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(9)オレは魔物と戦う-後編-

 空が白み始めた頃、最初の犠牲者を発見した。

 

 すぐ近くにもう2名。

 

 いずれも他の町村からの調査団員と思われた。

 

 無数の咬み疵と、咬み千切られた痕。

 

 遺族にはとても見せられないような死に方だった。

 

 更に少し進んだ先にもう4名。

 

 しかも生きたドゥーのおまけ付き。

 

 遺体まで弄ぶのか、と怒りに任せて首を切り落としてやった。

 

「ロイドさん、調査団って全部で何人でしたっけ?」


 ポックがロイドに尋ねる。

 

「警護隊15人の他に35人。全部で50人だ」


 50人中6名を遺体で発見―――か。

 

「カイル!」


 パックの叫び声。

 

 全員声のする方へ急ぐ。

 

 そこには警護隊制服の遺体があった。

 

 最後まで必死に抵抗したのがはっきりと見てとれる死に様。

 

「カイル……よく頑張った。遅れてすまない」


 ロイドが言葉を絞り出す。

 

 パックがカイルの手を合わせ、見開いた目を閉じてやる。

 

「必ず後でまた来ます」


 ジュリアも涙を見せていた。

 

 知っている間柄だったのだろうか。

 

 いずれにしろ、今は手厚く葬ってやる時間などないのだ。

 

 その時―――。

 

 ヴォァァァァァッ!

 ヴォァァァァァッ!

 ヴォァァァァァッ!

 

 微妙に音程の異なる三つの咆哮が森に響いた。

 

「今のはなんなんだ?」


 ポックが声の方向を向いて立ち竦む。

 

「近いぞ、全員警戒しろ!」


 ロイドが警告する。

 

「しッ! 音がするッ!」


 ミーナが緊張した声で皆を制止する。

 

 

 ……確かに何か音がする。

 

 戦っているのか?

 

「急げ! 助太刀するんだッ!」


 ロイドが言い終わる前に全員が声の方向へ駆け出す。

 

 

 ―――少しずつ音がはっきりしてくる。

 

 キンッ! ザッ! ズシャッ!

 

 確かに誰かが戦っている……2人?

 

 今行くぞ。

 

 もう少し、もう少しだけ持ち堪えてくれ!

 

「ボステム! イーノ!」


 ミーナが絶叫して更に加速する。

 

 まさか! サッカリアの2人なのか!?

 

 ミーナは走りながら矢を連射する。

 

 あんな事まで出来るのか……。

 

 あれが神足という戦技なのか?

 

 やってみるか……。

 

 見よう見真似のぶっつけ本番だが、可能性があるなら。

 

 行けッ!

 

 ―――加速、した。

 

 ミーナと比較するとだいぶ見劣りするが、ただ走るよりはマシだ。

 

 後ろの仲間を引き離して急ぐ。

 

 やっと魔物の姿が見えてきた。

 

 あれは……まさかケルベロスなのか?

 

 巨大な狼のような容貌。 

 3つの頭に長い尻尾。 

 あれだけ苦戦したオルトがまるで可愛く見える凶悪な姿。

 

「あッ」

「ボステムッ!」


 オレが思わず声を出したのとミーナが叫んだのが同時だった。

 

 敵の攻撃でボスが力尽きたように倒れこむ。

 

 それを庇おうとイーノが懸命に前に立ち塞がるが―――。

 

 ズドッ!

 

 イーノの腹部に魔物の尾が突き刺さるのが見えた。

 

「いやああああッ!!」


 ミーナが再び絶叫。

 

 神足のスピードのままイーノに駆け寄ろうとするが

 

 ヴォァァァッ!

 ドガッ!

 

 咆哮と共にミーナが吹き飛ばされる。

 

 何だ今のは?

 

 見えない攻撃?

 

 ようやくオレも森を抜け、魔物の側面に飛びだした。

 

「こっちだ、コノヤロー!」


 ジグザグに高速移動しながら足元を狙おうとするが、魔物にはなんと頭が3つあり、それぞれが別々に攻撃してくるため、迂闊に近づけない。

 

 とりあえずこちらに注意を引きつけて、仲間が到着するのを待つしかない。

 

 ヴォァァァッ!

 

 魔物の右の頭が吼えた。

 

 と、ものすごい衝撃で体ごと吹き飛ばされる。

 

「ぐはぁッ」


 転げながらも体勢を立て直し、足を踏ん張って起き上がる。

 

 ミーナがやられたのはこれか。

 

「ミーナさん! 無事ですかッ!?」


 魔物と対峙しつつ、視線の隅で視認しようとするが範囲外だ。


 返事もない。

 

「ミーナさんッ!」


 ダメなのか……。

 

「だ、だいじょうぶ……ゴホッ」


 生きてた!

 

 咳き込みながらも立ち上がった気配を感じる。

 

 他の仲間たちもやっと追いついたようだ。

 

「なんだ……こいつは……」


 冷静なロイドが驚愕で言葉を失くしている。

 

「頭が3つあるぞ」

「尻尾が尖っている、あれはヤバイ」


 双子が叫ぶ。


 ジュリアは? もしかして声も出せない状態なのか?

 

「ジュリア! ミーナを頼む!」

「わかった」


 こういう時はやるべき事をはっきり指示してやるのが一番なのだ。

 

 で、オレはミーナとジュリアからこの3つ首野郎の注意を逸らさないといけないわけだ。

 

「みんな聞け! こいつが吼える時に気をつけろ。体が吹き飛ばされるぞ!」


 そう言った途端、右首が双子の方を向いて口を大きく開ける。

 

 ヴォァァァッ!

 

「うわッ」

「ぐわッ」


 双子が10mほど吹き飛ばされる。

 

 右首が吼えると衝撃が来る、でFAだな。

 

 ただ、右首だけが可能なのか、他の2つも可能なのかで対処が違って来るが……。

 

 双子への追撃をさせないため、こちらもひっきりなしに動いて注意を引く。

 

 但し、迂闊に近づいて攻撃するのは悪手だ。

 

「ポック! パック!」


 ロイドが声をかける。

 

「大丈夫です!」


 ハモった。さすがは双子。

 

 どうする?

 

 このバケモノをオレとロイドと双子の4人で倒せるのか?

 

 ―――最大限希望的観測に基づいて推測しても不可能だ。

 

 せめてミーナとジュリアが戦える状態になれば……。

 

 ボスとイーノはどうなったんだ?

 

 クソッ! 敵だ、敵に集中しろ!

 

 ドガッ!

 

 3つ首の尻尾がロイドを盾の上から叩きつける。


 左首が口を開けて―――マズイぞ!

 

 ヴォァァァッ!


 ロイドの全身がビクンと痙攣したように見えた。

 

 吹き飛ばされてはいない。

 

 あれを耐えられたのか?

 

 にしても様子がおかしい。

 

「ロイド! どうした!?」


 ―――返事がない。

 

 また尻尾が飛んでくる。

 

 チクショウ!

 

 我流神足でロイドを追い越して尻尾を横から叩く。

 

 ガシィッ!

 

 尻尾の軌道は変えられたが、こちらも反動で体勢を崩す。

 

 右の視界にバケモノの頭が……

 

 ヴォァァァッ!

 

 刹那、世界が真っ白になる。

 

 ―――ぁぁぁぁぁぁああああッ!!


 絶叫しているのが自分だと気付いた直後、左前足で踏み潰される。

 

 ドッ!!!

 

「ぐはぁぁぁぁッ!」

 

 出る……あらゆる所から色んなモノが出てしまう……。

 

 永遠に感じられた地獄の圧力が突然弱まった。

 

 おおおおおおお!!

 

 全力で何も考えずゴキブリのように這って逃げる。

 

 命がかかっていればこそ出来た芸当だが、全身の外側内側が激痛で悲鳴を上げている。

 

 骨が全部砕け、内臓が全部潰れたかと思ったがそうではなかったようだ。。

 

 助かった―――。

 

 なんだよ!

 転生モノって主人公は俺TUEEEEE無双出来るんじゃなかったのかよ!

 こんなんアリかよ!

 全然歯が立たねぇし、ダサくて惨めなだけじゃん!

 死ぬところだったんだぞ今!

 そもそも死んだらどうなんだよオレ。

 元の世界に戻れんの?

 それともこっちの世界で死んで終わり?

 わっけわかんねぇよチクショウ!

 

 誰に毒付いているのかもわからぬまま、ひたすら呪詛の思念が渦巻く。

 

 我に返って3つ首の方を見やると、左前足に矢が3本突き立っていた。

 

 切り傷もあるようで、血が滴っている。

 

 ミーナとジュリアが助けてくれたのか……。

 

 その2人が今、オレに肩を貸して移動してくれているのにやっと気が付く。

 

「アスカ! 大丈夫!?」

「しっかり! アスカちゃん!」


 そして3つ首の方は復活したロイドと双子が距離を取りつつ牽制してくれているようだ。

 

 申し訳ない。

 オレがヘマやらかしたばっかりに迷惑かけて……。

 

 その時―――背中にそっと手の平が当てられる気配。

 

 体が温まる。

 

 なんかいい気持ちだなぁ。

 

「クェス! 無事だったの?」


 ミーナが耳元で大声を出す。

 

 クェス? あの魔法の人か。

 

「アスカさん、もう大丈夫ですよ。これで動けるはずです。」

 

 治癒魔法?

 ホントだ! 痛みが消えてるッ! すげぇ!!!

 

「クェスさん、ありがとうございます!」

「アスカ、良かった」


 ジュリアがやっと笑顔を見せてくれた。

 

 その時―――。

 

「ロイド! すまん待たせたッ!」


 大きな声が響いた。


「隊長ッ!!」

「お父さんッ!?」


 ロイドとジュリアが同時に叫ぶ。

 

 ―――ガラドがいた。

 

 警護隊の人たちも数名引きつれている。

 

「ジュリア、話は後だ! 来たからにはお前も役目を果たせ!」

「はいッ!」


 ガラドの無事を確認して安心したのか、覚悟を決めたようなスッキリした顔になった。

 

「クェス、向こうにボステムとイーノがッ!」


 ミーナが2人が倒れている方を指差す。

 

「わかりました。行きましょう!」

「援護します。アスカ、動ける?」


 ジュリアが顔を寄せてくる。

 

「当然!」


 もう体は何ともない。

 むしろ疲れも吹き飛んだ分やられる前より元気なくらいだ。

 

 4人で倒れた2人の位置まで移動する。

 

 その間、3つ首野郎はロイド、双子、ガラド、警備隊の人たちが対処。

 

 人数が増えたのもあるが、何より隊長のガラドがいるという安心感が加わって心強い。

 

 

 一方、サッカリアの2人は思った以上に重篤な状態だった。

 

 ボステムは既に息をしていない。

 

 イーノは腹に穴が開いてしまって虫の息だ。

 

「ミーナ、ごめんなさい。私の力じゃもう2人は……」

「そんなッ! お願いクェス! あなたしかいないのッ!」


 ミーナの必死の懇願にも、クェスは頭を振るしかない。

 

 だが、諦めたらそこで終わりだ。

 

「クェスさん、イーノさんをお願いします。」

「でもアスカさん、この傷は私の魔法では治せません」

「いいからやってください! 死なせたいんですか?」

「……わかりました」


 オレはボスを仰向けにし、体の上に乗っかって心臓マッサージを始めた。

 こう見えて救急処置講座は何度か受けた事がある。


「アスカちゃん、何をしてるの?」


 ミーナが怒ったように言う。

 まさか救急処置知らないのか?

 

「ボスを助けるんです。黙っててください!」


 納得がいかない表情だが知った事か!

  

 AEDがあればもっと確実性が上がるんだが……。

 

 あっ! 魔法があるじゃないか!

 

「クェスさん、雷とか電撃の魔法ってないですか?」

「いえ、私は回復系と水属性の魔法しか使えません」


 くそッ、ダメか。

 

「あの、アスカ」


 ジュリアがおそるおそるといった感じで話しかけてくる。

 

「なに?」

「私、ちょっとだけなら」

「え!?」

「ちょっとなら出来るかも」

「何を?」

「だから電撃の魔法……」


 ええッ!!??


「本当に出来るんだな!? それならボスに一発かましてやってくれ」

「えっ、ボステムさんに? そんなの出来ない。それにボステムさんはもう……」

「あああうるさい! つべこべ言わずにとっととやれ! ボスが死んでもいいのかッ!?」

「わかったやるわよ、やればいいんでしょ! その代わり責任取りなさいよ!」


 ジュリアは腰のポーチから魔鉱石をあしらった腕輪のような物を嵌める。


 ボスの心臓の位置に手を当てさせ、出来るだけ威力を抑えて魔法を放つように指示する。

 

 当然その間オレはボスの上から退く。

 

「ボステムさん、ごめんなさいッ!」


 バチッ!

 

 ―――何も変化なし。

 

「ジュリア、もうちょっとだけ強めに!」

「そんなのでき……わかったやるわよ!」


 バチッッ!

 

 今度は小さく火花が見えた。

 

 ボスの体がガクンとやや仰け反ったように見えた。

 

 すぐにマッサージを再開。

 

 もうこの際だしょうがない人口呼吸もやってやろうじゃないの!

 

「ひゃああッ!」

「ええッ!?」

「な、なに?」


 女3人がそれぞれ奇天烈な声を上げる。


 いちいちうるせーんだよチクショウ。 

 こっちだってアスカとしてはファーストキスだぞコノヤロー。

 この年になってこんなガチムチ男となんてあああああああなんなんだよ全く!!!!

 

 周囲の訝しげな視線を無視してマッサージを続ける。

 

 ―――と、ボスに変化が。


「ブホッ、ゴホッ」


 咳き込んだのを境に呼吸が戻った……。

 

 良かった―――。

 

「ボステムッ!」


 ミーナが抱きかかえる。泣いてる、のか。

 

 クェスは未知の魔法でも見たかのような怖れを孕んだ表情でこちらを見ている。

 

 もちろん手はイーノの治療を続けたまま。

 

 ジュリアはというと、よくわからんヘンな顔をしていた。

 

 どうせさっきの人工呼吸の事だろ、わかってるよクソッ。

 

「魔法が使えるなんて一言も教えてくれなかったじゃないか」


 オレにも教えて欲しかったという意図でジュリアに詰め寄る。

 

「あんなの出来るうちになんか入らないわ。ハエが殺せるかどうかも怪しいものよ」

「まさかあれで精一杯ってことか?」

「なんか文句あるの?」


 ああ、それは失礼。

 

 ジュリアは魔法が苦手……っとハイ覚えましたよ。

 

「でも助かった。ありがとう」

「……うん」


 あんな魔法でも人を救う役に立ったんだ。

 もっと誇りに思っていいんだぞ、ジュリア。

 

 で、残るはイーノの方だが……。

 

「クェスさん、イーノさんの様子は?」


 クェスは黙って首を振るだけ。


「イーノ! おいしっかりしろ!」


 ボスが起き上がってこちらにやって来た。

 

 しゃべれるじゃん!

 

 すると

 

「……に、いさん……」


 イーノがしゃべった!

 

「イーノ!」

「大丈夫か?」

「頑張って!」


 みんなが口々に叫ぶのでわけがわからない。

 

 イーノがしゃべろうとしてるのに、うるさい! シーッ!

 

「よか……た。に……さん……」


 微かに聞こえる程度の声、うっすらと目も開いている。

 

 クェスの魔法、ちゃんと効いてるじゃないか!

 

 クェスを見ると悲しそうな目で微笑んでいた。

 

「うちに帰ろう、イーノ。だから頑張るんだ」


 あれだけ無口だったボスがこんなにしゃべってる。

 

「イーノ!」


 ミーナの顔はもう涙でぐじゃぐじゃだ。

 

 

 最後に微かに笑って、イーノは逝った。

 

 享年27歳。

 

 兄想いのイケメン冒険者。

 

 それ以上の事は知らない。

 

 

 悲しむのはサッカリアのメンバーたちに任せて、3つ首野郎をオレは倒す!

 

 立ち上がり、歩き出した横へジュリアが並ぶ。

 

 気持ちは一緒だ。

 

 しかし、オレは冒険者という人種をみくびっていたようだ。

 

 すぐ後にミーナも、ボステムも、クェスも続いた。

 

 ―――イーノの仇を討つ!

 

 

 対3つ首戦は膠着状態に陥っていた。

 

 それなら、人数が増えるこちらが有利になるはず。

 

「いいか、人数が多いから有利だとは思うな! 相手は伝説の魔獣キュベラスだ。死ぬ気でかかれ!」


 ガラドが我々に発破をかける。

 

 キュベラス? ケルベロスじゃないのか。

 

「伝説の魔獣?」

「キュベラス……」


 伝言ゲームのように口々にガラドの言った言葉が伝わる。

 

「あいつの口から出る攻撃は知ってますか?」


 一応確認のため、ガラドに聞いてみる。

 

「もちろんだ。右の頭は見えない衝撃波。左の頭は精神攻撃を仕掛けてくる」


 精神攻撃? 確かに頭が真っ白になった。

 

 しかし厄介だな……。

 

「隊長、真ん中は?」


 ポックが尋ねる。

 

 確かに、真ん中のヤツは何をしてくるんだ?

 

「わからんッ」


 知らねーのかよ!

 

 ガラドが続けて指示を出す。

 

「ロイド! ボステムさんと前衛を頼む。 咆哮には気をつけろよ!」

「わかりました隊長!」


 ボステムはまた無言男に戻ったらしく、黙ってロイドの傍らに立つ。

 

「ミーナさんとクェスさんは援護を頼みます」

「わかった」

「わかりました」

「よし、ノルデン兄弟はオレと一緒に来い!」


 ガラドと双子、その他隊員たちが壁役の2人から右方向へ移動していく。

 

 っていうかノルデン兄弟って誰? 双子?

 

「お父さん! 私たちは?」

「好きにやれ! だが無理はするなよ」


 好きにやれってどういう事だよ。 

 戦力として見てもらえてないって意味か?

 まぁいいや。 ほんとに勝手にやるからな。

 

「ジュリア、こっちだ」


 声をかけてガラドたちとは反対側へ回り込む。

 

 おそらくガラドは精神攻撃のヤツを先にどうにかするつもりだろう。

 

 それなら衝撃のヤツが邪魔をしないよう、こちらで気を引く。

 

 にしても真ん中は何してるんだ?

 

 ……あっ。

 

 たしかマンガであったよな、パラサイトで複数体寄生してるヤツ。

 

 あれも結局は全体をコントロールする頭脳は1体だけだった。

 

 もしあの真ん中の頭が全体をコントロールしているのだとしたら……。

 

「ジュリア、ヤツの首を斬り落とす」

「斬り落とす? 出来るの?」

「まぁ見てなって」


 ジュリアが低い姿勢で右前足を狙って突っ込む。

 

 オレはその後ろにつく。

 

 ジュリアが攻撃を開始した。

 

 その背後から大きく跳んで右首に斬りつけようと振りかぶ―――ったところへ尻尾が叩きつける。

 

「がはぁッ!」


 尻尾を忘れてたぁぁッ!

 

 だが、吹き飛ばされた先にクェスがいたのですぐに治癒してもらう。

 

 ラッキー!

 

 ジュリアも一旦距離を取って様子を見ている。

 

 そうだ!

 

「クェスさん、水属性の魔法が使えるんですよね」

「ええ、あまり難しいのは無理だけど」

「水属性って、氷なんかも作れます?」

「もちろんよ」

「オレの剣に氷の力を与える事は出来ますか?」

「ええ、属性付与ね。出来るわ」

「お願いします!」


 クェスが杖を掲げると魔鉱石が光る。

 

 次の瞬間オレの剣も光り出して、剣が見事なアイスソードになっていた。

 

 あ、アイスソードってのはオレのネーミングだけどね。

 

 剣身の部分も長くなっているし、これはものすごく切れ味良さそうだ。

 

「ありがとうございます」


 クェスに礼を言ってジュリアの所へ戻る。

 

「遅かったじゃない」

「悪い。先に尻尾を何とかする」

「了解」


 オレたちが後ろへ回り込むように動くと、ミーナが右首をうまく挑発してくれていた。

 

 助かる。

 

 ふと、キュベラスの真ん中の首はどうしてるかなと後ろを見ると、ヤツもこちらを見ていた。

 

 やっべ!

 

「ジュリア、気をつけて」


 振り返るとジュリアが尻尾をギリギリ避けたところだった。

 

 そのまま尻尾はこちらへ向かってくる。

 

 イーノをやったあの尻尾。

 

 我流神足!

 

 尻尾の軌道の前方へ先回りし、先端の堅い部分を避ける位置へ移動。

 

 剣を両手で上段に構え、全体重を乗せて真っすぐに振り下ろす!!

 

「デァッ!!」


 サクッと軽い音がしただけで尻尾の先端が明後日の方向に飛んで行った。

 

 腕への負荷も思ったほどではなかった。

 

 すげぇなアイスソード。切れ味抜群じゃん。

 

 2/3ほどの長さになった尻尾がびゅるびゅる暴れる。

 

 もう一丁!

 

 サクッ。

 

 尻尾はまだ申し訳程度に残っているが、もう攻撃手段としては意味を為さないだろう。

 

 グヴォァァァァッ!!


 キュベラスが唸りを上げて(どの首かは知らん)、こちらに向き直る。

 

 ターゲットロックオンされた感じ?

 

 左右の首が口を開く……。

 

「ジュリア、一旦退避ッ!」

「了解」


 追いかけられる可能性もあるので、いっそガラド達に合流してやれ。

 

 すると向こうもそのつもりで動いて来てくれたのですぐに合流できた。

 

 ドガッ!

 

 右首の衝撃波をロイドが重ねた盾で防ぐ。

 

 左首には双子が付いている。

 

「無理はするなと……」

「隊長、真ん中の頭が弱点かもしれません」


 ガラドの小言を遮って御注進してみる。

 

「根拠は?」

「勘です」

「フッ、面白い。いいだろう」


 おお、話がわかる。

 

「ミーナ、真ん中の頭だ!」


 ガラドが声を張り上げる。

 

 返事はないが、矢の攻撃が真ん中に集中する。

 

「アスカ、その剣私に貸して」

「いいけど、どうするの?」

「それならキュベラスの足を何とか出来ると思うの」

「いいね。やってもらおうじゃない」


 アイスソードをジュリアに渡す。

 

 ジュリアの剣を受け取って援護に走る。

 

 ズバッ、ズシャァァッ、バシュッ!

 

 ジュリアのZ斬り(命名オレ)が決まり、右前足を上げてキュベラスが後ずさりをする。

 

「おおおおおッ!」


 男たちの歓声が上がったのは、ガラドが左首に剣を突き立てたためだ。

 

 通常の剣よりも大きいが大剣とまではいかないぐらいのサイズ。

 

 キュベラスに突き立てたその剣をそのまま力任せに振り下ろすと、左首の下半分がパックリ切れて血が滴り落ちる。

 

 ギャオォォォォォッ!


「アスカ!」


 ジュリアがアイスソードを返してくれたので、リレーのバトンワークのように受け取りザマに走りだして勢いをつけて跳び上がると左首の繋がった部分へ斬り下ろす!

 

 スパッ! ドスン!

 

「おおおおおおおッ!!」


 さっきよりも大きな歓声が上がる。

 

 これで精神攻撃の心配はなくなった。

 

 ヴォァァァッ!

 

 やっべ! 衝撃波が来るッ!

 

 ドガッ! 

 

 ボスが盾1枚でオレの前に立ちはだかり、防いでくれた。

 

 鼻から血が出てはいるが、目配せで大丈夫だと言っている。

 

 頷いて感謝の意を示した直後、そのボスを踏み台にして高く跳び上がると、油断をしていた真ん中の首の顎の下辺りへ剣を突き刺す!

 

 ズッ!

 

 連続攻撃には至らずそのまま落下するも、明らかにキュベラスの動きが鈍くなった。

 

「今だ! 全員攻撃!!」


 ガラドが腹の底から声を張り上げる。

 

 左前足、両後足、右首辺りを集中して攻め立てる。

 

 キュベラスは右首が滅茶苦茶に衝撃波を出すくらいしか攻撃手段が残されていない。

 

 ジュリアが左前足にもZ斬りを決めるが、アイスソードではなかったので傷が浅い。

 

 それでもダメージは少なくなかったらしく、キュベラスの動きが完全に止まる。

 

「あと少しだ! 押せぇッ!」


 とガラド。

 

「アスカさん!」


 クェスの声が聞こえた。

 

 すると、キュベラスの前方に人の背丈くらいの水玉が浮かんでいる。

 

 踏み台に出来るのか?

 

 やってみるしか!

 

 ジャンプして水玉に乗る……乗れた。

 

 そのままトランポリンの容量で両足で踏み切ってジャンプ。

 

 キュベラスの真ん中の頭より高く跳び上がる。

 

 眼下の頭目がけてミーナの矢が飛ぶ。

 

 右目に命中!

 

 イヤがって頭を振ったところへ、アイスソードに全体重を掛けて落下。

 

 ズッ!

 

 額の真中、脳があると思われる位置へアイスソードを真上から突き刺した。

 

 そのまま頭に着地する予定が、キュベラスが腹這いに倒れ込んだために着地失敗。

 

 キュベラスの背中に落ちてしまった。

 

 剣は額に刺さったまま。

 

 

「アスカ!!」


 ジュリアが下から叫んでいる。

 

 オレはとりあえず上半身だけ起してサムズアップする。

 

「おおおおおおおおおッ!!」

 

 今までで最大級の歓声が上がる。

 

 みんなが駆け寄ってくる。

 

 グラッ。

 

 地面が揺れたかと思ったが、動いていたのはキュベラスだった。

 

 ヴォァァ……

 

 右首が口を開いたところへガラドが剣を深々と突き刺し、再び沈黙。

 

 剣先が額から出ているからあれは完全に死んだな。

 

 やっと終わった―――。

 


*****



 調査団はすぐ裏手にある岩山の裂け目に入って隠れていたようだ。

 

 そこへ避難する途中にキュベラスに襲われ、一番元気だったボスとイーノが後詰として残ったのだと言う。

 

 サッカリアのリーダーであるベスはその前の戦闘で利き腕を負傷。

 

 手首から先を咬み千切られたらしく、手首がどこへ行ったかわからないためクェスの治癒で回復できなかったらしい。

 

 それでも、裂け目の入り口に立ってガラドと共に最後まで魔物を中に入れないよう奮闘した。

 

 戻ってこないボスとイーノを心配してガラドとクェス他隊員数名が援軍に来たら、オレたちが戦っていたという事だそうだ。

 

 警護隊の被害は死者2名、重傷者5名、負傷者8名。

 

 それ以外の調査団の方では死者9名、重傷者11名、負傷者12名だった。

 

 調査団全50名のうち、死者11名、重傷者16名、負傷者20名という事になる。

 

 比較的軽傷だった者が3名のみ。

 

 キュベラス戦に参加した者は皆、大小様々な傷を負っていたがクェスの治癒魔法である程度回復。

 

 重傷者・負傷者共にクェスに治癒してもらった事もあり、クェス自身は魔法の使い過ぎでその後気を失ってしまった。

 

 結局、調査団は一旦トット村に全員帰還し、然る後に各町村へ移送される事になった。

 

 こうした段取りまで確認・決定してから、ようやく帰路へ就く事が出来たのだった。



 帰路は遺体を回収しながらの行程となった。

 

 もちろん、ティックチームとヘリオスチームもピックアップ。

 

 結局2チーム合同でオルトに止めを刺したらしい。

 

 その後の道中でも魔物に遭遇したが、特に強力な個体がいなかったので楽勝だった。

 

 

 ―――村へ辿り着いた時は昼を過ぎていた。


 村は無事、残留組の副隊長ネイサンが出迎えてくれた。

 

 その後、警護隊は報告のため一旦隊舎へ集合。

 

 サッカリアのメンバーもそこに参加するという事なので、オレだけが帰宅を許される。

 

 

 さすがに疲れ果てていたようで、オットやチコリへは心配かけてごめんとだけ謝罪し、言い訳もそこそこにベッドに倒れこんでしまった。



*****



 夢も見ずに寝ていたところを、突然の訪問者によって叩き起こされた。

 

「お前がアスカだな」

「誰だよ」


 あまりに居丈高な物言いに思わず反射的に言い返してしまった。

 

 見た事もない男が2人、部屋に入って来ていた。

 

 外は暗い。

 

 ドアのところでオットとチコリが心配そうに様子を伺っている。


 奥の方からおいしそうな匂いがするのは、食事の用意でもしていたのだろうか。

 

 

「いいから早く着替えろ。これから一緒に来てもらう」

「はぁ? こんな時間にどこへ?」

 

「答える必要はない」

 

 とことんムカつくヤツらだ。

 

 こちとらまだ半分寝ぼけてるってのに。

 

「オット、こいつら何者?」


 話が通じないならオットに聞けばよいのだ。

 

「判事さんの所の助手の人たちだ。どういう事かは知らねぇが黙って言う事を聞いた方がいい」


 オットまでそんな事を言うのかよ。

 

 っていうか判事って裁判官か?

 そいつがオレに何の用があるってんだよ。

 パスポートなら持ってないぞ。

 不法入国だとでも言うつもりか。

 

「早くしろッ!」


 腕を引っ張られる。

 コノヤロー。

 

「わかった、わかったから。ちょっと部屋出てくれないか? 乙女の着替えを覗くつもりがなければ、だが」


 不満たらたらな表情でもごもご言いながらも出ていく2人。

 

 ここで窓から逃げる、という手もなくはないがオットやチコリに迷惑をかけるのは忍びない。

 

 逃げるだけなら他にもチャンスがあるだろう。

 

 よし、行ってやろうじゃないの!

 

 

 着替えを済ませて男たちと共にオットの家を出る。

 

 すると

 

「アスカおねえちゃんをどこに連れていくの!?」


 チコリが男に尋ねる。

 

 すると男がイヤな笑いを浮かべながら答えた。

 

「この女はこれから裁判にかけられるのだ。だから邪魔をするとお前も罪に問われる事になるぞ」


 こんな小さな子供まで脅すのか!? 

 

 チコリが怯えているじゃないか、このクズ!

 

 しかし今何ていった? 裁判?

 

 オレが!?

 

 何の罪で―――????

 

 は?

 

 マジか……。


読んでいただきありがとうございます。

ようやく三部作が終わりました。

見通しが甘く、色々冗長になってしまった部分などもあったかもしれません。

次回が序章の最終話になる予定です。

引き続きよろしくお願いいたします。

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