表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

125/414

第百十六話 『仲間がいる』という、心強さ


「……はぁ……しんど」

 第一クオーター、第二クオーターが終了し、今はハーフタイム。頭からタオルを被った俺がチラリと視線をスコアボードに向けると、そこには『三十二対三十六』のスコアが。つまり、このわずか八分でこちらが十二点稼ぐ間に倍の二十四点を奪われて逆転を許したって訳だ。

「……ヤバいね、ヒロ」

「……本当にな。まあ、簡単にいくとは思って無かったが」

 この十分間のハーフタイムでどれだけ逆転の策を練れるか、だが……正直、ちょっと厳しいのは厳しい。

「……っていうか、ヒロ? アンタ、体力大丈夫? 凄くしんどそうだけど?」

「……そうだな。正直、口の中が血の味がしてる」

 水杉の作戦――あの『藤田のマークを水杉がする』という作戦により一気に攻撃のパターンを奪われた俺たち……というか、俺。桐生は流石に相手のシューティングガードを抜いて攻める程の力量は無いし、智美や秀明にはぴったりとマークが付いていてパスの出しようが無い。結局、攻め手を欠いた俺が一人でドリブルで切り込んでシュートを、或いはロングレンジでシュートを打つ展開なんだが……これが結構キツイ。

「……馬鹿力なんだよな、アイツ」

 腕に着いた青あざを見ながら一人愚痴る。流石パワーフォワードと云ったところ、身長も高いし力も強いんでちょっとした接触プレイでもガシガシ体力を奪われる。つうか、殆ど当たり屋だぞ、中西。

「しかもあの子、第二クオーターから手が付けられないわね。シュートも決まってるし……」

「ディフェンスがストレスだったんだろうな。気分屋っぽいし、藤田に良いように走り回られたのが溜まってたんだろう」

 ああいうタイプは一度当たりだしたら手が付けられないからな。このまま、ずっと調子が良いと困りものだ。

「……なんか作戦、ある?」

「……考え中。でもまあ……正直、上手い案は浮かんでない」

 なんといってもあの水杉、かなり巧い。中からも外からも打って来るし、パスも一級品。バスケセンスもあり、視野が広いからかマークの甘い選手を見つけるのも上手だ。正直、付いて行くだけで精一杯だ。

「……くそ」

 ……現役バリバリでやっていたら、きっと、もっと付いて行けてた。ディフェンスの入り、オフェンスの攻め方、シュート、パス……レベルの高い選手と当たれば分かりすぎるほど分かる、初動の遅さ。ワンテンポ遅い、というのを感じながら、それに体が付いて行かない情けなさ。

「……無駄な時間を過ごした、かな」

「……ヒロ」

「……俺がずっと現役でやっていれば……バスケを辞めて無ければ、きっと付いて行けてたのに」

 頭からタオルを取り、ぼんやりと天井を見つめる。視線を左右に移してみると、二階の観客席には決して少なくない観客が集まっていた。あの中の何処かに、きっと瑞穂が居るのだろう。

「……瑞穂、観てるかな?」

「……理沙からは到着した、って連絡は来たけど……」

「……良い所を見せてやりたかったんだけどな、瑞穂に。これじゃ逆効果だな」

「……そんな事無いよ。ヒロは良くやってくれてるじゃん」

「……あんがとよ。でもまあ……流石に、此処から勝つ方法を探すのは難しいな」

「……諦めるの?」

「そんなつもりは無いけど……」

 だが、正直打つ手が無いのが本音の所だ。このチームの核になるのは俺だ。ポイントガードとして、水杉に勝たなければ、この試合には――


「東九条君!」


 少しばかり中空を見つめながら考え込む俺に掛かる声があった。桐生だ。

「……どうした?」

「私に! 後半は私にボールを頂戴! あのシューティングガードの子、きっと抜いて見せるから!」

 鼻息も荒くそう詰め寄る桐生。ちょっと落ち着けよ。

「抜いて見せるって……どうやってだよ?」

「こう、上手い事ドリブルをしてよ!」

「上手い事って……」

 ふわっとしてんな、お前。そう思い、苦笑を浮かべる俺に尚も桐生は詰め寄る。

「何を笑ってるのよ!」

「いや、別に笑った訳じゃないけど……でもな? 流石に『上手い事』ってのは無いだろ? あのシューティングガードの木場は結構良いディフェンスをしてるし、幾らお前が――」


「でも! 私がもっと決めてたらこんな展開になってない!」


「――……」

「この試合、私はまだ何にも出来て無いわ! 折角、貴方の役に立てると思ったのに……私は、何も出来ていない……」

 そう言って唇を噛みしめる桐生。

「そんな事はない。お前はよく頑張ってくれてる。相手が強いのは分かっていたことだし……そんなお前を上手く活かしきれてない俺のせいだ」

「貴方のせいの訳がないじゃない! 貴方はシュートも決めているし、ドリブルで中にだって切り込んでいる! あんなに身長差がある相手にも果敢に攻めて行ってるし、中学ベスト8のポイントガードと堂々と渡り合ってるじゃない!」

「堂々とは渡り合ってねーよ。付いて行くのがやっとだ」

「私は付いてさえ行けて無い!」

「それは……」

「東九条君、私は悔しいの。負けたくないの。だから――私にパスを頂戴。必ず、貴方の役に立って見せるから!」

そう言い切り、俺を見つめる桐生。そんな姿を茫然と見つめていると、俺の頭上に影が掛かった。

「……俺も、桐生の意見に賛成だ」

「……藤田」

「さっきのクオーター、俺は何にも出来て無い。水杉に完全に抑え込まれて、何一つ仕事をさせて貰えなかった。お前が俺の代わりに頑張って中西の相手をしてくれてるのを見てるのに、俺は何も貢献できてない」

「……それは」

「分かってる。あいつの方が俺よりも経験も、実力も、なにもかも上だろう」

 でもな、と。


「――負けてヘラヘラ出来る程度の練習をしてきたつもりはない」


「……」

「……何か作戦をくれ、浩之。なんでもする。なんでも出来る。だから、俺に、俺達に」

 勝利を、と。

「……ヒロはさ? 結構、自分を追い詰め過ぎなんじゃない?」

 唖然とする俺の肩を、ポンっと智美が叩く。

「……智美」

「別に貴方が水杉君に勝たなくても、桐生さんだって藤田だって、秀明だって……それに、私だって居るじゃん。ヒロが水杉に勝てなくても、私たちがフォローするよ?」

「そうっすよ! それに俺、前半はあんまり動いてないんで体力余ってますし? なんならオールコートでプレスとか掛けれますよ?」

 秀明もそう言ってこちらに笑顔を向けて来る。

「……お前ら」

「まさか諦めた、なんて言わないわよね?」

「おいおい、桐生? 俺らを此処まで焚きつけたヤツがさっさと諦めるなんて……そんなの、俺の親友失格だ」

「そうね。私の許嫁も失格よ」

 そうやって挑発的にニヤリと笑う二人。そんな二人に、俺も思わず笑顔を返す。

「……言ってくれるじゃねーか、素人どもが」

「おう。素人だ。だから、バスケの常識なんて分かんねーよ。こんだけ抑えられても、なんか勝つ方法があるんじゃねーかって思うぐらいにはな?」

「そうよ。ほら、あるんでしょ? なんか方法が。出し惜しみしないでさっさと言いなさい。なんでもこの『素人』がしてあげるわよ?」

 気持ちだけで、そんなに上手く行くワケがない。



「……上等だ。こき使ってやるよ」



 ――無いがしかし、この心強さはなんだろう?

「……秀明」

「はい?」

「お前、後半はパワーフォワードな」

「パワーフォワード……良いですけど、センターは? まさか藤田先輩がやるんですか? 流石に無理がありますよ? 身長差ありますし……」

 バスケットボールというスポーツはポジションこそあるものの、どちらかと言えばなんでも出来る選手の方が好ましいが、ことセンターに関しては専門職的な所が多分にある。ゴール下で黙々とリバウンドを取る職人肌の選手が多い事もあるし、何よりフィジカルの強さと身長が求められるポジションであるからだ。極端な例を言えば、身長二メートルのポイントガードはあり得るが、身長百七十センチのセンターは殆ど有り得ない、といった感じか。

「ディフェンスのセンターはお前がやれ。ただ、オフェンスではセンターのポジションに入る必要はない。ガンガン攻めて点を取れ。但し、必ず入ると思ったシュート以外は打つな」

「……どういう事ですか? オフェンスリバウンド捨てるって事です?」

「有体に言えばそうだ。藤田とお前、二人でパワーフォワードをやれ。センターの小林はゴール下から出てこないだろうから、お前と藤田の二人で水杉と中西のマークを引きつけろ。もし小林が出てきたら、お前はそのまま切り込め。小林、ずっとセンターの選手だろ? バスケ人生の振出がポイントガードのお前の方が、ワン・オン・ワンは強い」

 二人が頷いたのを見て、今度は視線を桐生に向ける。

「桐生はボール運びを頼む」

「私が?」

「そうだ。桐生はパスやドリブルはともかく、バスケIQは高い。状況判断能力も、それに視野も広いしな。小林がゴール下から出てこないで、藤田と秀明で掻きまわせば必ずチャンスが来る。そこで桐生はフリーの人間にパスを出せ。俺は藤田バリに走り回って、必ずフリーになるから」

「……木場さんを抜かずに、という事かしら?」

「そうだ。無理なドリブルをせず、ボールをキープする事だけ考えろ。そうしたら俺が必ずフリーでお前のボールを受けるから」

「……分かったわ」

「ヒロ、私は?」

「お前は桐生のフォローだ。ボール運びを桐生だけじゃ流石に難しいしな」

「それじゃ、私がボール運びしたら良いんじゃないの?」

「……技術はともかく、バスケIQはきっと桐生の方が高い」

 どっちかって言うと智美は野生のカンで動くタイプだし。

「……ぶぅ」

「別にお前を貶めてる訳じゃないぞ? 適材適所だ」

「……分かったわよ。それじゃ、そうするね」

「ああ。さっきも言ったが、桐生。俺が必ずフリーになる瞬間を作る。その瞬間を見逃さず、俺にパスをくれ」

「……貴方から目を離すな、って宣言かしら?」

「そうだ」

「……」

「……なんだよ?」

「いえ……なんか、ちょっと情熱的ね? 『俺だけ見てろ』って事でしょ? きゅん、ってしたわ」

「……茶化すな」

「冗談よ。でも……そうね、目を離さないで置くわ。だから」



 ――格好いい所、見せてね? と。



「……ああ」

 そう言って微笑む桐生に、俺は親指を立てて。



「任せろ――オフェンスリバウンド? なにそれ、美味いの? ってぐらい、全部スリー、決めてやんよっ!」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] バスケ未経験者ですが、この小説でバスケのポジション名が勉強できました! [一言] 東九条君の作戦をスラムダンクで例えると、ゴリがリストラされて桜木が2倍に増殖したような感じであってますか?…
[一言] 桐生さんは知らないかもしれないけどBGMで大黒摩季が流れてるやつだコレ 総合力では勝てないからこそ尖った処をいかして行かないとね
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ