第一話 助けて幼馴染! 登場、『悪役令嬢』サマ。
「おはよー、浩之ちゃん。良い朝だね~」
「……はよ、涼子。元気だな、お前は。月曜日の朝から」
「そう? えへへ~」
ただでさえ憂鬱な月曜日の朝に加え、土曜日の『アレ』以来、憂鬱な日曜日を過ごした俺には家の前で待つ幼馴染である賀茂涼子の笑顔は少しばかり眩しすぎた。
「? あれ? 浩之ちゃん、元気ない?」
「……そうか? いつもの事だろ、月曜日は」
「ううん……? そうかな? 確かに浩之ちゃんはいつも月曜日は元気が無いけど、今日は輪を掛けて元気がない気がする」
「……流石」
家も隣同士の幼馴染、流石によく分かってらっしゃる。
「まあ……ちょっと色々あってな。若干、ナーバスになってる」
「そうなの? もしアレなら相談ぐらいには乗るよ?」
「あー……そうだな。ちょっと相談に乗って貰いたい感じではある。あるが――」
「おっはよー! ヒロ、涼子!」
「――丁度いい。あのバカにも説明しとこう」
「ひ、浩之ちゃん! ダメだよ! 智美ちゃんの事、馬鹿とか言ったら」
「ん? どうしたの?」
華麗にチャリで疾走して来た俺のもう一人の幼馴染、鈴木智美はキキーっと音を鳴らして自転車を止めると、きょとんとした顔でこちらに視線を向けた。
「なんでもない。朝から元気だなと思ってな」
「いやー照れるね~。それにしてもヒロは朝から冴えない顔してんね~。こーんな美少女二人と毎朝登校出来るなんて幸せもんのくせして、なーにしけたツラ構えしてるんだか!」
そう言ってバンバンと俺の背中を叩く智美。いてーよ!
「誰が美少女だ、誰が。百歩譲って涼子は認めるけど、お前に美少女要素はねーよ」
「なにをー! 涼子が美少女なのは認める! でも、私だって美少女でしょ! こう見えても人気、あるんだぞー!」
「女子にな」
涼子はどちらかと言えば小動物系の守ってあげたくなるタイプの女性だが、智美はその真逆。女子バスケ部のエースで、ボーイッシュな恰好や言動、それに短めの髪なんかからヅカ系の人気を博している。まあ、顔立ちが整っているのは認めるが、『美少女』ではない。
「ひ、浩之ちゃんも智美ちゃんも止めてよ……そ、それに智美ちゃん? 浩之ちゃんだってちゃんとすれば格好いいんだから……」
「格好いい? んー……まあ、ヒロはそのうざったい髪型とかもうちょっと何とかしたらマシにはなると思うけど……格好いいかは別じゃない?」
「も、もう! 智美ちゃんったら!」
「ま、ヒロの良さは顔じゃないしね! いいじゃん、それで! ねー、ヒロ!」
「もうなんでもいいよ。それよりお前ら。ちょっと話がある」
「話? なに、浩之ちゃん?」
「良い話? 悪い話?」
「悪い話だな。俺にとっては、だが」
しかも過去最大級に。そんな俺の言葉に、二人が息を呑んだのが分かり、俺は言葉を継いだ。
「俺な? ――許嫁が出来たわ」
月曜の朝から、住宅街に絶叫が響いた。
◇◆◇
「……ねえ、ヒロ? おじ様、まだ家に居るの?」
「親父? まだ居ると思うけど……どうした?」
家の前でいつまでもする話では無いと思い、登校中に土曜日の話をした。青くなり、赤くなり、白くなった後、再び顔を赤く染めた智美は押していたチャリを止めてこちらに視線を向けるとにっこり笑った。
「――ちょっと一発、顔面ぶん殴ってくる」
良い笑顔でサムズアップ……じゃなくて!
「ちょ、おま、なに言ってるんだよ!」
「そ、そうだよ、智美ちゃん! 何言ってるの!」
「なにって……え? 私がおかしいの、コレ?」
「いや、誰がどう考えてもお前がおかしいだろう!」
バイオレンスか!
「そうだよ! なに言ってるの、智美ちゃん! 殴るのは顔面じゃなくてお腹でしょ!」
「……はい?」
り、涼子? お前までなに言ってるの?
「ああ……流石、涼子。痣残っちゃうもんね?」
「そうだよ!」
「そうだよ、じゃねえよ! なに言ってるんだ、お前ら!」
驚いた。何が驚いたって、智美はともかくいつもは大人しい涼子までそんな事を言いだすなんて。
「なに言ってんだって……あんたこそ、なに言ってんのよ! これ、立派な人身売買じゃない! 平和な現代日本で許される事じゃないわよ、こんなの!」
「そうだよ、浩之ちゃん! そもそも浩之ちゃん、なんでそんなに簡単に受け入れるのよ! なに? 許嫁の子がそんなに可愛いの!?」
「そうじゃねーよ。そうじゃないんだが……」
いやな? 俺だって日曜日に散々考えたさ。でもな?
「……俺んち、会社やってるだろ?」
「うん! それが悪の元凶だね!」
「元凶とか言うなよ、涼子。まあ、会社やってるって事は人も雇ってるワケでさ? 小さな会社だし……ホラ、俺だって可愛がってもらってんの、知ってるだろ? お前らだって世話になってねーとは言わせねーぞ?」
「それは……」
「そうだけど……」
親父の会社は小さい故にか、なんというかアットホームな会社だ。社員旅行には俺は勿論、幼馴染の涼子も智美も良く一緒に連れて行って貰って、従業員の皆には随分可愛がって貰った。まあ、息子の俺が言うのもなんだが、経営者としての才覚は無いが人望はあるんだろう、ウチの親父殿は。
「徳さん、こないだ子供生まれたばっかだし、山岸さんの娘さん、来年大学生だろ? そんな中で親父の会社が倒産したら、さ?」
俺の家だって大変だ。まあ、昨日の話じゃウチの本家は名家らしいし、何かしらの援助はあるのかも知れんが……それにしたって、直ぐの話にはならんだろう、たぶん。
「……なら、俺が我慢するのが一番いいのかな、ってな」
「……」
「……」
「……なんだよ? しんみりすんなって」
「……しんみりするよ、馬鹿。だって……もう! ヒロの馬鹿!」
「おま、馬鹿は酷くない?」
「私だってそう思うよ? 浩之ちゃんのその、皆の為に我慢するのは凄く立派だし格好いいと思うけど……やっぱり、馬鹿だよ、浩之ちゃんは!」
まあ、そうだよね。俺だって馬鹿だと思うし。
「それに……ねえ?」
「うん……だよね?」
「これ、結構ヤバい状況じゃない、涼子?」
「ヤバすぎるよ……正直、想定外だもん……」
「……どうする?」
「……明美ちゃんに言う? 助けてくれるかも」
「えー……まあ、頼りにはなるけど……明美出てきたら鬼の首取ったように言われそうだしな~」
「……だよね~」
「おい、なんで明美が出て来るんだよ?」
明美は東九条の本家の一人娘で、俺たちの同級生だ。よく俺の家に遊びに来てたし、当然涼子や智美とも面識があるが……
「なんでもないよ、浩之ちゃん」
「うん、なんでもないよ、ヒロ」
「……絶対、なんでもあるだろう」
「無いって。それよりさ、ヒロ? 貴方の言っていた許嫁って」
「――ちょっと良い? 東九条浩之」
不意に。
話に夢中で気付かなかったか、いつの間にか校門に辿り着いた俺に掛かる声があった。視線をそちらに向けると、そこには。
「――ちょっと時間貰える? っていうか、無理でも作れ」
俺の許嫁である、桐生彩音が腕を組んでイライラしながら立っていた。
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