第百十四話 そして、決勝戦が始まる。
二回戦を突破した俺達は決勝を前にして最後のミーティングを行っていた。涼子が手にしたメモを読み上げながら、俺達一人一人に視線を送る。
「正南・東桜女子の連合チームは前の試合が初戦のシードだったから、次が二試合目ね。初戦の先発オーダーは予想通り、ポイントガードが水杉君、パワーフォワードが中西君、センターが小林君。男子はこの三人で、女子はシューティングガードに木場さん、スモールフォワードに萩原さんの二人だね。ちなみに一試合目は八十二対十五で圧勝だよ」
「……すげぇ」
涼子の言葉に藤田がぽつりと言葉を漏らす。そんな藤田に、涼子は微笑んで首を横に振って見せた。
「全然。相手はさして強くもない商店街の連合チームだもん。むしろ百点ゲームじゃないとダメぐらいな相手なのに、最後は手を抜いてね? 特に藤田君のマッチアップの中西君なんて、露骨にやる気のないプレイをしてたよ?」
「……舐めてるっすね、バスケを」
少しだけ声に怒気を混ぜてそういう秀明。お前、バスケ大好きっ子だもんな。
「舐めてくれてるうちに大差を付けて、向こうが焦り出しても追いつけない様に出来たら最高だけどね~。まあ、ともかく相手チームはそんな感じだよ」
手元のメモをポケットに仕舞い、涼子は再度視線をこちらに向ける。一人一人の顔を確認するように視線を飛ばし、うん、と一つ頷いて見せた。
「……皆、一生懸命頑張って来たから……きっと、勝てるよ。浩之ちゃん、キャプテンとして一言」
涼子の言葉に頷き、俺は立ち上がって全員を見渡す。
「……皆のおかげで此処まで来れた。秀明や智美もだが……特に桐生と藤田には頭が下がる思いでいっぱいだ。初心者なのに此処まで地力を上げてくれたのは本当に感謝しかない。泣いても笑ってもこの一試合で終わりだ。練習の成果、存分に見せつけてやろうぜ!」
俺の言葉に。
「「「「――おう!」」」」
四人の声がハモった。
◇◆◇
やがて、決勝戦が始まった。センターサークルでジャンプボールに飛ぶのはセンターである秀明と、相手チームセンターの小林。審判が天高く投げたボールにいち早くタップしたのは秀明だ。飛んできたボールを取った俺は、心持ゆっくり目にボールを運ぶ。マッチアップ相手であるポイントガードの水杉は腰を落とした良いディフェンスをしていた。うむ、流石全国ベスト8の司令塔。
「……智美!」
こういう試合では『入り』が大事。一試合目、二試合目はクオーターの最初のパスは桐生か藤田に出すと決めてたが、是が非でも得点が欲しいときはやっぱり智美に頼ってしまうよな。俺からのパスを受けた智美は、そのまま相手チームのスモールフォワードとのワン・オン・ワンで華麗に抜き去るとレイアップシュートを決めて見せた。
「ナイス」
「ヒロもナイスパス。でもあの子、結構上手いよ?」
「華麗に抜いて無かったか、今?」
「私の出方を見てた感じかな? 癖掴むために敢えてドリブルさせてみたんじゃない?」
そうかい。まだ一年生なのに、そりゃまた冷静な事で。
「……っち。萩原! ちゃんと抑えろよな!」
と、向こうのコートで何やら怒声が飛んでいた。そちらに視線を向けると、先ほど智美に抜かれた萩原さんからパスを受けた藤田のマッチアップ相手、中西が不満そうな顔で萩原を睨んでいる。
「中西君、うるさい。試合に集中して。負けるよ?」
「負ける? 負ける訳ねーだろうが。良いからしっかり守れよな!」
そう言い残し、中西はドリブルでこちらのコートへ攻め入って来る。そんな中西を止めるべく、藤田がディフェンスに着いた。
「来い!」
「はん! 何が来いだ」
そう言ってドリブルで藤田を抜きに掛かる中西。右方向にドライブをかけ、それに釣られて藤田が手を出した所でボールを背中で回して逆方向にドリブル。がら空きになった中に鋭く切り込むと、そのままシュートを放った。
「くそ!」
「こんな簡単なフェイントに引っ掛かった癖に何が『くそ』だよ。レベルが違うんだよ、レベルが」
悔しそうな藤田にそう嘲笑う様に声を掛けて自陣に戻る中西。敵意むき出しの顔で睨む藤田の肩に苦笑をしてポンと手を乗せる。
「どんまい。しゃーないさ」
「すまん、浩之」
「まあ、相手は全国に出たパワーフォワードだ。上手いのは最初から分かってるさ」
「まあそうだけど……でもアイツ、なんか一々ムカつくな」
「精神的にムラがあるタイプって言ってたろ?」
「あれはムラじゃないと思うが……スポーツマンシップが無いんじゃねーか? さっきも味方に罵声浴びせてたし」
「……まあ、あの二人中学一緒って言ってただろ? だから、何でも言える関係なんじゃねーの?」
「……そう見えるか?」
「……全く」
アレ、単純に文句言ってただけだしな。同中の二人の仲があんなんなら、他のメンバーとの連携は推して知るべしか。
「……ともかく、行くぞ。次はお前の番だ、藤田」
「おう! 『犬』だな!」
「正解」
俺の言葉に、藤田が勢いよく相手陣内に走り込む。そんな姿を見て、中西がイヤそうに顔を顰めた。
「なんだよ? さっきのお返しでもしてくれんの――って、おい!」
そんな中西の言葉を無視してコート内を縦横無尽に走り回る藤田。右へ、左へ、中西のマークを外す様に走り回る藤田に、焦れた様な中西の声が上がった。
「クソが! ちょろちょろ動き回ってんじゃねーよ!」
「先輩に対する言葉遣いじゃねーだろう……っが!」
相手チームのセンターに向けて走り出す藤田。慌てた様にフォローに入る中西――と、センターの小林。
「小林! 5番がフリーになる! 行くな!」
ポイントガードの水杉の声が響くが……もう遅い。視線だけで合図を送ると、コクリと頷いた秀明の姿が見て取れた。
「――度肝抜いて来い、秀明」
ポーンと高く放る様にボールを投げる。シュートと見間違う様な、そんな放物線を描いたボールを空中で秀明がキャッチして。
「――おら!」
そのまま、リングに叩きつける。アリウープってやつだ。
「――ナイスパス、浩之さん!」
にかっと笑う秀明に、俺も笑顔を返した。さあ、試合はこれからだ!