第二話 初対面で初対決で恐らく、印象はお互い最悪。
日本対南アフリカ、もうすぐ……! 期待……! 圧倒的期待……!!
俺の通う私立天英館高校は『そこそこ』なレベルの進学校である。そんな進学校の校舎裏と言えば、ヤンキーがたむろしてタバコを吸っている様な場所でも、『お前、放課後校舎裏な?』とマウントを取りにいく場所でもなく、例えば机や下駄箱にハートの付いた便箋が入っていてドキドキしながら向かう、まあ有名な『告白スポット』だったりする。
「……聞いてるわよね、アンタも?」
……する、ハズなんだけどな~。
「……まあな」
つうか、俺と桐生って初対面だよな? なのになに、こいつのこのクソ偉そうな態度。流石、『悪役令嬢』。
「…っち。それじゃやっぱり本当の話なのね……」
俺の前で そう言って組んだ腕の右手の人差し指で左の二の腕辺りをトントントンとリズミカルに叩いて見せる美少女。とてもじゃないけど『愛の告白』とは思えないその態度をする少女こそ、私立天英館高校二年二組、桐生彩音。
俺の通う天英館高校の二年生の中でも――いや、学校全体でも飛びっきりの美少女で有名な少女だ。しかも、家はお金持ち、成績優秀、スポーツ万能の、まるでアニメか漫画、或いはライトノベルからでも飛び出したかの様な完璧お嬢様。完璧お嬢様、なのだが。
「ちょっと! 聞いてるの!? 返事しなさいよ、返事! なに? アンタ、返事も出来ないの?」
この通り、口と性格がまあ、壊滅的に悪い。付いたあだ名が『悪役令嬢』という辺りは、なるほど頷ける話ではある。
「……悪い。返事が出来ないワケじゃなくて俺も驚いてたんだよ。だって急に許嫁だぞ? びびらないワケねーだろ?」
「……そうね。まあ、正直『許嫁がいる。しかも同じ学校に』って聞いてイヤな予感はしてたのよね」
「イヤな予感?」
「貴方、東九条の分家筋でしょ? この学校で許嫁が居るって聞いた瞬間、一発でアンタの事が頭に浮かんだわよ」
「……そうなの?」
俺、学校でそんな目立つ存在じゃないんだけど。そんな俺の疑問に答えるかの様、桐生は少しだけ軽蔑した様な目を見せてフンと鼻を鳴らす。
「勘違いしないでよ? 別に『アンタ』の事を見てたワケじゃないわ。私が見てたのは『東九条』よ」
「……違うのか、それ?」
「当たり前じゃない。アンタ個人に興味は微塵も無いけど……古くは五摂家に連なる名門でしょ、東九条って。ウチの家の『弱いトコロ』を補完するならこれ以上ない良縁よ」
そう言って、憎々し気に俺を睨む桐生。こえーよ。
「……良縁なら、良かったじゃん」
その瞬間、桐生の立ち姿に猫が怒ったかのように全ての毛が逆立った幻影が見えた気がした。
「良いワケ無いでしょ!? なに言ってるのよ、貴方!! 学校でも冴えない、ぬぼーっとした貴方がなんで私の許嫁なのよっ! そんなの許せるワケ無いでしょ!!」
怒りもあらわにそう言って俺をキッと睨む。なんだか目尻に涙も浮かんでいるんだが……浮かんでいるんだが!
「な……そ、それは俺だって同じだよっ! なんでお前なんかが俺の許嫁なんだよ! どうせ許嫁が出来るなら、もうちょっとおしとやかな子が良かったわ!」
なに、ジブンだけが被害者みてーなツラしてんだよ! そんなもん、お互い様だろうが!つうか、どっちかって言うと俺の方が被害者だぞ! お前の親父が言い出したんだろうが、コレ! そもそも俺、好みは大和撫子なんだよ! 『悪役令嬢』はお呼びじゃねーんだよっ!
「失礼ね! 私なんて容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群よっ! むしろ、いままで彼氏がいない方が不思議なくらいの超優良物件じゃない!」
「はあん? 何処が優良物件だよ、バーカ! お前の性格が壊滅的だから彼氏の一人も出来ないんだよ!」
「アンタこそ、モブキャラみたいな容姿している癖に! あーあ! ショックだわ! どうせならもうちょっと白馬の王子様みたいな素敵な許嫁が良かったのに!」
「はん! なーにが白馬の王子様だ、少女趣味か? それ――ああ、そっか? 『悪役令嬢』だもんな! 白馬の王子様、憧れますよね~?」
「かっちーん!! 私、そのあだ名一番嫌いなのよね!! 誰が悪役令嬢だ、誰が!」
「ほれ!」
「鏡を出すな! 女子か!」
カバンから出した手鏡を向けるとパチンと手を叩かれる。いってーな!
「……ふうふうふう……ま、まあ良いわ」
「いや、俺は全然よくねーんだけど!?」
「良いの! それよりアンタ、時間あるの?」
「授業だよ」
「アンタ、マジで馬鹿なの? そんなの私だって授業だっての」
冷たい視線をこちらに向ける桐生。なんだよ、その目。今の流れで……お前の性格の悪さを考えたら、無理矢理でも予定空けさせるのかと思ったんだよっ!
「……放課後は暇だよ」
「なら、少し付き合いなさい。お父様が私たちが暮らす新居、用意してくれたから」
「……新居だ?」
「……張り切ってるわよ、お父様。この日の為に学校に近い物件の新築を押さえたって言ってたわ」
そう言って肩を落としてため息を吐く桐生。その姿に、俺も少しだけ冷静さを取り戻す。
「それはまた……用意周到なことで」
「……おかしいと思ったのよ。なんで私が天英館高校なんか通わなくちゃいけないんだろうって思ってたもん。これ狙ってたのね、お父様」
「……そういやお前、私立の女子中だっけ?」
最初はすげー話題になったもんな。『聖ヘレナ出身のお嬢様』が新入生に居るって。
「そうよ。『庶民の生活も学ぶことが重要だ。純粋培養のお嬢様では役に立たん』とか言ってたくせに……買ったマンション、学校から近い所じゃない……騙された……っ!」
ギリギリと歯ぎしりする桐生の姿がちょっと怖い。なまじ、美少女なだけに余計に。
「……まあ、そういう訳で放課後は予定、空けときなさい。迎えに行くから、クラスに。言っておくけど拒否権、無いわよ?」
「……俺に?」
「残念ながら私にもよ。家の案内もしなくちゃいけないし、一緒に行きましょう」
「……一人で行くぞ?」
「場所、分からないでしょ? 非常に手間だけど……仕方ないわよ、一緒に行ってあげる」
感謝しなさい! と言わんばかりにふんっとそっぽを向いて校舎に向けて歩き出す桐生の姿を見送りながら。
「……最悪だな、コレ」
今後の生活に一抹の不安を感じるのを押さえる事が出来なかった。
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