第九十八話 愛だよ、愛!
学校から二駅の愛しの我が家……まあ、愛しと言うほどではないが、それでも最近は実家よりも過ごしやすいと感じ始めた我が家への帰路の道中で俺と桐生が許嫁で、更に同居している事に知っている他の皆はともかく、藤田、有森、それに藤原の三人は絶叫を持って応えた。『良い反応ね』なんて桐生は笑っていたが、そんな三人に事情説明と内緒にしておいて欲しい旨を伝えると快く了承してくれたのでほっと胸を撫でおろした。
「しっかしまあ……なるほどね、って感じだよな」
「……なにがだよ、藤田?」
「いや、最近の桐生さんってさ? ちょっと優しくなったというか、当たりが柔らかいと言うか……まあ、昔みたいな『悪役令嬢』じゃなくなって来たって評判なんだよな」
「……そうなのか?」
「……さあ? 私自身、そんなに変わったつもりは無いけど……東九条君はなんか感じる所がある?」
「俺、そもそも最初だけだしな、お前に悪役令嬢成分感じたの」
「成分って」
それも噂先行だったし。まさに、百聞は一見にしかずだ。
「本人とか近しい人間には分からないだろうけど……俺だってこないだ桐生さんに逢った時はびっくりしたからな。そう思わないか、お前ら?」
そう言って藤田は有森と藤原を振り返る。二人は顔を見合わせた後に、少しだけ気まずそうに、それでもこくりと首を縦に振った。
「ええっと……そ、その、失礼かも知れませんが……私も桐生先輩の噂は聞いていましたので……智美先輩に『大丈夫! 悪い人じゃないから』って聞いて、それでもちょっと……だったんですけど……一緒に練習していたら、そんなに悪い人じゃないかな~って」
「理沙の言う通りですよね。私は直接はアレですけど……桐生先輩、優しいですし」
「……そ、そう。嬉しい様な、嬉しくない様な評価ね」
そんな後輩二人の言葉に『もにょ』とした顔を浮かべる桐生。まあ、そりゃそうだよな? 『悪役令嬢だと思ってたんですけど、実はそうでも無かったんですね』と言われて喜ぶ奴はそう居ないだろ。
「まあ、それも浩之が頑なに固まった桐生さんの心を溶かしたんだな。愛だな、愛!」
「ちょっと何言ってるか分からないです」
いや、マジで。つうか藤田。そんな顔で俺の肩に手を置くな。マジで気持ち悪いんですけど?
「あ、愛って!? ふ、藤田君、な、なにを言っているの!?」
「またまたー。照れるなよ~、桐生さん? 浩之と一緒に過ごす間に、少しずつ気持ちが解されて行ったんだろ? 分かる、分かる! そういうヤツだよな、浩之って!」
「どういうヤツだよ?」
「噛めば噛むほど味が出る奴」
「スルメ扱いは止めてくれ」
「あんまり桐生さんをイジメるのもアレだし、この辺にしとくか。ま、末永くお幸せに~」
そう言ってニヤニヤというより、ニコニコと嬉しそうに笑う藤田。なんというか、祝福してくれるのは嬉しいんだが……
「……ほんっとうにデリカシー無いわね、藤田」
「……本当だよね。藤田君って、デリカシーのカケラも無いよね」
「ですよね!? 藤田先輩、変ですよね!!」
「……皆さん、それぐらいで。特に雫! 貴方は後輩でしょ!」
……皆の藤田に向ける視線が痛い。わ、悪いヤツじゃないんだよ、うん。
「こ、コホン! ともかく、その話は良いじゃない! それより、さ! 早く行きましょう!」
ようやく着いた家の高さに藤田達初めて組がポカンと馬鹿みたいに見上げていたり、象が乗れるようなエレベーターに藤田達初めて組が大騒ぎしたりと色々あったが……とにもかくにも、なんとか家に辿り着いた俺たちは、途中のコンビニで買った弁当を広げて束の間の夕食タイムを取る。
「……涼子が作るのかと思ったが」
「もうちょっと時間があればね~。明日は学校はお休みだけど、それでもあんまり遅くなると親御さんも心配するかもだし」
「……お前なら時短料理とか作れるんじゃね?」
主婦力高い涼子なら余裕だと思うんだが……
「まあ、出来ない事はないけど……私も先輩だしね? ちょっとぐらい、格好付けたいじゃん? 初めて披露する人にはきちんとした料理を振舞いたいの」
「時短料理も凄いと思うんだが……主婦力高そうで」
「……一応言っておくけどね、浩之ちゃん? 私だって華の女子高生なワケ。女子力って言われればまあ納得はするけど、主婦力って言われたらちょっとどうかな? って思うよ?」
そう言ってむーっと頬を膨らます涼子。そうなのか……それは悪い事したな。
「……なんてね。まあ、浩之ちゃんに言って貰う分には良いよ? 主婦力が高いお嫁さんって素敵でしょ?」
「……ノーコメントで」
「それは殆どコメントしてる様なモンだよ?」
クスクスと笑いながらそんな事を言う涼子。その姿は非常に可愛らしいのだが。
「……浮気だよ、桐生さん?」
「わ、わわわ! い、良いんですか、桐生先輩!」
「……やるな~、浩之」
「……俺、なんか浩之さん見る目が変わりそうです」
「……っていうか、東九条先輩、許嫁前にして他の女にデレデレするってどうなんですかね? 最低じゃないですか、桐生先輩!!」
「……わ、私に聞かれても……」
「でも! あんなの許して良いんですか! ねえ、理沙?」
「そ、そうですよ! 桐生先輩、確かに賀茂先輩は強敵ですが、負けちゃダメです!」
「そうそう! そもそもですね、桐生先輩! 幼馴染は負けフラグなんですよ! ナチュラルボーン負け犬なんですよっ!」
「雫! 失礼な事言わないでよ! 私はまだ負けて無いわよ!」
「……ああ、智美先輩もそう言えば幼馴染でしたね。っていうか、智美先輩もですか!?」
「……悪い?」
「いや、悪くは無いんですが……ええっと、趣味、悪く無いです? 東九条先輩ですよ?」
……なんかあっちでどんどん俺に対するアタリが強くなって行ってる気がするんだが。そう思い、ジト目を向ける俺に、涼子はクスクスと笑って応えるのみだった。