1巻発売記念! なろう特典SS『貴方には、いつも』
本日、第一巻発売です!! 特典付きの書店様でご購入して頂いた方もおられるでしょうが、疎陀、田舎者ですので……特典付き書店様が近場に無くて……
全国一億人の田舎在住の方、同じ苦しみを味わっているんじゃないかと思いまして、折角なので『なろう』だけの特典SSです!! 時間軸は一巻のラストで、最初の『幕間』みたいな雰囲気です。購入して頂いた方も、まだ購入されてない方も、WEBだけで楽しむぜ! という方もお楽しみ頂ければ!!
「……東九条君?」
桐生の見事な悪役令嬢っぷり……というとなんだか誤解を招きそうだが、ともかく少しだけ桐生と仲良くなった日から数日がたったある日。
「どうした、桐生?」
見るとは無しにテレビを付けていた俺に掛かる声。桐生だ。金曜日の夕方、明日から休みということで、部屋着でいつも通りゴロゴロしている俺とは違い、桐生はきちんとした格好をしている。
「……どっか行くのか、こんな時間から?」
しかも、化粧までして。なんか買い物? 荷物持ちくらいなら出来るけど、俺? そんな俺にきょとんとした顔をして桐生は首を捻って見せる。
「どこにも行かないわよ? コーヒー飲むかなって声掛けただけだけど……なんで?」
「いや、小綺麗な格好しているし、化粧までしてるっぽいから……どっか行くのかなって」
「小綺麗って……ただの部屋着よ、これ?」
そういってワンピースのスカートの裾をちょんともって見せる桐生。いや、桐生さん、部屋着って。
「そのまま買い物行けそうじゃね?」
「そう? まあ、別に外に出たら恥ずかしい恰好だ、なんて言うつもりも無いけど……それでも誰かに逢うかもしれないし、外出するならもう少しお洒落に気を使った服を着るわよ?」
「……マジか」
桐生の姿をマジマジと見た後、俺は自身の服装に目をやる。スウェットに薄手のパーカーと完全な『部屋着』な俺と……桐生のそれ。
「……確かに東九条君の恰好でお外に買い物に行くのはちょっと恥ずかしいかもしれないわね」
「何言ってんだ。人間、着るものじゃないぞ? 中身だ、中身。俺はこの恰好で買い物だって行ける!」
俺の堂々としたその宣言に、桐生が呆気にとられた顔で。
「…………え?」
……なんだろう、心が痛むんだけど、その表情。『コイツ、なに言ってんの?』みたいな表情、ちょっとやめて貰っても良いですか?
「……まあ、コンビニくらいだけど」
「……ああ、そういうこと。良かったわ。一瞬、東九条君の美的センスを疑ったもの」
まあ、着るものじゃないと言った所でやっぱりこの恰好でデパートとかは恥ずかしいからな。
「……やっぱりお嬢様だからか?」
「なにが?」
「いや……部屋着ってさ? 着てて楽なものにするじゃねーか? それをお前、そんなかっちりした服装ってこう……肩が凝るんじゃね?」
いや、別に人の趣味にケチをつけるつもりはないが……ガサツの代名詞みたいな智美はともかく、女子力高そうな涼子だって家では普通に中学のジャージとか着ている時あるし。そこまでかちっとした服装せんでも良いんじゃないかと思うが……そんな俺に、少しばかり気まずそうに桐生が顔を顰めた。
「……なに?」
「いえ……まあ、その……そうね。貴方の言葉は正しいと思うわ。そこまでかっちりした格好でもないけど……まあ、気を張る恰好ではあるかも知れないわね。何処に出る訳でもないのに、薄化粧までして、と自分でも思うけど……」
「だろ? 別にそこまで気張った格好せんでも良いんじゃないか? 誰に逢う訳でもねーんだし」
そんな俺の言葉に、少しだけ不満そうに頬を膨らませる桐生。なんだよ?
「……あなたが、居るじゃない」
「……」
「誰に逢う訳でもないって言うけど、貴方には逢うじゃない、毎日。だから……そ、その……」
言いにくそうに――でも、はっきりと。
「……だらしない恰好して、貴方に幻滅されるの……嫌だし」
「……桐生」
「だ、だから! す、少しでも綺麗に見えるように、その……い、家でもちゃんとした格好をしたいの! 化粧だってした方が、その……か、可愛く見えるでしょう? だ、だから……」
――貴方には、いつも、可愛いと思って貰いたい、と。
勢いがついたか、堰を切った様に喋りだす桐生。そんな桐生に、俺は寝転がっていた姿勢から立ち上がり、桐生の側まで行くとその頭をポンポンと撫でる。
「あー……その、わりぃ。それと、まあ……あ、ありがとう」
「……なんのお礼よ、それ」
「いや、そこまでこう……気を使ってくれたというか、可愛い恰好しようとしてくれようとしていたというか……そういうのがこう……ちょっと嬉しい」
いや、良く考えてみ? そりゃ、嬉しいだろ? 結構な美少女な桐生が、俺の、俺だけの為に可愛い恰好したり、化粧までしてくれて……その理由が、『俺に幻滅されるのが嫌』って。許嫁冥利に尽きるぞ、おい。
「……でも、それじゃ俺のこの恰好ダメかな?」
頭を撫でながら自身の恰好に目を移す。あ、スウェットに毛玉ついてる。
「う、ううん! だ、ダメじゃないよ! あのね、あのね? 東九条君がそういう恰好しているのって……その、正直、ちょっとだらしないとは思うんだけど……」
「……思うのか」
「で、でも! それって完全に『家』に居るからじゃない? 他の人に見せない、気を抜いた格好って事でしょ? それって……」
私だけ特別みたいで、ちょっと嬉しい、と。
「……桐生」
「まあ、鈴木さんや賀茂さんは見たことあるんでしょうけど……でも、今は、その……私だけ、でしょ?」
「……だな」
「ふふふ……だから……私は、それが嬉しいの」
撫でている俺の手にそっと自身の手を重ねてはにかむ様な笑みを浮かべる桐生。なんだか物凄く照れくさいんだが……うん、悪い気はしない。
「でも……その理論で行くなら、桐生ももうちょっとラフな部屋着を着れば良いんじゃないか?」
「え?」
「だって桐生、俺の前で気を張っているって事だろ?」
「そ、そうじゃないわよ! そ、その……わ、私のは違うわ! 気を張っているって言うか……い、いつだって綺麗な私を見てほしいのよ!」
いや、その気持ちは嬉しいんだけど……でもさ?
「これから一緒に暮らしていくわけじゃん?」
「……うん」
「その……ずっと桐生に気を使わせる……じゃちょっと違うのか。ともかく、そんな風に気を張ってたら桐生だって疲れるだろ? 家ぐらい、気を抜ける場所であってほしいっていうか……」
コイツ、悪役令嬢だもんな。外に出れば七人の敵状態だろうし……女の子なのにな、桐生。
「……でも」
「……それに」
あー……うん。まあ、それに、だ。
「……その……お前は、なんだ、可愛いしな? どんな格好しても似合うと思うし……そ、それで幻滅とか、することはねーよ」
……あー、くそ。恥ずかしい。俺の顔、真っ赤だぞ、きっと。桐生も顔真っ赤だし、家の中で何やってんだよ、俺ら。
「そ、その……ほ、ほんと?」
「……嘘はつかねーよ」
恥ずかしいけど……本当の事だ。
「そ、その……げ、幻滅しないなら、も、もうちょっとラフな格好、しても良い? 実はちょっと『いいな』って思って買ってあったルームウェアがあるんだけど……き、着てみても良い?」
「おう。むしろ着てみせてくれよ」
「っ!! うん!! すぐ着替えて来るね!!」
俺の言葉に少しだけ肩の力を抜いた様、綺麗な笑顔を浮かべてパタパタとスリッパを鳴らして自室に帰る桐生に俺は少しだけ苦笑を浮かべる。ったく……気を使うなよな、そんな事。
「だいたい」
多少気が抜けたお前の恰好見たくらいで、幻滅なんてする訳ねーだろうが。
「……あー、くそ。はずい」
右手を目の位置に持っていってそのままソファに座り込む。にしても……あれだな? 俺ももうちょっとちゃんとした格好した方が良いかな? だって、桐生に幻滅されるなんて、ちょっと耐えられそうにない。
「――東九条君? 着てみたけど……ど、どうかしら?」
桐生の声に、俺は目から右手をとって桐生に目を向けて。
「…………それはあかんって、桐生さん」
――猫耳のついた、ピンクと白のボーダー柄のもこもこパーカー。
――同じピンクと白のボーダーで、眩しい太ももがのぞくもこもこショートパンツ。
――先ほどまでのスリッパとは違い、猫の足の形をしたもこもこスリッパ。
「だ、ダメ!? え? へ、変なの、この恰好!?」
変じゃねーよ!! 無茶苦茶似合ってるよ!! だがな? そんな恰好で太もも丸だしな桐生と一つ屋根の下で二人っきりなんて、俺の理性が過労死するわ!!
「……その格好はやめてくれ」
「えー!! せっかく、可愛いと思ったのに……」
いや、可愛いよ! 可愛いんだけど!!
「……良いからその服はやめておけ」
「……東九条君がそういうなら……でも、他の部屋着になりそうな服とか持ってないし……」
……ふむ。
「……部屋着なら、多少サイズが違っても良いだろ? 俺の服とかで良ければラフな服とかあるけど……」
この恰好に比べれば露出も少ないだろうし、少なくとも『可愛く』はない。これなら俺の理性もなんとか頑張れるだろう。そう思う俺に、桐生は考え込むように顎に手をやって下を向く。
「あー……やっぱ嫌か? 明日にでも買いに行くか? 荷物持ちぐらいはするぞ?」
「いえ……嫌、という訳では無くて」
「そっか? まあ、部屋着に金掛けるのも勿体ないし、それなら俺のを――」
「……彼シャツ……パタパタ袖……良いかも知れないわね……」
「――貸すのは禁止。明日、買いに行こう」
『なんでよー! 貸してよー!!』という桐生から顔を背け、俺は見るとは無しに見ていたテレビに視線を戻した。んなもん、目の前でされたマジで理性がお亡くなりになるよっ!!