(18)オレは報酬が2倍になる
2日目の朝も何故かジュリアの両腕に巻かれて目覚めた。
何故だ!?
これを予め想定していたからこそ、昨夜はロビィを真ん中にしてオレは窓側の奥に寝たはずなのに。
だが、起きてみるとオレは真ん中で寝ていて、オレが寝ていたはずの場所ではロビィが静かに寝息を立てている。
何故だ!?
ロビィめどんな魔法を使ったか知らないが、いやそもそも魔法なのかどうかもわからないが、今晩こそは思い通りにはさせんぞ!
*****
街道工事の護衛任務 2日目―――。
本日の稼働人員
作業員:24人(ベガス含む)
冒険者:5人 (サム&ジャン含む)
西門に行くと、既に作業員と思しき男共が大勢集まっていた。
時間といい、人数といい、昨日とはまるでやる気の度合いが違うのが感じられる。
オレたちの姿を見つけると、口々に挨拶を投げかけてくる。
わざわざ名前を呼んでくれる人もいたが、それは狙っている相手を公言しているようなものだぞ。
どのみちチャンスは皆無なので気の毒なことなのだが。
「なんで今日はこんなに大勢集まってるんだ?」
なんとなく予想はついたが、一応ジュリアに聞いてみる。
「さぁ。他に仕事がなかったんじゃない?」
そんなわけないだろ。
ベガスがやってくるまでに作業員の数は昨日の4倍ほどになっていた。
おかげでサムとジャンはまた護衛任務の方に戻ることになったのだが、本人たちは少々不満らしい。
隣で愚痴を溢しているジャンにもこの大人数の理由について聞いてみると
「そりゃこれだけの美人が3人も付き添ってくれる仕事なんてそうそうないからね」
ああ、やっぱりか。
そういう噂かが昨夜のうちに広まったって事だろうな。
「なにそれ。バッカみたい」
ジュリアは何故か憤慨している。
そしてロビィは改めてフードを深く被りなおす。
うーん、それ目立つから出来ればやめた方がいいんだけどなぁ。
「とにかく今日は同じ護衛任務になるから、よろしく頼むよ」
ジャンはいいヤツだ。
「こちらこそよろしく」
「おいジャンてめぇ! 抜け駆けすんな!」
「うわっ!」
突然サムが横から割って入ってジャンを突き飛ばすや否や、敬礼ポーズをしてきた。
「サミュエル・ドリアンテ、乙級冒険者です。今日はみなさんと共に任務に就かせていただきます。よろしくお願いします!」
なんだよ改まって。
っていうかサムってそんな名前だったんだ? 無駄に立派な名前だなオイ。
「2人ともよろしくね」
最後はジュリアが綺麗にまとめてくれた。
作業現場に到着し、笛の合図で作業が開始されると作業員が方々に散っていった。
さすがに4倍の人数となると、警護するのも昨日と同じにはいかない。
まず、守るべきゾーンが格段に広くなる。
護衛の立場からするともう少し密集して作業してほしいのだが、そうもいかない。
そういう意味ではサムとジャンが加わってくれたのは非常に助かった。
2人には作業の最前線に立ってもらい、横に少し開いてもらって前方60度角程度を担当してもらう。
ジュリアが右翼120度、オレが左翼120度を担当。
そして、昨日は人数の都合で捨てていたが後方をロビィが担当する。
これでひとまずの360度警戒体制が出来上がった。
前方に集中しているのは一番危険度が高いことと、2人の力量的に不安だからだ。
これは一見矛盾しているようだが、現段階ではリスクそのものが低いと判断したため、現状ではベストな選択と考えられる。
また、こうする事でサムとジャンの自尊心も大いに満足させられるというメリットもある。
言うまでもないが、この布陣を提案したのはオレだ。
ジュリアは昨日のように自分が先頭に立ちたかったのだろうが、そこは我慢してもらうしかない。
一方のロビィは後衛は自分に向いていると非常に好意的に受け入れてくれた。
もうひとつ重要な点として、作業開始前にジュリアがベガスにかけ合って警護中の稽古を認めてもらったというのがある。
昨日あまりにも暇だったので、もう少し緊張感を保つ工夫をしないと却って危険だと思ったのだ。
そのための稽古導入、そしてこの布陣はそれに最適なのだ。
ロビィがタイミングを見てオレ又はジュリアに仕掛け、1対1で稽古をする形。
オレとジュリアはペアでの実戦経験もあるので勝手知ったる連携が出来るが、仲間になって日の浅いロビィとはまだそういった部分が全然足りていないのだ。
そのためにはお互いの攻撃のクセや型を理解しておく必要があった。
結局この日、ロビィが仕掛けてきたのはオレとジュリアに対してそれぞれ2回づつ。
少し作業場から離れたところでやるようにしたので、作業員の目にはほとんど触れていないはずだ。
作業員の位置や、他に魔物の気配がないかを探りつつ戦う、というのもこの模擬戦のミッションのひとつなのだ。
だが、事前に稽古の事を知っていたベガスだけはオレたちの様子をこっそり見ていたらしく、仕事終わりの西門でまた声をかけられた。
「まさか姉ちゃんたちがあんな腕利きだったとはなぁ。その黒札にまんまと騙されたよ」
「私たちは別にそういうつもりじゃ……」
ジュリアが口ごもる。
「いいって事よ。ところでものは相談なんだが、明日からもずっと護衛役を頼めないか」
「私たちもしばらくはそのつもりですけど」
「そうかそうか。そいじゃ今日の分から報酬は倍にするよ。だから3人でこれからも毎日頼むよ」
「ば、倍!?」
ジュリア、声が裏返ってるぞ。
いや、オレもかなりびっくりしたけど、倍でもそんなに大した金額じゃないんだった。
「ありがとうございます! よろしくお願いします!」
清々しいほど現金なジュリア。
こうしてベガスから今日の報酬400ゼニーがそれぞれ手渡された。
満面の笑みのジュリアと、うすら笑いのようなニンマリした表情のロビィ。
怖い、怖いよその顔。
本日の収入、3人合わせて1200ゼニー。
いきなり生活レベル上がっちゃうでしょ、これ。
公衆浴場で身体を綺麗にした後、今夜は酒場へ繰り出すぞーと息巻くジュリア。大きく頷くロビィ。
お前ら昨日の倹約精神はどこへ行った!?
まぁオレも行くんですけどね結局。
この町の酒場は店が数軒並んでいて、どこもそれなりに繁盛している様子だった。
ジュリアが一番大きい店へ行くと言い張るので、仕方なくそれに従う。
すると、入った店ではベガスが既に出来上がっていて何やら店中に聞こえる大声でしゃべっていた。
「オレたちの工事はー、この町の未来のためのもんなんだ。わーかってんのかお前ら~!」
あ~あ、完全な酔っぱらいじゃないか。
絡まれるとイヤだから出ようとジュリアに言うが、大丈夫端の方で様子を見ようだと。
「やめといた方がいいって絶対」
「だって面白そうじゃない。あの親方があんなになってるなんて」
「人間の酔っぱらいには私も興味があります」
ロビィまで何言ってんだよと思いながらも、渋々席に着く。
ベガスのテーブルにはベガスと同年代と思しき人から、もっと若くて作業員くらいの年代の人まで10数人が集まって盛大にやっているようだった。
昨日今日で一緒にいた作業員らしき顔は見えない。
「だからお前らも明日から一緒にやらないか。大きな声じゃ言えねぇが、今うちの護衛についてる冒険者ってのが、ものすごい美少女3人組なんだよ。しかもその子らの強いのなんのって、ありゃ紫札以上の実力はあると見たねオレは」
ベガス、それもう充分大声でしゃべってるから。
自分の噂をされている現場に出くわすのは何とも面映ゆいものだ。
「ジュリア、紫札というのは確か3級冒険者ではなかったですか」
「そうよ、ロビィ。私たちにはまだまだ遠い道のりだけどね」
「いえジュリア、その逆です。私たちが3級程度に見られるのは納得がいきません」
おいおいロビィ、マジか。
自信満々にもほどがあるだろ。
それはさておき、3級冒険者ってのがどれほどのものなのかは知っておいた方がいいよなぁ。
手近なところに誰かいないかなぁ、3級冒険者。
ベガスのテーブルではまだまだ作業員勧誘が続いている。
既に何人かは丸めこまれているようだ。
もしかして、ベガスは昨日もあんな風にして作業員を勧誘していたのか?
充分あり得る話だ。
この分だと明日はもっと人が集まるかもしれない。
益々熱が入るベガスの口上を上の空で聞きながら、そんな事を考えていた。
「なんか全然楽しくなかった」
「ごめん、アスカの言う通り別の店にするべきだったわ」
「2人とも、お酒は楽しく飲まないといけません。私はカラテ食堂が好きです」
「そうね、明日からはまたビビアンさんのところにするわ」
部屋に戻って明日の夜の話をしている時、思いだした。
ロビィのフードをどげんかせんといかん。
「ロビィ、ちょっと頭貸してくれる?」
「頭は貸せません。アスカは何をしたいのですか」
「いやほら、昼間フードを被ってると却って目立ってみんなに見られるだろ。だからこうしたらどうかと思って」
柄模様の布を夕方露店で見つけて買っておいたのだ。
それをバンダナ風に頭に巻いて、耳も中に入れちゃって……。
「これでどう?」
「わぁ、ロビィ可愛いッ!」
ジュリアが誉めてくれたのでちょっと嬉しい。
巻き方が結構適当な気もするが、そこはホラ、オレ元々男だし。
「そうですか。これなら明日は目立たないですか?」
「いやぁ、可愛過ぎて逆に目立っちゃうかもね」
「それある」
ロビィがだいぶご機嫌な様子なので、なんとかこれでいけそうだ。
同じ目立つでも不審がられるのと、可愛がられるのでは全然違うだろうし。
「それならアスカも髪、後ろでまとめた方がいいんじゃない」
ジュリアがそう言うと、おそらく自分用と思われるゴムを持ち出してオレの髪を後ろで束ねるとクルッとゴムで縛ってポニーテール風にしてくれた。
いや、オレには見えてないがたぶんそんな感じにしてくれたのだと思う。
「これでよしっと。どう? ロビィ」
「いいと思います。とても似合っています」
「そうかな……」
なんか恥ずかしい。
そしてこの流れでジュリアを邪剣に扱うような話はし辛くなってしまった。
仕方ない、今日のところは諦めるか。
―――こうして2日目の夜も更けていった。
*****
3日目の朝、オレは無事だった。
代わりにロビィの首にジュリアの両腕が巻きついていて、うなされていた。
うーうーという声で目覚めたらそんな状態だった。誠にご愁傷様です。
街道工事の護衛任務 3日目―――。
本日の稼働人員
作業員:60人
冒険者:6人
更に人数がとんでもない事になっていた。
現場に出発した作業員が60人だったが、集まったのは68人なのだ。
冒険者の人数との兼ね合いで8人はベガスが撤収させた。
郊外での作業時における作業員と護衛との人数比については法律で定めがあるらしく、違反すると莫大な罰金が科せられる他、以後の事業継続に差し支えるというので、ベガスもそれだけは曲げられないと8人を説得したのだった。
しかも明日から冒険者をもっと増やすから、また来てくれと言っていた。マジか。
ちなみにその人数比だが、ギリギリのラインが護衛1人に対して作業員10人でそれを超えると違法。
法律上では推奨基準として護衛1人につき作業員5~6人が適正だとしているらしい。
オレたちが参加した初日は推奨基準をクリアしてたんだなぁと納得。
で、今日は違法ギリギリラインでやるわけか。
極端すぎないか、この仕事。
しかし、そんな事などこの目下の一大事と比べたら些末な問題に過ぎない。
今日、新たな冒険者がひとり加わったのだ。
「よぉ、嬢ちゃんたち。また会ったな」
お前は―――ホーク!!
「ホーク! まだこの町にいたの?」
ジュリアがすごい剣幕で詰め寄る。
と、ジュリアの言葉が思いもよらぬ波紋を作業員たちに与えた。
「ホーク?」
「今、ホークって言ったよな」
「ホークってまさかあの……」
「見切りのホークだ」
「斬り裂きホークじゃないのか」
「あのお尋ね者のか?」
「ホーク・バンデラスだろ、手配書で見た事あるぞ」
なんだか随分と物騒な事になってきた。
しかもこの男、ホークは相当な有名人らしい。
「いやぁ、参ったね。こんなところまで名前が売れちまって。ははは」
「あんた、イヤなヤツだと思ってたけど、まさか犯罪者だったなんて」
正義の味方ジュリアにはそこは見過ごせませんよね、ええ。
「だから言ったのです。この男は最初から怪しいと思っていました」
ロビィが冷たいながらどこか嬉しそうな声で告げる。
そう言えば最初から敵視してたもんなぁ。さすが森の民の嗅覚は違うね。
「お前、冒険者だったのか」
よく見ると前に会った時には着けていなかった木札を今日は腰に下げている。
しかも……紫札、3級冒険者だ!
こんなところにいたよ、3級が!!!!
「いや、今日は冒険者としての仕事だからな。さすがに着けてないとマズイだろ、これ」
紫札を右手の人差指で弾きながらしゃあしゃあと言うホーク。
「オイあんた、来てくれたのはありがたいがお尋ね者ならお断りだぞ」
ベガスがホークの後ろに立ってドスの利いた声で言う。
首だけ振り返って無言で睨むホーク。
2人とも同じくらい背が高いので、壁が2枚突っ立っている感じがして圧迫感がすごい。
「文句があるなら組合の方に確認してくれや。こちとら昨日のうちに手続きが済んでんだ」
「いや、組合からはオレも報告は受けている。だが、あんたがまさかあのホークだったとはねぇ」
「あのホークとやらが何人もいちゃ、当の本人が迷惑だぜ」
こんな時でも口の減らない男、それがホーク。
あの時ジュリアが付けた頬の傷は塞がっているものの、くっきり痕が残っている。
見切りのホークに斬り裂きホークか……さて、どうしたものか。
「とにかく、問題起こすようならすぐに辞めてもらうからな。いいな」
「へいへい、親方さん」
ベガスは苦々しげな表情で一瞥をくれてから、作業員たちの方へ戻っていった。
オレたちとしてもあまりこいつとは関わり合いになりたくない。
極力離れて別行動といきたいところだ。
こうして総勢66人の一行は今日の作業現場へ移動し、ベガスの笛が鳴った。
さすがに初日の10倍近い人数がいると作業の進捗がとんでもなく速い。
しかも今日新しく来たうちの何割かは経験者らしく、手慣れた感じで効率よく仕事を進めていた。
護衛は6人体制なので昨日とはシフトを変更する必要があったが、ホークは勝手に右手前方へ行ってしまったため、残りの範囲を5人でカバーするという形に落ち着いた。
そのホークだが、開始早々かなり先の方まで行ってしまったらしく、全く姿が見えない。
見えないところでサボっててもわからんじゃないか。
というかそもそも護衛になってないだろ、これ。
ベガスにチクってやろうかな。
そしたらあいつはクビ確定だ。
結局、だいぶ日が傾きかけてきた頃になってようやくホークが戻って来た。
「ずいぶん遠くまで散歩してたみたいだな。楽しかったか」
嫌味を込めて声をかけると、全く動じない様子で
「まあな。今日はピクニック日和だったからな」
と軽く返された。
くそっ、負けた気分だ。
「おい、そこの森の民」
突然ホークがロビィを手招きした。
「なんですか。気易く話しかけないでください」
「まぁまぁそう言いなさんな。あの山の辺りについて何か知ってるか?」
ホークは自分が行っていた方角を指してロビィに尋ねる。
ん? 山がどうかしたのか。
「あなたに教える筋合いはありません」
「へぇへぇそうかい。森の民ってのはみんなそんな無愛想な感じなのかね」
「森の民を侮辱するのは許しませんッ!」
ロビィが弓を構える。
「待って! やめろロビィ!」
ロビィを抑えて弓を納めさせる。
森の民の事になるとたまにこうして我を忘れるよなぁロビィは。
ちょっと心配だ。
「ちょっと何してるのよ。もうすぐ撤収よ」
ジュリアがこちらの様子を気にして近寄って来る。
「あんたは確かジュリアだったか。この疵のお礼は後でたんまり払ってもらうぜ」
「はぁ? 何言ってんの! 礼ならこっちに言ってもらいたいわね。命は取らないでやったんだから」
「おお~こわッ。相変わらず威勢のいい赤毛だな。オレはそういう女も嫌いじゃないぜ」
心底気持ち悪いという表情でジュリアが硬直しているので、オレが口を挟む。
「どうでもいいけど、オレたちには関わらないでくれ。いいな」
「随分と嫌われちまったな。ま、別にいいけどよ。でもそろそろ注意しとくんだな」
「どういう意味だ」
「ミクモ山の辺りにゃ魔物がいるらしいぜ」
「ミクモ山?」
「ミクモ山というのは、この道の右前方にある山のことです」
ロビィが教えてくれた。
町の名前はダメでも山の名前には詳しいらしい。
ってそれさっきホークが指差した山じゃねぇか。
まさかこいつ、それを知ってて今日この仕事に来たのか。
「お前……」
どう言葉を繋げていいか迷っていると
「ふふふ。じゃあまた明日な。嬢ちゃん」
ちょうどその時、ベガスの笛が鳴った。
ウルスズラに戻り、西門で解散後いつものように報酬を受け取る。
すると、どこからともなくホークがやって来てベガスに詰め寄った。
「オイ、なんでこいつらの報酬がオレより多いんだよ! おかしいだろ!」
あ、もしかしてお金受け取るところ見られたのかな。
ってか意外とそういうセコイところあるんだな、この男にも。
「何も問題はねぇ。こっちの姉ちゃんたちとは別契約になってるんだ。組合の依頼とは別のな」
「くっそ、なんだよそれ。オイ、嬢ちゃん、一体幾らもらった!?」
「別に幾らもらおうがお前には関係ないだろ」
「てめぇ、それが貴重な情報を教えてやった人に対する態度なのか、ああ!?」
「別に頼んだわけじゃないし」
「別に別にってなんだよお前、別に星人か?」
「うっわ、さぶッ」
相手してられないので足早にとっととその場を去る。
ジュリアとロビィも少し離れたところから、一緒に平行移動。
おい、なんだよ、オレには近寄ってもいいだろ別に!
本日の収入も3人合わせて1200ゼニー。
今夜は風呂の後にカラテ食堂でゆっくり食べて、明日に備えよう。
ホークの言った事が事実なら、明日は忙しくなるぞ。
*****
街道工事の護衛任務 4日目―――。
本日の稼働人員
作業員:94人
冒険者:11人
ベガスが冒険者を追加すると言ったのは本当だった。
オレたちとサム&ジャン、ホークの他に5人も新しい冒険者が来たのだ。
5人のうち2人は黄札の甲級、残る3人は赤札の5級だった。
ホークを除くオレたちよりも高い階位の冒険者を雇ったあたり、ベガスもそろそろ魔物に遭遇する可能性が高い事を知っているのかもしれない。
そして作業員はとうとう94人か。
この調子じゃ明日は100人越え確実じゃないか。
どうすんだ、そんな大所帯。
いや既に充分大所帯でした。
合わせて105名の一行が民族大移動で作業現場を目指した。
作業を開始して2時間ほど経った頃、右前方から警告の声が上がった。
「魔物が出たぞー! 作業を中止して避難するんだ!」
オレたちは3人とも真逆にあたる左後方にいたので魔物の対応は任せて、作業員を退避させる役割になる。
左後方のサムとジャン、そしてホークはオレたちと前衛の間で壁の役目。
今日から参加した5人が前方担当だったのでそのまま魔物の方へ移動して行った。
「みなさん、こちらへ」
ジュリアが作業員たちに声をかけて資材置き場にしていた辺りにまとめる。
ロビィも弓を手にして、周囲を警戒しながら作業員を誘導。
オレはまだ避難出来ていない人たちに声をかけてまわる。
振り向いたホークと一瞬目が合ったような気がするが、すぐに忘れて声かけに戻る。
「向こうの資材置き場の方へ避難してください。魔物が出ました。すぐに避難してください」
作業員は94人だったよな、と思いながら後方資材置き場の方に目をやる。
ダメだ、ここからじゃ正確に数えるのは難しい。
ロビィ!
人数確認して、というサインを送るとロビィも了解と返す。
森の民の目なら正確に数えられるはずだ。
案の定、すぐにロビィから問題なしのサイン。
ジュリアもそれを見て了解と返してくる。
ベガスは避難所とオレの中間ぐらいのところに立っている。
我先に逃げ出すのではなく、作業員より前でこうして体を張るのがベガスなりのリーダーシップなのだろう。
もしかすると前線にいる冒険者のことも気遣っているのかもしれない。
黄札と赤札なら大丈夫なんじゃないの、という気もするが。
小一時間ほど経過して、冒険者たちが戻って来た。
獲物を持ち帰ったらしく、ベガスの前にそれらを並べているようだ。
オレたちも気になったので見学に行く。
ドゥーが2頭、チュータスが1頭の合計3頭の魔物。
チュータス初めてみたけどちっさ。いかにもザコ中のザコな感じ。
これ全部合計してもボーナスが1050ゼニーか。
5人で分けたら201ゼニーづつ? うわ~しょぼい。
だが、驚いた事に冒険者のうち黄札の2人が怪我をしていた。
ドゥーにやられたのか? まさかチュータスじゃ怪我しようがないもんな。自爆したんなら話は別だが。
「見せてください。治します」
ロビィが治癒魔法をかけて傷を癒しているのを見て、ホークが何とも言えない表情をしている。
その頬の疵がうねうね動いているように見えて気持ち悪かった。
「ドゥーを2頭も倒すなんてすげぇな」
「オレたちじゃとても無理だろ。さすが甲級と5級は違うなぁ」
サムとジャンの会話である。
お前らも冒険者なんだから、もっと志を高く持とうよ。
しっかりしろ!
昼休憩を挟んで午後には作業を再開。
今日も人数のせいもあって相当進んだように思える。
西門に戻って解散する前に、ベガスが冒険者だけを集めて話をした。
「そろそろ魔物が出るエリアに入ったようなので、明日から1日の報酬を300ゼニーに引き上げる。魔物を倒した手当は規定通り支払うので、個別に申告してくれ。それじゃ解散」
そっか、オレたちは1日400ゼニーだけど他のみんなは200ゼニーのままだったんだっけ。
300ゼニーに上げるといってもオレたちには全然ありがたみがないどころか、それでもまだ切ない額としか思えない。
今日怪我した2人は明日来てくれるかな。
魔法で回復はしたと思うけど、安い報酬で怪我するリスクを納得させるのは実際に体験する前と後では全然違うんじゃないだろうかと人ごとながら心配になった。
とりあえず本日の収入は3人合わせて1800ゼニー。
あれ? なんで多いんだ、と思ったら魔物が出たら1人200ゼニーの手当があるんだった。
つまり1人400+200=600ゼニーずつ。
おお、なんか少しおいしくなってきたかも。
明日は討伐の手当も追加されるかな?
いつものように公衆浴場へ行った後はいつものようにカラテ食堂へ。
昨日に続きまたしてもいつもの席へ通される。
なんだか予約席扱いみたいな感じなんだけど、どうして?
「はいはい、今日もお仕事ご苦労様。たくさん食べて体力つけないとね」
ビビアンがわざわざテーブルまで来てくれた。
「ありがとうございます」
ジュリアが礼を言うと、いいのいいのと言いながら厨房の方へ戻って行く。
「今日は何食べる? 結構お金もらったし豪華に行っちゃう?」
「私は昨日と同じものがいいです」
「え~、色々食べてみないとわかんないでしょ。アスカはどうする?」
そうだな、どうしようかなと思っている所へビビアンとディアナ(姪)が料理を運んで来てテーブルにドンと置く。
「さぁ、遠慮しないでたんと食べな」
いや、オレたちまだ何も注文してないんですけど……。
「ちょっと待ってビビアンさん。これ私たちが頼んだヤツじゃないでしょ。他の席と間違えてない?」
真面目なジュリアはちゃんと聞くのです。
ロビィは目を輝かせて料理を見詰めている。
「何言ってんだい、大丈夫だよ。これは間違いなくあんたたちの分」
「でも……」
「いいからいいから! あとお代はいらないからね。気にしないでドンドン食べて頂戴」
「そういう事。お父さんからちゃんとジュリアさんたちを持て成すよう言われてるから」
ディアナ(姪)が楽しそうに言う。
お父さん? 誰?
「ディアナ、どういう事? お父さんって……」
ジュリアも頭の中が疑問符で一杯という顔をしている。
「わかりました! 親方ですね!」
ロビィが突然叫んだ。
え!?
「はい! 私、ベガスの娘なんです。ここで飲み食いした分はオレが全部持つってさっき父さんが来て言ってました」
ふざけんなよベガス、お前いいヤツだったんだなチクショウ!
で、どうしてロビィはわかったんだ?
森の民の何か特別な技でも使ったのか?
「あれ? ディアナがベガスの娘ってことは、ベガスとここの御主人って……」
確かディアナは御主人の妹の娘って話だったような気がする。
「義理の兄弟なのよ。まぁ普段はほとんど口も利かないんだけど、意外と仲は悪くないみたいなのよ」
またビビアンが料理を運んできて口を挟む。
えーと、ご主人の妹さんの旦那さんがベガスで、その娘がディアナって事でFA?
「ちょっと整理したいんですが、オレたちがここで食事するお代は全部ベガス持ちって事でいいんですか?」
後から話が違っていると困るので、念のため確認だ確認。
「そうよ。さっきからそう言ってるじゃない」
ビビアンがあっさり肯定。
「それって今日だけじゃなくて、これからもって事?」
ジュリアが更に重ねる。そうだ、いい質問だ。
「そうに決まってるじゃない。何度もおかしな子たちだね。さあさ、早く食べないと料理が冷めちゃうわよ」
ビビアンがそう言い捨ててまた厨房に戻って行く。
まさか、まだ何か出てくるのか?
もうテーブルに載らないぞ?
「そういう事だから、これからも毎日来てね」
ディアナがペコリとおじぎをして仕事に戻って行く。
全然似てないぞ、ベガスとディアナ。
残されたオレたちとテーブル一杯の料理、酒。
「いいの、こんなの?」
ジュリアがまだ半信半疑の様子で聞いて来る。
「いいんじゃない? タダだって言ってるんだし」
「すごいです。今日はご馳走です。沢山食べます」
ロビィがひとりだけ妙なハイテンション状態になっている。
「じゃあ、いただこっか」
「だね、いただきます」
「いただきます」
こうしてオレたち3人は当分の間、飯代いらずの身分になった。
最初はどうしても遠慮してしまっていたのだが、だんだんロビィのようなハイテンションになってきて、最後は大宴会状態。
ビビアンとディアナもたまにテーブルに一緒について、大いに食べ大いに語った。
カラテ食堂、万歳―――。
読んでいただきありがとうございます。
1回分のテキスト量がちょっと半端なくなってきているので、この後少し調整します。
じゃないと死ぬ、死んでしまう。
そんな非常事態に次回アスカたちは巻き込まれます。
では引き続き応援よろしくお願いします。




