第百九話 浮き彫りになった課題と瑞穂と愉快な仲間たち
「……」
「……」
「……」
「……何考えてんるんですか、藤田先輩! ちゃんとして下さいよ! 第二クオーター途中まではともかく……ハーフタイム後の後半はなんですか! あんな気の抜けたプレイして……本当に、何考えてるんですか!!」
第四クオーターまで終了し、女バスの面々が帰った今、反省会の真っ最中だ。試合自体は五十二対四十五で俺達が勝つには勝ったのだが……まあ、課題の残るプレイ内容だったのは確かだ。特に、後半の藤田は酷かった。
「……流石に藤田君にあれ以上させるのは酷よね? 有森さん、本気で言ってるのかしら?」
「……アイツもバスケ馬鹿なんだろうな~」
少しだけ憐憫の目を藤田に向ける桐生。まあ、確かに後半の藤田は精彩を欠いていた……というか、全く話にならなかったんだが。
「最初に見せてくれたディナイもしないし、私がシュートに行っても飛ぼうとすらしない! シュートも全然入らなくなってるし……なんでですか!」
「う……そ、それは……その……」
「まさか、スタミナが切れたなんて言い訳するつもりは無いでしょうね、体力お化け! それともなんですか? 私の事、馬鹿にしてるんですか!」
「そ、そういう訳ではないんだが……」
「……助けてあげないの、東九条君?」
「……どうしろと」
まあ……あの、『有森の左胸を触った事件』以来、藤田のプレイは極端に接触を嫌うプレイになっていた。元々、バスケ自体接触を禁止するスポーツではあるが……そうはいってもゴール下でのポジションの取り合いなんかである程度接触はすることになる。特に秀明のセンターとか、藤田のパワーフォワードはその傾向がより顕著だ。そういう意味では、相手との接触は不可欠と言えば不可欠なんだが……
「……そう言えば貴方や古川君は普通だったわね?」
「……まあ、俺らはな?」
俺も秀明も小さい頃から智美や瑞穂とバスケをしているので、ある程度『女子とバスケ』というか……プレイ中の接触は許容範囲と考えている。つうか、そうじゃないと女子とバスケなんか出来ないしな。
「……藤田君、女子慣れはしてなさそうだもんね」
「……お調子者だけど女子と付き合ったとかそういう浮いた話はないからな~」
そりゃ、責任取るとかいう言葉が出るわな。
「はいはい~。皆、お疲れ様」
有森に散々責められる藤田を見ていると、そう言いながら買い物袋を下げた涼子が体育館の扉をガラガラと開けて入って来る。そのまま車座に座る俺らの中央にどさっとペットボトルの入った買い物袋を置いた。
「重かった~。と、それはともかく皆、お疲れ様だったね。ハイ、これ、差し入れ」
「……悪いな。幾らだった?」
「良いよ、良いよ。これぐらいは。皆頑張ってたし」
「そんな、申し訳ないわ」
「良いってば。ま、恩に着るなら試合で勝ってね~」
そう言ってウインクしてみせる涼子に、困った様にこちらを向く桐生。そんな桐生に肩を竦めて見せる。
「……諦めろ。こうなったら梃でも動かないから。有り難く貰って置け」
「……分かったわ」
有り難う、ともう一度涼子に頭を下げて桐生はペットボトルから一本、スポーツドリンクを手に取る。そんな桐生に釣られた様に、おのおのペットボトルを取って口を付けた。
「……にしても藤田君、後半は酷かったね~。今日の試合は二階からビデオ取ってたけど……前半の勢いは何処に行ったのか、ってくらいに酷かったよ?」
全員にペットボトルが行き渡ったのを確認して涼子が口を開く。その言葉に『ごぼっ』と吹き出しそうになりながらなんとか堪え、涙目で藤田が涼子を見た。
「い、いや、そりゃそうだろうけど……な、なんていうか……」
「そんなに有森さんの胸触ったのが衝撃だったの?」
「その……まあ、ハイ……」
「はぁー? なんですか、藤田先輩? それじゃ、あの気の抜けたプレイは私の胸触ったから遠慮したって事ですか!?」
「いや……その……で、でもさ! 普通、遠慮するだろ!? お、お前の胸、触ったんだぞ! 次もそんな事になったらって……」
「有り得ないです! 試合中、一生懸命やってる相手に対して、そんな事考えてるんだったら試合なんか出ない方が良いです! だって、頑張ってる選手に対しても失礼ですよ、その考え方!」
ぷりぷり怒りながらそういう有森。そんな姿に苦笑を浮かべ、俺は藤田に視線をむけた。
「ま、今後の課題が浮き彫りになった感はあるかな? でも藤田、有森の言っている事も一理あるぞ? 俺や秀明だって今日は女子とマッチアップしたけど、普通にプレイしてただろ?」
「お、お前らは……そ、そうかも知れないけど……でもさ? それってお前らがある程度昔からバスケしてるから……慣れてるってのもあんだろ?」
「……まあ、それはそうだけど……でも、お前だって序盤は普通だったじゃないか」
「最初は相手がそんなに接触して来なかったからで……有森に代わっても、いつも通りってカンジだったから普通だったんだけど……」
「……胸触ってから、って事か」
「……はい」
……重症だな、こりゃ。いや、まあ、分からんでは無いんだが……でもこれじゃ困る。
「……一応、お前のポジションのマッチアップは男子だろうとは思ってる。思ってるけど……これ、女子だったらお前、全然使いもんにならないって事だよな?」
「……うぐぅ……そ、そんな事は……な、ないと……良いな~……」
「……運を天に任せるしかねーか」
頭が痛いが、どうしようもないのはどうしようもない。今から藤田に『女に慣れろ』と言ったところで、そんな方法がある訳じゃないし。
「……」
頭が痛いと言えばもう一つ、スタミナ不足だ。ある程度覚悟はしていたが……五人でフルで一試合を戦うのは結構キツイ。加えて日程の都合上、一日で全試合やるから……
「おい、涼子。優勝しようと思ったら何試合ある?」
「三試合かな? 一回戦と二回戦は余裕だと思うけど、決勝の相手が」
「正南と東桜女子の連合チームか」
一回戦と二回戦でどれだけ体力温存して勝てるかが鍵だな、こりゃ。流石に今から桐生並みに出来る人間を掴まえては来れんし。
「……藤原と有森は市民大会、女子の部で出るんだよな?」
「はい。天英館高校として出ます。その、本当はお助け出来ればよかったんですけど……」
「気にするな。そりゃ、そっち優先だよ」
本当に。エースである智美を貸して貰ってるだけでも感謝なのに、この上でもう一人、二人貸してくださいとは流石に俺も言えない。
「……体力は一朝一夕で付くものでは無いし……ごめんなさい、東九条君。私にもっと体力があれば……」
「いいや。お前は充分やってくれてる。藤田が異常なだけで、普通はフルで一日に三試合もこなさないしな」
この日程は如何なものかと思うが……まあ、レクリエーションみたいな大会だしな。流石に文句も言えんか。
「涼子。いい方法あるか?」
「戦略としては一回戦と二回戦、桐生さんを抜いた四人で勝つ、ぐらいしか無いんじゃないかな? バスケ経験者の三人も、藤田君も体力には自信があるでしょ?」
「そりゃ……」
「まあ……」
「……そうですけど」
走りっぱなしのスポーツだしな、バスケって。そりゃ体力に自信が無い訳じゃないが……
「四人で勝つって難しく無いか?」
「一回戦の相手は大野木建設有志チーム。健康目的で経理のおば様がバスケットしてるらしいから、そんなに……というより、全然強くない。正直、三人でも勝てると思う。二回戦はシードである中川大学寮生バスケサークルの皆さんだね」
「一回戦はともかく……二回戦はどうなんだ?」
「大学の寮で作った親睦団体なんだって。中学校はともかく、高校でのバスケ経験者はゼロ。男子寮と女子寮の親睦目的のサークルらしいよ? 練習後の飲み会がメインなんだって」
「……詳しいな」
「大会のエントリーして来た時にちらっと小耳に挟んだんだよ。という訳で、我らが『瑞穂と愉快な仲間たち』チームの最大らいば――」
「待て」
「――ルは……なに?」
「……チーム名、もう一回言ってくれないか?」
「『瑞穂と愉快な仲間たち』」
「……なんだよ、それ」
「浩之ちゃん、段取り全部私に丸投げしたでしょ? だから、チーム名は勝手に付けたんだけど……ダメだった?」
「いや、別にダメじゃないけど」
なんだろう? 若干、気が抜けるんだけど。
「……本当は『チーム・ヒロユキ』にしようかと思ったんだけど……」
「……瑞穂と愉快な仲間たちで良いです」
恥ずかしすぎるだろう、『チーム・ヒロユキ』って。そして、その理論で言うと瑞穂が恥ずかしすぎる気がするんだが。
「それに……意外に効果あったよ? 組み合わせ抽選とかで『瑞穂と愉快な仲間たちチームさーん』って呼ばれたけど、会場のあっちこっちからクスクスと笑い声が漏れてたもん」
「……それ、小馬鹿にされてんじゃね?」
「だろうね~。だから、いんじゃん」
「? なにが?」
良く無いだろうが。小馬鹿にされて何が良いんだよ?
「小馬鹿にして貰おうよ。舐めて貰おうよ。その上で、一回戦、二回戦は無様な試合をして、ギリギリで勝ち上がって」
そう言って涼子はニヤリと笑い。
「――最後に優勝、かっさらっちゃうの」
「……腹黒過ぎだろ、お前」
「弱いチームはそうやって策をねらなくちゃね。さ、それを飲んだら浩之ちゃんちで今日の反省会、するよー! ビデオを見ながらね!」