう訳だ」

「どういう訳ですか!」

「だから」

 ずんずんとこちらに向かって来る桐生を親指で差し。



「――あんな美少女と一緒に居るんだぞ? ちょっと可愛いぐらいのお前の魅力なんて、霞むに決まってんだろうが。俺を靡かせようと思うんだったら、桐生ぐらいの良い女になってから出直して来い」



「――っ!」

 唇を噛みしめてこちらを睨む木場にもう一度肩を竦めて。


 ……さて、どうやって言い訳をしようかと内心びくびくとしている俺の耳に、『タイムアウト!』という審判の声が響いた。


「……」


 ……ああ、なるほど。俺の一分間の地獄が始まるのね?


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― 新着の感想 ―
[一言] さて、ほんとに一人で済むのかなぁ?
[良い点] このあと正妻、いや制裁タイムですか…(←) くれぐれもプレイに精細欠くことのないよう…
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