(31)オレは亜人と戦う-後編-
まさに赤鬼と呼ぶのが相応しい相貌。
真っ赤な体には茶色い獣毛が生え、光の加減によってはキラキラ光っているように見える。
3mにも届こうかという身の丈は、アンドレ・ザ・ジャイアントをもうひと回り大きくした感じだ。
額から左右に2本突き出た角はカーブを描いて大きく横に張り出しつつ先端は前方に突き出ている。
腰には両刃斧を2本下げている他、篭手・腰当・胸当てなどを装備した完全なる戦士の風体だ。
目の前に存在するだけで息苦しくなるような圧力が加わって来る。
――それがしゃべったのだ。
やや酒焼けしたオッサン風の声だが、実に流暢に。
口の中は鋭く尖った歯がズラリと並んでいて、犬歯に相当する歯は更に長く伸びてトドのよう。
こんな歯でよくもまぁすらすらとしゃべれるものだと妙なところで感心してしまう。
だもんで実は一瞬、自分にだけ聞こえてるんじゃないか。
オレがちょっとどうかしちゃったんじゃないか、と不安に駆られたがすぐにそうではない事がわかった。
「お前がシェンヤオ兄さんをやったラドルガかッ!?」
ピンピンが怒りの声を上げる。
あ、良かった。みんなにもちゃんと聞こえてたんだ……。
そんな風に思ってしまったオレは師匠失格です。
「なんの話だ?」
ラドルガが答える。
まぁそりゃそうだろうな。
3年も前の話だし覚えてるわけないわな。
そもそも人間の個体をどこまで識別出来てるかも怪しい。
「ピンピン様、コイツです!」
「間違いありません、あの赤い体……」
「そうだその角! シェンヤオ様をやったのはこのラドルガです!」
ワンウーチャンがここぞとばかりに叫ぶ。
少しでも恐怖を振り払おうとするかのように。
「お前の口から直接聞きたい! シェンヤオ兄さんをやったのはお前なのかッ!?」
ピンピンは頑固で強情な子。
そして一途な子である。
思い込んだらやめられない止まらない。
「知らんな。だが人間なら山ほど喰ってきたぞ。もうすぐお前もそうなる運命だ」
そう言うとラドルガは左手を肩より少し上に上げ、そのまま前方に振り出した。
「来ます!」
マリュウの声。
オレにも気配でわかった。
周囲を取り囲んでいるモノどもが動き出すのが。
じっくり作戦を練っている時間はないな――。
「来いピンピン! ラドルガはオレたちでやるぞ」
「はい師匠!」
「ちょっとアスカ! 勝手に決めないでよ」
「私たちは援護に周りましょう、ジュリア」
「リズ様、ここはひとまず」
「そうね。露払いに専念しましょう」
オレの一言を契機にそれぞれが勝手に役割分担を決めて動き出す。
若干取り残された感があるのはワンウーチャンだが、こればかりは致し方ない。
オッサンたちは死なないように頑張って身を守っててくれ。
既にドSモードになっているピンピンがオレの横を矢のように駆け抜けてラドルガに突っ込む。
するとラドルガを守るように前方に飛び出してくる影が4つ。
ややコンパクトなラドルガといった感じの亜人。
もちろん赤くはない。
おそらくあれがドルガと思われる。
額の角は全然可愛いたけのこ状で、顔はまぁ般若といった所か。
装備もラドルガより貧弱で、布を巻いたような恰好に棍棒。
但し棍棒はトゲトゲでかなり痛そうな見た目だ。
それが4体同時にピンピンに襲いかかる。
しかしピンピンもドルガどもの動きは予測済み。
するりするりと攻撃の手を掻い潜りながらも個々に鋭い一撃を加え、確実にラドルガへ近づく。
オレは後から追いかけてピンピンの一撃で動きの止まったドルガを斬る。
あっという間に4体のドルガが地面に倒れ伏す。
4体目を斬り伏せたちょうどその時、ピンピン渾身の初撃がラドルガの左脇腹に撃ち込まれた。
ボフッ!
力ない音。
何食わぬ様子のラドルガ。
まさか!?
ドルクの腹をブチ抜き、首を吹き飛ばすほどのピンピンの攻撃が全く効かないだと!?
「くっ!」
不発に終わった一撃に固執せず、咄嗟に後ろへ引いて身構えるピンピン。
だが、実はもう打つ手がない状態と一緒だ。
素手の攻撃の限界。
「今なにかしたのか?」
余裕のラドルガがピンピンを挑発にかかる。
「ピンピン!」
「大丈夫です師匠! わかってます」
後ろの方でも激しい戦闘が繰り広げられている気配がする。
だが、ドルガ程度の相手なら問題ないはず。
今は目の前の強敵に集中するのみ。
剣を持ったオレを見て両刃斧を1本手にするラドルガ。
まだ余裕ぶっこいてやがるなコイツ。
最初から2本抜けってんだ。
「一緒に行くぞピンピン」
「はい師匠!」
もう何度となく稽古をやってきてお互いの動き、呼吸まで感じ合えるようになっている。
こんな風に2人協力して1体の強敵と対峙するのは初めてだが問題ない。
正面と斧のある右手方向はオレ、左後方からピンピンが攻める。
グリードのような剛毛で覆われているわけでもないコイツに、どうしてピンピンの攻撃が効かないのか。
ケンのような先天的な特異体質なのか。
あるいは――――。
ドスッ!
背面の脇にピンピンの突きが入る。
「ぐっ……」
ほら効いた。
思った通り、さっきのは単に攻撃に備えて一時的に防御力を高めていただけらしい。
2人相手に動きながら同じ事をするのは難しいはず。
とは言え、そもそもの耐久力が圧倒的に高いためダメージの通りが芳しくない。
なに、それならそれでやりようはある。
ラドルガはオレの剣の方を警戒しているので、どうしてもピンピンへの対処は甘くなる。
そしてドSモードのピンピンの攻撃は素手とは言え相当な破壊力がある。
当のピンピンも敵の弱点を探りながらあの手この手で攻める。
要は諦めずにチクチク攻撃し続けるのだ。
次第にピンピンの攻撃がヒットする回数が増えていく。
それでもまだ普通にオレの攻撃を斧で防いでいるのはさすがと言ったところか。
コイツ、強いぞ。
これまで戦った魔物はどちからと言えば持って生まれた性能次第な所があり、山賊のケンように鍛錬した技を使いこなす者はいなったのだが、このラドルガはその両方を併せ持っている。
亜人が全てそうではないというのはドルクやドルガを見れば一目瞭然。
紛れもなく、このラドルガは強敵だ。
「いい加減にしろ、人間」
低く唸るように言うと、ラドルガが遂に2本目の斧を手にした。
「ピンピン!」
声を掛けて一旦距離を取るよう合図する。
すぐに3m程の距離を空けるピンピン。
「そろそろ本気で相手をしてやる」
ラドルガの全身が赤く光ったように見えた次の瞬間、両刃斧が燃え上がった!
これは――魔法!?
斧に炎を……属性付与か。
炎と化した斧を両手に持ち、ピンピンに向かって行くラドルガ。
追いかけようとした鼻先を掠めて何かがラドルガの首筋に向かって飛んで行く。
シュルルルルル――。
気配なのか音なのか、察知したラドルガが左手の斧で何かを弾く。
キュィィン!
――――マリュウの円月輪か。
ひと呼吸遅れて振り返ったラドルガの左後方からもうひとつ飛んで来る。
時間差で左右から攻撃とは、やるな。
だが、ラドルガはそれも跳ね返すと攻撃の主マリュウを見据える。
「おかしな武器を使う女……お前から先に喰ってやる!」
一瞬のうちに間合いを詰めると只でさえリーチのある上段から炎の斧を振り下ろす。
マリュウは斧を受ける事はせずに身をかわすが、それをもう一方の斧が横から迎え打つ。
危ない!
ガキィン!!
金属音が響いて斧が止まる。
エリザベスの長剣が斧を止めていた。
「フハハハ、いいぞ! 面白くなって来た」
顔を見ただけでは笑っているのかどうかわからないラドルガだが、どうやらこの戦いを楽しんでいるらしい。
この隙にざっと状況を確認したところ、エリザベスとマリュウは既に周囲のドルガを掃討済み。
ロビィとジュリアはワンウーチャンの援護をしつつ、そこに集まって来るドルガを討ち取っている真っ最中だった。
ざっと残り20体弱といった所か。
この状況は見えているだろうに、ラドルガの余裕と自信。
やはりまだ何かあるな。
再びラドルガの攻撃が始まる。
攻撃目標はエリザベス&マリュウに移ったらしい。
2人の動きは見事に連携が取れている。
長い時間をかけて培われたコンビネーションと信頼感。
見ていてそれがよくわかる。
ただ、ラドルガが強い。
2人の攻撃は両手の斧か角でほぼ完ぺきに防がれている。
傍から見ているとラドルガの動きがよく見える。
人間を遥かに凌駕する運動能力。
圧倒的なパワー。
動体視力もいい。
そしてあの炎。
これが思いのほか厄介だ。
超高熱のため、近づくだけでも相応のダメージがある。
2人が間合いの調整に相当苦労しているのがわかった。
ただ、炎を警戒しているにしてももう少し積極的に行けるのではないか?
何やらエリザベスとマリュウの攻撃は踏み込みが足りないというか、躊躇があるように思われた。
そう言えばこの2人はラドルガの名前を知ってたんだよな。
他にも何か情報があって、その上でこの戦い方をしてるのだろうか。
たぶんそうなのだろう。
迂闊に飛びこんではいけない何かがあるのだ。
やっべ、さっきオレ達思いっきり懐に飛び込んでたけど、ヤツが余裕ぶっこいてるおかげで助かったのかもしれない。
無知こえー。
「あなた達、ボーッと見てないで手伝いなさい!」
エリザベスに叱られた。
ご、ごめん。つい……。
ピンピンとアイコンタクトで呼吸を合わせ、ラドルガの背後から攻める。
カァッ!!
喝を入れられたような声が響いたかと思うと、一瞬時間が止まった!
――ように見えた。
だが、その停止した時間の中でラドルガだけが普通に動いている。
ラドルガがこちらへ振り向くと、ピンピンとオレに両手の斧を叩きつけてくる。
クソッ! このッ!
なんなんだよコレ。
動け! 動け! 動けコノヤローッ!!
畜生この際しょうがない。
氷の壁!
オレの目の前と、ピンピンの前に2つ同時に氷壁を出現させる。
ん? 今思ったけどしゃべれるって事は時間止まってるわけじゃねーよな。
そもそもオレ、思考出来てるし見えてるし。
ゴッ!!
氷壁をラドルガの斧が叩いた時、体が自由になった。
壁は砕けたが、一瞬出来た溜めのおかげでオレもピンピンも斧をかわす事に成功。
あっぶね! マジなんだったんだアレ。
「師匠!?」
「気をつけろピンピン。おかしな術を使うぞ」
再び距離をとって様子見。
あれが連発可能なら、ちょっと迂闊に手を出せない。
いや、それどころか相当ヤバい。
……エリザベス達もそれで!?
オレとピンピンの間にすっとエリザベスとマリュウが割って入って来た。
「あれを受けて無事だったなんて、さすがねアスカ」
エリザベス、やっぱ知ってたなコノヤロー。
「ラドルガには相手を麻痺させる異能があるのです。よくご無事で……」
「そういうのは先に教えといてもらえると助かる」
精一杯の皮肉を込めてマリュウに返す。
「すみません」
「他にはないのか?」
「いいえ。実際に戦うのは私たちも初めてなのです」
じゃあしょうがないな。
「で、どうする」
エリザベスにこの戦闘の展望を聞いてみる。
「なかなか厳しいわね」
エリザベスにも打開策なし、か。
今気が付いたが、エリザベスとマリュウの装備の隙間から見える肌が赤くなっている。
軽度の熱傷を負っているようだ。
エリザベスのきれいな金髪も、一部毛先がチリチリになっている。
嗚呼なんという事だ! もったいない!
「せっかくの金髪が台無しだな」
「余計なお世話よ」
あのエリザベスが照れている。
ツンデレによくある照れ隠しの怒気というヤツだ。
オレにはわかるッ!
「オレの気の回し過ぎならいいんだが、アイツはまだ何か切り札を隠してるんじゃないか」
「どういうこと?」
「わからん」
ただ何となくそんな気がするというだけなのだ。
ひとりで抱え込んでいると不安なので、口にしてしまったのだがエリザベスには特に感じる所はないらしい。
「マリュウさんは?」
「まだ伏兵がいる気配があります」
「それはドルクやドルガよりも強いヤツか」
「いいえ、それほどでは……」
やはり伏兵はいたか。
でも強敵ではない。
それなら別に心配する程のことはないのだろうか。
「念のため、警戒しておいてくれるか」
「わかりました」
マリュウが素直に従ってくれたのは意外だったが、さっきの件を借りと考えてくれたならそれはそれでいい。
「あの、マリュウさん」
ピンピンがマリュウに声をかけるなんて珍しい。
「どうかしましたか、ピンピンさん」
「その武器、ひとつ私に貸していただけませんか」
「これを……ですか」
「はい。お願いします!」
「でもこれは扱いに慣れていないと怪我をするようなモノですよ」
「武器の扱いには慣れていますから、心配要りません」
「ではこの手袋も一緒に。これを付けていないと危険ですから」
「ありがとうございますッ!」
こうしてピンピンは円月輪を1つ手に入れた。
なるほど、確かにコンパクトな円月輪はピンピンの戦闘スタイルに合っている。
ドSモードのピンピンに円月輪の殺傷力が加われば鬼に金棒かもしれない。
「行くか、ピンピン」
「はい!」
「ちょっと待ちなさい!」
ジュリアに引きとめられた。
あ、そっちの方もとうとう片付いちゃいましたか。
ジュリアとロビィがいつの間にか横に並んでいた。
女6人揃い踏みの絵になる構図。
ワンウーチャンは?
と思って周囲を見回すとオレたちの更に後ろの方にいたよ。
ダチョウ倶楽部のような体勢で。
お前ら完全にオレたちを盾にしてるだろ。
ま、いいけどさ。
「私たちも一緒に戦います」
ロビィの言葉と頷くジュリア。
「じゃロビィ。開幕一発目にアレ、よろしく」
「……わかりました」
立ち上がり少しでもこちらに有利になるよう、本気の一撃をロビィに頼む。
それじゃ後は突っ込むだけだな。
「作戦会議は終了したか」
ラドルガは特に急かすような雰囲気もなく、悠々と構えている。
「ああ。待たせたな」
「来い、女!」
言われなくても行くさ。
ジュリアが静かに動き出す。
それに合わせてオレとピンピンも前に出る。
ロビィの弓が反射する光が一瞬視界に入る。
エリザベスとマリュウは一旦オレたちに任せる気になったようだ。
何かあったらダチョウ倶楽部、もといワンウーチャンを守ってくれ。
オレたち3人がトップスピードになってラドルガを攻撃範囲に捉えようとしたその瞬間――。
カァッ!!
くっそ、マジか! ここでまた……。
だが、最初に食らった時よりも体の硬直感が薄い。
全く動かないわけではないぞ?
そして何より既にロビィのアレが放たれた後だった。
ズッ!
光の速さで一直線にラドルガの左胸に突き刺さり……貫通していった。
直後に硬直が完全に解ける。
逆にラドルガは体勢を崩している。
チャーンス!!
超足。
その鬱陶しい斧を持つ手を斬り落としてやるッ!
右肘の上、上腕骨の真ん中を……。
ビシュッ!
よし、落とした。
後ろへ回り込んでもう1本も――熱いッ!
燃え盛る斧が顔面に向かって来る。
裏拳?
だがこのスピードならかわして斬れる、そう思った直後胸に衝撃。
なっ!!!!
吹き飛ばされつつ体勢を立て直すが、胸の上部に鈍い痛みが残る。
――角か。
咄嗟に体を捻ったので鎖帷子の上から擦られた程度で済んだが、危なかった。
この鎖帷子、意外と丈夫で助かった。
ただヤツの炎の熱のせいでかなり熱い。
腕にばかり気を取られて頭の動きを追っていなかった。
なんというアホなミス……。
弟子の見ている前でみっともない!
だが、ラドルガはその場に釘付けになっていてオレを追撃するどころではなかった。
ジュリアの風刃剣がラドルガの体に幾つもの切り傷を刻む。
ひとつひとつの傷は浅いが、苦痛を与え動きを鈍らせる効果は充分。
そして我が弟子ピンピン。
円月輪を右手に持ってラドルガの懐に潜り込み、手当たり次第に斬りつける。
こっちは直接攻撃なので一撃一撃が重く、相当な深手を負わせているようだ。
血飛沫が大量に飛び散ってピンピンの全身も真っ赤に染まる。
炎も熱も関係あるかと言わんばかりの暴れっぷり。
色だけの比較ならもうどっちが赤鬼かよくわからない状態だ。
正にドSモードピンピンの本領発揮!
ピンピンの舞うようなプンクルが止まらない。
ジュリアが少し離れた位置で佇んで呆れている。
目が合ったので、すまんと合図しておいた。
ピンピンがあそこまで接近しているとジュリアも風刃剣を撃てない。
一緒に接近戦を挑もうにも、オレと違ってジュリアはピンピンと連携する練習をしていないので邪魔になってしまう。
つまり今、ラドルガはピンピンの獲物、という事になっている状況。
ロビィも弓を下ろして見物を決め込んでいるし、エリザベスとマリュウはさっきの位置から全く動く様子もなく熱い眼差しで観戦中。
ま、なんだかんだ因縁のある相手だから好きにさせてやろうという部分もあるのだ。
頑張れピンピン。
「おのれ、ちょこまかと!」
ラドルガが怒りを露わにする。
あれ? そう言えばロビィの矢が胸を貫通したはずなんだが、平気なのか?
いや、そんなはずはない。
むしろそのせいで今これだけピンピンの攻撃がヒットしているのだろう。
最初の頃と比較すると随分動きが鈍くなっている。
それでもこれだけ動いているのが信じられない。
普通なら致命傷だぞ。
心臓は無事なのか、心臓の位置が違うのか、心臓やられても平気なのか(んなわけあるか)。
カァッ!!
マズイ! またアレだ!
だが、ピンピンが一瞬固まっただけでオレの方は全く何も感じなかった。
効果範囲が狭くなっているのか。
それとも効果そのものが落ちているのか。
連発してこないのは、ある程度チャージ時間が必要なのだろう。
そして、効果範囲は肉体又は精神状況に影響される、と。
もしかすると受ける側にも耐性のようなものがついてくるのかもしれない。
オレの場合、初回より2回目の方が明らかに効果が薄くなっていたし。
なるほど、だんだんわかってきたぞ。
ふとジュリアを見ると固まっているw
うっは! ジュリアは今のが初体験なのか。
そりゃ固まるわ、うんうん。
でも大丈夫、今ラドルガはピンピンの相手で精一杯でジュリアに攻撃する余力はないから。
と、心の中で笑っていたらラドルガの野郎、斧をジュリアに向かって投げつけやがった!
ふざけんな、クソッ!!
超足!
ガキィッ!
斧が纏っていた炎が飛び散って熱い。
回転する両刃斧を剣で落とそうとしたのだが、ほんの少し軌道が変わっただけになってしまった。
やっべ! ジュリア!!
斧を追って後ろを振り向くとようやくジュリアが動けるようになった所で、飛んで来た斧を左の篭手で受ける。
おお、それがあったか!
ウルズスラを出る時に買った篭手。
思った以上に頑丈そうで何より。
それにしてもかなりムカッ腹が立ったので、この両刃斧を使っておしおきをしてやる。
ジュリアの足元に落ちた斧には微かに炎が残るだけ。
ちょっと熱かったがそれを拾う。
するとジュリアが不思議そうな顔で聞いてきた。
「それ、どうするの」
「これでアイツを倒す」
「アスカ、悪趣味」
「結構毛だらけ」
「なにそれ?」
「なんでもない……」
元の世界でしか通用しない言い回しだった、恥ずかしい。
にしてもやたらと重いな、この斧。
ま、オレも力には自信があるから問題ないけど。
そして――――氷斧。
ヤツが炎属性なら、氷属性が充分効くはずだ。
属性付与しながらイメージで斧を変形させる。
氷で刃の面積を広くする一方でその厚さは極薄の切れ味抜群状態へ。
もうさっきまでの斧とは完全に別物だぜ!
そう、敢えて例えるなら真ゲッター1のゲッタートマホークだ。
ん?
何か騒がしいと思ったらワンウーチャンがこっちを見てやいのやいの言っている。
ついでにマリュウの視線もビンビン感じる。
「アスカ、もうそれ以上はいけません」
いつの間にかロビィが隣に来ていた。
角でやられた胸の部分に治癒魔法を当ててくれている。
あ~いい気持ち。
「わかってる。これで最後だ」
珍しくロビィがオレの右肩に手を置いてコクリと頷く。
「弟子に花を持たせてやるんじゃないの?」
ジュリアが茶化してくる。
「もう見せ場は作ってやったんだから充分だろ」
「そうやっておいしい所は全部自分が持ってくんだから、アスカは」
「まぁね。オレの人生オレが主役!」
「なにそれ。ヘンなの」
クスクスと笑うジュリアに背を向けて、さぁクライマックスだ!
「くっ!」
ピンピンが大きく後ろに飛び、距離を空けた。
ラドルガから再び炎が立ち上ったのだ。
斧だけが燃えていた先程とは違い、全身が炎に包まれているような状態。
ラドルガの全身の切り傷が焼き鏝を当てたように赤黒く変色して塞がっていく。
ロビィの貫いた左胸の傷も、僅かに痕が残る程度になっている。
更にラドルガはオレが斬り落とした右腕を拾うと切断面に宛がう。
まさか、くっつくのか?
右腕を包む炎が一層強くなったかと思うと、ラドルガが左手を右腕から離す――落ちない!
そして右腕の肘から先が動いている。
なんてこった!
恐るべしラドルガ。
だが、この驚愕の光景の中オレは気付いてしまった。
ラドルガの全身から発せられていた圧力が、だいぶ減っている事に。
ヤツにとってもこの炎は想定外、背に腹は代えられぬという事態だったに違いない。
ピンピンも距離を置いた事だし、そろそろやるか。
「出せッ!!」
は!?
ラドルガが突然叫んだ。
何言ってんのコイツ。
すると最初にラドルガが出て来た辺りの更に奥の方から、新たにドルガが数体現れた。
いや、待て! それだけじゃない!
――何だアレは!?
ドルガが木を担いでいる。
いや、正確には木に括りつけられた人間を運んでいる。
幼い少年、少女、そして若い女――。
3人の人間を括りつけた3本の木を3体のドルガが運んで来た。
他に護衛役と思われるドルガが7体の計10体。
「アレを見ろ! 近くの村の生き残りだ。アレが最後の3人だぞ。フハハハハ!」
何という姑息な。
卑怯千万、悪逆無道、極悪非道。
戦士として少しは出来るなどと思ったオレが阿呆だった。
亜人など所詮は畜生なのだ。
そして何かあると思っていた切り札がこんなモノだった事に心底ガッカリした。
「アハハハ……」
思わず乾いた笑いが漏れる。
「何がおかしいッ!?」
ラドルガが不機嫌そうに吼える。
ついでにジュリアやロビィやエリザベスやマリュウまでもがヘンな顔でオレを見てる。
ごめん、許して。
「動くな! ひとりでも動いたらあの人間たちは殺す!」
圧倒的優位に立ったと確信したラドルガが上機嫌で脅しにかかる。
だがオレだけは至って冷静。
むしろ静かな怒りに燃えている。
さっきの失態でちょうど注目されてる事だし、とジュリアとロビィに合図を送る。
エリザベスとマリュウにも伝えたい所だが……あ、デビルイヤー!!
「ラドルガをやるから、そっちは頼む」
あまり口を動かさず腹話術のように、極めて小声で呟く。
ちゃんと聞いてろよ。
超足!
ラドルガの左側面(右は斧がある)に周り込んで飛び上がり1回転して降りながら斧を叩き込む。
僅かに反応出来たのは褒めてやるが、どっちにしろお前は終わりだ。
ガッ! ズシャッ!
右の角をど真ん中から、そしてそのまま右肩ごとざっくり腕をぶった斬る。
「グァアア……」
着地後即左回転で横殴りに斧を振るい、悲鳴を上げかけたラドルガの両太腿を切断。
間髪入れず垂直に飛び上がり、腰から上がずり落ちようとする所を更に上から縦に両断。
これでもまだくっつけられるもんならくっつけて見ろ!
当然だが、ラドルガは既に絶命している。
4つに分断された体は、あまりに高速で切断されたために綺麗に断面が見える状態を保持。
出血も極僅かだ。
ピンピンが呆けたような顔で見ている。
そう言えばみんなでピンピン支援モードだったんだっけ。
「ごめん」
「ハッ! えっ!? あ、お疲れ様です師匠」
良かった。
恨まれてはいないようだ。
人質の方はというと、ジュリアとロビィ、エリザベスとマリュウ、そしてワンウーチャンたちが強力して無事救出していた。
見ていなかったが、たぶんドルガどもは瞬殺されたのだと思う。
ただでさえ強い冒険者を本気で怒らせたらいけないっていうのを学習しろ。
もう死んじゃってるから無理だろうけど。
ドドドドドド……。
地鳴りと共に無数の足音が近づいてくる。
これは――途中に足止めしていたドルクどもか!
あっぶねぇ、もう少し早く来られたら面倒な事になる所だった。
とっとと片づけて正解。
こっちで魔法使った時に向こうの炎は消えちゃったんだろうな。
でもあの地割れをどうやって渡ったのか。
「最後くらい出番をくれても?」
エリザベスがオレに質問して来た。
なんでオレ?
ジュリアの方を見るが、軽く首を傾げられただけ。
そしてマリュウの視線がまたジリジリきてるのを感じる。
「じゃあ、よろしく頼む」
オレの言葉に頷くとエリザベスはマリュウと2人、ドルクがやってくる方向へ移動する。
ピンピンがマリュウの所へ小走りに駆けていく。
ああ、そうか。借りてたものを返すんだな。
2人はこの拓けた場所への入り口に陣取るのかと思ったら真ん中辺りで立ち止まった。
ある程度敵を引き込む想定なのか?
間もなくドルクの姿が見え始めた。
100体はいそうな大軍だ。
たった2人であの軍勢をどう料理するのだろうか。
お手並み拝見といこう。
こちらの姿を見つけたドルクの進軍速度が落ちる。
よほど全力で駆けてきたのか、どいつもこいつもフゴフゴ鼻を鳴らしている。
数の暴力という言葉のある通り、1体1体はどうという事のないドルクでもこの数になるとさすがに脅威だ。
範囲魔法でも使えばある程度まとめて減らせるのだろうが、生憎とオレはもう今日は打ち止め。
エリザベスとマリュウはどうなんだろうな。
もう既に2人の目前にドルクの集団が横に広がるように展開している。
まだまだ後ろからどんどん増えているが、既に50体以上のドルクが所狭しとひしめいている状態。
――何の前触れもなく火蓋は切られた。
マリュウが左手を前方へ伸ばすとそこから黒い霧のようなものが放出される。
あっという間にドルクの集団を包みこむと、ドルクたちがブヒブヒ騒ぎ出して混乱が生じる。
続いてエリザベスが長剣を高々と天に掲げると雷鳴が轟き、剣先に向かって稲妻が奔る。
放電のようにバリバリと唸る稲妻を剣が吸収しているのか?
「セイッ!」
エリザベスが剣を上段から振り下ろすと、剣先から稲妻が走り扇状に広がってドルクを次々と貫いていく。
マリュウの放った黒霧の中を青白い稲妻が血管を流れる血のように枝分かれしながら駆け抜けていく様子はひたすら美しかった。
その稲妻に貫かれたドルクが次々と倒れていく。
後ろからやって来るなり倒れたドルクなど自分が死んだ理由すらわからなかったに違いない。
「ハッ!」
シュルルルルル――。
2つの円月輪が左右に分かれて飛んで行き、稲妻が撃ち漏らしたドルクの首を跳ねる。
不思議なのは、首を跳ねた後でも円月輪の速度・威力が全く落ちていない事。
どういうカラクリになっているのか。
円月輪はリモート操作をしているかのように正確にマリュウの手元に戻って来る。
そしてマリュウは戻ってきた円月輪をすぐまた撃ち出す。
これが何度か繰り返された後、立っているドルクの姿はわずか数体になっていた。
恐るべしエリザベスの稲妻斬り(勝手に命名)。
恐るべしマリュウの超電磁ヨーヨー(違います)。
「あとは私たちが!」
「ワシも!」
「おい待てオレもだ!」
ワンウーチャンがドルクの残兵を始末しに飛び出して行った。
エリザベスとマリュウはもうお役御免といった感じで、こちらに向き直っている。
あまりの見事さに思わず拍手してしまった。
「お見事!」
声をかけるとまんざらでもなさそうな表情で金髪を掻き分けるエリザベス。
マリュウも軽く頭を下げてくる。
人質を介抱していたピンピンも一緒になって拍手しているよ。
そんなところまで真似しなくても別にいいのに。
「エリザベスすごいッ!」
ジュリアが興奮してる。
きっと後でやり方教えてとか言うんだろうな。
エリザベスご愁傷様。
「闇魔法は初めて見ました」
隣でぼそっとロビィが呟いた。
え、なに、闇魔法?
「マリュウさんの黒いヤツの事?」
「そうです。確か、敵の視力を奪って盲目にする魔法です」
「ああ、それで混乱してたわけか」
エリザベスがまとめて敵を倒すために、敵の視覚を先に奪っておいたのか。
なるほど、実にあの2人らしいコンボ技だ。
オレたちの近くまで来たエリザベスが億劫そうに言う。
「死体の数を数えるのが大変だわ」
「え、なんのために?」
「報酬に決まってるじゃない。魔物の討伐は別報酬でしょう」
そういやそうだった。
この数だもんな、確かに大変だ。
「ドルクは5等級換算の亜人なので報酬対象外です」
ロビィが冷静かつ非情に事実のみ告げる。
「あ…………」
この時のエリザベスの表情が実に印象深かった。
羞恥と怒りと困惑と呆れが絶妙にブレンドされた赤ワインのような味、じゃなくて顔。
完璧主義のように見えて、ちょっと抜けている所もあるなんて可愛い!
マリュウがエリザベスの斜め後方で一緒に恥じ入っているのもなかなかの光景だった。
読んでいただきありがとうございます。
あまりに長くなってしまってもう2回になりそうだったので、一生懸命削ってなんとか1回分に納めてみました。
ちょっと説明不足なところがあったらごめんなさい。
やや終盤が駆け足なのはそのためです。
そして、実はまだ任務は継続中なので次回以降も続きになります。
どうか応援よろしくお願いします。




