第三話 許嫁なんて規格外なモンが出たのに、なんで俺は人の恋路の為にバスケせんとあかんのよ?
「……お疲れ、ヒロ。っていうか凄い顔してるけど……大丈夫?」
いつもの様に、教室の窓際の一番後ろ、恐らく教室内でも一、二を争うベストグリッドに腰を降ろした俺に掛かる声。
そちらに顔を向ければそこに心配そうな表情を浮かべる智美の顔があった。
「……疲れたよ。マジで」
「……ご愁傷様」
「ああ」
「それで……こんな事聞くのもなんだけど……ヒロの許嫁って」
「ご察しの通りだ」
「……『悪役令嬢』か……ねえ、ヒロ? やっぱりおじ様、一発ぶん殴っておく?」
「……遠慮しとく」
流石に俺も幼馴染を犯罪者にしたくない。むしろ、親父を殴っても罪に問われない様にしときたいけどな。
「……本当にお疲れみたいね?」
「まあ、ある程度予想はしていたけどな」
あそこまで悪意の塊をぶつけられると、流石にしんどいのはしんどい。
「………本当にお疲れ」
「そうだな。流石に疲れたよ」
申し訳ないが一時間目は自主休講にさせて貰おう。体力の回復を図るべきだろ?
「あー……ヒロ? 良いお知らせと悪いお知らせがあるんだけど」
「……ぶっちゃけ、どっちも聞きたくないけど……悪いお知らせは?」
「一時間目、体育よ。四組と合同で」
「……マジか」
「マジ」
「……良い知らせは?」
「体育、バスケだってさ」
「あんまりそれも良い知らせじゃないな」
いや、バスケは好きだけどさ? でも、今のこの状態でやるのは正直しんどい。そう思った俺が気に喰わんのか、智美が不機嫌そうな顔を浮かべる。
「……なによ、ヒロの馬鹿。バスケはアンタの得意種目でしょ? それぐらい一生懸命やりなよ」
「はいはい」
「それと……ヒロ、早く教室出た方が良くない?」
「なんで?」
「ヒロが良いなら良いけど……ココで女子が着替えるんだよ? 私のなら別に良いけど……他の子のはまずいんじゃない?」
にやっと笑う智美の笑顔に俺は慌てて周りを見渡す。そんなに長い時間話した記憶も無いのに、気付けば女子ばかり。
「……お呼びでない?」
「そういう事。体育館でバスケだからね」
智美の言葉を背中で聞きながら、慌てて俺は教室を飛び出す。教室の中では笑い声。一番大きな声が智美である所を見ると、恐らく俺の話題で盛り上がっているんだろう。若干嵌められた感がしないでも無いが……
「……まあ、智美だしな」
智美に掛かってはしょうがない。
◇◆◇
「……お、浩之! 遅かったな!」
体育館に着いた所で、三組のクラスメイトである田中が声をかけてくる。人懐っこい笑顔を浮かべている田中だが、俺はそんな田中にジト目を向けて見せた。
「……行くんだったら声掛けてくれよな」
「折角、鈴木と楽しそうに話してたし、邪魔しちゃ悪いかなと思ってな」
「ったく……何が邪魔だよ、何が」
「それより浩之、今、結構面白い事になってるんだ」
「面白い事?」
「四組に佐島っているだろ?」
「佐島? バスケ部の?」
「そ。その佐島とウチの藤田の好きな女ってのが一年の子でさ。もろにバッティング」
「それで?」
「だから、その子に告ろうって事になったんだけど……どっちが先に告るかって事で揉めてさ。んじゃ丁度良いからバスケ勝負って事になったんだ」
「それは藤田が不利だろ? 佐島って次期バスケ部のキャプテン候補だろ? 勝てるわけねえじゃん」
「そう。んで、今藤田が有志を集めてる所。MVPには商品も出すって」
「商品?」
「映画のタダ券。ほら、こないだ公開されたやつ」
「ああ、あのハリウッドの大作ってやつか」
「それそれ! どうだ? 浩之も一口乗らね? バスケ、得意だろ?」
……いやね? 藤田の気持ちも分かるよ? 分かるけどさ? なんで俺、自分に『許嫁』なんて規格外の代物出て来てるのに、人の恋路の心配してやらなあかんのよ? しかも映画のタダ券って。
「映画、ね……まあそんなもの、さして興味も……」
「乗った!」
その時、不意に後ろから聞きなれた声が響く。どうでも良いが近くで大声を出すな。耳が痛い!
「……智美」
「何よ? ほら、ヒロも出るわよ! 藤田~! 私らも出る!」
そう言って人の返事を聞きもせずに、ずるずると智美は俺を引っ張っていく。
「浩之、お前も出てくれるのか! しかも鈴木まで! よし、これでこっちも勝ったようなものだな!」
さっきまでは背水の陣で望むような顔をしていたくせに、急に顔に精気がみなぎったようになる藤田。なんともまあ、現金な奴だ。
「ちょ、藤田! お前、鈴木はずるいだろ! 女だぞ!」
「何よ、佐島。文句有るの? それとも負けた時の言い訳? 女には本気が出せない?」
一生懸命抗議する佐島くん。顔ぐらいは見たことがあるが、仲良くも無いので一応くん付け。ま、佐島くんの言ってる事も分かる。流石に智美に負けたら格好がつかないもんな。運動神経抜群で、しかもバスケ部のエースなだけあって当然、智美はバスケが巧い。最近智美のプレイは見ていないが、いくら佐島くんがキャプテン候補だからといって、地区大会一回戦負けのウチの男バスのレベルでは到底歯が立たないだろう。
「じょ、上等だ! ちょっとバスケ上手いからって調子に乗るなよ!」
「ふふん。そういう事は勝ってから言いなさい!」
よせば良いのに、智美も煽る煽る。段々、佐島くんの顔色が変わっていくのが手に取るように分かった。
「あー……智美、その辺で止めとけ。藤田、佐島くん。さっさと始めよう」
誰も仕切る人がいないので、しょうがなく俺がこの場を仕切ることに。正直、あんまり目立つことはしたくないが、面倒くさいことは早く終わらせるに限る。
「ふふん! 佐島? 折角だし、もうちょっとベット、上げようよ?」
「ベットを上げる?」
「そう! 私たち女子バスケ部は体育館、もっと使いたいんだよね~」
「……それは俺らも一緒だよ」
「でしょ! だから……勝った方が一週間、体育館を独占!」
「はぁ!? んなもん、俺の一存で決めれるワケ無いだろうが!」
「なに言ってんのよ、次期キャプテン」
「次期キャプテンでも現役キャプテンでも一緒だ! んなもん、無理だ無理!」
そう言って背を向け自陣のコートに進む佐島君。そんな佐島君に向かって智美は。
「あっれ~? 怖いの?」
……だから、煽るな。
「……なんだと?」
「女子含めたチームに負けるのが怖いんだ~。ふーん~。ま、佐島がそれで良いんだったら良いけど~?」
だから、智美さん? 煽るの止めてくれません? そんな事言ったら――
「上等だ! 勝負だ、鈴木!」
……ほれ、こうなるじゃん。
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