第九十四話 初めての全体練習
水曜日の七時。俺と桐生は連れ立って市民体育館に来ていた。俺も小・中学生の時には大会で何度もお世話になった体育館であり、なんとなく懐かしさも感じる。
「……あ、ヒロ!」
「わりぃ、遅くなったか?」
七時前だと言うのに既にコートの中でストレッチを行っていた智美がこちらに声を掛けてくる。その声に軽く手を挙げて返しながら、視線は智美の後ろに向いていた。
「……有森と藤原?」
「はい!」
「こないだぶりです、東九条先輩!」
「……なんで?」
「桐生さんと藤田は初心者でしょ? 取り敢えず、基礎叩きこんで貰った方が良いかなって思って来てもらったのと……」
「私たちも瑞穂の為に何かしたいです!」
「わ、私もです!」
「……と、言う訳よ。その……迷惑だった?」
窺う様な視線を向けて来る智美。迷惑?
「……んなワケあるか。悪いな、二人とも。バスケ部の練習の後だろうに」
「全然大丈夫です!」
「そうです! 気にしないで下さい!」
そう言って笑顔を浮かべて来る二人。有り難いな。
「……それじゃ藤原には桐生を教えて貰おうか。ガードだしな、藤原」
「お? それじゃ桐生さん、二番?」
「身長的にも、相手チーム構成の予想的にも二番が適任だろうと思ったんだが……」
あれ? 違う?
「ううん。確かに桐生さんの身長とか考えると二番が適任かな。じゃあ私がスモールフォワード?」
「まあ、それがベストだろうな。と言ってもお前はスウィングマンになると思うけど」
ガードとフォワードを両方こなす人間をスウィングマンと呼ぶ。まあ、桐生のボール運びは未知数だし、ボール運びは三人でするのがベストな選択になると思う。
「オッケー。それじゃ、理沙? お願いできる?」
「わかりました! それじゃ、桐生先輩、お願いします! まずは軽くパス練習からしましょうか!」
「ええ。こちらこそよろしくお願いします」
そう言って二人してボールを持ちながらコートの反対側に向かう。そんな二人の姿を――って、あれ?
「……藤原、普通だな?」
「普通? なにが?」
「いや、だって……桐生だぞ?」
瑞穂だって初めて桐生に逢った時にパニックになっていたぐらいだから、後輩の間でも『悪役令嬢』っぷりは有名だと思ったんだが……違うの?
「その辺りはちゃんと教えてますから。『桐生さん、クールだからちょっと怖い感じがするけど、実際話してみればいい子だから! チワワみたいなもん!』って」
「チワワって」
「ともかく、その辺りは大丈夫よ。ね、雫?」
「はい! 桐生さんは大丈夫です! それで? 私が教えるのはどなたですか?」
「あー……有森には藤田をお願いしようと思う。ウチのチームのパワーフォワードだな。と言っても、ガチの素人だから……有森にはディフェンスを叩きこんで貰いたい」
「ディフェンスですか? 私、そこまでディフェンス得意ってワケじゃないんですけど……」
「まあ、本当に基礎の基礎からだからな。取り敢えず、体力はあるらしいからガンガン鍛えてやってくれ」
「お手柔らかに頼むぞ?」
と、不意に後から声が掛かる。振り返ると、そこにはジャージ姿の藤田の姿があった。
「よう、浩之。俺をイジメる算段か?」
「イジメじゃねーよ。しごきだ」
「一緒じゃねーか。ええっと……」
「あ、私、有森です! 有森雫と申します。今日から藤田先輩の練習のお手伝いをさせて貰います!」
「ご丁寧にどうも。俺、浩之の親友の藤田。よろしくね」
「はい!」
どっちかっていうと明るいキャラで物怖じしない感じの有森だが、流石に学年上の、しかも男子となると緊張もするのか若干言葉尻が硬い。上手くなれてくれると――
「にしても……有森、だっけ? お前、身長高いな~。流石、バスケ部!」
「……あん?」
――おい、藤田。お前、それいきなり地雷踏み抜き過ぎじゃね?
「……東九条先輩」
「……はい」
「……ガンガン、しごいて良いんですね?」
「……その……アイツ、基本ちょっとアホなんだよ。別に悪気はないと言いましょうか……」
「……人の身体的特徴に初対面で切り込んで来るのはアホじゃないんです。デリカシーが無いだけです」
……仰る通りです、ハイ。
「……それじゃ、藤田先輩? ガンガン、行きましょうか?」
「お? それじゃ宜しく頼むぞ~」
「ふふふ……『よろしく』頼まれてあげますよ」
ガシっと藤田の肩を掴んでズリズリと引き摺って行く有森。おい、藤田。『んじゃな~、浩之』なんて簡単に言うなよ? お前、この後きっと死ぬから。
「……ご愁傷様だね、藤田。あ、そうだ! ヒロ、明日も練習できるの?」
「あー……どうかな? 体育館、取れて無いんだろ?」
「それは大丈夫! 部長に話したら、都合つけてくれるって。ウチの練習の後で、体育館使う許可貰ったから! 六時から八時までは使えるよ? むしろ、瑞穂の為にそこまでしてくれて申し訳ないって」
「申し訳なく思う必要はないんだが……でも、それは有り難いな」
ただ、秀明が……あいつ、別の高校だしな。
「まあ、秀明に関しては大丈夫でしょ? あいつ、学校で練習もしてるし……センター、させるんでしょ?」
「一応、そのつもり」
「なら、ヒロと私と三人でコンビプレイぐらい練習しておけば何とかなるでしょ。桐生さんや藤田じゃ流石に秀明にはついて行けないだろうし」
「……まあ、そうだな」
チームプレイメインで勝ちに行こうと思っていたが……まあ、仕方ない。
「……分かった。それじゃ、有り難く使わせて貰おうか」
「済みません! 遅れましたー!」
「ごめん、浩之ちゃん! 遅くなった!」
言っていると秀明と涼子が息を切らしてやって来た。
「焦らんで良いぞ。まだ時間まではちょっとあるし」
「済みません! ちょっと練習、長引いて!」
「ごめんね、浩之ちゃん。私はお母さんが『ご飯ー! お腹空いたー!』って……」
「……凜さん」
全く自炊する気はねーな、あの人。まあ、凜さんらしいっちゃ凜さんらしいけど。
「……よし」
ともかく、全員そろったな?
「それじゃ、始めようか。全体練習、ってやつ」