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藪蛇

作者: やす

唐突に始まって唐突に終わります。

明かりの点いていないその部屋は、窓からの月明かりでかろうじてその輪郭を浮き上がらせていた。

しん、と静まり返った部屋はゆっくりと這い上がるような不安を空間全体から放っていた。

それがいわくつき(、、、、、)の場所であれば尚更に。

僕はこんなところにいる原因になった人物に視線を向けた。

懐中電灯で照らしながらきょろきょろと部屋を見渡しているのは、僕より頭一つ分背の低い一人の女性だ。夜闇に融けてしまいそうな長い髪が、頭が左右へ動くたびに揺れている。平凡な男子大学生である僕としては、誰もいないところで女性と二人きりなのはどうにも落ち着かない。

「あのさ、こんなところに何の用があるんだ?」

 静けさに耐え切れなくなった僕は隣の人物に声を掛けた。

 これは本当に気になっていることだ。僕らがいるのは古びたビルの三階にある一室だ。今は使われておらず、無人となって久しく、僕らは不法侵入という形でここにいる。しかも、ここか無人となった原因というのが数年前に起こった殺人事件。犯人はまだ、捕まっていない。わざわざ何故こんなところに来る必要があるのか。どんな理由があるのかと固唾を飲んでいたのだが、

 「うん?別に。」

 返ってきたのはそんなそっけない言葉だった。

 「べ、別にって…」

 「まあ、強いて言えば野次馬的な好奇心?」

 予想外の返答に思わず固まってしまう。そんな理由で、こんな夜更けに、こんなところに?冗談かと思ったが、彼女の表情は至極真面目だった。

 「ここ、出るらしいから」

 「出る?」

 「殺人事件の被害者の幽霊」

 さらりと言われたそれを聞いて、途端に自分の顔が引きつったのがわかった。僕もその噂は聞いたことがあった。幽霊を信じているわけではないけれど、改めてその現場で言われると、場所が場所だけに流石に背筋が寒くなる。そして、彼女の目的がそれだというのも笑えない。

 「そんな顔するなら付いて来なければ良いのに。あなたこそ何でここにいるのよ?」

 僕が黙りこくっていると、考えを察したのか彼女が不機嫌そうにそう言った。

 「女性がこんなところに一人でいるのは危ないじゃないか。大学の同期で知らない顔でもないし」

 僕がここにいるのは全くの偶然だ。バイトの帰り道、彼女がこのビルに入っていこうとしたのが目に入り慌てて呼び止めたのだがどう説得しても聞き入れてもらえず、止む無くここにいるという流れだ。これまで彼女と特に会話など交わしたことはないが、いくつか同じ講義を取っていることもあって顔は知っていた。そんな人物がこんな場所に一人で入っていくのを見逃すのはどうにも嫌だった。

 「ふうん」

 僕の返答に彼女はまるで興味のない風だった。その態度に少しばかりむっとして、文句を言ってやろうと口を開きかけたそのとき。

ふっ、と彼女が持っていた懐中電灯の明かりが消えた。そして同時に、あからさまなほどに部屋の温度が下がった。

ぞっ、とするほどの緊張感が部屋いっぱいに充満する。

「!?」

急激な空気の変化に、僕は口を開きかけたままの状態から身動きできなくなってしまった。

「本物だったみたいね、ここ」

隣に立つ彼女が平然とした態度でそんなことを言った。

何でそんなに平然としていられるのかと彼女を見ると、その視線は部屋の隅の方へと向けられていた。

その視線の先に何がいるのか。恐る恐る、僕もつられるようにして視線の先を追う。

 そして、目が合った。

 居るはずのない人影が、部屋の隅、明かりのない部屋のさらに暗闇に沈んだ場所に立っていた。

異様なまでに目を見開いた女が、僕を見ていた。

 全身が総毛立った。冷や汗が噴き出し、心臓が破裂しそうなほど脈打っている。

 ——なんで!?なんで!

 頭でひたすらそう繰り返す。一切の余裕がなくなった僕に反して、先ほどと変わらず冷静な彼女の声が、辛うじて思考の隙間に滑り込んできた。

 「この人、あなたに用があるようね」

 それを聞いた瞬間、ばっ、と体ごと彼女の方を向く。

 「な、んで…」

 ひたすら浮かぶ言葉を、あえぐように声に出す。

 「あの人の様子を見れば一目瞭然でしょう。あなた、よっぽど彼女に思われているのね」

 最後にそう言って浮かべた笑顔には一切の曇りがなかった。

 「いつから…」

 「気づいていたわけではないわよ?流石に、当事者と現場に来ることになるなんて思わないわ。だからこれは全くの偶然」

 淡々と話す彼女をじっと見つめる。見つめる事しかできない。

 だって、見られているのだ。すぐ側で。

 さっきまで離れていた距離がほぼゼロになるような位置に、それが立っていた。

 気配が、視線が、すぐそこにある。それを認識したくなくて目の前の女を見続ける。

 そんな僕を見上げて、彼女は嗤う。

 「期待されても私、何もできないわ。そんな知識も技術も持ってないもの。それに、自業自得でしょう?」

 肩を、誰かに掴まれた。つられるように首が回る。

 ——嫌だ、見たくない。

 そう思うのに頭は動くことを止めない。ゆっくりと視界が回る。

 瞳孔の開ききった、充血で真っ赤になった目が、僕の視界を埋め尽くした。

 ――――――――――――――。



数日後、朝のニュース番組にて、某県で交通事故が起こったというニュースが報道された。被害者は男子大学生。病院に運ばれ、死亡が確認された。警察は、事件性はないとして事故と自殺の両面から捜査を進めるらしい。二、三分程度でまとめられたそれは、他のニュースに埋もれ、あっという間に見えなくなった。


幽霊ももちろん怖いけど、生きた人間もなんだかんだ結構怖いよなぁという気持ちで書いたものです。

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