(4)オレは美少女と立ち合う
「とりあえず場所、移動しませんか?」
ここでは人目に付き過ぎるので提案してみる。
ところが―――
「お腹空いたよー」
絶妙なタイミングで救いの手が。
チコリが甘えるような声で訴えると、ジュリアが驚いた様子で尋ねる。
「あれ、まだ食べてなかったのチコリ? アスカも?」
「そう言えば……はい」
朝食をとってからだいぶ時間が経っているのは確かだ。
この世界でも食事は朝昼晩の3回あるらしい。
ちなみに時間の概念の方はどうなっているのだろうか。
まだまだわからない事だらけだ。
「それじゃあ、まずはお昼にしよっか」
ジュリアに健全な飲食店へ案内してもらう事になった。
さっきのやりとりが中断したのは助かったが、あれで終わりってわけじゃないのはなんとなく雰囲気で伝わってくる。
何かのタイミングで蒸し返されるのは必至。
なので食事中も気が気ではなかった。
どうやって誤魔化すか、あるいはうまくスルーする方法はないか。
正直何を食べたのか、どんな味だったのかもよく覚えていない。
チコリの様子すら思い出せないのは、大人としては失格だったと言わざるを得ない。
かろうじてチコリとジュリアが何か話してるなぁというのは断片的に記憶に残っている。
何を話していたんだろう?
「二人とも、もう食事は済んだね」
「はーい」
「ご馳走さまでした」
この年で自分の娘くらいの年頃の子におごってもらうのは申し訳ないが、オレはお金を持っていない。
そもそもこの世界の通貨に関する知識すら全くない。
本当に申し訳ない。
「おばさん、ご馳走さま! お金ここに置いてくね」
「あいよジュリア。ガラドによろしくね」
ここの給仕のおばさんとジュリアは顔馴染みらしい。
ガラドはまぁ警護隊の隊長って事なら村民全員が知っているのだろう。
あるいはもしかすると昨夜の件があってのよろしくなのかもしれない。
店を出ると、ジュリアとチコリが示し合わせたように歩き出す。
ジュリアは目配せで付いて来いというようなサインを送ってくるし、なんか怖いよ。
オレもよくまぁ目配せで察する事が出来たものだ。
元の世界のオレなら絶対気付かなかったんじゃないだろうか。
なんだかこの世界に来てからのオレ、というかアスカさんってばもしかして優秀なんですかね。
*****
「さぁ! それじゃあ始めるよ!」
ジュリア、もしかしてオレに言ってるの?
広場から裏通りに入って少し歩いたところの空き地。
人通りは少ないが見通しは結構いいので、危ない場所ではないらしい。
どちらかというとのどかな雰囲気だが、目の前の女の子の様子はどうやらそうでもなさそうだ。
「アスカおねえちゃんがんばれ! ジュリアもがんばれ!」
チコリが大きな声で声援を送ってくる。
やはりチコリは今からやる事を知っているようだ。
いやぁ、そんなに応援されてもなんのことやらオレにはサッパリなんですが……。
「あの、これはどういう事ですか?」
仕方がないのでジュリアに直接聞くしかない。
「ふふん、食後の運動だよ。食後の運動!」
絶対ウソだろ。
「ほらっ!」
ジュリアが何か放って寄こしたので慌ててキャッチする。
棒……?
そんなに長くもないが、さっきの酔っぱらいの短剣よりは長さがある。
普通の剣ならこれくらいなのだろうか。
「さっきみたいな事があった時のために、少しは練習しておいた方がいいでしょ」
ははん、さてはジュリアさんは随分と腕に自信があると見える。
それでチコリの前でオレをしごいて恰好いい所を見せようって事ですか?
うわぁ、いい性格してるよ。
―――なんて事思ったりはしませんよ。
どうせさっきの続きがこれなんでしょ。
ちょっと腕試しをしてやろうとか。
いやいや、オレは全然こういうの経験ないですからねホント。
昔、高校の時の体育で剣道少しやったくらいで。
あ~、面と小手がえらい臭かったのを思い出すなぁ。
夏場は特にきつかった。
とにかくジュリアさん、どうせあんたの見込み違いって事になるんだから、もうこうなったらとっとと終わらせよう。
ただし、お願いだからあんまり痛くしないでね……。
「どうした! 早く構えな、アスカ!」
そう言うジュリアの方こそまだ全然構えてないじゃないか。
「無理だって。こんなの出来ない」
これは本当に心の叫びだ。
「だってあんた、さっきは酔っぱらい相手に出来てたじゃない」
「いや、あれは相手が相当酔ってたみたいでフラフラだったからであって、全然大した事じゃないって」
「そうそれ。全然大した事じゃないって風にやってのけたでしょ。普通はそんな事出来ないんだよ」
「そう言われても……」
思いこみって恐ろしいよね。
完全にオレが何かすごい事が出来る人ってなっちゃってる。
ところでだ。
「っていうか、酔っぱらいの件どの辺から見てたの?」
ちょっと気になったのでジュリアに聞いてみた。
「えっと……その、まぁ酒場からタモンたちが出てきて絡み始めたところから、かな」
「……最初っからじゃん」
ひどい話だ。
見てたならもっと早く助けてくれれば良かったのに。
万が一チコリに何かあったらどうするつもりだったんだ。
ああ、もしかしてそれで『ごめん』なのか。
意外と人が悪いんだね、ジュリア。
「早く構えないと、こっちから行くよ!」
ジュリアが構える。
右利き。
あれ? その構えって確か平正眼ってヤツじゃなかったっけ?
ちょっと違うような気もするが、半身気味に構えて斜めに持つところは似ている。
素人がやる構えじゃないと先生が言ってたから、同級生とふざけてよくやってみたっけ。
えーと、とりあえず平正眼にはどう対処するんだったかな……全然覚えてないや。
この世界の剣道だか剣術だかについて、多少でも知識があればなぁ。
とりあえず剣道の授業を思い出す。
確かすり足が基本、だったっけ。
などと考えていたらジュリアがいきなり突っ込んできた。
「ハッ!」
平正眼からの突き。
完全に体の真ん中、鳩尾辺りを狙ってきてるんですけど!
それでも一応こっちが素人だという事で気を遣ってくれてるのか、多少手加減はしてくれているっぽい。
左半身になりつつそのまま左方向へ交わす。
ジュリアの目が一瞬大きく開いて、唇の端が吊りあがる。
ちょ、なんか楽しんでる?
「ヤーッ」
突いてきた右手の手首を返して、そのまま横に薙ぎ払って来る。
危ない、危ないよ!
大きく後方へ飛んで避ける。
が、ジュリアは攻撃の手を緩めるつもりは全くないらしい。
薙ぎ払った右手を肩に担ぐように振りかぶると、左足で大きくジャンプするように踏み込んで来て袈裟がけに打ち下ろす。
「デヤッ!」
これも左に避けてかわすと、ジュリアはそのまま左回転して回し斬りのように棒を振ってくる。
回転のスピードも加わり、これまでの攻撃より速い。
とっさに棒の両端を持って縦に構え、棒を受ける。
ガッ!!
ものすごい音がした。
こちらは両手で構えて踏ん張っている分、ジュリアの方がバランスを崩すも、すぐに体勢を立て直してすっと後ろへ下がる。
距離をとって呼吸を整えるジュリア。
「ジュリアすごい、すごい!」
やんやと手を叩いて喜ぶチコリ。
おーい、オレの味方はしてくれないの?
「やるじゃないアスカ。誰が大したことないって?」
楽しそうに挑発するジュリア。
「いや、こっちは逃げるので精一杯だし……」
「精一杯? どこが!」
言い終わらないうちにまた踏み込んでくる。
今度は突きの連続。
―――と見せかけての斜め斬りを織り交ぜてくる自在な攻撃。
すごい連続攻撃だ。
途中で息してるのかな。
無呼吸だとしたら驚嘆すべき肺活量だ。
ジュリアが再び距離をとる。
さすがに肩で息をしている。
「……どうなってるの?」
呟いたジュリアの表情は今までと違っていた。
唇を噛みしめ、顔が歪んでいる。
眼だけはまだギラギラしているが、だんだん凶暴さが増してるような……。
「アスカおねえちゃんも頑張れー」
チコリ、ありがとう。
でも今はちょっとそういう空気じゃないみたいだよ。
子供に空気を読むのを期待するのは酷というものだ。
それはわかってる。
「いい加減、構えたら?」
ジュリアが怒ったように言う。
オレはというと、ハハハと力なく笑うしかない。
が、これがジュリアを更に怒らせてしまったようだ。
「本気で行くよッ!」
あーやっぱり今までのは小手調べ的なヤツでしたか、そうですよね。
でもこんな素人相手にマジになるなんて、警護隊隊長の娘としてアリなんですか?
チコリも見てるんだし、大怪我するようなのは勘弁なんですけど……。
低いッ!
今までとは全く違う、低い姿勢で突っ込んでくる。
足元を狙う攻撃か?
正解だ。
脛の辺りを右から左に払うように棒を薙いで来た。
バックステップでかわすが、ジュリアの突っ込みの速度が落ちないので一瞬で間合いを詰められる。
えっ!?
薙いだ棒がオレの右下で鋭角に切り返して、顔面目がけて上ってくる!
ギリギリかわせたと思ったら、今度は左上に抜けたはずの棒が真横に曲がってこちらの首元へ!
ゴッ!!
咄嗟に棒を両手で盾代わりにして防ぐ。
さっきと同じ形だが、今度はジュリアもよろけない。
お互いそのままの体勢で暫く見合う。
ジュリアの顔が、目が、至近距離にある。
棒にかかる圧は全く衰えない。
このまま押し倒そうとでもいうのか。
ふっと棒の圧がなくなったかと思うと、ジュリアの表情が和らぐ。
「私の負けね」
くるりと背を向けてチコリの方へ歩いて行った。
「ジュリアすごーい! カッコ良かったよ!」
ジュリアに飛び付くチコリ。
「でしょ~? チコリがもう少し大きくなったら一緒にやろうね」
「ホント? チコリにも教えてくれるの? やったー!」
あ、もう終わりなの?
良かった。
「アスカ、早くこっちに来なさいよ」
ジュリアはもうさっきまでのやり合いなどなかったかのように普段通りの口調に戻っている。
切り替え早いんすね。
一人でぼーっと突っ立ってても仕方ないので、ジュリアとチコリの元へ戻る。
「アスカおねえちゃん、ジュリア強かったでしょ?」
「え、ああ、うん。そうだね」
「練習になった?」
「え!?」
練習って何?
ああ、そうか、練習するからという名目でチコリには話していたのか。
ジュリアのヤツ、なかなか策士だな。
ふとジュリアの方を見ると、パチッとウインクされた。
あぁ若い女性にウインクされるなんて、何十年ぶりだろうか。
いや、そもそも過去にそんな事があったのかすら覚えていない。
「どうかな、ハハハ」
実際逃げてただけなので、苦笑いしかない。
「チコリ、あっちの井戸からお水汲んできてくれない? 私たち喉乾いちゃった」
「うん! ジュリアとアスカおねえちゃんにお水汲んでくる!」
てけてけてけーっと30mほど先の手押しポンプのようなものの所へ駆けていくチコリ。
なるほど、水は井戸から汲んでいるのか。
でも川なんかも近くにありそうだな。
「アスカ、ちょっといい?」
うん、なんかそう来ると思ってました。
「そこに座って」
言われた場所、石段の上に腰掛けるとすぐ隣にジュリアも座る。
け、結構近いっすよ。肩が当たってる……。
「あなた本当に何者なの、アスカ?」
またその質問かぁ。
答えはまだ思い付いてないんだよなぁ。
こちらの返事を待たずにジュリアが続ける。
「私の攻撃、とうとうひとつも当たらなかった……。それどころか、ずっと表情ひとつ変えなかったよね」
そんな事はない……と思う。
それにジュリアだって手加減してたじゃないか。
「だってそれは……本気じゃなかったでしょ」
「最初だけよ。その後は全部本気。最後のは殺す気で行ったわ」
「え!?」
あれれー、おかしいなー。
殺す、はさすがにやりすぎでしょ。
なんか引くわー。
「警護隊の中でも私のスピードについてこれるのはお父さんの他にはほんの数人よ」
あのごついガラドがジュリア並みのスピードで動けるのか、すごいな。
「それに最後の技は私のオリジナル。まだ誰にも見せてなかった。アスカが初めてよ。それも完璧に防がれた……」
そうなの?
でもそれは、そのオリジナル技が大した事なかったって可能性もあるんじゃないだろうか。
確かにあの殺気はすごかったけれども。
「第一あなたの動き、絶対に素人じゃないわ!」
完全無欠の素人ですが。
「どうしてあれだけの攻撃をバランスも崩さず軽々と避けられるの?」
なんかだんだんジュリアに洗脳されて自分がすごいヤツのように思えてきた。
でも待てよ、言われてみれば確かにそうだ。
冷静に考えてみると、不自然だ。
例えジュリアが手加減してたにしろ、あんなに激しい攻撃を回避してた事が信じられない。
オレそんなに運動神経良かったっけ?
少なくともケンカはめちゃ弱かったぞ。
それにジュリアの話っぷりだと後半は真剣っぽかったのに、オレには少なからず手加減しているようにしか見えなかった。
このギャップは何だ?
まさかこの美少女―――オレの身体の本来の持ち主がすごいのか?
この肉体の身体能力が著しく高く、オレの意思とは関係なく、身体が反応している?
そんな事があるのだろうか。
「身体が勝手に動いちゃうんだよね」
そうとしか言いようがない。
「やっと話してくれた。一体どれだけ訓練したらあんな動きが出来るようになるの?」
「それが……」
もうなんか考えるの面倒臭くなってきたし、本当の事言っちゃおうかな。
ジュリアって悪い子じゃなさそうだし、もしかして何か力になってくれるかも。
―――いや、力になってもらうんだ。
ここはジュリアを利用するつもりで協力をお願いしよう。
「あのさ、ジュリア……さん」
「ジュリアでいいよ」
「それじゃジュリア。頼みがあるんだけど」
「いいよ、アスカの頼みなら何でも!」
「えっ!?」
二つ返事で了解し過ぎでしょ。
まだ出会って丸一日も経ってないのに。
やばい、なんかオレ、ジュリアの事好きになっちゃいそう。
こういうの、滅茶苦茶グッとくる。
「オレ、オットに助けられる前の記憶がないんだ」
「……それ、本当なの?」
「うん。アスカって名前も実は昨夜考えた」
「名前も!?」
「だからジュリアの質問に答えられなくて……ごめん」
あ、うっかりオレって言っちゃった事にここで気付く。
でもジュリアは全然そこは気にしていない様子だった。
オレの話も、その場凌ぎのウソ、とは考えなかったらしい。
何か真剣に考え込んでいるようだ。
「ジュリア~、アスカおねえちゃ~ん」
チコリが水を汲んで戻ってきた。
竹筒のようなものを二つ持っている。
それがコップ代わりらしい。
「ありがとうチコリ」
ジュリアがチコリから竹筒を受け取る。
チコリがオレの分も手渡してくれる。
「ありがとう」
水を飲む。
―――おいしい!
ものすごく水質のいい井戸なのだろう。
東京の水道水は論外として、市販されていたどのミネラルウォーターよりも美味い!
ああ、故郷の山の湧水がこれに近いかもしれないなぁ。
どこか懐かしい味だ。
「おいしい」
つい口に出てしまう。
「でしょー? トット村の水はとってもきれいなんだよ」
チコリが鼻高々といった風で教えてくれる。
ジュリアも傍で微笑んでいる。
いい村なんだな、ここ―――トット村は。
「さ、そろそろ帰ろうか。チコリ、家まで送るよ」
「うん! ありがとうジュリア!」
さっきの話が途中で終わってしまったが、まぁ仕方ない。
チコリに聞かせるわけにもかないし。
と、ジュリアが振り向いて言った。
「アスカ、大丈夫!」
「え、なにが?」
「とにかく大丈夫だから!」
いや全然わかりませんよ。
でもいい。
なんか安心した。
ありがとうジュリア。
*****
オットの家までジュリアは送ってくれた。
そして別れ際、オレにだけこっそり言った。
「また明日、あの場所でね」
デートの約束?
違うとは思うけど、なんかドキドキする。
でも、ジュリアが見えなくなってから気がついた。
何時? 時間は?
実はオレ、極度の待ち合わせ恐怖症なんだよなぁ。
尚、詳細は省く。
読んでいただきありがとうございます。
拙い文章で恐縮ですが、もし興味を持っていただけたなら今後とも応援していただけると嬉しいです。
アクション場面の描写は難しいですね。
そろそろ物語が動き出しますので、どうか引き続きよろしくお願いいたします。