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(6)オレは夜這いをかけられる

 その日、いつものようにアスカと空き地で稽古をしていると広場の方で大きな歓声があがるのが聞こえた。


「今のなに?」


 ジュリアに尋ねると、

 

「広場の方からだったわね。行こうアスカ!」


 ジュリアはオレの手を取ると広場へ向かって駆け出した。

 

 

*****



 広場には人だかりが出来ていた。

 

 こんなに村の人が集まったのを初めて見た。

 

 ざっと50人位はいるだろうか。

 

 みんな酒場の前に群がっている様子だ。

 

「冒険者が来たみたい」


 ジュリアが近くの人に話を聞いたらしい。

 

「冒険者?」

「そっか、アスカはまだ知らないか。冒険者って言うのは……」


 ジュリアの話によると、今我々のいるラインガルド大陸には冒険者という職業が存在しているらしい。

 

 冒険者は様々な依頼を請け負ってそれを達成する事で報酬を得ている。

 

 依頼者は個人だったり、団体だったり、自治体だったり。

 

 また、冒険者は冒険者組合という組織に加入する事で、依頼の仲介、装備品の割引、保険や手当などの特典が受けられる。

 

 冒険者は通常、複数名でギルドというチームを組んで行動する事が多い。

 

 有名ギルドになると御指名で依頼が来たりする事もあるそうだ。

 

 

 とりあえずざっくり簡単にジュリアに説明してもらった。

 

「で、その冒険者が来るとどうしてみんなが集まるわけ?」


 そこがよくわからない。

 

「今来てるのはサッカリアっていうゴルテリアでもそこそこ有名なギルドらしいの」


「サッカリア?」


「ゴルテリアの北西部にサッカールっていう町があってね、そこの出身の人たちって意味らしいわ」


「ふぅん。で、そのサッカリアがここへ何しに来たわけ?」


「それをこれから調べに行きましょ」


「……はいはい」


 毎度、ジュリアの行動力には驚かされる。

 

 そしてそれに振り回されるのも不思議と悪くない。



*****



 人込みを掻き分けてジュリアは酒場に入って行く。

 

 遠慮がちにすみませんすみません言いながら後に続くオレ。


「ちょっとジュリア、ここ入っていいの?」

「平気よ、私もう18だから」

「18なら入っていいの?」

「アスカも大丈夫よ。確か17でしょ?」

「そうだけど、ここってお酒出す店なんだよね?」

「そうよ。16になっていれば問題ないわ」


 知らなかった……。

 

 この世界では16歳になれば酒は飲めるのか。

 

 もしかすると成人の定義が16歳以上なのかもしれないな。

 

 それともトット村だけの慣習?

 

 後で確認しよう。

 

 

「おっ! お嬢ちゃんサインかい?」


 テンガロンハットみたいな帽子を被った男がジュリアに声を掛ける。

 

「ええ~っ! サインもらえるんですか?」


 ジュリアめ、なんか腰に科なんか作って演技してるぞ。

 全然似合わないから。

 

「もちろんだ。このベス・デリキック様はファンにはノーと言わない男だぜ」

「またまた御冗談を。相手が男の場合は完璧無視するくせに」


 肩に紫のマントを羽織った赤髪の女性が皮肉を言う。

 

「ミーナ。真実は時に人を傷付けるからほどほどにね」


 同じく冒険者の仲間と思われる茶髪のイケメン君が突っ込みを入れる。

 

「うちのギルドの評判までは傷付けないでね」


 黒髪ボブの女性が優しく更に突っ込む。

 この人は杖を持っているから魔法系の人だろうか。

 

 

 あ、ちなみにこの世界には魔法が存在するらしい。

 

 せっかく異世界に来たからにはやはりそういうファンタジーな要素は必要だと思っていたから素直に嬉しい。

 

 だが、魔法といってもあまり種類は多くなく、且つ人間が使えるものは限られているらしい。

 

 オレがイメージしていたのとはちょっと違っていたので、そこは少し残念ではある。

 

 で、魔法を使用する場合はマグという魔力の素を結晶化した『魔鉱石』と言う石を媒介にする必要があるらしく、それは主に杖に仕込まれる場合が多いというような事が本に書いてあった。

 

 そういえばジュリアとは魔法についてまだ話をしていなかったなぁ。

 

 ジュリアは魔法を使えるのだろうか?

 


「すみません、サインは?」


 このやりとりに割って入るジュリアの度胸は半端ない。


「おう、何に書けばいいかな。あ、クェス! 何か書くものある?」

「はいどうぞ」


 クェスと呼ばれたさっきの魔法の人が、毛筆のようなものをベスに手渡す。

 

 ジュリアがどこから取り出したのか皮のようなものをベスに向かって提示している。 

 (あとで聞いたら『皮紙』という紙より耐久性の高い記録用具らしい)

 

「なんだ、準備がいいじゃないかお嬢ちゃん」

「ジュリアへって書いてもらっていいですか?」

「ジュリアって言うのか。もちろんだ……ジュリアへっと。ところでジュリア、今から俺たちと一緒に飲まない?当然俺たちがご馳走するからさ」


 サインを書き終わったベスがジュリアをナンパし始めた。

 おいおいおい、幾らなんでもそれはいかがなものか。

 

「本当ですか? 嬉しい~! それじゃ私の友達も一緒にいいですか?」


 うぉいッ!!

 ジュリアてめぇ~~ッ!

 

「その友達って男? 女?」

「美少女です」

「大歓迎だッ!!」


 なんだその頭の悪そうな会話は。

 

「単に若い子が増えて嬉しいだけでしょ」

「オレは自分に嘘はつかない主義だからな、ミーナ」

「人には平気で嘘つく癖に」

「二人ともケンカしないで。みんなで楽しく飲もうよ」


 イケメン君は言う事もいちいちイケメンだな。


「お友達ってあなた?」


 魔法の人が声をかけてきてくれた。

 

「まぁそうなります、ね」


 オレは全く気乗りしないんだが……。

 

「遠慮しないで、ね。私たちもここの話とか色々聞きたいから」


 でもこの魔法の人はすごくいい人っぽい。

 

「それじゃ、お言葉に甘えて……」



*****



 ここ数年は一人寂しくヤケ酒ばっかりだったから、こんなに楽しい飲み会は久しぶりだ。

 

 元々あまり強くないくせに飲むのは好きってタイプだったんだけど、この世界ではちょっと違うのかもしれない。

 

 飲んでも飲んでも目が回らないし頭も痛くならない。

 

 

「アスカ~! もっと飲め~ッ!」


 ダメだ、ジュリアは完全に出来上がっている。

 

「ジュリア、もうその位にしておきなって」

「なんだぁ? 私の酒が飲めないってのか?」


 ヤケに絡むなぁ。

 呂律が回ってるだけまだマシな方か。

 

 あ! もしかしてこれも演技なんじゃないのか?

 

 ジュリアの真意を問いただすように表情をじっと伺う。

 

 ―――が、特にリアクションもなく、今度はイケメン君に絡みだした。

 

 やっぱりただの酔っぱらいか。



 冒険者ギルド『サッカリア』のメンバーは5人。

 

 ギルドマスターのベス・デリキック、剣士。 

 イケメン君ことイーノ・コラリオン、槍使い。 

 未だ一言も発しない大男のボステム・コラリオン、盾持ち。

 紫マントの女性ミーナ・スミス、弓使い。 

 魔法の人クェス・ロンペール、杖使い。

 

 ベスとボステムは同級生。

 イーノはボステムの実弟(全然似てないんですが)。

 ミーナとクェスは1歳違いの幼馴染。

 

 確かに同郷の仲間たちっていう組み合わせで、一緒に話していると会話の端々にある種チームワークみたいなものが感じられた。

 

 特にベスとミーナのやりとりは阿吽の呼吸といった感じ。

 

 オレはというと、ジュリアそっちのけでボス(ボステムのこと)の隣に陣取ってイジりまくってた。

 

 ああいう朴念仁っぽいキャラの人ってなんか放っとけない気がしない? するする。

 

 やばい、今思うと完全にオッサンのオレに戻っていた気がする。

 

 ああ、イヤな大人、ダメな社会人ですみません。

 

 そしてもう片側には魔法の人クェスさん。

 

 クェスさんは本当によく気が利く人で、オレの事もボスの事も周りの他の人の事もよく見ていていちいちフォローを入れたり、目立たないようにテーブルの水滴を拭いたり料理を取り分けたりしていた。

 

 まさに良妻賢母(母じゃないけど)。

 

「クェスさん、今度オレにも魔法を教えてくださいよ」

「あら、アスカさんは魔法に興味があるんですか」

「はい! ありまくりです!」

「結構大変ですよ」

「クェスさんが教えてくれるなら、頑張りますッ!」

「ふふふ、考えておきますね」

「是非前向きに、限りなく前向きにお願いします!」


 うーむ、クェスさんにも若干絡んでいたかもしれない。

 

 クェスさんが得意なのは回復系魔法と火属性の魔法だそうだ。

 

 クェスさんに魔法で回復されたらそれまで以上に元気になっちゃいそうだな、オレ。

 

 ちなみにクェスさんは23歳。わっか!

 

 若いのにこんなに気遣いが出来るなんてホント素晴らしい。

 

 

「それじゃあ、私たちはそろそろ……」


 ひとしきり飲み食いした後でジュリアが立ちあがりながらベスに切り出した。


「ええ~ッ! もう帰っちゃうのジュリア」

「そうなんです~。ね、アスカ」


 ジュリアはいつも急に話を振ってくる。


「そうだね。もう遅いし、チコリやオットも心配してるだろうから」

「そうね。お家の人を心配させちゃいけないわ」


 さすがはクェスさん。

 助け舟ありがとうございます。

 

「でもたまには多少遅くなったって……」

「なによベス! 私たちだけじゃ不満だっての?」


 ミーナはいちいちベスに突っかかる。

 慣れると夫婦漫才のように思えてくるから不思議だ。

 

「お前はそうやってすぐ怒るから酔いが覚めちまうんだよ」

「あーら、なら酔い覚ましが必要なくて良かったわね。また最初から酔えるわよ」

「そんなの嬉しくねーよ」

「まぁまぁ二人とも。ジュリアちゃんとアスカちゃんをお見送りしようよ」


 イケメン君は仲裁のタイミングが絶妙すぎる。



「今日はどうもご馳走さまでした。みなさんと御一緒できて光栄でした」


 ジュリアが滅茶苦茶優等生的な挨拶を言いながら一礼する。


「ご馳走さまでした」


 オレは追従するだけだから楽でいいわ。

 

「オレたちの方こそ楽しかったよ。ありがとな!」


 ベスは恰好つけてるつもりなのか、人差し指と中指をこめかみの辺りでピッと外に動かす。


「また一緒に食事しようね」


 イケメン君、無難な言葉ありがとう。


 そしてその横で頷くだけのボス、最後くらい何かしゃべれよ。


 女性二人も並んで手を振ってくれている。

 

 もう一度ジュリアと二人で礼をして、酒場を後にした。

 

 

*****



 酒場を出るや否や、ジュリアがこっちを向いて破顔。

 

「大成功」


 やっぱり酔ってるのは演技だったか。

 

 げに恐ろしきはジュリア也。

 

 そのままいつもの空き地まで移動してから再び話し出すジュリア。

 

「で、どうだった?」

「何が?」

「ちょっとアスカ、何のためにお酒の相手までしたと思ってるのよ!」

「え? あぁその事か。なかなか面白い人たちだったね」

「そうじゃなくて、あの人たちの目的でしょ!」


 ―――そ、そうだった! ガーン。

 

「アスカ~、あなたねぇ~」


 ジュリアが首に手を回してヘッドロックをしてくる。

 ヘッドロックとはこの世界では言わないのかもしれないが、ヘッドロックはヘッドロックだ。

 

「グッ……ギブギブ!」


 腕をタップしてギブアップを宣言するも、これとてこの世界ではルールとして認知されているのかどうか。

 

「ギブってなに?」

「ギブアップ。もう降参って意味だよ」

「あ、そうなの。でもダメ!」


 やめないのかよ!

 

 そろそろ本気で苦しくなってきたが、それよりもジュリアの胸に顔の右半分が押し付けられてそっちの方が気になる。

 なんなら谷間に埋められるくらいのポジションだ。

 

「ウッ……」

「ん? どうしたのアスカ」

「……ウプッ」


 口元に手をやる。

 

「ちょ、まさかあんたその体勢からッ。イヤァァァァァッ!!」


 腕を振りほどいて飛び退くジュリア。

 

「くふふふ」


 口元をじゅるりと拭きながら幽鬼の如くフラリと立ち上がるオレ。

 

「こっ来ないでッ! そっちよ! そっちの方でお願いッ!」

「冗談よ、ジュリア」


 普通の姿勢に戻る。

 

 が、ジュリアは何故か警戒体制を解かない。

 

「ホント? 本当に冗談?」


 疑い深いねぇ。

 

 スッと息を吸って、バック転をしてみせる。

 

「ほら、全然平気」


 ようやくジュリアの警戒心が和らいだようだ。

 

「そういう冗談はやめて」

「悪かったよ」


 なになに拗ねてるの?

 まんまと騙された事が今更悔しくなってきたとか?

 

 でもまぁこれ以上やって拗れると困るので止めておこう。

 

「アスカってなんだか最近男みたいな話し方になってきてない?」

「元からだと思うけど」

「元からだけど、最近特にそう」

「ダメ?」

「……別にダメじゃないけど」


 あっれー、自分で思ってる以上に素のオレが出てきちゃってるのかな。

 

 今更だけど、男言葉について初めて指摘されたのは新鮮だなぁ。

 

 でもそっちの方が楽なんだからしょーがない。

 

 もう気にしない事にする。 


「ならいいじゃん」

「なんかズルイ」

「え?」

「出た! アスカの『え』」


 確かに使用頻度高いから少し控えよう。

 出来るかどうかは知らんけど。

 

「ところで、冒険者の目的の話は?」

「あっそうだった! 私、ベスに聞いたんだけど……」


 ジュリアはしっかり調査をしてくれていた。

 

 

 冒険者ギルド『サッカリア』はトット村を含む近隣町村による合同依頼でここにやって来た。

 

 依頼内容はズバリ『護衛』。

 

 例の西の森の火事騒ぎの原因が不審火、つまり放火の可能性が高いという事で、より広範囲の捜索が必要になったため、トット村が主体となり近隣町村と合同の調査団が編成される事になった。

 

 その調査団の護衛をする役割を依頼された、という事らしい。

 

 期間は明日から約二週間。

 

 報酬は金貨3枚というから、たった二週間の報酬としては破格だ。

 

 ちなみに金貨1枚は銀貨1000枚に相当し、同様に銀貨1枚は銅貨1000枚になる。

 通常使用される貨幣は銅貨で、1枚1ゼニーとして使用されるので金貨1枚は100万ゼニーとなる。

 また、銅貨の大きさ&模様違いで10ゼニー銅貨、100ゼニー銅貨というのもある。

 

 さっき酒場で飲んだお酒1杯は20ゼニーだそうだから、金貨1枚あれば5万杯飲める。

 そんなに飲めねーよ。

 

 更に護衛期間中に万が一魔物と遭遇した場合は危険手当として金貨1枚が追加されるらしい。

 

 魔物と対峙する報酬が金貨1枚というのが高いのか安いのかはよくわからないが、いずれにしろ冒険者という職業について具体的なイメージが持てるようになったのはオレにとって収穫だ。



「もしかしてその調査団って、警護隊も参加するの?」


 ふと思いついたのでジュリアに尋ねる。

 

「うん。そうだと思う。例によって私は一切教えてもらってないけどね」


 ガラドが過保護なのか、それとも本当に危険な任務だから敢えてなのか。

 

 いずれにしろ年頃の娘を持つ父親の配慮って事なのだろう。

 

 オレに子はいないが、ガラドの気持ちもわかるような気がする。

 

「ジュリア、一緒に行きたいの?」

「もちろんよ! 警護隊の仕事なんだから」


 ジュリアの気持ちもよくわかる。

 

「でも警護隊がみんな調査に行ったら、村の守りはどうするの?」

「それは……」


 ぷいと横を向いて俯くジュリア。

 分かり易い。

 

「それに二週間もジュリアに会えないのはちょっと……」

「アスカ……」


 ジュリアがはっとしたようにこっちを向く。

 

 これはオレの本当の気持ちだ。

 心細いし、やっぱり寂しい。

 

 オレってば、いつの間にかジュリアにだいぶ依存してしまっているのかもしれない。

 

「しょうがないなぁ。それじゃ私は村をしっかり守らなきゃね」

「そうしてくれると助かる」

「もちろんアスカの事もね!」

「オレはいいよ、別に」

「またまた~」


 今度は腕を組んできたか。

 

 ジュリアのスキンシップ攻撃はバリエーションが豊富で、どれも抗いにくくて困る。

 

 

*****



 警護隊含む調査団とサッカリアが出発した三日後。

 

 その夜は満月(この世界にも月がある)で、とてもきれいな月夜だったにも関わらず、オレは山火事があった時のような胸騒ぎを覚えていた。

 

 でもあの時も結局火事は消し止めたし、他に何事もなかったから……。

 

 そう納得しようとしてもなかなか出来ずに、ベッドの上で毛布を被りながら寝付けずモヤモヤしていた。

 

 ガタッ。

 

 外で物音がした。

 

 もう深夜だ。

 

 じっとして外の音に聞き耳を立てる。

 

 ガタッ。

 

 まただ。

 

 窓の枠が動いている!?

 

 誰かが外から窓を開けようとしているのか。

 

 どうする? どう対処するのがいいんだ?

 

 ガタッ。

 

 三度音がして、窓を見ると少し開いている。

 

 こ、これはもしかして――――夜這い!?

 

 うら若き女性の眠る部屋へ真夜中にこっそり忍び込もうなどと、夜這い以外に考えられるか。 

 

 オレは男でオッサンだが、なんかこういう状況になると襲われる女子の気分になったようでヘンな感じだ。

 

 アブノーマルだが、リアルすぎる。

 

 開いた窓から手が伸びてきたのを見て、ヤバッと毛布に包まり背を向けてしまった。

 

 マズイ、これじゃ敵の動きが見えない!

 

 オレとした事が痛恨のミス!

 

 こうなったらベッドに上がったところを渾身の一撃で撃退するしかない。

 

 股間だ。股間を狙うんだ。

 

 

 ――――静かに何者かが動く音。

 

 月の明かりが遮られている気配を感じる。

 

 相手は窓枠の上にいる。 

 すぐ部屋の中に入ってこられる体勢に違いない。

 

 スッ。

 

 毛布の上から触られたッ!? 

 膨らみの中に人がいるか確認したのか?

 

 毛布から飛び出して攻撃すべきか。 

 もし相手が武器を持っていたら……。

 

 

 ――――ん?

 

 再び毛布を触られるが、今度は軽く揺すってくる。

 

 死体じゃねーよ、生きてるよ。

 

「……カ」


 何か聞こえた。 

 小声で囁くような声。

 

「アスカ」


 え!?

 

 今度ははっきりと聞こえた。 

 間違いない。

 

「ジュリア?」

 

 毛布をひっぺがして起き上がり、ジュリアの姿を確認する。 

 しっと口に人差し指を当てて、静かにしろというポーズ。

 

「良かった。この部屋で合ってたのね」


 そう言えばジュリアをこの部屋に入れた事はまだなかった。 

 いつも外で稽古か、ジュリアの家で食事とかだったからなぁ。


「どうしたの、こんな時間に」


 窓から入ってきた件はとりあえず置いておこう。

 

「それなんだけど、ちょっと外に出れる?」

「今から?」

「うん、出来ればちゃんと着替えて」

「いいけど……」


 先にジュリアに外に出てもらい、オレも着替えて窓から外へ出る。

 

 まあ、オットやチコリを起こさないためにもこの方がいいのは確かだ。

 

「行こ」

「どこへ」

「いつものとこ」



*****



 空き地に着くとジュリアは立ったまま話し始めた。

 

「さっき警護隊の方で騒ぎがあったから様子を見に行ってたんだけど」

「こんな時間に?」

「うん。そしたらミーナさんが居て……」

「ミーナさんが? えっ!? 調査団って三日前に出発したよね?」

「だから、何かあったんだってすぐわかった」


 ジュリアは苦悶の表情、といった感じに歪んでいる。

 

「調査団に? ガラドも一緒に行ってたよね?」

「……うん」

「戻ってきてたのはミーナさんだけなの?」

「そう、みたい」

「忘れ物した、とかじゃないよね」


 冗談を言ってみたがジュリアの反応はない。

 そういう状態じゃないのはわかった。

 

「ごめん。それでどうなってるの?」

「応援が欲しいっていう事みたい。何があったか詳しい事はわからないけど……でも、魔物がどうこうって」

「魔物!?」


 追加の金貨1枚だ。

 でもそんな事は今はどうでもいい。

 

「魔物が出たから応援の人員が必要になったって事なのか。じゃ、今も調査団は……」

「アスカ! お願いッ!」


 半分泣きそうな顔になってはいるが、ジュリアの目は真剣そのものだ。


「わかってる。行こう」


 泣き顔が一瞬驚いた顔になった後、安堵したような表情に変わって大きく頷く。

 

「急いだ方がいい。装備はどうする?」

「隊舎から持ってきた。そこ」


 石段に剣が2本立てかけてあった。

 それと簡単な防具も。

 

 鎖帷子のようなチョッキと、堅い皮の胸当てと肩当て。

 腰当もあったけど、動きにくそうだったからパス。

 

「準備出来た?」


 ジュリアはもう精悍な顔に戻っている。


「行こう!」


 自らを鼓舞するように声を張ってみた。

 

 正直不安がないと言えばウソになるが、ガラドや調査団の人たち、サッカリアのみんなを救うためだ。

 

 やれるだけやってみるさ。

 

 

 ジュリアと二人、月灯りの下を駆ける。

 

 ―――森へ、駆ける。 

読んでいただきありがとうございます。

拙い文章で恐縮ですが、もし興味を持っていただけたなら今後とも応援していただけると嬉しいです。

最近百合モノを書いている気がしてきています(笑)。

次回、ようやくアスカとジュリアの初陣になります。

引き続きよろしくお願いいたします。

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