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第九十三話 私にバスケを教えてよっ!


 方針とスタッフが決まった後の涼子の行動は早かった。最寄りの市立体育館の管理課に電話をし、試合までの日程で借りられる日をチョイス。水曜日と土曜日の夜七時から九時までの二時間を押さえてくれた。

「……明日も練習するのに、今日もするのか?」

「当然でしょ? 私は素人なんだから。練習すれば練習しただけ、上手くなるじゃない。それに明日は全体練習、今日は個人練習よ?」

 場所は俺らの家の近くの公園。そこにゆっくりとストレッチをするジャージ姿の桐生とそんな桐生を少しだけ呆れた姿で見つめる俺の姿があった。

「……努力の人だもんな、お前」

「まあね。さ、それじゃ始めましょう! 私は何から始めればいいかしら?」

 入念なストレッチを終えた桐生はそう言ってにこやかに笑いながら手元のボールを器用に指で回して見せる。っていうか上手いな、おい。

「上手いな」

「こんな小技、上手くても仕方ないでしょ? 試合に役立たないじゃない」

「そりゃそうだが……そうだな。それじゃ、練習始めよう……の前に」

 片手で桐生にくいくいっとボールを要求。素直に俺にボールを配給した桐生からボールを受け取り、そのまま反転してシュート。ボールはリングを潜った。

「……相変わらず上手ね、貴方」

「まあ、これぐらいしか取り柄が無いからな」

 そう言って俺はゴール下で転がるボールを拾って桐生に視線を向ける。

「お前にやって貰いたいポジションはシューティングガードだ」

「シューティングガード?」

「二番、って呼ばれるポジションだな。あんまりに身長差がある様ならスモールフォワードとのスイッチ、或いはコンボガードとして俺と変わって貰う事もあるが……」

「……ちょっとよく分からないんだけど……専門用語? が多すぎて」

 きょとんとした顔を浮かべる桐生に悪い悪いと手を左右にひらひらと振って見せる。

「バスケットのポジションはポイントガード、シューティングガード、スモールフォワード、パワーフォワード、センターに分かれてて、番号で呼ばれる事もある。順番に一番、二番、三番、四番、五番だな」

「ええ」

「男女混合、男性三人と女性二人のチームの場合……想像だが、一番、四番、それに五番は男性になる確率が高いと思う」

「なんで?」

「四番と五番、つまりパワーフォワードとセンターはゴール下で競り合いになる事の多いポジションだからな。女子より男子の方が有利だろ?」

「……そうね。じゃあ、一番は?」

「一番はチームの司令塔だから。混成チームなら、男子が活躍する機会は多くなるだろうし……そう考えれば、チームメイトである男子をポイントガードに配した方が有利だろ?」

「気心の知れたメンバーの力を最大限に発揮できるから?」

「まあ、そんな所だ。そうなるとウチのチームのポジションは一番が俺、二番がお前だろ? 三番は智美で、四番に藤田、五番に秀明がベストかな、って思う。お前のマッチアップ相手との身長差がびっくりするぐらいあると考えるが……ま、その辺りは試合毎って感じかな?」

「なるほど、分かったわ。それで? シューティングガード……二番、だったかしら? 二番は何をするポジションなの?」

「基本はスリーポイントシュートなんかでガンガン点を取るポジションだ。場合によっては俺の代わりにボール運びやパスをする補佐役でもあるな。まあ、バスケのポジションは厳密にこの仕事! って決まってる訳じゃないんだが、それでもある程度の役割分担を考えるとこうなる」

 まあ、流石に俺の身長でリバウンド争いに参加したりはしないが……それでも、精々センターとポイントガードは違うってぐらいだもんな、違いって。基本はなんでも出来るのが望ましいし。

「貴方、シュート上手だもんね。私がパス回しをすれば、貴方はシュートを打てるって事かしら?」

「正解。理解が早くて助かる」

 流石、桐生。地頭が良いっていうか、カンが良いというか……取り敢えず、俺の言ったことの要点を直ぐに理解してくれる。やっぱりガード向きだよな、コイツ。

「……ガード陣はどっちかって言うとバスケットIQの高い選手が好まれるし、お前の頭の良さならバスケの戦術理解も早いと思うんだよ。なら、二番が適任かなってな」

「鈴木さんは?」

「……あいつは野生のカンで動くタイプだから」

 ま、まあ色んなタイプがあるしね! あいつもガード経験者の筈なんだが……

「……分かったわ。それじゃ水曜日と土曜日は全体練習に使って、その他の平日はシュート練習に充てる、って感じで良いかしら?」

「欲を言えばドリブルと二人でサインプレイの練習くらいはしておきたいかな? 上手く使えれば相手を軽く騙せるトリッキーなプレイもあるし」

「先日、鈴木さんと川北さんがやっていた様なプレイかしら?」

「まあ、そんな所だ。どこまで通用するかはわかんねーけど……でも、なにもしないよりはマシかなって思うぞ、俺は。それに、ああいうプレイに引っ掛かったらイライラするしな。チームメイトならドンマイって言葉も掛かるだろうけど、さして仲良くもないチームメイトならそのイライラは不和の原因になる。『引っ掛かるな!』『うるせー』とかなってくれたらもう最高だよ」

「……」

「? どうした?」

「いえ……なんというか……やり方が小さいと言うか……」

「……毒を盛ろうとしないだけマシだと思ってくれ」

 食中毒でも勝ちは勝ちだしな。まあ、それじゃきっと瑞穂は納得してくれないだろうけど。

「一応、戦略としては俺がパスを回してお前と智美でシュートを打っていくスタイルになると思う。智美はともかく、藤田のシュートは期待できないだろうし……どっちかって言うとアウトレンジからのスリーポイントチームになるかな? 飛び道具主体のチーム作りだ」

「その……流石に自信が無いのだけれど? そんなにシュートが入るとは思えないし」

「まあ、外しても秀明がとってくれると思って打てば良いさ。十本打って三本入れば御の字だ。その代わり、三本は絶対に決められるくらいの力は欲しい」

「……出来るかしら?」

「正直、難しいと思う。だが、お前の能力ならもしかしたら、と思ってはいる」

 運動神経も良いし、努力家で真面目だからな、桐生。ドリブルとかパス練習の時間を割いてシュート練習に特化すれば或いは、と思う。

「……期待してる、私に?」

「……重いか?」

「……いいえ……ええ、『いいえ』よ」

 そう言ってふんわりと笑う。

「……初めてかも知れないわね、貴方に頼られるって」

「……そっか?」

「そうよ。私は貴方に助けて貰ってばかりだもん」

「助けたつもりは……」

「いいの。私の主観だから」

 優しい笑みを、満面の笑みに変えて。



「だから――貴方を助けられるのも、貴方に期待されるのも……貴方に、頼られるのも、たまらなく心地良いわ。重いなんてとんでもない。やる気満々よ、私」



 川北さんには少し申し訳ないけど、と少しだけ表情を曇らせた後、それでももう一度笑顔を浮かべて。


「さ、練習しましょう! 私にバスケを教えて頂戴、東九条君!」




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