第百十一話 その言葉を、誰が彼女に伝えたか?
不完全ながら復活! お待ちいただいた方、申し訳ございませんでした。ちなみに今回、タイトルシリアスっぽいですけど完全なタイトル詐欺です。
どんな小さなものであろうと、『大会』と云うのは緊張感を伴うものであるが、俺はこの『緊張感』と云うのが結構好きだ。会場である市民体育館を前にして、体の芯が冷える様でいて、それでも芯が熱を帯びている様な相反する気持ちのまま、俺は体をブルリと震わせる。そんな俺の姿を見て、秀明が少しだけ笑って見せた。
「……緊張してるんですか、浩之さん?」
「どうだろう? まあ、久しぶりの大会だしな。お前は、秀明?」
「……んー……なんか、懐かしい感じっす」
「懐かしい?」
「ほら、聖上って、そうは言ってもそこそこ名門じゃないっすか? だから、試合会場で聖上のジャージ着て来るとなんだかんだで注目浴びるんっすよね? 『聖上だ!』みたいな」
「ああ、分かる気がするな、それ」
「なもんで、此処まで注目されないバスケの大会って云うのも……中学校以来で懐かしいっす」
「……中学校で聖上の監督の目に止まったんんなら、そこそこ注目されてたんじゃねえのかよ?」
「それでも聖上のジャージとユニフォームはまた別格ですからね~。看板でバスケしてチヤホヤされてたんだなって今、気付きましたよ。まだまだ精進が足らないっすね、俺も」
「んな事も無いんだろうが……まあ、お前が言うならそうなのかもな」
そう言って苦笑してみせる秀明に俺も苦笑を返す。
「あ、ヒロ!」
「浩之ちゃん! おはよう!」
声のする方向を振り返ると、そこには涼子と智美の姿があった。
「おう、二人とも。おはよう」
「おはよう、浩之ちゃん。あれ? 桐生さんは?」
「『最後の調整をしてくるわ』って近所の公園でシュート練習してから来るってさ」
付き合うって言ったんだが、『キャプテンが一番に現地入りして、皆の士気を上げないでどうする!』という桐生の謎理論により、一足早く会場入りになったけどな、俺は。
「そっか。気合入ってるね、桐生さん」
「怖いぐらいにな。この間の練習試合が堪えたのか、ランニングもずっとしてたし。んで? 他の皆は見なかったか?」
「藤田と雫は体育館で最後の練習するってさ。ゴールは使えないけどスペースちょっとあるからドリブルの練習でもっていってた」
「そうかい」
練習するのは良い事だが、あんまりギリギリまで練習すると疲れも残るしな。お勧めはしないが……まあ、藤田だしな。
「体力有り余ってそうだしな、アイツ」
「むしろ丁度いいぐらいじゃない? ちょっと疲れた方が肩の力が抜けて」
そんな話をしていると最初に桐生が、その後、藤田と有森が連れ立ってやって来た。なぜか有森がぷりぷり怒ってるが……どうした?
「どうした?」
「聞いて下さいよ、東九条先輩! 藤田先輩、まだ私との接触プレイためらうんですよ!? 試合当日にそれって有り得なくないですか!?」
そう言って隣で縮こまる藤田をギロリと睨む有森。そんな有森の視線を受けて、藤田が情けない声を上げた。
「ひ、浩之~」
「……まあ、お前のポジションはパワーフォワードだからな。恐らく男子相手になるだろうし……それを願おう」
切実に。俺の言葉に、藤田も黙って天を仰ぐ。たのむぞ、マジで。
「……さて。それじゃ、全員揃ったか?」
そう言って俺は試合メンバーと練習に付き合ってくれた面々――桐生、藤田、智美、涼子、秀明、そして有森に視線を飛ばして――
「……あれ? 藤原は?」
「一回戦、理沙の出番は無いから瑞穂の家に行って貰ってるわよ。説得も兼ねて」
「……あいつ、やっぱり来ないって?」
「……済みません、東九条先輩。私も昨日、もう一度瑞穂の家に行って誘ったんですが……『皆が勝つ姿も、負ける姿も見たくないかな? どちらにせよ……嫉妬も責任も、罪悪感も感じそうだし。ごめんね、感じ悪くて』って」
「……そっか」
……まあ、瑞穂がそう言うなら仕方ないだろう。一緒に練習して来た仲間だしな。その気持ちは分からんでも無いが。
「……でも、それでも、東九条先輩の試合ぐらいは見れるんじゃないかと思ったんですが……済みません」
「……いいさ。瑞穂にしたら、気分のいいもんじゃ無いだろうしな」
正直、その発想はずっと頭の片隅にあった。五体満足、どこも怪我をしていない俺がバスケをしている姿を見せても良いのかって、そういう気持ちもあるにはあったんだ。
「……はい。でも……あの瑞穂が、東九条先輩のバスケの試合の観戦を断るなんて信じられないですけどね」
「そうか?」
「あの子、東九条先輩崇拝してましたから。きっと、『瑞穂、俺の勇姿を見に来いよ?』なんてイケボで誘ったら絶対に見に来ると思ったんですが……」
「なんだよ、イケボって」
キャラが違うだろうが、それ。つうかな?
「そもそも俺、瑞穂誘って無いぞ? 有森が誘ってくれたんだろ?」
「「「「………………え?」」」」
「……え?」
え?
「……ちょっと待って、ヒロ? アンタ、瑞穂に今日の試合出るって言ったのよね?」
首を傾げながらそういう智美に、俺は首を振って見せる。
「いいや? 言ってないぞ?」
横に。
「「「「……は?」」」」
「……え?」
「い、いや、何言ってんのよ、アンタ! い、言って無いの?」
言って無いのって……え? な、なに言ってんだよ!?
「い、いや、お前こそなに言ってんだよ! よく考えて見ろ! 俺が自分で『俺、試合に出るから観に来いよ』って言えると思うか!? 感じ悪すぎだろ、それ!」
さっきも言ったけど俺、五体満足だぞ? やりたくて仕方ない瑞穂がバスケ出来ないのに俺がそんなん言えるワケねーじゃん! 嫌味すぎるだろ!?
「う……た、確かに……で、でも! それじゃ誰が瑞穂に伝えたの?」
「あ、有森が誘ってくれてたんだろ? じゃ、じゃあ!」
「わ、私ですか? わ、私は確かに瑞穂を試合に誘いましたけど……でも、東九条先輩が出るって伝えてませんよ!? だってそんなの、私が伝えるのおかしく無いですか!? 一番頑張ってる東九条先輩から連絡するのが筋じゃないかと思って……」
「は、はぁ? それじゃお前、どうやって瑞穂誘ったんだよ? 『私試合に出るから観に来てね!』ってか?」
それはそれで鬼畜の所業じゃねーか、おい。
「そ、それは……そ、その……い、良いじゃないですか、別に!! どんな理由でも! ともかく、私は言ってません!」
「……秀明は?」
「お、俺っすか!? なんで俺!?」
「いや、だってお前、瑞穂の幼馴染だろ? 見舞いとかいってるんじゃないのかよ?」
「そ、そりゃ行きましたけど……で、でもですね? 浩之さん差し置いて、『浩之さん、お前の為にバスケ頑張ってる』って言えると思いますか!? 無理っしょ、普通!」
「うぐ……りょ、涼子?」
「私も言って無いかな~。っていうか、私も有森さんが言ってると思ってた」
「智美」
「私はヒロか雫が言ってるものだと……流石に私が言うのも違うでしょ?」
「桐生!」
「むしろ私と云う選択肢はなくない?」
「うぐぅ……た、確かに……」
……そう言われて見れば、確かに俺が誘うのが筋かも知れん。
「と、ともかく、状況を整理するぞ? 瑞穂はバスケの試合に誘われてはいる。でも、俺や秀明、或いは桐生が出る事は知らない。瑞穂的には試合に出るのは女バスの面々で、その試合を観に来ると思ってる。怪我をして出られないでチームが勝つのを見るのも辛いし、負けたら負けたで自分が怪我しなければと責めそうで見るのが辛い、と……」
……。
「……来るワケねーじゃん、それ」
……絶望しか無かった。
「……雫! 直ぐに理沙に電話! 瑞穂にもう一遍伝えて貰える? ヒロが試合に出るって言って……そうね、瑞穂の為にって付け加えて……後はまあ、適当に理沙の感性で感動話にして首に縄付けてでも引っ張って来いって」
「らじゃりました!」
智美の言葉にビシッと敬礼をして見せる有森。そのまま、カバンの中から携帯を取り出して電話を掛ける。
「……あ、理沙? うん、うん……そう! 言って無かったんだって……ね~? 有り得ないよね? 情けなくない? んでね? ……そう、そう! うん、よろしくお願いね~」
電話を掛けながらジト目をこちらに向ける有森。そんな有森の視線から逸らすように視線を天に向けていると、ポンと肩を叩かれた。
「……なんか結構ディスられてません、浩之さん?」
「……皆の緊張が取れたんで良しとする」
「別に俺、緊張してないんっすけど?」
「いいの!」
もう辞めて。俺が悪かったからさ。試合前にメンタル折らないで!!