第九十五話 初心者二人の意外な活躍
七時から始まった練習も一時間半。初心者組である桐生と藤田は別メニュー、俺と智美と秀明は三人でチームプレイの確認をしていた。
「……つうか秀明、お前センターもマジで行けそうだな?」
「うっす! っていうか、浩之さんもまだまだ全然現役で行けそうっすよ? 今からもう一遍やったらどうっすか?」
「勘弁。それは良いよ。智美は……まあ、相変わらずだな?」
「んー……スリーの成功率上げなさいって言われてるんだけどね~。でも私はどっちかって言うと自分でドライブしていくタイプだし? 外からのシュートはちょっと苦手なんだよね~。ペネトレイト、大好き」
「……身長が高いって有利だよな~。それだけで、十分武器になるし」
俺が中に突っ込んだら上からたたき落されるし。
「こればっかりは生まれ持った才能だよ、浩之君。恨むならおじ様とおば様を恨みなさい」
へへんとばかりに笑う智美に肩を竦め、シュートを放つ。と、同時に走り出した秀明は、リングに嫌われて弾かれたボールをキャッチ。
「……身体能力大概高いよな、お前」
「これぐらいは余裕っす!」
ニカっと笑う秀明にため息一つ。視線をちらりと初心者組に向けると、ワン・オン・ワンに励む桐生と藤原の姿があった。
「……」
「……」
ボールを持った桐生が小さくフェイントを入れる。その動きに釣られた様に動き出そうとした藤原に、桐生はドリブルで逆サイドに。
「っ!! させない!」
直ぐにカバーに入る藤原。そんな藤原に鋭いドライブを利かせたドリブルをしていた桐生は急にペースを落とす。たたらを踏みながら、それでも食らいつく藤原に再度逆サイドへのドリブルをする桐生。
「甘いっ!!」
そんな桐生の手元に藤原の手が伸びる。手元に伸びる藤原の手からボールを守る様にくるりとターンをして見せる。完全にフリーだ。
「……上手いっすね……って、ええ!?」
ゴール前に誰も居ない状態。セオリーで行けばゴール下まで運んでシュートだが、桐生はそのままその場で踏切ってシュートを放つ。綺麗な放物線を描いたボールは、まるで吸い込まれる様にゴールに入った。
「……フリーになったのにスリー打つんっすか?」
「……二点より三点の方が得、って判断じゃね?」
「……っていうか、桐生先輩、本当に素人っすか? 滅茶苦茶綺麗なシュートフォームなんっすけど?」
「……」
……まあアイツ、昨日の練習でもシュート練習ばっかりしてたからな。なんだかんだで三百本ぐらいは打ったんじゃねえか?
「……どう、東九条君!」
俺らの視線に気付いたのか、笑顔を浮かべてこちらに手を振る桐生。その隣で、悔しそうに唇を噛みしめる藤原がこちらに視線を向けている。
「……なんだよ」
「……桐生先輩、本当に初心者なんですか? 凄い上手いんですけど」
「……身体能力高いんだよ、アイツ」
「……私の努力はなんだったんでしょうか……」
「……まあ、別にシュート能力が高いだけがバスケプレイヤーの資質じゃねーから」
本当に。いや、今のドリブルとか良くできてたと思うけど……でもまあ、藤原が落ち込むほどじゃない。
「そうよ。私なんてまだまだだもの。藤原さんの方が上手いでしょ?」
「……桐生先輩に言われると嫌味にしか聞こえないんですけど」
「そんな事無いわよ。実際、抜けるより止められる方が多いじゃない」
「そりゃ……私は経験者ですし」
「それが大事なのよ。バスケに限った話では無いんでしょうけど、経験がモノをいうのでしょう、きっと。さ、藤原さん! もっと練習しましょう!」
『私にもっと、経験を積ませて?』と、楽しそうにそういう桐生に、毒気を抜かれた様にポカンとした顔を浮かべる藤原。が、それも一瞬、苦笑を浮かべて首を縦に振る。
「……はい! 次は抜かせませんから!」
「次も抜いてあげるわ。覚悟しなさい!」
そう言ってワン・オン・ワンに戻る二人。そんな二人を見ていると、横に来た智美が声を掛けて来た。
「……戦力的に期待出来るわね、桐生さん」
「嬉しい誤算だ。後はパスとドリブルが出来れば良いんだが……」
「そこまでは望みすぎじゃない? シュート力があれだけ高ければ、それで十分でしょ?」
「……だな」
俺がボール運びをやって、桐生にシュート打って貰っても良い。秀明ならリバウンドを取ってくれるだろうしな。
「……まあ、桐生は良いよ。もう一人の初心者は――」
「――もうやだっ! なんなんですか、この人! 智美せんぱーい!!」
「……なんだ?」
……おいおい。大丈夫か? そう思って視線をそちらに向けると、そこには半べそかいた有森と……おろおろとしている藤田の姿があった。なんだ?
「……どうした?」
「東九条先輩! この人、気持ち悪いです!」
「……藤田」
「ご、誤解だ! 俺は真面目に練習してた! 急に有森が怒りだしただけだって!」
「……本当かよ?」
じとーっとした目を向ける俺に、慌てた様に手をわちゃわちゃと振って見せる藤田。と、それまで黙ってみていた涼子が小さく手を挙げた。
「あの……藤田君、本当に真面目に練習してたよ?」
「……そうなのか?」
「うん。ただ……その、有森さんが『カニ』をやらせてたんだよね? ずっと」
「ずっとって……え? この一時間半?」
「うん」
『カニ』とはバスケのディフェンスの練習の一つで、中腰になって左右に動く練習だ。正式名称があるのか無いのかは知らんが、ウチのミニバスチームでは『カニ』って呼んでたし、中学バスケ部でも『カニ』って呼んでた練習方法だ。
「……マジかよ」
この『カニ』という練習、地味な見た目の割に無茶苦茶きつい。例えば十分休みなしですれば足がパンパンになるぐらいキツイ練習なのだが……
「……すげーな、お前?」
「そうか? 似たような練習、陸上部でもやってたし。まあ、俺は専門じゃないからそんなに得意じゃないけど……それでもこれぐらいなら余裕だろ?」
「……体力、マジであったんだな?」
「そうなんですよ! 東九条先輩、なんなんですか、この体力お化け! カニなんて十分したらきつくなるじゃないですかっ! なのにこの人、延々とカニばっかりやってるんですよ? 文句も言わずに! 気持ち悪いです!」
「き、気持ち悪いって……お前がやれって言ったんだろうが!」
「言いましたよ! 『私が良いって言うまで『カニ』続けて下さい』って! でも普通、途中で音を上げるじゃないですか! なんで延々とカニが出来るんですか! 本当に人間ですか、貴方!?」
「人間だよ! 失礼な事言うな!」
いや、一時間半も延々と『カニ』が出来るって、サイボーグか何かだと思うんだが……
「……ある意味凄いっすね、藤田先輩。桐生先輩とは別の意味ですけど……」
「……あの練習、お前嫌いだったもんな」
「浩之さんだって智美さんだって嫌いだったでしょ?」
「……否定はせん」
大事な練習だとは思うよ? でもな? 正直、全く面白く無いんだよな、アレ。
「アレを続けられるって事は体力と……それに根性もあるんでしょう。充分戦力になりますよ、藤田先輩」
「そうだな……おい、藤田。お前――って、喧嘩するなよ、お前ら!」
「だって!」
「そうだよ! コイツが!」
「なんですか!」
「なんだよ!」
「……仲良くしてくれよ、マジで」
なんとなく、前途は多難だが……ちょっとだけ、光が見えて来た。
「次の練習行きますよっ! 次は外周です!」
「はん! 望むところだ! 俺、長距離選手だしな! 何周でも走ってやるぜ! ついてこれるもんなんらついて来てみろ!!」
「むきー! この体力お化け!! 負けませんからね!!」
「……練習、もうそろそろ終わるんだけど?」
……仲良くね? お願いだから。