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(24)オレは契約を解除する

 成り行き任せで師匠にされた翌朝、宿を出ると外にピンピンが待機していた。

 彼女は相変わらずあの高級宿に泊まっているのだ。


「おはようございます師匠! みなさんもおはようございます」


 例によって90度以上の礼で迎えられた。

 

 プンクル一座はピンピンをひとり残して今朝早くに出発したらしい。

 どうせならうちの宿に一緒に泊まらないかと昨夜誘ったのだが、丁重に断られた。

 ジュリアとロビィに気を使っているのだろうか。

 

 いや、もしかするとあの高級宿の方が快適なので今更安宿になど泊まれないのかもしれない。

 それならいっそオレをそっちに一緒に泊めてくれてもいいのだが。

 しかしそれを今言うのはKYにも程があるので止めておく。




 今日からまたベガスの工事護衛任務が再開する。

 西門に到着すると、案の定休み前より大勢の人が集まっていた。

 

 オレたちが行くと例によって拍手や歓声で温かく迎えてくれたのだがピンピンの姿もあるせいか近寄ってくる人はいない。

 少し遠巻きにして騒がれている感じ。

 なんだろうなこの距離感、ちょっと居心地悪い。


 街道工事の護衛任務 6日目―――。

 

 本日の稼働人員

  作業員:176人

  冒険者:19人


 一旦集まって解散した一昨日よりも確実に増えている。

 ただ、冒険者の数は若干だが減っている。

 

 これは魔物討伐の任務のせいで今後の手当が見込めなくなったせいだろう。

 実際、腕が立ちそうな冒険者の姿は減り、黒白黄札を下げた者が多い。

 

 そしてホークの姿がなかった。

 

 あいつ早速日和やがったのか。

 そういう意味での見切りも早いってか。

 クソッ!

 

「ホークの野郎……」


 思わず声に出しちゃったよ。


「いないね、ホーク」


 ジュリアも探していたらしい。


「あの男の姿がないのはいい事です。清々します」


 相変わらずだなロビィ。

 

「いないんですか……。久しぶりに会えると思ったのに、残念」


 ピンピンだけが異なる感想を持っているようだが、実は会ったら叩きのめせたのにとかいう意味かもしれないので野暮な突っ込みはやめておこう。

 

 ホークはいないが、他の馴染みの顔は揃っていた。

 バルサ、アンドレ、サムにジャン。

 いいなぁ、なんか落ち着く。


 あれ?

 なんかサムとジャンがこっち見て話してるけど、挨拶するでもなし、ちょっと様子がヘンだな。

 

 ちょっと手を振ってみる。

 え? なんで礼してんの?

 なんだよ、あいつらまでヘンな遠慮しやがって。


「まぁ気にしないことさ。有名になるってのはこういう部分もあるんだよ」


 バルサがやってきてすぐに察したように言ってくれた。

 さすがは年長者。オレより年下だけど。

 

「ありがとうバルサ」


 素直に礼を言うと、バルサは背を向けたまま手をひらひらとさせながらアンドレの所に戻っていった。



 そうこうしているとベガスがやって来た。

 ちょっと先に話しておかないといけない事があるんだった。

 

 一緒に行こうとするジュリアを手で制してオレがベガスの下へ行く。

 これは師匠の役目なのだ。

 

「ベガス、ちょっといいかな」


 オレに気付くとベガスは両手を広げて歓迎の意を表した。


「アスカ君じゃないか。休みの間にまた随分と派手に御活躍だったそうじゃないか。いやぁ素晴らしい! おかげでこのオレまで鼻が高いってもんだ」


 はははと苦笑するしかない。


「で、その有名人がオレに何か用かね」

「実はあそこにいるピンピンの事についてなんだけど……」

「おおっ!! あれは確かリーさんの娘さんだろ。プンクルの演武会は昨日で終わりだったはずだが」

「うん、まぁそうなんだけど。とりあえずプンクルは関係なくて、実は彼女は今オレと行動を共にしていて……」

「なにッ!? 彼女も森のジュリアスの一員に加わったのか。凄いじゃないかアスカ君!」


 破顔して両手でオレの肩をパンパンと叩くベガス。

 まずいな、盛大に勘違いさせてしまった。

 

「そうじゃなくて、あの!」

「ん? どうした?」

「ピンピンはうちのギルドに入ったわけじゃないんだ」

「なんだ違うのか、もったいない。今からでも誘ってみたらどうだ」

「はぁ、まぁ考えとくよ。じゃなくて! 彼女も今日一緒に同行させたいんだけど、いいかな」

「なんだそんな事か。問題はない。だが、うちと正式に契約しているわけじゃないから報酬は出せんぞ」

「やっぱりか。そこをどうにかならないかな」

「どうもこうもオレはフランクリンさんに雇われた身だからな。勝手な裁量は出来んよ」

「でもオレたちの待遇は良くしてくれただろ」

「あれはちゃんとフランクリンさんに許可を取ってあるんだ。それにカラテ食堂の件は依頼とは一切関係なく完全にオレの好意でやってる事だ」


 完全な正論を言われてしまった。

 これ以上粘るのはベガスに申し訳ない。


「それなら今日中に組合で依頼に申請手続きをしたら明日からは大丈夫?」

「それなら何の問題もない。大歓迎だ」

「じゃその下見って事で今日は同行するだけ。いいよね」

「わかった。だが、何かあっても責任は取れんぞ」

「ありがとうベガス」


 基本的には話がわかる大人なんだよなベガスは。

 ちゃんとルールに則って仕事をしている点はオレにとってはプラス評価だ。

 社会人たるもの、やはりそうでなくては。

 

「あ、もうひとつ聞いていい?」

「なんだ」

「ホークは今日どうしたの」

「ああ、あいつか。昨日遅くに組合で契約の解除をしたんだとよ。なんでも別な依頼で町を出る事になったとか言ってたらしい」


 やっぱ昨日のうちに動いてやがったのか。

 それにしても鼻が効く男だ。

 ああいうのがしぶとく生き残るタイプなんだろうなぁ。

 ほんとゴキブリ並みのしぶとさだ。


「そっか。残念だな。教えてくれてありがとう」


 心にもない事を言ってしまった。

 

 みんなの所へ戻ってから改めてピンピンを連れてベガスに挨拶に行った。

 ホークが抜けた分明日から頼むよとベガスに言われたピンピンが微妙な表情になっていたのは面白かった。

 その後でピンピンには戻ったらすぐ手続きして明日から正式に参加だと伝えておく。

 あまり報酬などには興味がなさそうだったが、同じ立場で参加できるのは素直に喜んでいた。



 こうしてまた護衛任務は再開されたのだが、今日は魔物の姿は影も形もなくバルサの言う通り暇だった。

 

 おかげでピンピンの稽古しましょう攻撃がしつこくてややうんざり気味。

 稽古っつったって何をどう教えたらいいのかわからんのよ。

 仕方ないから適当に相手はしてやったけれども。



 次の日も、その次の日もひたすら暇だった。

 おかげで工事の進捗は捗々しく、ベガスは終始上機嫌。



 更にその翌日。


 街道工事の護衛任務 9日目―――。

 

 本日の稼働人員

  作業員:196人

  冒険者:22人


 間もなく作業員だけで200人を超えそうだ。

 一方の冒険者側は人数こそ微増しているものの、ほとんどが赤札以下で戦力としては心もとない。

 

 いい加減この大人数での片道2時間近い移動も億劫に感じられていたのだが、とうとうベガスが動いた。

 

 馬車が導入されたのだ!

 

 但しこの世界の言葉ではバシャ。

 奇しくも発音が一緒。わかりやすくていい!

 

 だが、見た目はオレの知ってる馬車とは結構違う。

 まず、馬がデカい。

 ばんえいで走っている馬より更にでかいんじゃなかろうか。

 ああ、あれだよ。ラオウの乗ってた黒王ぐらいの大きさ。

 

 それが2頭で引いている馬車がまたデカい。

 普通にバスくらいはある。

 更にそれよりデカい4頭立ての馬車まであった。

 一体何人乗れるんだ、これ?


「よーし、今日からバシャを使って移動だ。荷物は全部2頭立ての荷台に積むんだぞ。お前らは4頭立てのバシャに乗れ。パカラの後ろを通る時は気をつけろよ。蹴られたら命はないぞ。何度注意しても毎年誰かは蹴られるんだ。頼むから今回は遺族に見舞金を渡す役周りをオレにさせないでくれ」


 ベガスの言ってる事は冗談ではないと思うのだが、ここで大きな笑いが起きた。

 

 ふむ、馬の事はパカラと言うらしい。

 走る音から来た名前なのだろうか。


「ちなみにバシャは早い者勝ちだ。乗り損ねたヤツは走ってついて来い」


 また爆笑。

 ま、オレたち冒険者は走った方が体があったまるから別にいいか。


「それじゃみんな、出発するぞ」


 オオッ!!

 

 ベガスの号令に応える声が勇ましい。

 馬車の導入効果か、朝から全員テンション高すぎだろ。

 

 そして冒険者用の馬車はちゃんと別に用意されていた。

 2頭立てだったが、22人乗ったぐらいじゃまだ余裕がある。

 

 4頭立て馬車の方は80人乗りらしく、溢れた作業員が20人弱走って移動していた。

 あれじゃ、着いてからすぐ作業できないだろ。

 こっちに乗せてやればいいのに、と思ったが言えなかったオレはTHE小心者。

 


 馬車のおかげで30分もかからずに現場に到着。

 なるほど、これはすごい。

 

 往復で3時間以上時間が節約できるから、その分作業時間に充てられる。

 今まで以上に進捗効率UP間違いなしじゃないか。


 到着後に作業開始の合図を出したベガスが、この調子ならあとひと月もしないうちに予定の工程を終えられそうだと言っていたが、元々の工期はどれぐらいだったんだろうか。

 興味があったのでそのまま聞いてみると、それは機密情報だとかなんとか言って教えてもらえなかった。

 ベガスはやっぱり優秀だなぁ。



 この日は久しぶりに魔物が出たらしい。

 らしい、というのはオレたちは見てないからだ。

 

 群れからはぐれたドゥーが1頭。

 左翼前方に出たらしいのだが、久々の獲物に我先にと冒険者が群がってあっという間に倒されたと聞いた。

 ちなみに倒したのは知らないヤツだった。

 

 サムもジャンもこういう時こそ頑張らないでどうするんだよ。

 確かあの時左翼にいたはずだよな。

 まったくあいつらと来たら……そこがあの2人らしいと言えばそうなんだが。

 

 こんなしょぼい魔物1頭でも、出てくれれば魔物手当の対象になる。

 この人数でそれは大赤字じゃないかと思うのだが、くれるもんはもらっておくのが常識だ。

 

 ドゥーよ、ありがとう。

 せめて安らかに眠ってくれ。



 こうしてまた何事もなく過ぎ去った一日。

 西門について報酬を受け取って解散。

 

 今日は久々に魔物手当が出たが、その前3日は基本報酬ばかりだったため4日間の稼ぎは3人合わせても僅か5400ゼニー。

 一度底辺を脱した報酬を手に入れてしまうと、この底辺間近の報酬だけでやっていくのは厳しいと感じてしまう。

 

 しかも明日は緑の日で工事は休み(とベガスが言った)。

 今後のことについて一度真面目に話し合った方が良さそうだ。



*****



 その夜はカラテ食堂で夕食をとってから公衆浴場へ行った。

 いつもは先に風呂でその後メシだったので順番が逆になったのだが、移動が馬車になって楽になった分すぐに風呂に入る必要もなかったというのがその理由だ。

 

 しかし、たっぷり飲み食いした後の風呂は眠くなる……。

 

 4人並んで湯船につかっている時、一瞬持って行かれそうになったが何とか持ち直す。

 この一瞬の間に天啓が下った――――というわけではないのだが、とうとうオレは話を切り出す事にした。

 

「ちょっとみんなに話があるんだけど」

「どうしたの、改まって」


 最初に反応したのはやはりジュリア。


「オレたち、いつまでここにいるのかな」

「いつまでって……お金が溜まるまで?」

「今の調子じゃだいぶ先になりそうだけど」

「また魔物が出れば大丈夫よ」

「この先しばらくは危険な地域はありません。安心です」


 楽観的なジュリアにロビィが冷静な分析を突きつける。

 微妙に論点がズレている気がするが放置。


 ピンピンはこの会話がギルドの方針に関わる話だと理解したのか、口出しせず沈黙している。

 ちなみにピンピンはオレたちの中で一番スタイルが良く、観賞用には申し分ない。

 

「冒険者ってお金を稼ぐのが目的なのかな」

「それは……職業ならなんだって稼ぎは大事でしょ」

「お金は大事なものです。あって困るものではありません」


 そういう事じゃないんだよなぁ。

 でもどうやって伝えたらいいのかわからない。

 だから結論から先に言っちゃおう。


「オレ、そろそろこの町を出るべきだと思う」

「どうしてそんな急に。ホークの後でも追うつもり?」

「冗談でもそういうのはやめてくれ」

「私もその冗談は好きではありませんジュリア」

「ごめん……」


 つい調子にのって放ったジョークでどん引きされ、へこみまくるジュリア。

 お湯に鼻の下までつかってぶくぶくぶくとやっている。


「ですが町を出るというのには賛成です」

「そうなの!? ロビィまで……」


 ジュリアには悪いが味方を1名確保出来てほっとした。

 多数決なら既に勝利確定だが、出来ればオレは満場一致で進めたい。

 

「この4日間、ベガスの仕事でオレたちの出番はなかったろ。この先多少は何かあるかもしれないけど、何もない時の方が遥かに多いと思う。それって何か無駄っていうかもったいないっていうか、とにかくもっと別な事をすべきだと思うんだ」

「別な事って言われても……新しい依頼に乗り換えるってこと?」

「それでもいいけど、もっとこう……せっかく冒険者になったんだからもっと色んな事に挑戦したり、色んな所に行ってみたいんだ」


 確かに今の生活も楽しいけど、せっかくの第二の人生なんだから悔いのないように生きたい。

 ここで守りに入ったらまた元の世界での時のように失敗しそうな気がする。

 でもこれってオレのわがままなんだろうか……。


「アスカに賛成です。若いうちは様々な事に挑戦すべきです」

「別に私は挑戦が悪いって言ってるわけじゃないわ。今町を出なきゃならない理由が知りたいの」


 ふむ。ジュリアも何が何でも反対ってわけじゃなさそうだ。


「オレたちちょっと有名になりすぎたろ。どこに行っても人の目があるし、噂されるし」

「いいじゃない。有名のどこが悪いの?」

「ジュリアは息苦しくないの、こんな生活。オレはもっと静かに、自由に暮らしたい」

「私たち森の民もそうです」

「でも、みんなが応援してくれるのって嬉しいし、力になるじゃない」

「それはそうだけど……」


 この辺がオレとジュリアの性格の違いなんだろうなぁ。

 ま、オレの社交性が低いのはもう充分理解している。


「町を出る理由が必要なら、私に考えがあるわ」


 初めてピンピンが口を開いた。


「なに、考えって」


 ジュリアが速効で聞き返す。


「ペピンに行かない? もしその気があるなら私が帰路の護衛を依頼するっていう形でもいいけど」

「ピンピンの護衛?」


 うおっ!?

 

 湯船の中で、端からロビィ・ジュリア・オレ・ピンピンの順に並んでいたのだが、ジュリアが身を乗り出してピンピンの方に向いたのでオレの目の前にジュリアのぱいおつがどどーんと……。

 さすがにもう見慣れたけれども、この至近距離での観賞はなかなか、ふむふむ。

 

 そして何よりもジュリアの右手がオレの体をまたいでピンピン側の底についているため、立てた膝頭にジュリアのピー(自粛)が当たってます。

 なんなんですか、これ。

 あんまり動くとこすれますよ。

 オレは別にいいけど、それジュリアは平気なんか?

 

 だがなるほど、ピンピンの提案はアリかもしれない。

 一座と別れてひとりで帰るのは心細いだろうし、リスクもある。

 里帰りの護衛という事ならみんなで行く理由にはもってこいだ。


「ペピンはキャリオにあるのでしたね。キャリオはいいところです。荒削りな自然が残っていて私は好きです」

「ロビーナさんはペピンに来た事があるんですか?」

「いえ、町に入った事はありません。ですがキャリオには何度か行きました」


 さすがは森の民。

 世界中の森を管理してるだけの事はある。

 そうでなくても176年も生きてるわけだしな。


「でもピンピン、今ペピンに戻っても大丈夫なの?」

「それは……まぁ何とかなるわ。たぶん」


 ジュリアが心配しているのは、父親との確執の件か。

 それとも一座と一緒に戻らずに単独行動を取った件か。

 確かに親なら心配するだろうしなぁ。


「師匠はどう思いますか。ペピンへ行く事について」


 急にオレに話をふるな。

 そしてピンピンも体をこちらに向けたので胸の上半分がよく見えます。

 

 ジュリアも、体勢こそ元に戻したものの相変わらず体はこちらに向けたままなのでオレは視線をまっすぐ前に固定しないとすぐにいけない所に目が行ってしまってヤバイ状態。

 

「う、うん。そーだなー……」


 完全に心は上の空です。


「どうなの、アスカ」

「師匠?」

「えーと……」


 左右から2人に詰め寄られながら、まっすぐ前を見つめて挙動不審のオレ。

 

 そこへ、すっと目の前に何かがやってきた。

 オレの真正面までやって来るなりずいっと仁王立ちする姿……ロビィ!?

 

 全裸仁王立ちキターーーーーーー!!!!

 

 しかも雪肌貧乳銀髪碧眼美少女。

 

 もはや逃げ場のないバミューダ包囲網が完成された。 

 完全に宙を泳ぐしかないオレの視線。


「アスカはどこを見ているのですか。ピンピンにちゃんと答えなさい」


 いやむしろロビィはオレにナニを見せたいんだと逆に問い詰めたい。

 だが今は答えてこの包囲網を脱出できるならすぐ答えよう。


「いいと思いますッ!」


 思わず敬語だよ。


「師匠ッ!」

「そっか……アスカも行きたいんだ」


 だからロビィも今すぐそこからどいて。


「ジュリアはどうですか」


 だがしかし仁王立ちは続く。

 せめてジュリアの前まで移動してくれないかな。


「……私も行ってみたい。ゴルテリアの外に出るのは初めてだし」


 へぇそうなんだ、意外。

 

「では決まりですね。私たちはペピンへ行きます!」


 ロビィが判決を下して本件は結審。


 そしてようやく湯船に体を沈めるロビィ。

 ふぅ、ようやくオレの視線も正気を取り戻す。


「それじゃ私、明日の朝一番にベガスに契約の解除を申し出るわ。みんなは旅の準備をお願い」

「わかりました」

「ジュリア、ひとりで大丈夫?」

「大丈夫よ。これでも一応森のジュリアスのギルドマスターなんだから」


 いつもはリーダーと言ってるのにこういう時だけギルマスを名乗るのはずるい。

 反論しづらいじゃないか。


「じゃあよろしくジュリア」

「任せて」


 一旦気持ちを切り替えたら決してブレないジュリア。


「師匠、ペピンに来たら是非うちの道場にも立ち寄ってください」

「ピンピンの? いいけど親父さん怖くない?」

「それは……たぶん大丈夫だと思います」

「怪しいなぁ」

「先に私が帰って話をつけておきますから。それなら大丈夫ですよね」

「まぁピンピンがそう言うなら」


 この認識が完全に甘かったのを思い知るのはまだ先の事である。



*****



 翌朝、ジュリアは宣言通りベガスの所へひとりで出向いていった。

 

 残るオレたち3人は旅支度を整えるため、町に買い出し。

 トット村を追放された時は着の身着のまま無一文だったので、ちゃんと旅支度をするのは初めてになる。

 何が必要なのかはロビィとピンピンに聞く事にしよう。

 

 予算はまぁそれなりに。

 ウルズスラに来てからこれまでの間に溜めたお金がひとり当たり5万ゼニー以上はある。

 もちろんロビィに借りた分はとっくに返済済みだ。

 

 ここで全部使い切るわけにはいかないので、上限をだいたい2万~3万ゼニーまでとしておこう。


 ではまずは食糧からだ。

 

 生鮮食品や普通の加工食品は重いし日持ちもしないので対象外。

 となると自ずと携行食という事になる。

 

 ・塩 必須

 ・乾パン 嵩張るので大量には持てない

 ・干し肉 これがメイン

 ・干し果実 ドライフルーツね

 ・魚の干物 お好みで

 ・謎の粉末 水で溶いて食べるらしい(小麦粉みたいなものか)

 ・干乳 山羊(メギル)のスモークチーズ


 以上を個別ではなく全員分まとめ買いして合計4140ゼニー。

 

 続いては道具屋。

 長旅に必要な各種アイテム類を揃えておく。

 

 ・薬草 必須

 ・毒消し 必須

 ・灯篭 夜の灯りとして

 ・油

 ・布 水をこしたり用途色々

 ・小刀 狩猟や調理用

 ・肩掛け袋 持ち物全体を入れるため

 ・巾着 お金やその他諸々を入れるため

 ・寝袋 好き好きで

 ・水筒 竹製


 以上の他にも雑多なものを購入して合計7660ゼニー


 ここまでで相当な量になったので一旦ピンピンの宿に行って荷物を全部置かせてもらう。

 ピンピン個人の荷物運搬用の小さい荷車があるらしく、重たいものはそれに乗せてもらう事になった。


 そして再度買い出しに出る。

 

 目的の武具店に到着。

 そう、何よりも優先して揃えなければならないのは冒険者としての装備なのだ。

 

 これまでが逆に冒険者として有り得ない姿だったのだが、それも含めて好奇の目で見られていたのだと思われる。

 

 オレとしては身軽だしこのままでも別に良かったのだが、最低限の装備は必要とロビィにも説かれた。

 ちゃんとした装備であればジャフの牙傷も浅かったかもしれない、とまで言われたら考え直すには充分。


 ロビィはもうそれなりの装備を身につけていたので特に必要ないとの事。

 よって、主にオレとジュリアとピンピンのものを物色。

 

 ピンピンも最初は装備に難色を示していた。

 プンクルの道着があるから必要ないとか、逆に動きにくくなって邪魔だとか。

 ロビィも呆れるほどの頑迷さで主張していたのだが、そこはオレが師匠の権威を最大限に振りかざして抑え込み、やっとこさ渋々従ったという次第。


 ピンピンは鎖帷子(くさりかたびら)の他、肘当て膝当てを自腹で購入。

 最低限の防御と、あとは攻撃補強にもなる関節保護防具とはなんともピンピンらしい。


 そしてオレのを選んでいるところへジュリアが合流。


「そろそろこの辺かなと思って来たらやっぱり!」


 だそうです。

 

 そしてどうやらついでに冒険者組合の方にも話をして来たらしい。

 おお、そこまで気が付くとはさすがギルマス。

 

 セレナにお別れ直接言えなかったのは心残りだが、まぁ仕方あるまい。


「ベガスの方は?」

「うん大丈夫。ちゃんと了解してもらったから。もっと強引に引きとめられるかと思ってたから拍子抜けしちゃった」

「そうなんだ……」


 ベガスの心中は複雑だったのかもしれないが、若い子の未来を潰すわけにはいかない、とか考え直したのだろうか。

 

 あれ? なんかオレも似たような経験あったかも。

 

 目をかけていた若い部下が突然退職願を持ってきた時の事を思い出した。

 あの時は辞められたら困るという考えがまず浮かんでしまって、あいつの気持ちなんて考えてやれなかったっけ。

 いざ彼が退職した後になってもっとこうすれば良かった、などと後悔したものだ。

 

 ううっ、管理職としての器の違いを見せつけられた気がする。


「ジュリアも自分の装備をちゃんと考えて決めてください」


 テキパキと指示するロビィ。

 そうだった、ここにも有能な上司がひとり。


「はーい。アスカはもう決めたの?」

「いや、今選んでるところ」

「ピンピンは?」

「さっき買ったところよ。不本意だったけど」

「へぇ~、後で見せてね」


 何か言いたげなピンピンをその場に残してジュリアも装備を物色して店内を歩き回る。

 

 ジュリアは何を思ったのか、硬そうな篭手を左手側のみ購入。


「盾だと動きが制限されるけどこれなら最小限のロスで済むでしょ」


 という事らしい。

 もしや、その篭手を頼みに更に猪突猛進型のスタイルで行くつもりなのか?

 おいおいおい、危ない事はやめとけよ。


 そして剣も新調したらしい。

 やや細身でレイピアに近い軽くて扱い易そうな剣だ。

 よくしなり、強度も充分らしい。

 

 あとはオレと一緒で鎖帷子、胸当て、肘当て、靴と脛当てのセット。

 いずれも最安値に近いものだったが、それでも2人分で合計16000ゼニー。

 

 まぁ最初は安物でも仕方ない。

 防具を装着しての戦いに慣れる事の方が大事なのだ。

 何よりオレたちにはそれほど余分な金はない。



 こうして買い物も無事終わり、装備は自分たちの宿に持ち帰って風呂に行ってからのカラテ食堂集合となる。



*****



 緑の日の夜のカラテ食堂は大盛況だった。

 

 それでもいつもの席は空けて待っていてくれる。

 本当に有難い事だ。

 

 その厚意に甘えるのも今夜が最後と思うと寂しくもあるが、ちょっとだけ気が楽になる部分があるのも否めない。

 

「いらっしゃいませ! 待ってたわよ。さ、どうぞどうぞ」


 ディアナがいつもの笑顔で迎えてくれる。

 よく来たねと奥からビビアンの声も聞こえる。

 

 奥の角席に行くと、その隣にバルサとアンドレが陣取っていた。

 むむ、もしやこの2人もここの常連になったのだろうか。

 

「やぁアンタたち。先にやってるよ」


 飲み屋みたいに言うなバルサ。ここは一応食堂だぞ。

 

 その向い側でペコリと頭を下げるアンドレ。 

 この2人ともこれが最後になるのか……それはかなり寂しい。


「はいよ! まずはこれでも飲んで待ってておくれ。すぐ料理も出すからね」


 ビビアンが早速食前酒を持ってきてくれた。

 そこへジュリアが声をかける。

 

「あの、ビビアンさん。実はちょっと話があるんですけど」

「おやなんだい? 何か注文したいものでもあるのかい?」

「いえ、そうではなくて。私たち、明日の朝ペピンへ出発する事になりました」

「へ? ペピン? どうしてまたそんなところへ」


 ジュリアが言い淀んでいるのでオレが口を挟む。


「新しい依頼なんです」

「そうなのかい? それでいつまで行ってるんだい?」


 ビビアンにとってはまたオレたちが戻って来る前提らしい。

 さすがのオレも即否定できるほどの度胸がなかった。


「私たちはベガスの契約を解除して、新しい旅に出るのです」


 そう、こういう時に一番強いのはロビィだった。


「まぁ」

「ええッ! みんな行っちゃうの?」


 ビビアンよりも驚いてみせたのはディアナだった。


「どうして? せっかく仲良くなれたのに……」

「ディアナ、お客様にそんな事言っちゃいけないよ」

「でもおばさん……おばさんは寂しくないの」

「そりゃ寂しいに決まってるよ。でもね、ディアナ。ジュリアちゃんたちは冒険者なんだよ。いつかはこういう日が来るのはわかってたはずだよ」

「そうだけど……でもこんな早く……」


 涙ぐんだディアナが言葉に詰まると、横からバルサが割り込んで来た。


「ちょっとアンタたち、そいつはアタシも初耳だよ! もうベガスに話はついてるのかい」

「うん。今朝私が直接言って来たから」

「それでベガスはすぐ納得してくれたってのかい」

「もちろんだ!」


 ベガスの大きな声がすぐ後ろでしたのでびっくりして振り向くと本人がそこにいた。


「ベガス!」

「親方!」

「お父さん!」


 その場にいた全員が驚いて声を上げた(但しアンドレは除く)。

 

 ベガス本人はニカッと笑って驚くみんなをぐるっと見回すと、大きく頷いてディアナの肩にぽんと手を置いた。


「ちゃんとお前たちに礼を言っとかないとな。それにコレも」


 よく見るとお洒落な恰好をしているベガス。

 正装のつもりなのかもしれない。

 懐に手を入れて取り出したのはなんと金貨だった。

 マジか!?


「こいつはオレからお前たちへの餞別だ」


 そう言ってオレとジュリアとロビィ、ピンピンにまで1枚づつ直接手渡すベガス。

 ベガスありがとう、あんたは神様だ!

 

「私はいただけません」


 ピンピンがベガスに金貨を返そうとするが、ベガスはその手を両手で握って頭を振る。


「ここはオレを男にしてくれ。ケチな親方だと思われたら今後の仕事に差し支えるからな。ガハハハ」


 そう言って高笑いをする横で、ビビアンが心配そうな顔をしている。


「大丈夫だ姉さん。工事が早く終われば早期完工報酬がフランクリンさんからたっぷり貰える予定だからな」


 なるほど、そういう事か。

 考えてみると公共事業になるんだし、それなりの予算があって動いているはずだ。

 こういう工事は遅れた分だけ全部赤字になって跳ね返るわけだから、早く終わった分は当然予算が浮く。

 おそらくその何割かがキックバックされるような契約になっているのだろう。

 オレとした事が今までその辺の背景を全然考慮しなかったな。

 別にベガスが太っ腹なだけじゃなかったってわけだ。


「それにここの支払いも今日が最後になるわけだから、懐は逆に温かくなるってね」


 これにはオレたちも苦笑せざるを得ない。

 本当に今までありがとうベガス。


「本当に今までお世話になりました」

「お世話になりました」


 ジュリアが改めてベガスに礼を言ったので、オレとロビィも立って頭を下げる。

 

「いやいや。これからお前たちが作って行く伝説のおこぼれに与る訳だから、気にするな」

「え!? 伝説?」

「そうだ、アスカ君。あの森のジュリアスが冒険者として初めてやった依頼がこのオレの仕事だったんだって、死ぬまで自慢できるんだからな」


 いや、それはどうだろう。


「それならここは森のジュリアスが毎日来てた食堂ってわけだね!」


 ビビアンまですぐに乗っかるな。

 こういうところはやっぱり姉弟なんだな。


「何言ってるのおばさん、当たり前じゃない」


 ディアナはいまいち話の流れが読めていないのかもしれない。


「ふふん。オレは毎日食わせてやってた料理長ってわけだ」


 その声は――――御主人!?


「まぁアンタ! こんなところまで出てきて、仕事はどうしたんだい」

「今休憩中なんだよ、文句あるか!」

「勝手に休憩なんてしてるんじゃないよ! こんなに混んでるってのに」

「お前だってここで油売ってるだろうが!」

「まぁまぁ姉さん。義兄さんも落ち着いて」


 こんな所で夫婦喧嘩はやめてくれと思ったらベガスが仲裁に入った。

 この3人が一緒にいるなんて、なんか不思議な光景だな。

 

 奇しくもこの町で世話になった人全員がいまこの場所にいるんだよなぁ。


「だけどベガス、この子たちがいなくなっても本当に大丈夫なのかい」


 いきなり現実に話を戻すバルサ。


「まぁ危ない場所はもうひとつあるが、そん時ゃバルサ。あんたがいるだろう」

「なんだって? この子らの分もアタシとアンドレがこき使われるってことかい!?」

「まぁそういう事になるな、頼んだぞ」

「それなら条件がある。この子らの特別待遇ってやつをアタシ達にも適用しておくれ」


 バルサ、なんというちゃっかり者。

 そしてアンドレは何の事やらさっぱりという顔でポカーン。

 

「うむ……まぁいいか。よし呑もう」

「うっし!!!!」


 ガッツポーズのバルサ。


「それじゃ今日のここの払いの分からよろしく頼むよ。あと基本報酬は2倍だったね。約束は守るんだよ、ベガス」

「もちろんだ。このオレに二言はない」

「それと女将さん、明日っからそこの席もアタシたちの予約席ってことにしておくれ」

「まぁそういう事ならうちは問題ないよ。払いもベガスがちゃんと持つって事らしいから」

「アハハハ! どうだアンドレ。これから楽になるぞ!」


 バシッと背中を叩かれ苦笑いするアンドレ。

 だがオレは見逃さなかった。

 

 バルサが予約席について口にした時、アンドレとディアナが視線を交わしていた事を。

 アンドレの野郎、おとなしそうな顔していつの間に!!!!

 とんだ食わせモノだよコイツ。



 こうしてオレたちの後任にバルサとアンドレが収まるような感じで話がついた。

 

 最後の夜だからとそのままみんなで酒盛りになり、遅くまで騒いだ。

 

 御主人は厨房とこっちを行ったり来たりで大忙し。

 ディアナは少し早い時間に帰っていたが、同じ頃にアンドレの姿も見えなくなっていた。ひゅーひゅー。

 

 オレたちが失礼する時も、まだベガスと御主人・ビビアン・バルサの4人は呑んでいた。

 ひとりひとりと最後の別れを惜しんでから店を出る。


 本当にオレは、いい人たちに囲まれて幸せだったのだ。

 この町、ウルズスラを一生忘れまい。


 最終的に酔って足元が覚束なくなったピンピンを高級宿に送り届けてから、アルマンゾへ戻った。

 

 宿の部屋でも3人で何か話していた気がするが、すぐに眠りに落ちたらしく記憶がない。

 

 

 

 そして出発の朝がやって来る。

読んでいただきありがとうございます。

今年の更新はこれが最後になります。

次回は年明け、おそらく第二週のどこかぐらいになると思います。

4人の新たな冒険の旅をどうぞお楽しみに。

引き続き応援よろしくお願いします。

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