(8)オレは魔物と戦う-中編-
3チームに分かれての行軍はものの数分で終わりを迎える。
オレたちのチーム―――ロイドチームは左翼を進んでいた。
移動を再開して間もなく、右翼であるヘリオスチームに戦闘突入の気配があった。
偵察隊が発見していたというもうひとつの群れと遭遇したのだと思われる。
もちろん、ロイドチームも中央のティックチームもそのままスルーして進む。
戦闘の気配が右後方にどんどん遠ざかり、やがて様子がわからなくなる。
なんともやるせない気分だ。
おそらく誰もが同じ気持ちだろう。
一言も発しない。
いずれか1チームだけでも、一刻も早く調査隊に合流するのが使命なのだ。
すると、右斜め前方に敵影。おそらくドゥーの群れ。
我々とティックチームとの間のポジションだ。どうする?
「このまま直進するぞ」
見た目とは裏腹にスピードもあるロイドが方針を伝達する。
直進? どうする気だ?
その時、右方向ほぼ同じような位置に並ぶティックチームから声が上がった。
「うっひょ~! 敵を確認! こっちの獲物だ。手ぇ出すなよジュリア!」
ティックの声だ。
最初見た時はとてもリーダーの器とは思えなかったが、今はなんとも頼もしく感じられる。
ジュリアにいい格好を見せたいだけの発言ではないだろう。
先に行け、という意味なのだ。
もちろん、大声で敵の注意を自分たちに向ける意図も。
「あのバカ……」
すぐ横を走るジュリアの呟きが聞こえてきた。
「敵はティックたちに任せる。行くぞ!」
再びロイドの毅然とした命令。
ややスピードを上げて左方向に敵を避けるように進路を変える。
―――が、敵はこちらを狙ってきた!
「くそッ! 警戒体制!」
ロイドの悪態と警告。
敵と遭遇したらまず自分が前に出て壁になるのがロイドの役割。
ミーナが弓で牽制しているうちに、残りは回り込んで挟み撃ちにしながら各個撃破。
予めそういう作戦で行くと決められていた。
ジュリアの方を見る。
目配せで動く方向を確認。右だ。
オレたち2人が進路を変えるのを見て、後詰の双子は逆側へ向かう。
ミーナはそのままロイドの後方。
ガアァァァァッ!
ドガッ!
ロイドが戦闘突入。
ほぼ同時にシュンと矢が風を切る音が響く。
ドスドスドスッ!
グアァァァッ!
当たった。1頭は倒れたようだ。
敵は残り4頭―――えっ!?
やはり奥にもう1頭ガームがいた。
だがまだ距離がある。あいつは後回しだ。
オレたちより先に双子がドゥーに斬りかかる。
1頭倒した。
よし、オレたちも!
ジュリアに先行させ真後ろを追走。
ドゥーがジュリアに向かって来た瞬間、後ろからオレが右に飛びだし一瞬敵の注意を逸らす。
そこへすかさずジュリアが剣を突き立てる。
「ハッ!」
ズドッ!
よし1頭。次はっ……。
「ぐわぁッ!」
ロイドの声がしたと思った瞬間、大きな体がこちらへ吹っ飛んできた。
ドザァァァァッ。
大の字に倒れるロイド。
バカなっ、この大男をここまで吹き飛ばすなんて!?
飛んできた方向を見ると、そこには見た事もないようなバケモノがいた。
今までのような犬もどきとは見た目が全く違う。
強いて言うなら双頭の巨大な青いライオンといった所か。
「オルトだッ!」
「気をつけろッ!」
左奥の方から双子の声がする。
「ジュリア、オルトって?」
「ガームより遥かに強力な魔物よ。私たちじゃ無理……」
無理って、戦う前からそんな弱気になってどうする!
しかし、ガームを2頭左右に従えて悠然と佇むその姿には、確かに今までのヤツらとは比較にならない威圧感がある。
そこへまたもや空気の読めない、いや読めちゃいるが従う気などサラサラないヤツの声が響く。
「おるぁぁぁぁ! そいつはオレの獲物だって言ったろーが!」
ティック隊が向かって右のガームに襲いかかる
無謀にも見える直線的な攻撃だったが、こちらを標的と捉えていた風のガームには盲点だったらしい。
6人VS1頭は奇襲効果もあって一瞬でカタが付いた。
だがガームを討ち取った直後にオルトの突進を喰らう。
「がッ!」
「ぐはァッ!」
「ごふゥッ!」
6人が2つの首の体当たりで散り散りに吹き飛ばされる。
一番近くに落ちた1人がオルトの左首に咬み千切られるのが見えた。
その間に残り5人が体制を立て直す。
「ティック! ルールを忘れたのか! お前たちは先に行け!」
起き上がったロイドがティックチームへ怒鳴る。
「うっせー! お前らこそ人の獲物を横取りすんなッ! 邪魔だッ! 失せろッ!」
グアァァァァッ!
魔物の叫び声。
ティックの奇襲の間に、双子がもう1頭のガームを仕留めたのか?
いや、まだ終わってない!
「ジュリア!」
オレの声と同時に双子の方へ駆けだすジュリア。
「待て、ジュリア!」
ロイドが制止するが、こうなったらもう止まらないのがジュリアだ。
仕方なくロイドもついてくる気配。
「そうだ! とっとと行けぇぇぇッ!」
ティックめ、そうやってオルトの注意を引きつけているつもりか。
ピシュッ!
矢を放つ音がした。
ミーナがティックを援護したようだ。
オルトは右首で矢が来た方を見、左首でティックの方を見る。
どうするか決めかねているのか。
ミーナは茂みに身を潜めているのでオルトからは見えないはず。
前方に視線を戻すと双子がいた!
やはりガームもまだ動いている。
距離をおいて睨みあいになっているようだ。
そこへジュリアとオレが縦に重なって突っ込む。
さっきと同じ作戦だ。
オレが右へ出る。
ガームがこっちに気を取られる。
ジュリアの攻撃と、双子がガームの背後から斬りかかるのがほぼ同時だった。
ザシュッ!
ズシャッ!
3本の剣を突き立てられ完全に足が止まったガーム。
その首いただきッ!
バシュッ! ドサッ。
剣が抜かれ、ガームの体が倒れる。
双子、ジュリアと視線を交わす。
「まだ終わってないぞ!」
ロイドが後方でオルトに向かって身構えていた。
傍らではミーナが弓を構える。
グヴォルァァァァ~~~~ッ!!
オルトが吠える。
ルォァァァァァ
ルォァァァァァ
ルォァァァァァ
森のあちこちから遠吠えのようなものが響き始めた。
何だ? 何がどうなってる?
「ミーナさん!」
「わかった!」
ロイドの合図でミーナが矢を放つ。
ものすごい連射だ。
いずれもオルトの首や体に突き刺さるが、大きなダメージには至らない。
が、オルトの機嫌を大いに損ねる事には成功したらしい。
ガルルルォァッ!
こちらに向かって突進してきた。
ガームより二まわりは大きいオルトの巨体をロイドは受け止められるのか?
それでなくともさっき吹っ飛ばされたんじゃ……。
最前列ロイド。
やや離れた後ろにミーナ。
オレとジュリアがミーナの右翼前方。
双子が左翼前方。
オルトがすぐ目の前まで迫る。
そこへ狙い澄ました矢の一撃がオルト左首の左目を直撃。
グガァァァァァッ!!
後ろ脚立ちになってオルトが絶叫。
攻撃のチャンスとばかりにミーナを除く全員が斬りかかろうとすると、上からバラバラと何かが落ちてきた。
蛇!?
オルトのタテガミが蛇になって落ちてきたのだ
その蛇が牙を向いて飛びかかって来る。
「つッ!」
「パック!」
ポックの声がした。
パックが蛇に咬まれたらしい。
毒を警戒したのだろう。ポックがすぐに咬み口から血を吸いだしている。
双子の周囲の蛇は既に処理し終えたようだ。
ロイドも2枚の盾の先で蛇を潰している。
オレは落ちてくる間に全部斬り落とした。
自由落下してきた蛇など恰好の的でしかない。
ジュリアも露骨にイヤそうな表情をしながらも、ひと通り処分出来たようだ。
こちらが蛇の対処に追われているうちにオルトはすっかり落ち着きを取り戻していた。
矢が突き立ったままなので、左首の左側の視界は奪われているはずだ。
だがまだ目は3つある。
見開いた3つの目が憤怒の炎で燃えたぎっているように見える。
「うおぉぉぉぉッ! こっちだコノヤロー!」
オルトの後方からティックたちが走って来る。
まだ諦めてないのか!?
そのしつこさ、というか根性だけは見上げたものだ。
しかし、オルトはティックたちを完全無視する事に決めたかのように微動だにしない。
厄介な敵はこっちだと判断したのだろう。
「いいか! 敵はヤツだけだ! 死角に回り込めッ!」
ロイドが指示を出す。
ロイドを壁役にし、左方向からミーナが弓で援護。
これが功を奏してオルトの注意を引く。
双子とオレたちは右からヤツの左に回り込む。
と、ジュリアが姿勢を低くして突っ込む。
アレをやる気か!?
なら―――。
全速力で直進し、跳び上がってオルトの左前足の先を上から剣で深く突き刺し地面に固定。
右手から回り込んだジュリアがくるぶしの下辺りの腱を切断。
そこから更に斬り上げてくるぶしと肘の間の腱を切断。
最後は肘下に横から剣を滑らせ、深手を負わせる。
グガルァァァァッ!
オレは足ごと地面に突き刺した剣を抑えていたが、そのまま剣ごと引き抜かれてしまう。
持ち上げられつつ足から剣を抜いてオルトから距離をとる。
ものすごい力だ。
しかし今の攻撃がよほど効いたのだろう、オルトは怯んでいる。
もう左前足はまともに地面に着けない。
実際、右前足は宙に浮かせたままだ。
ジュリアが『ありがとう』の合図を送って寄こす。
『どういたしまして』と返す。
「右に集中!」
ロイドの声と同時に矢が放たれ、オルトの右首の左目に命中。
これで左側の死角は相当広くなったはず。
左前足の下を潜って双子が右前足に攻撃する。
ザシュッ! ズシャッ!
ドンッ!
やや動きに精彩を欠いていたパックがオルト右頭のタックルで弾かれる。
「パック!」
ポックがすぐにフォローに走るが、その後をオルト右首の牙が追う。
ガッ!!
間に割って入ったロイドが盾を重ねてガード。
その真横から左首が襲う。
ロイドの頭を掠めるようにミーナの矢が一直線に飛び、オルト左首の右目に突き刺ささる。
ゴアァァァァッ!!
左首を激しく左右に振って痛がるオルト。
今だッ!
オレは歩みを止めたオルトの左前足を踏み台にして更に高く跳び上がる。
オルトからは完全に死角になった左方向から、左首を飛び越え右首の右目に剣を突き立てる。
グチャッ!
すぐに剣を引き抜いて地面に降り立つ。
ガァァァァグルァァァァッ!!
完全に視界を奪われたオルトが、左前足を宙に浮かせたまま狂ったように頭を振り乱し地面を転がって暴れる。
ちょっとこの状態では危なくて近寄れない。
「そこまでだ! 止めはオレたちに任せてもらおう。ペドロの仇もあるんでね」
ティックがキッパリと宣言する。
ペドロっていうのはさっき犠牲になった人か。
確かにここまでやってしまえば、あとは時間の問題で彼らにも倒せるはずだ。
「わかった。では任せる」
ロイドが無愛想に告げ、集合をかける。
ジュリアがつつっとティックに近づいて何かを言ってこちらへ戻って来る。
「あいつに何て言ったの?」
気になったので尋ねると
「とっとと片づけてすぐ追いつきなさいって」
なるほど、そういう事か。
2人とも素直じゃないねぇ。
幸いパックも無事だったのでそのまま再び6人で移動開始。
すぐに複数のドゥーを見かけたが、こちらへ向かってこないのでそのままスルーした。
さっきオルトが吠えたのは援軍を呼んだのかもしれない。
それでも、相手がドゥーだけならティックたちで何とかできるはずだ。
オレたちは前へ進む。
一刻も早く調査団に合流するために―――。
*****
1時間ほど進んだだろうか。
「5分休憩する。各自休め」
ロイドが有無を言わせぬ口調で言った。
きちんとした休憩をとるのは森へ入って初めてかもしれない。
今何時なのだろう?
さすがにみんな肩で息をしている。
あの後もドゥーやガームに遭遇しては排除してきた。
おそらく10頭では足りないだろう。
もう全部覚えていられないし、誰が何頭倒したかなんて知る由もない。
ただ、今後もオルトだけは勘弁してほしいと切に願う。
ふと見るとすぐ後ろにミーナが腰掛けていた。
思えば今日はほとんど話してなかった。
せっかくなので調査団に関する情報をここで聞いておきたい。
「あの、ミーナさん」
「なに? アスカちゃん」
「ミーナさんが調査団を出る時の事をお聞きしたいんですが……」
いざ尋ねるとなるとやはり気が咎める。
「それ、私も聞きたい」
ジュリアが割り込んできた。
ミーナはふぅと溜息をひとつ吐いてから、言葉を選ぶようにゆっくり話し出した。
「あっという間の出来事だったの……」
ミーナの話を要約するとこうなる。
―――出発して三日目。
キャンプを張って夕食の支度をしているところをいきなり襲われた。
ドゥーの群れが一斉に襲いかかってきて、沢山の人が犠牲になった。
群れの数はざっと見ただけでも20頭は下らなかったらしい。
警護隊も当然対処しようとしたが、数が多すぎてまとまる事が出来ず、そうこうしているうちにどんどん犠牲者が増えてしまった。
皮肉な事に生存者が減った事で逆にまとまる事ができ、そこからやっと組織だった防衛が可能になった。
中でも警護隊隊長のガラドとサッカリアの5人は獅子奮迅の活躍で、犠牲者をこれ以上増やさないよう身を削っていた。
しかし、ガームが複数現れた事で事態を重く見たガラドがトット村に援軍を要請する事を決めた。
当初は警護隊から伝令を出す予定だったが、少数では戦場を離脱するのもままならないと判断。
サッカリアからの提言により、神足の戦技を持つミーナが選ばれたという事だった。
そこまで話すとミーナは思い出したように両手で体を抱きしめ、少し身震いした。
「まさかオルトまでいるとは思わなかった。向こうが今どういう状況なのか全然わからないわ」
南西の方角を遠く見つめた後、俯いて目を閉じるミーナ。
「さっきまで戦った魔物たちが調査団を襲った連中だったとしたら……」
口にしかけたジュリアがすぐに我に帰って、打ち消すように首を振る。
「合流すればわかる事だ」
敢えて突き放すように言う。
気休めで無責任は事は言えない。
「とにかくミーナさん、来てくれてありがとうございます」
危険の中を知らせに来てくれたお礼を言ったつもりだったのだが……
「まだお礼なんて言わないで!」
オレの目を見据えてミーナがきっぱりと言った。
「……すみません」
そうか、オレはまだ甘いんだな……。
精神年齢オッサンでも、こういう場面で年長者として全然役立たずなのは辛い。
「よし、そろそろ行くぞ」
ロイドが告げる。
束の間の休息が終わった―――。
読んでいただきありがとうございます。
前後編でやるつもりだったのですが、まだ終わらなかったです。
読みが甘くてすみません。
結局、前中後編の三回に分ける事になってしまいました。
引き続きよろしくお願いいたします。