第百十五話 動き出したポイントガード
「……ふう」
第一クオーターが終了し、スコアは二十対十二で俺ら『瑞穂と愉快な仲間たち』チームがリードしていた。
「お疲れ様、東九条君」
「お疲れ、桐生。ナイスプレイ」
俺の言葉に桐生が少しだけ顔を顰めさせる。どうした?
「……全然、ナイスプレイじゃないじゃない。相手の子には完全に抑え込まれているし……抜かれたし、スリーポイントも決められたわ」
桐生のマッチアップである木場は本職ポイントガードらしいが、流石に東桜女子に入学する一年、しかもこの試合でシューティングガードで出て来るだけあってシュート力も高かった。
「……流石に相手も初心者じゃないからな。そりゃ簡単には行かないさ」
「……でも、藤田君は良くやってるじゃない」
「……まあな」
対して、藤田の活躍は予想以上だった。相手チームのパワーフォワードである中西にディナイしてパスを通させず、仕事をさせない。オフェンスはオフェンスで、例の『犬』作戦で散々にマークを引っ掻き回してフリーを狙う。流石に相手もさるもの、フリーにはなれずシュートチャンスこそ無いも、藤田の動きに散々掻きまわされた相手チームは秀明や智美からマークを外す事も多く、その分フリーになった一人がシュートを決める展開が続いていた。良い傾向だ。
「……ま、それはそれだよ。相手チームとの相性もあるしな。藤田には合ってたんだろ。見ろよ?」
視線を相手チームのベンチに向ける。と、そこでは乱暴にボトルから水を飲み、そのボトルを叩きつける様に地面に投げる中西の姿があった。
「……アイツ、段々熱くなって来てるしな。このままファールトラブルでも起こしてくれりゃ最高だが……」
流石にそんなに上手くは行かないだろうけど。
「……私ももう少し活躍出来たら良いんだけど……」
「充分だよ。さあ、第二クオーターも頑張ろうぜ」
少しだけ落ち込んだ桐生の頭をポンポンと二度叩き、俺も椅子から腰を上げて視線をコート内に向ける。なんとも言えない高揚感を抱えたまま、知らず知らずの内に俺の口から言葉が漏れる。
「……さて……それじゃ次はどう攻めるかな?」
……久しぶりだよな、この感覚。ワクワクするような、ドキドキするような……そんな感覚を抱いたまま、俺はコート内に足を踏み入れる。と、そんな俺の肩をポンっと叩く手があった。藤田だ。
「お疲れ、浩之」
「おう。藤田、ナイスプレイだ」
「さんきゅ。なんだろう? 今日俺、凄く調子良いぞ」
「……そうだな」
「まあ、流石にフリーにはさせて貰えないからシュートは打てないけど……でもまあ、アレで良いんだろ? 俺の仕事って」
「充分だよ。第二クオーターも期待してるぞ?」
「おう!」
俺の言葉に親指をぐっと上げて藤田がコート内に入る。さて、それじゃ俺も頑張りますかね。
「……」
ボールは相手チームから。ボールを持った水杉はそのままセンターコート付近にドリブルを進める。
「一本。大事に取って行こう」
片手をあげてそう声を掛けながら視線だけでパスコースを探しているのが目の動きで分かる。
「……木場さん!」
俺の身長のはるか上を飛ばすパス。シューティングガードの木場に渡ったパスを受け、木場はゴールに向けてドリブル。
「抜かせない!」
そんな木場の前に立ちふさがる桐生。木場はそんな桐生をチラリとみて、尚もドライブを掛ける。
「桐生! 無理に止めるな! ファール貰うぞ!」
「っ!」
俺の言葉に、体ごと止めに入ろうとしていた桐生がすんでの所で体を止める。あからさまに残念そうな顔をしながらドリブルを止める木場。
「……残念です。チャンスだったのに」
「……試合中だぞ? 喋ってる暇あるのか?」
「ありますよ? どうせ勝つのは俺達ですし」
パスを通させない様にディナイをしている俺に声を掛けて来る水杉。余裕かよ、コイツ。
「……にしても上手いですね、先輩方。もう少し楽に試合をさせて貰えるかと思ってましたが……とくにあのパワーフォワード、厄介です」
「初心者だぞ、アイツ?」
「でしょうね。動きは素人丸出しですし。ですが、結構厄介ですよ? 少なくとも、中西の一番嫌いなタイプですね。さっきのインターバルも『あの素人、マジでムカつく! ちょろちょろしやがって!』って言ってましたし」
「奇遇だな。ウチの藤田も言ってたぞ? お前の所の中西ムカつくって。気が合うな?」
「それ、気が合うって言うんですかね? ま、流石に何時までも素人にうろちょろされるの目障りですし……彼には蚊帳の外に居て貰いましょうか……ねっ!」
そう言ってパスを受ける為に俺のマークを外そうとする水杉。っち! コイツ、やっぱり上手いな。
「木場さん! パス!」
俺のマークを外した水杉が木場の元に走る。そのまま、木場は水杉にパスを――
「不味い! 桐生!」
――しない。パスが出ると一瞬気が抜けた桐生の脇を走り抜ける様にドリブルをして一息でゴール下まで走り込むとそのままレイアップシュートを決めて見せた。
「っ! ごめん、東九条君!」
「いや……今のは俺のミスだ。すまん」
俺がマークを外されたのも悪いからな。お互い様だ。そんな俺の言葉に、悔しそうに唇を噛む桐生。
「……油断したわ。完全にパスだと思ったのに……」
「……だな。相手が相手だ。一瞬の隙が命取りになるぞ?」
マジで。俺も絶対パスを出されると思ったが……シューティングガードらしいっちゃシューティングガードらしいよな。点取り屋って感じが。
「……うし。切り替えだ、切り替え。今度はこっちの攻撃だぞ!」
ゴール下で転がるボールを持って、そのまま桐生にパスを投げ入れる。そのボールをもう一度俺に返して、相手陣内に目を向けて。
「……え?」
桐生の声が聞こえた。少しだけ驚いた様なその声に、俺も視線を相手陣内に向けて。
「……なに?」
パワーフォワードである藤田が、第一クオーター同様に走りだそうとするのを遮る様、一人の選手が藤田の動きを塞ぐ。そんなマークから逃れるよう、藤田が右に左に足を動かすもディフェンスの選手はそんな藤田に惑わされる事なく、しっかりと藤田の動きを目で追って先回りして止めに入る。まるで、お手本の様なディナイ。
「……っ……なるほど。そう来たか」
そう言って俺は視線を藤田のマッチアップ相手――前半までは俺をマークしていたハズの水杉に向けた。
「……やってくれるじゃねーか、水杉」
こちらに視線だけを向けながら、それでも藤田のマークを外さない水杉がニヤリと笑ったのが見て取れた。余裕だな、お前?
「浩之! パス!」
それでも何とか水杉のディフェンスを外して手を挙げる藤田。が……ようやくマークを外した藤田が居たのはコート際ギリギリだ。流石にあそこにパスを出しても、藤田のドリブルじゃ中に切り込むのは無理だ。っていうかアレ、マークを外したんじゃなくてあそこに追い詰められただけだな。
「ヒロ、こっち!」
と、後ろから走り込んで来た智美が声を上げる。一度視線をそちらに向け、智美にパスを入れる。相手のマークを受けながら、それでも何とか放った智美のスリーポイントはリングにガン、ガンと二度跳ねながら、それでもネットを揺らす事に成功する。
「ナイス!」
「今のはただのラッキー! それより次、来るよ!」
ボールを持った水杉がドリブルで走り込んで来るのが見えた。速攻かよ!
「行かせない!」
「行きませんよ。貴方、ディフェンス上手いですし」
ドリブルを止める水杉。なに? 速攻じゃねーのかよ?
「……どうです? カレ止めるの、簡単でしょ? これであの人、この試合の残りは仕事させませんよ?」
その場でボールをキープしたまま、喋りかけてくる水杉。コイツ……俺とお喋りするために敢えて速攻捨てたのかよ?
「……中西じゃ無理でもお前なら出来るってか?」
「……アイツ、ムラがあるタイプですし直ぐに熱くなりますから。所詮は素人、冷静に対処すれば良いんですけど……まあそもそも、ディフェンスそんなに得意じゃ無いんですよね、アイツ。なら、貴方のマークをして貰って置けば良いかなって。パスをどれだけ出しても、最後に決められなかったら良いワケですし?」
「……舐めてくれるじゃねーか。俺がシュート打てないとでも?」
「身長差ありますからね、貴方と中西じゃ。外からのシュート、ボンボン決まるって訳でもないでしょうし?」
「……」
「と、いう事で貴方がたのカードは一枚、封印させて貰いましたよ? ああ、それと」
そう言って、水杉はボールをゴールに向けてポーンと放る。ボールの軌道に合せるよう、俺は振り返りながらそのボールを目で追って。
「――おらっ!」
ジャンプした藤田を弾き飛ばし、その勢いのままダンクを決める中西の姿が目に入った。
「――さっきやられましたからね? お返しですよ?」