第九十七話 親睦を深めてみる?
金曜日の六時半。女子バスケ部のご好意で使わせて貰えることになった体育館で、俺らは汗を流していた。
「ディフェンスの基礎はワンアームっす。腕一本分、相手との距離を取りながら腰を落として下さい!」
「おう!」
「そうっす……そう、そうですね。そのまま、視線は相手から切らずに……左右に振っても直ぐについて行って下さい!」
「分かった!」
「シュートモーションに入ったら早めのケアを! そのままパスが来たりしますが、気にしないで良いっす! ともかく、相手にドリブルとシュートをさせなければ藤田先輩の勝ちだと思って貰ったら良いです!」
「了解だ!」
初練習から一週間が経った。長めのシュート練習を終えた俺は、休憩がてらドリンクを飲みつつ藤田と秀明のワン・オン・ワン……というか、ディフェンス練習を見守る。
「……凄いね。藤田、上手いじゃん」
「……確かにな。正直、嬉しい誤算だ」
藤田はあれから毎日、練習に参加してくれている。最初は素人臭さが抜けなかったものの、一週間の練習で格段に……とまでは言わないまでも、随分と上達した。
「……ディフェンスだけ、だけど」
「……充分だろ」
正直、ボールを持ってのプレイ、ドリブルやシュートはやっぱりまだまだ初心者だが、ことディフェンスに関しては藤田には一種の才能があったのか、メキメキと上達をしている。あいつ、小学校の頃はスポ少でサッカーをしていたらしいので、その辺りの感覚もあるのだろう。
「……そうだね~。まさか『カニ』を文句も言わずにやるヤツがいるなんて、私も思わなかったもん」
「確かに。現役バスケ部でも音を上げるのにな?」
後、根性と体力もあったんだよ、藤田には。
「――っ! くそ! うめーな、秀明!」
「ははは! 流石に初心者の藤田先輩には負けられないですよ!」
そんな事を考えていると、秀明が華麗に藤田を抜き去ってシュートを決める。そんな秀明に悔しそうな顔をして見せる藤田。いやいや、秀明に食らいついて行っただけ、大したもんだからね? 後、お前、いつの間に秀明を下の名前で呼ぶようになったよ? コミュ力たけーな、おい。
「お疲れ、藤田」
「おう、浩之。なんだよ、この可愛げのねー後輩は! もうちょっと先輩に花を持たせる様に言ってくれ」
流れる汗を手の甲で拭いながら俺にジト目を向ける藤田。花を持たせるって……
「……それで良いのかよ、お前。手加減されて」
「……よく考えれば良く無いな。逆に腹立つ」
「いや、でも藤田先輩マジで上達してますよ! 何度か危ない場面もありましたし」
ボールを持ったまま話に加わる秀明。いや、確かに藤田は物凄く上達したと思う。
「まだまだ全然だって。秀明には簡単に抜かれるし……どうすりゃいいよ、浩之?」
「あー……抜かれるのは仕方ないだろ。秀明、県でも強豪校のベンチメンバーだしな」
「でも、相手はもっと強い高校の一年なんだろう?」
「……そうだな」
「ですが、藤田先輩のディフェンスは結構良いですよ? それに、全部が全部止める必要は無いと俺は思いますし」
「どういうことだ?」
「藤田先輩のディフェンスと体力があれば、敵も随分イヤだと思うんですよね。相手にぴったりマークについて置けば、序盤はともかく終盤は相手も体力持って行かれると思うんですよ」
確かに。シュートは結構メンタル大事な所もあるし、イライラし出したらマジで入んないからな。そういう意味では藤田のディフェンスで相手の冷静さを奪うのもアリと言えばアリだ。
「……なるほど! つまり、アレだな? あの漫画であった、スッポンディフェンスをすればいいって事だな!」
そう言ってポンと手を打つ藤田。
「そうっす、そうっす! アレが出来れば完璧っすよ!」
「よーし! そうと決まれば練習だ! 秀明、もう一回ワン・オン・ワンを――」
「藤田先輩! ワン・オン・ワンばっかりじゃダメですよ! 次はドリブルの『基礎』練習です!」
勢いづいてそう言いかける藤田を止めるよう、有森が話に入って来る。そんな有森に藤田がイヤそうな顔を浮かべて見せる。
「えー……折角、なにか掴めそうだったのに!」
「なにが掴めそうですか! 藤田先輩、ディフェンスはともかくドリブルは全然じゃないですか! そっちも練習しますからね!」
「はいはい」
「返事は一回!」
「はーい」
「伸ばすな! ともかく! さあ、ボールを持って体育館の隅っこに行って下さい! 私が良いと言うまで片膝曲げてドリブル練習です! ボールに目線を向けちゃダメですよ!」
『それ、あの漫画で見た!』『黙ってやる!』なんて会話を繰り広げながら体育館の隅に移動する二人。な、仲良くね?
「……まあ、藤田にドリブルとシュート力付けばいいプレイヤーになるわよね?」
「そこまで期待するのは酷だろ。ま、無いよりは有ったほうが良いけど」
智美の言葉にそう答えて、俺は練習を再開しようとボールを持つ。
「浩之ちゃん、ちょっと良い?」
「涼子? どうした?」
と、スマホで何かを見ていた涼子が声を掛けて来る。どうした?
「相手チームの選手、大体予想出来たんだ。過去のプレイとかもネットで調べて纏めてるから、どっかで時間取れない?」
「……はい?」
……相手チームの選手の予想? え? 分かんの?
「当たるかどうか分からないけど……ちょっと分析して見ない?」
「いや、ちょっと待て。相手チームの選手の予想って……なんで?」
「正南学園と東桜女子だからね。ある程度、入学した選手は調べるのは簡単だよ。今はネットもあるし、両チームともブログとかもしてるしね」
「……」
「その中で一軍に入りそうなメンバーは除外、二軍に居る選手も除外、三軍……というか、これから伸び盛りの選手をピックアップすれば大体掴めるよ?」
何でもない様にそう言って見せる涼子。いや……
「……スゲーな、相変わらず」
昔からこういう情報収集能力に長けていたのが涼子だが……まだその能力は顕在か。
「……そうね。それじゃ、この後ウチでどうかしら? 晩御飯もまだだし、良かったら晩御飯でも食べて帰る? 勿論、皆で」
俺らの会話に入って来たのは桐生。少しだけ驚いた表情をしているだろう俺に、桐生が肩を竦めた。
「……藤原さんや有森さんなら、別にバラしても誰かに言う事は無いでしょう?」
「……藤田は?」
「バラすの? じゃあ、呼ばない」
「仲間外れは可哀想すぎるだろ、流石に!! いや……」
その辺りはきちんと言い含めれば口が堅いヤツだと思うが……そんな俺に、桐生はくすりと笑って見せる。
「冗談よ。きっと、大丈夫でしょうし……なにより、これだけ良くしてくれているんですもの。隠し事はあまり、したくないわ」
そう言ってにこやかに微笑む桐生。そっか。お前が良いなら、まあ……
「……それじゃ、どうする? この後、ウチに来るか?」
俺の言葉に、涼子は小さく頷いて。
「そうだね。折角だし、皆で晩御飯にしよっか。親睦を深める意味でも!」