第百話 マネージャー、賀茂涼子 ~女子編~
祝、百話!
「全盛期の俺なら負けないって……」
「浩之ちゃんの全盛期の時ならきっと、この子に負けない。なんたってウチの中学チームのエースだったしね。中三の時にあんな事が無ければ、きっと浩之ちゃんも全国に行けてたんじゃないかな?」
「だから、この子とのマッチアップは浩之ちゃんにお任せだよ。その代わり! 藤田君は中西君を頑張って抑さえてね! なんなら、勝っちゃっても良いよ?」
「いや、全国出たチームのエースだろ? 無理無理!」
「藤田先輩! やる前から何言ってるんですか! こうなったらシュートも特訓です! 明日は体育館、朝から使えますから朝練ですよ! 五時起きです!」
「勘弁してくれ!? 早起き無理!」
ぎゃーすか騒ぎ出す有森と藤田をしり目に、『期待してるから』と囁く涼子。そうかい。期待されてるんなら……まあ、一丁やってみますか。
「……さあ、それじゃ涼子? 今度は女子の方行ってみようか! 私のマッチアップは誰?」
「智美ちゃんのマッチアップはスモールフォワードだから、この子だね。中西君と同じ中学校だった萩原さん」
「……ふーん。身長もあるし……動き方がスモールフォワードっぽく無いね?」
「そうだね。この子、中一から高一までで身長が二十センチ伸びたらしいよ? だから、一番から四番までオールラウンドでこなせるプレイヤーだね。典型的なスウィングマンだよ」
「んじゃ、桐生さんのマッチアップになる可能性も……?」
「全然あるね。ただ、この子は器用だし上手いけど飛びぬけて此処が凄い! ってウリは無い子だね~。なんでも出来るけど、どれも七十点ってカンジ」
「……充分じゃね?」
それ、ある意味凄い気がするけど?
「んー……まあ、チームに一人は欲しいけど、みんな萩原さんみたいなタイプばっかりだったらきっとチームは強くならないと思うよ、私」
「そっか?」
「うん。勿論、ある一定のレベルまでは簡単に行けるだろうけど……例えば全国に行こうとすると強豪校と当たるじゃない? そんなチームには簡単に負けると思うな。だって、全部七十点の選手より、一個だけ百点満点の選手が得意な分野を活かして戦えば良いだけの話だし」
「理想論だろ、そりゃ」
「それが出来るチームなんだよ、正南も東桜女子も。選手層は厚いし、ピカ一の技術を持ったプレイヤーがゴロゴロいるチームに、器用貧乏な子は埋もれちゃう。可哀想だけどね。だからまあ、萩原さんはこの中では要注意って程のプレイヤーでは無いね。智美ちゃんなら抑える事は充分出来るよ」
「涼子の期待が重いけど……ま、やっちゃいますか」
何でもない様にそう言って両手を頭の後ろで組む智美。特に気負った姿ではない所をみる限り、勝算はあるのだろう。
「それで……桐生さんのマッチアップなんだけど……」
「ええ。どんな強い子かしら?」
「……ごめん、微妙に分からないんだよね」
「分からない?」
「うん。いや、ある程度の予想は付くんだけど……例えばこの子」
そう言って画面上に映し出されるポニーテール姿の女の子。身長は桐生と同じくらい、バスケ選手としては高く無く、典型的なガードタイプだろう。
「この子も全中に出てるガードなんだけど、本職はポイントガードなんだよね。シューティングガードは点取り屋だけど、この子自身はそこまで攻撃力高いワケじゃないんだ」
「でも、東九条君のマッチアップ相手の……なんだったかしら? 水杉君?」
「うん」
「その子とダブルガードで行く方法もあるのではなくて? ポイントガード二人で、水杉君に点を取らせる方法も」
「詳しいね、桐生さん。確かにダブルガードで行くことも考えられるんだけど」
「だけど?」
「……混成チームでダブルガードはどうかな、ってカンジではあるんだよね。命令系統が統一されないと選手も混乱するし。ただ……まあ、この子しかいないかな、とは思うけど」
「そうなの?」
「東桜女子のガードで、一年で、実力的な事を考えるとこの子がベターなんだよね~」
『ダブルガード』というのはコート内にポイントガードが二人の状態や戦術を指す言葉だ。ゲームの展開、或いは相性によって成功する事もあるが、チーム内の連携が取れて無いと成功は中々難しい。それでもあえてダブルガードを選択するということは、個々の能力が抜群に高いか……
「……所詮は市民大会と舐めて来ているからか、ってところか?」
「だろうね。まあ、上に繋がる大会でも無いし、レクリエーション半分な所もあるから」
「……若干不満っすね、ソレ」
そう言ってムッとした顔を見せる秀明。若いね~、秀明君。
「そっか? チャンスじゃん」
「チャンスだね」
別にガチガチのスポーツマンじゃないし。舐めて来てくれてるんだったら舐めて貰った方が良い。『こんなはずじゃなかった』みたいな負け犬の遠吠えを聞かせて貰おうじゃねーか。
「ま、そういう事で……取り敢えず、マッチアップ相手になりそうな選手のデータと、控えに居そうな選手のデータ、纏めておいたから。はい、浩之ちゃん」
「さんきゅ」
カバンからノートを取り出した涼子に礼を言って俺はそのノートを受け取ってパラパラとめくる。相手の身長や体重、プレイスタイルや得意・不得意なプレイが網羅されたそのノートに、桐生が少しだけ目を見開いた。
「……凄いわね、賀茂さん。良くここまで調べ上げて来たわね?」
「そう? そうでもないよ?」
「謙遜しなくても良いじゃない」
「謙遜じゃなくて……今回は本当、普通に調べただけだから。両方とも有名校だから調べやすいってのもあったし……今は結構、動画サイトとかで上がるからね、中学生の試合とかも。調べるのは簡単かな?」
「……そうなの?」
俺に視線を向ける桐生。そんな桐生に、俺は黙って頷いた。
「俺、勝算あるって言ったろ? 勝算の一つが涼子だし」
「賀茂さんが勝算?」
「涼子、マネージャーさせたらスゲーからな。今回は動画サイトだけだけど、中学校の頃は相手チームの偵察とか行ってたし」
「……本格的ね」
「だろ? 普通、市民大会で此処までやるチームなんてねーだろ? レクリエーションの延長で、相手チームを調べて、分析して、対策まで練るチームなんて。さっきの言葉じゃないけど、舐めてくれるなら舐めてくれた方が良いさ」
普通はそこまでやらないことをやるからこそ、試合にも勝てるってもんだろ?
「……ええ。勝てそうな気がして来たわ」
そう言って微笑む桐生に。
「勝てそう、じゃねーんだ。勝つんだよ」