第九十一話 それが正解かどうかは分からないけど、取り敢えず動き出そう。
「バスケット大会に出るって……」
しばし無言でじっと俺を見ていた四人。そんな空気を壊したのは桐生だった。
「……本気なの、東九条君?」
「本気だ。この大会に出て、優勝を目指す」
「優勝を目指すって……」
頭を抱えてヤレヤレとばかりに振って見せる桐生。その後、少しだけ呆れた様にため息を吐いて言葉を継いだ。
「……私もバスケットは詳しいわけじゃないけど……正南学園? 東桜女子? その二校は強いのでしょう?」
「県内ではぶっちぎり……とまでは行かないでも、かなり強いな」
「今年もその男女混合の大会に出て来るの、その二校?」
「たぶんな」
「ならば、その二校で結成された合同チームという昨年度の覇者に勝たないと行けないという事なのでしょう? 優勝する為には。勝てるのかしら、それ?」
「チームは同じだけど、きっとメンバーはガラッと変えて来るだろうな。去年は一年主体だったし、今年もだと思う。まあ、それでも難しいのは難しいだろうな。だがまあ、勝算自体は……皆が協力してくれるのであれば、無い訳じゃないと思う」
「……本当かしら?」
疑問符を浮かべながらも、それでも大人しく引き下がる桐生。と、続いて手を挙げたのは涼子だった。
「その……大会に出るってメンバーは誰?」
「此処に居る全員だな」
「無理無理無理! 私、運動神経悪いもん! 絶対足引っ張るよ!」
「男女混合は女子二人以上がルールだから、智美と桐生が参加してくれれば涼子に試合に出て貰う必要はない」
「じゃあ……」
「ただ……涼子にはサポートをお願いしたいんだ」
「サポート?」
「お前、マネージャーさせたらピカ一だろ? 手間をかける事になるが……その、ドリンクの準備とか、可能であれば敵チームの分析であるとか」
「練習場の手配、とか?」
「公園でやろうと思ってたんだが……」
「それぐらいなら市民体育館借りた方が良いよ。時間とお金は掛かるけど……その方が練習に集中できるだろうしね」
「……お願い出来るか?」
「それぐらいなら、ね?」
そう言って微笑む涼子。さて、他に質問はあるか? そう思い、視線を向けた先で智美が小さく手を挙げている姿が見えた。
「……その……それって、瑞穂の為、だよね?」
「……そうだ」
「それ、本当に瑞穂の為になるの? 私たちがバスケットをしている姿を見て……見てくれるかどうかも分かんないけど、ともかく、そんな事して役に立つのかな? 瑞穂、バスケットを続けてくれるのかな?」
不安そうな表情を浮かべる智美。そんな智美に、俺は首を振る。
「分からん」
横に。
「わ、分からんって! じゃ、じゃあ!」
「だが、何もせずに『苦しいリハビリに耐えてバスケをしろ!』ってお前、言えるか?」
「それは……」
「瑞穂がどちらを選ぶかは分からない。もしかしたら、『私がこんな風になっているのに、自分たちばかりバスケをして!』と拗ねる可能性もある」
「……」
「……だが……バスケを遊び程度ではしていたとはいえ、試合なんかには参加していない、一生懸命練習もしていないそんな俺が、それでもその大会で優勝できる、せめて活躍出来れば……もしかしたら、瑞穂はバスケを止めないって選択肢を選ぶんじゃねーか? 『二年ブランクがあってもあそこまで出来るなら、私も』って、思う可能性はゼロじゃねーんじゃねえかと俺は思う」
「……ヒロと瑞穂は違うよ。ヒロは……上手いじゃん」
「それも含めて、後は瑞穂の選択だ。個人的には俺と瑞穂は似たタイプ、努力タイプだと思うが……まあ、そこは瑞穂の判断に任せる」
ただ。
「ただ……俺は、瑞穂に後悔はしてほしくない。他ならぬ……あの時、バスケから逃げた俺が、唯一今思ってる事はそれぐらいだ」
「だから、貴方は!」
「いい、桐生。お前がそう言ってくれるのは嬉しいが……それでもやっぱり逃げたんだよ。逃げたって言い方が悪ければ捨てたんだよ、俺は。そして今、俺はそれを少しだけ、後悔もしてるんだ。あの時続けていればって、今まで一度も思わなかったかと言われれば……やっぱり嘘になるからな」
そう言って苦笑を浮かべて見せる。不満はありつつも、ある程度俺の言葉に納得したのか口を噤んだ桐生に笑みを浮かべ、俺は秀明に視線を送る。
「……お前はどうだ、秀明?」
「……瑞穂の為に何かしてやりたい、って気持ちはあります。正直、部活との兼ね合いもありますし、直ぐに返答は難しいですけど……」
「分かってる。無論、部活を優先するべきだ。瑞穂も大事だが、お前はお前の人生も大事にするべきだからな」
「お気遣い、ありがとうございます。でも、瑞穂の為に何かすることを苦には思いません。浩之さんにとっては可愛い後輩かも知れませんが……俺にとっても大事な幼馴染ですから」
「……そっか」
「それで……俺、個人の事で言えばさっき浩之さんが言ってた『勝算』です。勝てるんですかね? 正南と東桜女子のチームなんてドリームチームじゃないっすか。そんなチームに、本当に勝てるんですか?」
「ドリームチームばっかりが強いってワケじゃねーんだよ。言ったろ? 勝算はあるんだよ」
そう言って俺はスマホを取り出して、ある動画を映す。
「なんっすか、これ?」
「便利な時代だよな? 今ではなんでも動画に上がる。これ、去年の決勝の試合だ」
しばし画面を見つめる秀明……と、智美。おい、秀明? 智美と顔が近いからって顔を赤くするな、気持ちわるい。
「……これ、上手くパスが通ってない?」
「智美、正解。一人一人のレベルは低く無いけど、それでもやっぱり急造チームだ。息が全く合って無い。相手がそこまで強く無いからなんとかなってるけどな」
「……確かにそうっすね。それに……レベルは低くも無いですけど、高くも無いですね、コレ」
「一軍は参加していない。二軍は男子・女子それぞれの試合に出るんだぞ? 混合チームは必然的にレベルが低い奴らの集まりになるさ。一年主体だしな」
まあ、所詮それは比較論でしか無いけど。正南や東桜女子に入るヤツが下手くそな訳ないし。
「でもまあ、秀明は聖上のベンチメンバーだし、智美は東桜女子の推薦来てたんだ。レベルが段違いってワケじゃないだろ?」
「私は? 私、バスケ素人なんだけど?」
「バスケは素人だけど、桐生は運動神経抜群だろ? ちょっと練習すればきっと巧くなるし……そこは戦略も練る」
「そう。なら、それで良いわ。貴方に騙されてあげる」
「ああ、騙されてくれ。尤も、騙してるつもりは毛頭ないがな? ともかく……それじゃ、要点纏めるぞ? 相手チームは強い。強いが、個々人の個人プレイばっかり目立つチームだ。こっちは桐生が素人だが運動神経は抜群、俺と秀明、それに智美?は小学校の頃から一緒にバスケやってるし、お互いのプレイスタイルなんかも大体分かる。個人のレベルも決して低くない。個人練習と、チーム練習を何度かすれば、勝てる可能性は高いと思う」
どうだ? と問う俺に、全員が無言。だが、否定的な意見は出ないトコロから、ある程度賛同してくれると――
「その……浩之ちゃん、秀明君、智美ちゃん、桐生さんの四人がメンバーで、私はマネージャー的な事をするんだよね? でもさ、浩之ちゃん? バスケは五人でするんだよ? あと一人は?」
……痛いところを突かれた。そうなんだよな。いいアイデアだと思ったんだが、実はこのアイデアの最大の弱点は、『四人』しかいないってところなんだよな。
「……もう一人は可及的速やかに探す、と言いましょうか……誰か居ない? 智美か秀明」
「男子バスケ部に頼むってのもちょっと、って感じかな~。女子バスケ部なら誰か助けてくれるかもだけど……流石に女子三人、男子二人じゃ勝てるものも勝てないんじゃないかな?」
「ウチは……俺だけならともかく、流石に校外の活動に出るのは……ちょっと厳しいっす」
「……だよな」
かといって俺もそこまで友達が多いワケじゃねーし。運動神経良いヤツが居れば取り敢えず勧誘って感じに――
「――あれ? 浩之じゃん? どうしたんだ、こんな所で」
不意に掛かる声に、その方向を振り返ると、そこにはトレイにビッグワクドセットを乗せた藤田の姿があった。




