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(2)オレは留守番をする

 チコリに案内されて食卓へ向かうと、テーブルの上に温かそうなスープが3皿置かれていた。


「ゆっくり出来たか、嬢ちゃん」


 オッサンが声をかけてくる。


「はい、おかげ様で」

「そうかそうか。じゃあお次は腹ごしらえってわけだ。ガハハハ」


 大きな口を開けて笑うオッサン。


「チコリ、お前も早く席に着くんだ」

「はーい」


 チコリもオレを待っててくれたらしい。


 小さなチコリがちょこんと椅子に座ると両足が浮いてぶらぶらする。


「チコリ、お行儀」

「はーい」


 これがこの親子の日常なのだろう。


「いただきます」

「いっただっきまーす」

「……いただきます」


 スープは絶妙な温度に温められており、熱過ぎずぬる過ぎず。

 甘い香りが匂い立ち、口に入れると優しい味がする。

 ホワイトシチューのようでもあり、何かの根菜のポタージュっぽくもあり。

 大きくぶつ切りにした芋のような具才がほくほくでおいしい。

 他にも豆のような食感のもの、たまねぎに似たものなどがうまく混じっていて本当に美味しかった。


「このスープはおじさんが作られたんですか」


 とてもその見た目からは想像がつかないのだが。


「いやぁまあそうなんだが、実際のところはうちのカミさんのレシピでね」

「おかあさんは料理がすっごく上手だったのー」


 照れるオッサンと、上機嫌のチコリ。

 奥さんのか……なるほどね。


「でもねー、おかあさん、チコリが3つの時に死んじゃったんだー」

「えっ!?」


 さすがにビックリした。

 こちらからは聞きにくい事でもあったので助かるっちゃ助かるのだが。


「チコリの言う通りでね。もう2年ちょっとになるかな……」

「そうだったんですか。お悔やみ申し上げます」


 オッサンの話によると、奥さんは昔から少し体が弱いところがあったらしい。


 チコリちゃんが産まれた後から、もしもの時のために日常の色んな家事について、将来チコリちゃんが自分で何でも出来るようにと、こと細かにメモを残しておいてくれたのだ。

 その中でも最も分量を割いていたのが料理のレシピだった。


 チコリちゃんはまだ幼いので料理をいちからやるのは難しいため、オッサンがまずはひと通り覚えたのだそうだ。


「まぁレシピのわからないところはうちの妹に聞いたりもしたんだがね」

「妹さんがいるんですか」

「ああ、すぐ近くに住んでるよ」

「サウラおばさん、今日も来るの?」

「うんそうだな、もうそろそろじゃないか」


 え、そうなの?


 すると、ちょうどそこへ玄関の扉が開いて女性が入ってくる。

 20代後半か30前後くらいで、オレンジの割烹着のような服に赤い衛生用帽子みたいなのを被っていた。


「兄さん、チコリ」

「あっ、サウラおばさんだ! サウラおばさーん!」


 椅子から飛び降りて入ってきた女性に抱きつくチコリちゃん。


「はいはい、チコリは今日も元気ね。あら……」


 こちらを見て少し驚いた顔をしているので、軽く会釈をしておく。


「サウラ、嬢ちゃんがようやく目を覚ましたんだ」


 オッサンが助け舟を出してくれたので、サウラおばさんという人の表情も少し和らいだ。


「体はもう大丈夫なの? どこか痛いところや、具合の悪いところはない?」

「はい、今のところは何とも」

「そう、良かった。それであなた、名前はなんて言うの?」


 やっぱり来たか。

 いつかは聞かれると思っていたこの問い。

 しかしオレはさっき風呂場で回答を用意しておいたのだ。


 抜かりはない。


「アスカです」

「そう、アスカさんね。わたしはサウラ。よろしくね」

「よろしくお願い……」

「おねえちゃん、アスカっていうんだ!」


 最後まで言い終わらないうちに食い気味にチコリちゃんが被せてきた。


「わたしの名前はチコリ、おとうさんの名前はオットだよー」

「そ、そうなんだ。教えてくれてありがとう」

「チコリでいいよ、アスカおねえちゃん」

「わかった、チコリ」

「あのね、チコリは5歳。アスカおねえちゃんは?」


 え!? 年齢まで聞かれると思わなかった。

 どうするどうする? この場合何歳ぐらいが妥当なんだ?

 ええい、ままよ!


「17、かな」

「ほぉ、嬢ちゃん17だったのか。道理で色々と立派なわけだ」

「ちょっと兄さん!」

「いや、物腰というか立ち振る舞いがって意味だよ。何だと思ったんだサウラ」

「……別に。何でもありません」


 オレも一瞬そっちの方かと思ったよ。

 まぁ落ち着いて見えるのは中身がオッサンだから当然なのだが、そのまま男言葉で話すわけにもいかず、こっちはそれなりに苦労してるんだよ一応。

 でもまぁボロが出てないようで何より。


 それよりもチコリが今のやりとりでキョトンとしているんだが、それは放置しておいていいのか?


「チコリ、スープが冷めちゃうよ」

「あ、はーい」


 さりげなく機転を利かせるのも大人の役目ってね。

 この中でどう考えても最年長だしなぁ、たぶん。


 オッサン……オットがサウラおばさんの分のスープもすぐに持ってきてくれる。

 そしてサウラおばさんが持参したパンが追加され、食卓がより賑やかになった。



 食事をしながら地理的な話を少しずつ聞きだしたのだが、話は国際情勢にまで及んでしまった。


 まず、トット村というのはグルド共和国連邦という巨大国家に属しており、その中のゴルテリアという自治区の南の方に位置しているらしい。

 元はゴルテリア自体がひとつの国だったが、20年ほど前にグルド共和国連邦という形で吸収されたそうだ。

 グルドはラインガルド大陸の北にある国で、国土総面積はサンブルク統一政府に次いで2番目の大国にあたる。


 ここ数年は平和だが、周辺諸国との小競り合いも多く、兵役に駆りだされる事が度々あるらしい。

 サウラおばさんの旦那さんも、戦争で命を落としたのだそうだ。

 トット村自体は戦火に巻き込まれる事もなく、ここ何十年も平和に過ごしてきたとの事。


 オレも話の流れでどこの出身かを聞かれたのだが、事情があってお話出来ませんとはぐらかした。

 聞いたところ以外の地名を知らないし、何か言うとボロが出そうだったので、まぁそれぐらいが無難だろう。



 訳あって出身地不明の17歳少女、アスカ。

 これが今のところ話せるオレの全プロフィールだ。



*****



 夜も更けた頃、別の訪問者があった。


「オット、いるか?」


 突然の来訪者は少し緊張した声で家の主を呼んだ。


「ガラドか、どうした?」

「実はさっき西の……」


 オレは奥の部屋で聞き耳を立てていたので、声量がある程度ないと聞き取れない。

 途中からガラドという人の声のトーンがぐっと落ちたため、その後の会話の内容まではわからなかった。


 玄関から誰か出て行ったような気配。

 少しして足音が部屋の前に来たかと思うとノックする音。


「嬢ちゃん、いいか?」

「はい」


 オットが困ったような顔で入ってくる。

 何かあったのだろうか?


「実はこれからちょっと出かけなきゃならなくなった。チコリはもう寝てるから大丈夫だとは思うが、念のため家の留守を頼んでもいいかな?」

「はい。それは構いませんが、こんな時間にどちらへ?」

「なに、ちょっと野暮用でね。嬢ちゃんも起きてる必要はないから、遠慮せず休んでてくれ」

「わかりました。お気をつけて」


 そのまま玄関までオットを見送り、戸締りをする。

 手ぶらで行ったように見えるが、一体何が起きたんだろう?

 ガラドって人と関係があるんだとは思うが……。



 戸外に騒々しい気配が近づいてきたのでふと我に返る。

 ドンドンドンと玄関の扉を激しく叩く音。


「オットおじさん! ジュリアです! 開けてください!」


 こういう時はどうしたものだろう?

 一応名乗ってるし、オットの知り合いのようだから用件だけでも聞いた方が良さそうだ。


 鍵を外して扉を開けると、ジュリアと名乗る若い女性が中に駆け込んできた。


「オットおじさんは? まさかもう行っちゃったの?」

「今さっき出かけたところですから、走れば追いつくと思います」

「わかった、ありがとう!」


 と、駈け出して行きかけたが、突然足を止めて振り返る。


「あなた、誰?」


 その質問って今必要なの?

 急いでるんじゃなかったっけ。

 こちらも一瞬固まったが、怪しい者ではないと証明する必要はあるだろう。


「……アスカ、です」

「わかった。アスカ、チコリをお願いッ!」


 こちらが返事をする間もなく、駆けて行ってしまった。

 名前を聞いただけで、初対面の女(中身はオッサン)に小さな女の子を預けていいのか?


 確かジュリアって言ったっけ……オットの用事に関係あるのだろうか?

 さっきのオットの様子もヘンだったし、やはり何か起きているらしい。


 少し胸騒ぎがする。


 オットは休んでいいと言ってくれたが、気になって部屋に戻る気になれない。

 リビングのソファを窓際に寄せ、座って窓から外を眺めながら帰りを待つとしよう。


 室内の明かりは消して、少しだけ窓のカーテンの隙間を空けて―――。




 ―――1時間ほど経っただろうか。


 窓の外、遠くの方に幾つか光が見えた。

 ゆらゆら動いているように見えるのは、あれは火だろうか?


 ゆっくりと光の範囲が広がっていく。

 ああ、そう言えば昔似たようなものを見た気がするなぁ……。


 万灯火(まとび)だ。


 オレの故郷では、毎年春休みの時期に火で文字を作る行事がある。

 小学生の頃、よく準備に駆り出されていたっけ。


 点火する瞬間の緊張。

 火が次々と燃え上がる興奮。

 文字が完全に浮かび上がってから、完全に消えるまでの切ない感じ……。



 懐かしい感覚に浸りながら、うとうとしていたらしい。

 気がつくともう火は見えなくなっていた。


 後には夜の帳だけが下りていた。



*****



 翌朝、チコリに起こされた。


「アスカおねえちゃん、こんな所で寝てると風邪引いちゃうよ」


 いつの間にか毛布がかけてある。

 チコリ、ありがとう。


「ねぇ、おとうさん知らない?」

「ああ、今ちょっとお出かけしてるよ。もうすぐ帰ってくるんじゃないかな」


 ウソではないはず。

 もうすぐか、すぐじゃないかは運を天に任せるしかないが。


「アスカおねえちゃん、お腹空いてない?」

「うん、まだ大丈夫。チコリは?」

「……我慢できるもん」


 チコリ、顔はそうは言ってないぞ。


 ちょうどそこへサウラおばさんがやって来た。


「おはようチコリ。アスカさんも」

「サウラおばさん、おはよー!」

「おはようございます」


 サウラおばさんの手にパンが抱えられているのを見たチコリが


「お腹空いたー!」


 だよね。そうだと思った。



*****



 3人で朝食をとって後片付けが済んだところへ、オットが帰ってきた。


「ただいま、チコリ。嬢ちゃんもありがとう」

「おとうさん、お帰りなさーい」

「兄さん、お疲れ様」


 やっと家族が揃ったという雰囲気で和む。

 まだ一晩厄介になっただけのオレでも心の底から感じられるホッとする空気。


 と、帰ってきたのはオットだけではなかった。


「まぁ、ジュリア! 一緒だったの?」

「サウラおばさん、ご無沙汰です」


 昨夜のジュリアという女性がオットの後から入ってきたのだ。


「おはようアスカ」

「え!? あ、おはよう……ございます」


 当たり前のように挨拶されて、ついシドロモドロになってしまった。

 オレとした事が恰好悪すぎる。


 しかし昨日は夜だったし慌ただしかったのもあって気付かなかったが、こうして見るとこのジュリアって子は結構な美人さんである。

 日焼けした肌、肩まで伸びた赤味がかった髪は大きなウェーブがかかっている。

 くっきりした目鼻立ちに、見事なプロポーション。

 警護隊の制服のような上着を羽織っているが、その下はヘソ出しルックの軽装だ。


 おそらく夜通し働いていただろうに、動きにも表情にも疲れは見られない。

 若いっていいよなぁ、うん。


 うっかり見とれていると、向こうも怪訝な表情でこちらを見ていた。


 それを微笑ましく見ていたオットがオレに向かって


「なんだ嬢ちゃん、ジュリアとはもう顔見知りだったのかい」

「そうだよ、オットおじさん」


 ジュリアが即時肯定。


「いや、顔見知りっていうか、昨夜ちょっと話しただけなんですけど」


 彼女の言葉の直後に否定するのもどうかとは思ったが、事実を正確に報告しておかなくてはというサラリーマン根性がつい出てしまった。


「だからもう顔見知りでしょ?」


 当たり前のような顔をして問いかけるジュリア。


 そのコンセンサスを得るには、まず顔見知りの定義についてお互いの認識をすり合わせる必要があるんじゃないでしょうかねぇ。


「おい、ジュリア。嬢ちゃんはまだ本調子じゃないんだからな」

「ふ~ん、そうなんだ。あっ、そのパン私も食べていい?」

「いいわよ、どうぞ」

「ありがとう、サウラおばさん! もうお腹ペッコペコだったんだぁ」



 オットとジュリアが食事をしている間、チコリと一緒に食卓についたまま2人の話を聞いた。

 意外な事にチコリも真剣に話に耳を傾けていた。

 全部ちゃんと理解できたのかは知らないが。



 で、オレの聞く限りでは昨夜の出来事はこんな感じだったらしい。



 昨夜、西の森で不審火が発生したため、ガラドが村の男衆に声をかけて夜通し消化活動を行った。

 昔、大規模な山火事があったので初動が肝心という事が言い伝えられていたようだ。


 幸い火は少し広がった程度で消し止められ大事には至らなかったのだが、出火原因が特定出来ていないので、ガラド達何人かは引き続き現場に残って調査をしているらしい。


 ガラドは村の警護隊の隊長で、娘のジュリアも警護隊に参加している。


 自分も警護隊の一員なのにこうして時々仲間外れにされるのが我慢ならない、というのがジュリアの主張。

 それは親心だから少しは察してやれ、とオットはガラドを擁護する。


 ガラドとオットは親しい間柄らしいが詳しい事は不明。


 昨夜ジュリアがここへ立ち寄ったのは、何も話してくれない父親の代わりにオットから情報を聞き出そうと思ったから、だそうだ。


 なるほどなるほど。

 熱血美少女ジュリアちゃんってところか。



「それじゃ私、帰って少し寝るわ。ありがとうサウラおばさん、オットおじさんも」


 食事を終えたジュリアが自宅へ帰るようだ。


「またね、ジュリア」

「お疲れさん、ガラドによろしくな」


 玄関の扉を開けて半歩外に出たところでジュリアが振り返る。

 あれ、なんかデジャヴ……。


「アスカ、またね」

「え……あ、うん」


 ぐわ~、またもやこの間抜けな返事。

 そしてジュリアはもうどこにもいない。


 またね、か。


「どれ、腹も膨れたし、オレもちょっと休むとするか」

「それじゃ、私も一旦うちに戻るわ、兄さん」

「おお、いつもすまんな、サウラ」

「サウラおばさん、またねー!」


 オレも何か言った方が良かったのかもしれないが、家族の会話に割り込むようで憚られた。


「で、嬢ちゃんは今日は一日どうするつもりだ?」


 え!?

 いやぁ、今日の予定と言われましてもですね。

 オレだってちゃんと寝てないから少し眠いんだよなぁ。

 出来ればオレも寝たい!


「アスカおねえちゃん! チコリと一緒に遊ぼう!」

「おお、そうだそれがいい。嬢ちゃん、チコリの相手をしてやってくれ」

「……わかりました」


 ここで断れるくらいなら、オレは現実社会でももっと要領よく立ちまわれたはずだ。

 つまり、これはある意味必然の流れ。


「じゃあオレは寝る」


 言い捨ててオットはオレが使っているのとは別の部屋へ入っていく。

 そっちがオットとチコリの部屋なのだろうか。

 いや待てよ。

 オレが今使ってる部屋が元々どっちかの部屋で、今は仕方なく一緒の部屋って可能性もある。

 ああ、なんか申し訳ない気分になってきた。


 何かが倒れるような音の直後、ゴガアアアアと派手な鼾が聞こえてきた。


「おとうさんのいびき、すごいんだよ」

「そだねー」


 カーリング女子日本代表の物真似は当然ながら理解されない。


「じゃあ今日は~、アスカおねえちゃんに村を見せてあげるー」


 おお、それは結構いい考えかもしれない。

 チコリ、なかなか出来る子である。


「よろしくね、チコリ」

「うん!」



 こうしてオレとチコリは、トット村プチ観光に出かける事になった。

読んでいただきありがとうございます。

拙い文章で恐縮ですが、もし興味を持っていただけたなら今後とも応援していただけると嬉しいです。

まだまだ序盤で物語の変化も乏しいですが、もう少しお付き合いください。

よろしくお願いいたします。

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