(22)オレは演武会に出場する
午後の部1回目の公演では、オレたち3人がそれぞれプンクル門下生たちを相手に試合をした。
最初にオレたちがステージに出てきた時、観衆の反応は様々だった。
曰く、黒札冒険者如きが何をノコノコ出て来たのか。
曰く、こんな美少女をよくもまぁ3人も集めたものだ。
曰く、もっと際どい衣装を着せろ。
曰く、プンクル側も女を出せ。
まぁわかるよ。わかるけれども、さすがにへこむ。
腹が立つというよりも、へこむんだよなぁやっぱり。
だが、そうした声もすぐに別なものに取って替わった。
「あの冒険者の姉ちゃんたちじゃねぇか。いいぞー! やっちまえー!」
「あれ、ジュリアちゃんだろ?」
「ほんとだ、ジュリアだ」
「頑張れー、ジュリアさーん!」
「どっちかというとオレはアスカちゃんの方がタイプだ」
「何言ってんだ、ロビーナちゃんの方が絶対可愛いだろ」
「確か森のジュリアスってギルドだったよな」
有給休暇をもらって暇を持て余した作業員たちが会場に何人もいたらしい。
何故ジュリアの人気だけが突出しているのか若干合点がいかないが、ただ単にリーダーだからという事で納得しておこう。
この作業員たちの言葉が次第に周囲に伝わっていく。
狭い空間内での噂の伝達速度は恐ろしく速い。
「グリードを倒した冒険者らしいぞ。こりゃプンクルもやばいんじゃねぇか」
「あれが今噂の美少女冒険者なんだってよ」
「まさか、ベガスのところで働いてるっていうあの!」
「ママー、あのお姉さんたちってそんなに強いの?」
「そんなに強そうには見えないけどねぇ。どうなのかしら」
「バカヤロウ! あのホークも歯が立たねぇほどだってよ」
「まぁ! あの3級冒険者のならず者ホークが?」
こんなところでもとばっちりを受けるホークにほんの少しだけ同情する。
しかし、噂の波はまだまだ止まらない。
「ミクモ山の奇跡の冒険者があれか!?」
「200人全員無傷で生還したっていうあの!」
「この町の冒険者の中でも飛びぬけて強いんだろ?」
「この町だけじゃねぇ、グルドでも最強レベルだってよ」
ちょっと待て。幾ら噂でも色々飛躍しすぎだろ。
数字も違うし、勝手に国内最強認定されてるし。
一方、ステージ下手でこの様子を見ていたピンピンはまさにしてやったりの表情。
おそらくこのまま噂を伝搬させて、午後2回目の公演での増員を目論んでいるに違いない。
彼女のイベントプロデューサーとしての有能さは認めざるを得ない。
そんなわけで、会場がこのような状態になったせいもあるだろうが、ピンピンも腕の立つ相手を用意してくれた。
だがそれでも、彼らが3等級の魔物を倒せるかというと決してそんな事はない。
単に力量差の問題だけでなく、己の命を賭けた実戦経験の差が、最終的に双方の隔たりをとてつもなく大きなものにしていた。
1人目、いきなりオレ。
この順番はピンピンの指定に従ったもので、どうやらオレは3人の中で一番格下と思われたらしい。
それが癪に障ったから、という訳ではないがちょっとだけ意地悪をしてしまった。
密かに雷属性の魔法を少々帯びさせた棒で相手の急所を下からカチ上げたのだった。
ひとたまりもなく悶絶失神する対戦相手。
口から泡を吹いていたのでさすがに心が痛んだ。
まさか将来種無しになる事はあるまいが、しばらくはナニ出来ないだろう。
ごめんなさい。
2人目、ジュリア。
風魔法のアレはさすがに危ないから絶対やるなと事前に念を押しておいたが(自分は棚に上げまくり)、ちゃんと言う事を聞いたジュリアは偉い。
さすがオレたちのリーダー。
プンクルの動きに戸惑う様子はあったものの、オレやロビィと普段稽古しているので不覚をとる事はなかった。
得意の低姿勢からの連続攻撃を出すまでもなく、疲弊した相手が降参を宣言。
本人はちゃんと倒せなかったのが相当不満だったようで、戻ってくるなり悪態をついていた。
「降参なんてずるい! 倒されてもいないのに負けを認めるってどういう事!? 別な相手と交替してくれたら良かったのに」
まぁまぁ、これはあくまでも模擬試合みたいなものだから。
堪えて堪えて。
オレは知ってるよ。
そういうジュリアだって本気じゃなかったって事を。
3人目、ロビィ。
この頃には観衆は既に完全にオレたちの味方になっており、対戦相手が気の毒なほどの状態に。
直前にピンピンが何か耳打ちしていたが、あれは策を授けた訳ではなく単にプレッシャーを与えただけと思われる。
おそらくプンクルの名誉のためにも無様な試合はしないで、といったようなところか。
目に見えて相手の表情が強張ったのがわかる。
ロビィが弓以外で戦うのを初めて見るので、オレたちも結構興味深く見ていたのだが、なんと得物を持たずに素手で現れた。
対戦相手は長い棒を持っている。
リーチの差で不利ではないのか?
観衆もそれを見てざわつく。
悲鳴や嬌声や声援が飛び交い、一時騒然となった。
しかし、試合開始の号令がかかると一瞬で鎮まる。
まさに固唾を呑んで見守る空気。
しかし、それはやがて静かなどよめきに変わる。
相手の攻撃が一切ロビィに当たらないのだ。
当たらないというか掠りもしない。
掠る気配すら感じられない。
ホークの見切りとは根本的に違う、もっと高次元な察知能力。
森の民の本領発揮か……。
そろそろ見てるのも気の毒になってきたその時、相手の突いて来た棒を交わしつつその棒に両手を添えると、クルッと回転しながら両手を素早く引く。
相手が体勢を崩したと思ったら、いつの間にか棒はロビィの手の内にあった。
そしてその先端は相手の喉元に当てられている。
動けば突きます!
というロビィの声が聞こえてきそうな、非の打ち所のない寸止め。
オオオオオオオオと会場が揺れる。
続いて声援や指笛が飛び交う。
チラと見たピンピンの表情に殺気を感じてビクッとしたが、次の瞬間笑顔でステージにやって来て試合終了を告げる。
こうして午後の部1回目の公演はオレたちの完全勝利に終わった。
が、転んでもタダでは起きないピンピン。
公演終了の宣言の後に、次の公演の宣伝も忘れなかった。
「みなさん! この後行われる本日最後の公演でもまた、森のジュリアスのお3方が試合に登場します。どうかご家族ご友人などお誘い合わせの上、御来場ください。このプンクル演武会の歴史においても類を見ない試合、今後も語り継がれるような試合になるでしょう。みなさんのお越しをお待ちしております!」
*****
「みなさん、どうもお疲れ様でした。とても見事な試合でした」
公演の合間の休憩中にピンピンが来て言った。
「全然疲れてません。次はピンピンの番ですね」
ロビィがまたド直球を投げる。
「はい。では私が順番に3人のお相手をしましょう」
「えっ!?」
思わず即反応してしまった。
「私が相手では不満ですか?」
いやむしろ不満なのは今のあんたの方だろう、と言う顔でピンピンが聞いてくる。
「いや、不満とかじゃなくて大丈夫なのかなって」
「大丈夫とは?」
「だから、オレたち3人を相手にするのが」
「だからその何が問題なの?」
もはや口調が完全にタメになっている……。
「ピンピンさん、アスカが言いたいのは私たち3人を順番に相手をして、疲れてしまうんじゃないかっていう事です」
ジュリアが分かりやすく説明してくれた。
そういう事だよピンピン。
「ああ、それなら心配には及びません。私は試合で疲れた事などありませんから」
また口調が澄ました感じに戻っている。
もう普通にしゃべればいいのに。
「でもやっぱり3人連続で相手をするのは無理があると思うよ」
「ではどうしろと?」
それをオレに聞かれても……。
あんたがこの演武会の座長でしょうに。
ピンピンのためを思って言ってるんだぞオレは。
なのに何なのその目。
こっわ!
やめて、その眼力だけで殺される。
「私もピンピンと対戦するのは1人だけがいいと思う。それが一番最後の試合だったらみんな盛り上がるだろうし」
ジュリア、またもやナイスアシスト。
ピンピンも少し考え込むような表情になった。
なるほど、ピンピンのプロデューサー魂に訴えかけるというのは有効なようだ。
「ではこうしましょう! 変則的にはなりますが、3回戦ではなく2回戦構成にして1回戦目は2人同時に出場してもらいます」
「ペアで戦うってこと?」
すかさずジュリアが確認する。
「でも相手はどうするの? 相手もペア?」
「いえ、それでは試合にならないでしょう。そうですね……10人ほど同時に相手をしてもらいます」
「面白そうですね」
キラリーンとロビィの目が輝く。
ジュリアもまぁそれならいいんじゃない的な表情で納得。
「この演武会でこうした大人数の試合をするのは初めてですから、試みとしても面白いと思います」
ピンピンは敏腕プロデューサーの顔になって御満悦だ。
確かに迫力もあるだろうし、観客にもウケるだろう。
「そして2回戦目に私と対戦してもらいます」
自信たっぷりのピンピン。
勝負に対する自信と、この催しが絶対に成功するという自信。
ちょっと小憎らしいけれど、その表情は美しいとしか言い様がなかった。
だが、ここで問題だ。
一体誰がピンピンと戦うのか。
おそらくオレたち3人の誰もがそれは自分だと思っているに違いない。
この空気をいち早く察したのはやはりロビィだった。
次いでジュリアも野生の勘で気付く。
3人で互いに牽制し合うかのような微妙な、そしてピリピリした緊張感。
「では、誰がどこに出場するかはみなさんで話し合って決めてください。楽しみにしています」
そう言い捨ててピンピンが部屋を出て行くと、まずジュリアが口火を切った。
「ここはリーダーの私がピンピンと戦うべきだと思うの」
「いいえ、ピンピンは私と戦いたがっていました。ですから私が戦います」
「それはロビィの思い込みでしょ。ピンピンだってリーダーの私と戦いたいはずよ」
「ジュリアはさっき相手を倒せませんでした。明らかに私の方が最後の相手にふさわしいはずです」
「それは……さっきのは、あれは本気じゃなかったのよ!」
「ふふふ、負け惜しみですね」
2人共譲る気配は全くない。
ってかオレは? オレは眼中にないの?
しかし当のオレはというと、2人に比べると全くもって大した事のない動機だった。
ピンピンに勝ったら優秀者手当は一体幾ら貰えるのか?
それが知りたいのだ。
そして出来れば手当を受け取るのは自分でありたい!
いかん、だんだんホークの事を馬鹿に出来なくなってきたかもしれない。
「アスカはどう思う?」
「アスカに決めてもらいましょう」
2人が同時にこちらを向いて言い放つ。
そういう所は意見が一致するのね。
いや、でも肝心な事を見逃しているのはやはりまだまだ甘いな君たち。
「じゃあ、オレがやる」
「えっ!?」
「えっ!?」
おおっ! まさかジュリアとロビィがそれでシンクロするなんて。
「どうしてアスカが……でも最終的な決定権はリーダーにあると思わない?」
「やはりここは話し合いで決めるべきです。もう一度議論しましょう」
ウソだろ? 手の平返し早っ。
もうこっちの方なんて見向きもしないでやんの。
当然ながら3人とも譲らず、ピンピンの相手はなかなか決まらなかった――――。
*****
2日目最後の公演には驚くほど大勢の人が詰め掛けた。
ピンピンの宣伝効果が功を奏したのだろう。
アリーナ席、ステージ席はもちろん、立見席までも満員になってあちこち人が溢れかえっている。
「ちょっとどうするのこれ? すごい人よ」
「こんなに大勢の人間の前で試合をするなんて……」
「あ、じゃあロビィ試合諦める?」
「いえ、やります。ジュリアこそ諦めてください」
「イヤよ。どうして私が」
「ちょっと2人とも、もうやめなよみっともない」
「なによ、くじ引きで決まったからってアスカったら」
「そうです。あのくじ引きは無効です。やり直しましょう」
結局、最終的に公平にくじ引きで決めようという事になって、オレが当たりを引いたのだった。
しかし2人はまだ納得していない様子。
往生際が悪いぞ。
「みなさん、準備はよろしいですか。そろそろ開演になります」
ピンピンがやって来て告げる。
今回の公演の成功が既に約束されているかのような表情だ。
ジャ~~~~~ン。
ジャンジャンジャンジャンジャ~~~~ン。
例の銅鑼の音と共に本日3度目の演武会が始まった。
試合形式に至るまでの出し物は1回目2回目と同じ構成だったが、それぞれの出番で最高のパフォーマンスを披露するため演者たちが真剣に、また楽しみながら取り組んでいるのが裏方からだととても良くわかった。
実際観客達もこの大人数の熱気に当てられてか、これまで以上の盛り上がりを見せていた。
――――そして遂にオレたちの出番がやって来た。
「次はみなさんお待ちかね、試合形式で行うプンクル演武使節団対冒険者森のジュリアスの対戦です!」
オオオオオオオオ!!!!
会場のボルテージが1ランク、いや3ランク程上がった。
大歓声と地響きのような足踏み。
「まず初めに、ジュリアとロビーナペア対、プンクル団員10名の一戦です。さて、どんな試合になるでしょうか! それでは始めてください!」
ステージの右袖からジュリアとロビィが登場。
ジュリアは練習用の木刀、ロビィは短い木の棒を2本……いや、腰に更に4本差している。
ジュリアの木刀の1/3ほどの長さしかない。
それでどうやって戦うつもりなのか。
ジュリアコールとロビーナコールが起きる。
絶対作業員のみんなだろ、あれ。
ノリノリだな、もう。
2人が真ん中に立って一礼したところへ、10名の対戦相手がざざーっと波のように押し寄せて周囲をぐるりと取り囲む。
10人共、棒を手にしている。
その棒を前に構え、棒の先で2人の動きを牽制しながら反時計周りに移動を始めた。
だんだんと移動速度が速くなる。
見事な円の陣形を維持したまま高速で回転する10人。
ジュリアとロビィは自然と背中合わせになり、円の真ん中で臨戦態勢のまま集中。
「ハッ!」
1人が掛け声をかけた直後、10本の棒が円の中心に向かって突き出される。
逃げ場は上しかない。
が、跳んだのは1人だけ。
ロビィだった。
ジュリアは棒が突きだされる瞬間身を低くして正面の棒と棒の間をくぐり、相手の懐に潜り込んでいたのだ。
10人の棒が円の中心に集まったと思った次の瞬間には、円を構成している団員のうち2人が弾き飛ばされていた。
それぞれ1撃づつだが、胴をきれいに打ったいい攻撃だった。
一方、ロビィはジュリアが剥がして空いた部分に着地すると、欠けた2人の隣にいた団員が隙間を埋めようと間合いを詰めかけたところを攻める。
わざわざくるりと円の中心に向き直ってから片膝立ちで両手を広げ、2名の脇腹付近を棒で突く。
そのポーズの美麗な事この上ない。
脇腹を抑えて倒れ込む2名。
思わず呻き声が漏れている。
これで一時的にだが4人が戦闘不能状態。
残る6人がすぐに陣形を変え、ロビィの前に扇形に広がる。
ロビィのすぐ後ろにはジュリアが立つ。
さてはロビィのやつ、恰好付けてそのままの姿勢をキープしてるな。
頭を伏せてはいるが、もしかしてその顔はニヤけてるんじゃないか?
いや、絶対にそうに決まっている。
ゆっくりとロビィが頭を上げる。
ニヤけ面はもう引っ込めたようだ。
その後ろでジュリアが木刀を構える。
次の瞬間、勝負はついてしまった。
扇形になっていた6人が皆、倒れてしまったのだ。
おそらく観客は誰ひとり理解できなかったに違いない。
もし中に優秀な冒険者がいたとすれば、わずかに残像ぐらいは見えたかもしれないが。
オレには見えた。
まずロビィが腰に差した4本の棒を手に持った2本と合わせて頭上に軽く放り投げると、それをジュリアが木刀で打った。
正確には木刀は木の棒に当たっていない。
おそらく風魔法の威力をギリギリ最小限に絞ったものをぶつけたのだろう。
斬るのではなく、打つ。
そんな芸当をいつの間に覚えたのか。
ジュリアに打たれた6本の木の棒が、6人それぞれの眉間に命中して全員失神。
それがこの一瞬の間に起こった出来事の全てだ。
偶然こんな事が出来たとは思えないので、事前に打ち合わせをしていたはずだ。
なんというコンビネーション。
そしてなんという技量。
オレは誇らしい。
これがオレの仲間なんだ!
そう誰かれなく叫びまわりたい気分だ。
だが、よくわからない結末に会場の方はやや気を殺がれたような雰囲気。
ジュリアとロビィが勝ったという事だけはわかっているようなので、暫くして徐々に歓声が沸き上がる。
勝者の2人も手を振ってそれに応えていた。
「森のジュリアスのお2人の見事な勝利でした。みなさん、もう一度盛大な拍手をどうぞ」
わああああああああ。
歓声と拍手。
「いよいよ次は本日最後の試合、森のジュリアスのアスカと対戦するのはこの私、リー・ピンピンです!」
これまでで一番の大歓声に、驚いたようなえええっという声が混じる。
両手を上げてアピールしているピンピン。
更に会場のボルテージが上がっていく。
立見席の観客は後ろから一目見ようという大勢の人達に押され、おしくらまんじゅう状態。
2階からは人が落ちそうになっている。
「準備はいいですか?」
ピンピンが手ぶらのままステージ中央に立ってこちらに尋ねる。
オレもまだ手ぶらだ。
距離は2mといったところか。
黙って頷く。
ピンピンがニヤリと笑う。
目に気迫と集中力が集まるのが見てとれた。
「それでは始めます!」
言うや否や一気に間合いを詰めてピンピンが仕掛けてきた。
ハッ、ハッ、ヤッ、フッ
鋭い呼気と共に繰り出される技。
派手な見せ技ではなく、確実にオレを狙ってダメージを与えようとしている技だ。
だが、見える。見えるぞ。
懐かしいカンフー映画の記憶、この世界に来てからの稽古や実戦の経験、ホークのあの踊るような戦いぶり、そして今日ここまで見て来たプンクルの技や動き。
それら全てが今、オレの血となり糧となり神経となって全身を駆け巡っている感覚。
ただ回避しているだけじゃ面白くない。
まずはちょいと手を出してピンピンの技に合わせてみる。
ピシッ!
下段でお互い手首の辺りがぶつかる。
そのまま切り返して顔に向かってくる手の甲をこちらも同じ手で迎え撃つ。
顔面の前で手の甲同士がぶつかる。
そのままほんの一瞬停止。
ピンピンの視線を真正面から受け止める。
直後、双方同時にすっと後ろに下がり距離を取る。
ふわっとまるで空気のように軽くジャンプしたピンピンが空中で恐るべき速さで回転すると、そのまま後ろ回し蹴りを放ってくる。
左腕で防御体形を取り、左足を上げて膝と肘を合わせるようにしてピンピンの蹴りを止める。
そのまま今度は右回し蹴りを浴びせるが、読んでいたピンピンがその場で屈んで左腕で防御。
すかさず下段の右回し蹴りが飛んできたのでジャンプして体を水平にしたまま3回転して着地。
シライ2を横にしたような感じの動きだ。
ピンピンの方に向いている面積を最小限にするためだったのだが、この動きにピンピンが目を奪われたのか束の間隙が生じた。
北斗百裂脚!
秘孔は突けないが、1秒間に10発ぐらいなら蹴りを入れられるぜ。
気分的にはアタタタないしオラオラなのだが、まさか声に出して言うわけにもいくまい。
50発ぐらい入れたところで小休止。
さすがにしっかりガードしていたピンピンだが、もはや目が点になっている。
口もポカンと開いているぞ。
きっと腕も痺れてパンパンだろう。
じゃあ、今度はこれやってみよう。
右半身になって構えた姿勢から右手を前に出し、手の平を上に向けて――――指を手前にクイックイッ。
ピンピンの顔に怒気が漲る。
全身に力が集まっていくような気配。
これが気を溜める、というヤツか。
シャッ。
蹴りと拳の連続攻撃だ。
腕は何ともないのか?
時に回転し、時に飛び上がり、あるいはしゃがみこみ。
どんな角度からもオレの体を狙った正確で強力な攻撃が飛んでくる。
オレはそれらをかわしたり合わせたりしながら、だんだんと一緒に踊るような感覚になっていった。
あ、これって……昨日のホークのヤツと同じじゃないか。
あれはプンクルの動きだったのだろうか。
あいつもどこかでプンクルを目にしたか、あるいは修行したとか?
――――なんだか楽しいな。
思わず笑みを浮かべてしまっていたらしい。
ピンピンが再び怒りの眼差しを向けてくる。
もはや目から炎が噴き上がっているように見える。
星飛雄馬か、お前は。
ちょっとそのやる気を殺いでしまおうじゃないか。
シュタシュタシュタッと三回バック転からの抱え込み後方2回宙返り。
そのまま開脚して地面にペタンと降りると、腕支持から開脚倒立してブレイクダンスのように回転。
どっちかというとカポエイラか。
そのままピンピンに急接近。
驚きと戸惑いのため、無様に後ずさりするピンピン。
逆立ち状態から起き上がって見ると、ピンピンの顔はは羞恥のため真っ赤になっていた。
ステージ奥に立てかけてあった棒を掴むと、超高速で振りまわして突進してくる。
ぶおんぶおんと棒が回転する音が物凄い。
ああ、当たると痛いヤツだなぁと思いながら避ける。
今日はやけに集中出来ているのか、何もかもがよく見える。
ピンピンの動きもほとんどスロー再生に近い。
こんなの当たるわけない。
と、ピンピンのスピードが一段上がった。
それでもまだスローなのだが。
更にもう一段上がる。
すげぇなピンピン。
他の人にはどれくらいの動きに見えてるんだろう、と思いつつステージ袖に目をやるとロビィとジュリアが見ていた。
ジュリアはお口あんぐり。
ロビィとは目が合った。
口元は微かに笑っているように見えるが、目が真剣。
ああ、今ロビィに見られてるなぁとヘンな感覚になりながらも、楽しくて気持ちがいい。
どこまでやっていいんだろうな、オレ。
稽古でやった事ない動きでも出来そうだなぁ今なら。
どうする? やってみるか?
せっかくだから色々やってみよう。
大きく回転させて振り下ろしたピンピンの棒を掻い潜って懐に潜って沈みこむ。
アッパーストレート!
オレは堀口元気だぁッ。
棒が邪魔でガード出来まい。
ハッ! いかん待てオレ!
ピンピンの顔面、もとい顎を砕いてしまうじゃないか!
ダメだダメだそんな事しちゃ。
だいたいこれは本当の試合じゃなくてあくまでも模擬戦、ショーなんだ。
怪我人なんか出したらみんなが楽しめなくなる。
打ち上げた右拳の軌道を少しだけ右にズラしてピンピンの首筋を掠めるだけに留める。
が、掠ってはいるのでピッと血が飛んだ。
ごめん、ピンピン。
打ち上げた右拳はそのまま空中に放置し、体の重心だけ下に戻して左腕を引く。
そして素早く左掌をピンピンの右脇腹に打ち込む。
脇腹ではなく、その向こうを打ち抜く感じで。但しあくまでパワーセーブ。
むしろ当たる瞬間ふっと抜くような気持ちで……。
ボフッ。
少し空気を含んだような、でも低い重い音がしてピンピンが後ろに飛んで行く
スローモーションだ。中森明菜だ。
ピンピンの棒がオレの左にカランと落ちた。
そのすぐ後、ピンピンがドサッとステージ奥に仰向けに落ちた。
オレがゆっくり立ち上がるも、ピンピンはまだ動かない。
動けない。
ステージ袖からプンクルの人達が出てきてピンピンの様子をチェックする。
ペチペチと頬を打つ。
頭から水をかける。
「ちょっと、冷たいッ」
ピンピンが目覚めると、水をかけた人間を睨む。
と、すぐに周囲の状況を見て何が起きたのかを理解したようだ。
目が合う。
ピンピンが笑った。
今度は底抜けに明るい、オレを認めてくれた笑顔だった。
いや、違ったかもしれないが少なくともオレにはそう思えた。
ロビィがゆっくりピンピンの傍らにしゃがみ込み、何か話している。
ピンピンが頷くと、ロビィがピンピンの背中に手を当てている。
脇腹の辺りを後ろから治癒しているのだろう。
ほんの10秒ほどでピンピンが立ちあがると、ざわざわしていた会場がようやく安心したのか歓声と拍手が沸き起こる。
気がつくとオレの背中にはジュリアの手があった。
ジュリアと目が合うと、その手をバシッと背中に叩きつけられる。
「いたッ! なにすんだよ」
「おめでとうアスカ!」
バシッ! バシッ!
「いたた! だから痛いってばジュリア」
「もうッ!」
バシッ!
「もうッ!」
バシッ!
「ちょっとオイ! いい加減に……」
やめろよと言うつもりで再びジュリアの顔を見たら、彼女は泣いていた。
「なんだよ、どうしたんだよジュリア」
体をジュリアの方に向けてようとしたら、ジュリアの方から抱きついてきた。
「ちょ……」
「ほんとにすごいんだから。アスカったら……」
泣きながら耳元で囁くようにジュリアが言った。
え、なに? ほめてくれてるの?
だったらなんで泣くんだよ。
「みんなが見てるから。ここステージの上だって」
ジュリアの両肩を掴んで引きはがすと、すぐ傍にロビィとピンピンも立っていた。
目が合った途端、ピンピンがハグしてくる。
そんまま頬を左右にくっつけてくる。
ああ、あの欧米人がよくやる挨拶ですか。
なんか緊張するって。恥ずかしいし。
でもなかなか離れてくれない……。
「ピンピン?」
名前を呼ぶと、ギューッと強く抱きしめられた。
く、苦しい。息が……。
「私もッ!」
ピンピンが抱きしめているその上からジュリアが抱きついてくる。
ちょっと、何がどうなってるのかもうめちゃくちゃなんだけど。
更にその上からそっと添えるように抱えてくる手。
ロビィ?
こんな優しく?
ステージ上でよくわからない状態でくっついている女4人。
いや、中の人は1人男が混じっているけれども。
拍手と歓声はいつまでも続いている。
すーっとピンピンが息を深く吸い込んだのがわかった。
直後、ピンピンがオレから腕を放すと、勢いでジュリアとロビィも剥がれる(笑)。
「勝者、アスカ!」
そう言って、ピンピンはオレの左腕を取り高く掲げた。
割れんばかりの拍手に大歓声。
そしてアスカコール。
やった、オレもやってもらえた!
ピンピンはいつまでもオレの手を放さない。
時間が止まるような感覚ってこういうものなんだな、と思った。
期せずして訪れた幸福な瞬間、というか。
この日を境に、オレたち森のジュリアスはウルスズラで一番の有名人になった――――。
読んでいただきありがとうございます。
プンクルと森のジュリアスの対決、いかがでしたでしょうか。
アスカも少しずつその真価を発揮しつつあります。
有名になった森のジュリアスの今後にも注目しましょう。
では引き続き応援よろしくお願いします。




