第百六話 狸だって可愛く無い訳じゃないけど、やっぱり狐の方がクールなイメージあるよね?
「……選手交代、ですか」
「正確にはポジション変更だけどね。智美から聞いたけど、君たち、正南と東桜女子の連合チームに勝ちたいんでしょ?」
「まあ……そうっすね。やる以上、負けたいとは思ってないっす」
「おっとこのこー。で、まあ、第一クオーター戦ってみて思った。私達じゃ貴方達に勝てないだろうし……それなら、『勝負』を捨てて、少しぐらいは練習相手になってあげよっかなって」
「……あーざっす。でも、良いんっすか?」
「良くはないよ。悔しいしさ。でもまあ、仕方ないのは仕方ないからね。実力差がある以上、こうなるのも予想はしていたし。だから戦略的な戦いをしてみようかと」
「戦略的?」
「そ。弱いチームでも戦い方でこう出来るぞ~、ってカンジの、ね?」
雨宮先輩はそう言ってにっこり笑うと『それじゃ試合再開で~』とコート内に戻る。
「……浩之さん」
「どうした、秀明?」
「雨宮先輩、ああ言って来るって事はなんか『策』があるんですかね?」
「……どうかな? 正直、女子バスケ部の練習や試合なんて見た事もないし……どんな戦法使って来るかは分かんねーな」
「……出たとこ勝負、ってヤツっすね」
「……ま、そういう事だ。ともかく、油断はするなよ」
秀明の肩をポンっと叩き、俺もコート上で待機。相手チームのボールから始まった第二クオーター、ボールは藤原の元に渡る。マッチアップは桐生だ。
「来なさい!」
「はい!」
右へ一歩フェイントを掛ける藤原だが、桐生はそんなものに釣られない。切り込んで、少しだけ間合いを詰めたままスリーポイントシュートを放つ。二度ほどガン、ガン、とリングに当たり、ボールはネットに吸い込まれた。
「っち!」
「ドンマイ。スリーは仕方ない。抜かれなかった事が重要だ」
「……悔しいわ」
「……負けず嫌いめ。それじゃ、今度は攻撃で返せ――!!」
ゴール下から桐生にボールを放る。頷いて、桐生が相手ゴールに目を向けて。
「――なっ!」
「行かせません!」
桐生の目の前に、藤原が立っていた。両手を伸ばして行く先を阻む様に立ち塞がる姿に、桐生が困惑気味の表情を浮かべているのが見て取れる。
「オールコート!?」
バスケのディフェンスとは基本、ハーフコート、つまり自陣に攻め込まれてから行う場合が多い。言ってみれば、相手陣内に行くまでは比較的ゆったりボール運びが出来る。
対してオールコートディフェンスとは相手陣内にボールがある時からディフェンスを仕掛ける戦略だ。当然、抜けられればピンチになる局面だし、体力消費も激しい。試合では『ここぞ!』という場面でしか使われない戦略だ。
「……不味い」
桐生にはこんなディフェンス、教えていない。いや、知識としては教えたが、そんな練習はした事がない。慌ててフォローに向かおうとする俺の進路を塞ぐように、一人の女性が目の前に立った。雨宮先輩だ。
「桐生さんに楽はさせてあげないよ? 此処は行かせない」
「っく!」
「智美に聞いた話じゃ、桐生さんって努力の人なんでしょ?」
「……なんですか、急に」
「勉強も、スポーツも、容姿も、全部努力で勝ち取った人だって。それってつまり、裏を返せば天才じゃないって事だよね?」
「……馬鹿にしてます?」
「まさか。尊敬してるし……ちょっと『ほっ』ともしてる。桐生さんも人間なんだなって」
「……」
「でも……天才じゃないなら、初めて見たプレイには対応できないんじゃないかな? 東九条君が泡食って助けに行こうとするぐらい、ピンチって事でしょ?」
「……っち」
「そうそう。その悔しそうな顔が見たかったよ」
「……性格悪いですね?」
「よく言われるよ……っと、決着、付くよ?」
俺が何時までも助けに行かない事に焦れた智美が桐生の傍に走る。プレッシャーに寄る焦りもあったか、少しばかり甘くなったパスを藤原は楽々とカット。そのままゴール下に切り込みレイアップシュート。綺麗に決まったそのシュートに、雨宮先輩が片手をあげる。
「ナイスシュート、理沙!」
「はい!」
嬉しそうな藤原と対照的、悔しそうな顔をした桐生がこちらに頭を下げて来た。
「……ごめんなさい」
「いや、お前のせいじゃない。今のは俺のミスだ」
「……でも」
完全に落ち込んでしまった桐生。そんな桐生に苦笑を浮かべる。
「一回のミスがなんだ。んな事で落ち込むなよな? 大丈夫。次は直ぐにフォローに行くから」
項垂れる桐生の頭をポンポンと叩く。はっと驚いた様な表情を浮かべた後、桐生は少しだけ頬を赤らめて軽くこちらを睨んだ。
「……セクハラよ?」
「冗談言えるぐらいには回復したか?」
「……ええ。ありがと。でもあれ、厄介ね?」
「……まあな。でもまあ、何処までもアレが続くワケじゃない」
「そうなの?」
「体力勝負だしな。それじゃ次、行くぞ!」
再びボールを桐生に投げ入れる。と、先ほど同様に藤原が桐生のマークへ走る。
「同じ手は二度は食わな――って、え!?」
桐生の驚いた声が響く。
「――だよね~? 同じ手は二度は食わない……かどうかはともかく、同じ手札ばっかりじゃ芸がないよね~」
藤原が走り込む反対側から、雨宮先輩が桐生に対してチェックに行く。
「ダブルチーム!?」
ヤバい! 今度は完全に桐生、パニックになってる!
「ちょ、え、な、なに!?」
「桐生、慌てるな! チェック来てる!」
「で、でも! え、え、ええ?」
パスコースを塞ぐように動く雨宮先輩と、ボールを奪いに来る藤原。二人の攻撃的な守備にタジタジとなった桐生は呆気なくボールを藤原に奪われる。
「雨宮先輩!」
「はいさ」
「行かすか!」
「抜けるとは思ってないよーん。ほい、理沙」
「はい!」
引き付けるだけ俺を引き付けて、雨宮先輩はボールを藤原に戻す。そのボールを受けた藤原が先ほどの焼き回しの様な綺麗なレイアップを決めて見せた。
「ナイス、理沙!」
「ありがとうございます!」
嬉しそうにハイタッチを決める二人。そのまま、雨宮先輩は視線をこっちに向ける。
「どう?」
「……練習相手になってやる、ってのは嘘ですか?」
「嘘じゃないよ? 充分、練習相手でしょ? あれ? まさか、手抜きしてあげるって意味に取った?」
「……」
すみません、ちょっと取りました。
「今まで出来てない練習でしょ、これ。ホレ、東九条君、感謝、感謝」
「……そうっすね。確かに、練習にはなりましたよ」
確かに。ウチのチームの不安要素の一つに『初心者二名』ってのはある。技術的にはともかく、『見た事ないプレイ』をされるとそれに対する対処法ってのは経験値がモノをいう所もあるしな。ただな?
「……流石に第二クオーターの序盤から仕掛けて来るとは思いませんでしたよ? 体力、持つんですか?」
「誰も思いつかない所でやるから効果的なんだよ、戦略ってのは」
「オールコートが、ですか?」
「それは戦術でしょ? 戦略って言ったじゃん。勿論、体力も含めてね」
「……まだ隠し玉があると?」
俺の質問に、人差し指を口元に持って行ってにっこりと笑う。
「秘密」
「……良い人かと思ってましたけど……意外に狸っすね、先輩」
「女の子に狸は酷いよ、東九条君」
楽しそうに。
「せめて、キツネにしてくれない? そっちのが格好いいじゃん」
そう言って、自称狐の先輩は今日一番の笑顔を見せた。