(16)オレは冒険者になる
町の入り口でもある巨大な門の上には狼のような動物が彫られていた。
あれがウルズという魔物なのだろうか。
確かにロビィの言うようにウルズに守られているという方が合っているような気がする。
特に誰何される事もなく、普通に町の中に入ることが出来た。
トット村を追放されて以来、初めて文化的な生活に復帰できるかと思うと少しほっとした。
ウルスズラはトット村とは比べ物にならないくらい大きな町だ。
何より建物が立派だ。民家も2階建とかザラ。
トット村はほとんど平屋だったからそれだけでも町の様子がだいぶ違う。
建物はほとんど煉瓦作りっぽい赤系で統一されているヨーロッパ風の景観。
周囲が城壁のためか、町の中には柵や石垣がないのも違っていた。
城門から続くメインストリートは人通りも多く、見える範囲だけで数十人の人が行き交っている。
ゴルテリア東部で一番大きな町というのは伊達ではないようだ。
とはいえ、都会というほどでもない。
東京都でいうと昭島市ぐらいか。
誰だよ、昭島市は田舎とか言うヤツは?
田舎なめんな!
うちの田舎と比べたら全然すごいしむしろ都会じゃボケ。
そういえばジュリアはこの町に来た事はあるのだろうか。
「ジュリアってこの町は初めてなの?」
「ううん。小さい時に父さんと一緒に来たことがあるわ。あんまり記憶はないけど」
「私はこの町の中に入るのは初めてです」
聞いてはいないがロビィも答えてくれた。
中に入るのは、ってことは外からは見たことがあるっぽい。
一応言っとくがオレも初めてだ。但し、アスカ本体がどうかは知らん。
土地勘のない3人娘か……。
「とりあえずメシにしよう」
ここに来るまでさんざん待ったんだから当然。
「そうね。食堂はどの辺にあるのかしら」
「ここから200mほど先の左手にそれらしき看板が見えます」
「え、どこどこ? 全然見えないけど」
ロビィの言葉にジュリアが反論する。
エルフは視力が良いというのは本当らしい。
「ロビィ、ちなみに森の民って視力がすごく良かったりする?」
「普段は300mぐらい先まで見えます。でも集中すると500mぐらいまで見えます」
「なにそれ、一体どんな風に見えるの?」
ジュリアの気持ちも良く分かる。
望遠でズームしたように見えるのだろうか?それともちっちゃいまんまはっきり見えるとか?
全く想像つかんわ。
そうこうしているうちにロビィの言う看板が近づいてきて、オレたちにも見えるようになった。
『カラテ食堂』―――なんだそれ?
中で組手とか瓦割とかやってたりするのか?
いやいや、こっちの世界で空手はないでしょ。どうせ主人の名前かなんかだろう。
「いらっしゃいませ」
「ハイいらっしゃい」
「らっしゃーーーぃ!」
店に入るなり大きな声が続けて響いた。
最後のが一番奥から聞こえてきたのに一番デカい声だった。
「3名様ですね。奥のテーブルが空いてますので、どうぞ」
奥の窓際、胸の高さぐらいまでの仕切りがあるちょっといいボックス席へ案内された。
他はひとり客が3人ほどいるだけなので比較的空いている時間帯なのだろう。
案内してくれた女性は20代前半ぐらいのそこそこ美人さんだった。
ウェイトレスかな?
あ、ウェイトレスって言葉はたぶんこの世界にはないだろうが。
「ご注文が決まりましたら声をかけてください」
そう言って席から離れようとするその時、フードを被ったロビィの方を見てちょっと怪訝そうな顔をしていた。
う~ん、やっぱ街中でフード被って顔隠してると目立つっていうか不審者っぽく見えるよなぁ。
「はいこれ、お品書」
ジュリアがメニューのようなものをロビィに渡す。
が、ロビィはそれを睨んだまま微動だにせず考え込んでいる様子。
「ロビィがお金出してくれるんだから、好きなもの頼みなよ」
ジュリアが続けるも、ロビィは相変わらず硬直状態。
もはやメニューに焦点が合っていないようにも見える。
「ロビィ、どうした?」
たまらず声をかけると、やっと我に返ったようにこちらを見て申し訳なさそうに言った。
「書いてある名前がどんなものなのかわかりません」
「ああ、わかる。オレもほとんどそうだわ」
文字は読めても、料理の名前に詳しくないのだ。
森の民も普段は人間とは離れた生活をしているから、おそらく似たようなものなのだろう。
「ええっ、そうなの? それなら肉とか魚とか野菜とか、何食べたいかだけ教えて」
ジュリアがオレとロビィに向かって言う。
それなら確かに簡単だ。
「では魚を」
「肉ッ!」
見事に意見が分かれた……。
「あははは。じゃあ私の方で適当に頼んでおくから。飲み物はどうする?」
「ホプス!」
もちろん即答。
前にサッカリアの人たちと飲んだほとんどビールと一緒の飲み物だ。
「同じものをお願いします」
ロビィはたぶん知らないで言ってると思うが、大丈夫かな。
森の民もお酒は飲むんだろうか?
「じゃあ私は八朔チュールにしよ。すみませーん、注文お願いしまーす!」
ジュリアはもう料理も決めたのか。さすがに手際がいいなぁ。
で、八朔チュールってなんだ? 八朔は八朔でいいのか。
*****
「まぁそうなの? あんたたち3人で旅をねぇ。女の子ばかりで親御さんは心配してないの?」
この店の主人の奥さんだというビビアンが食事を運んできたついでに声をかけてきて、話が弾んでしまったのだった。
まぁ女同士ってそんなところあるよね。オレにはよくわからんが。
「ええ、まぁそこはなんとか。はははは」
笑って誤魔化すジュリア。
ちなみにこの店の名前の『カラテ』だが、ビビアンによるとやはりご主人の姓らしい。
尚、空手については当然ながら???な反応だった。
そりゃそうだ。
「このお店はご家族でやられてるんですか?」
オレも一応コミュ力のあるところを見せておかねば、ただ食うだけの案山子がロビィと2人になってしまう。
「そうなの。でもあの子は娘じゃなくて主人の妹の娘なんだけどね。3年前からここで働いてもらってるのよ。例え姪でも私たちにとっては大事な家族よ」
「姪っ子さんだったんですか。へぇ~」
確かにこの奥さんとは全く似てない。
が、さっき厨房の方に見えたご主人とはどことなく面影がなくもない。
「おい! いつまで無駄話してんだ! 次あがってるぞ!」
ご主人の怒鳴り声。
「はいはい。そんなに怒鳴らなくても聞こえてるよ」
「オレはこれが普通なんだ!」
ご主人の怒鳴り声はそれほど不快じゃない。
むしろこれはこれでこの店の味というか独特の雰囲気に一役買っていて、悪くないとさえ思う。
「はい、ホプスのおかわりです」
奥さんと入れ替わりで姪っ子さんが持ってきてくれた。あざっす!
ロビィは初めての料理を食べる時、まず臭いを嗅ぎ、スプーンの先でツンツンしてから恐る恐る口に運んでいた。
その一連の仕草がなかなかに可愛らしくて大変よろしゅうございました。
ちなみにこの世界では給食でよく使ったような、先の部分がフォーク状に割れているスプーンが一般的だ。
まぁ材質は金属ではなく木で出来ているのだが。
スープなどは先が割れていない普通のスプーンで食べるが、大抵はテーブルに両方用意されている。
他のおひとり様の男客らは、スプーンを使うのが面倒なのかほとんど手掴みで食べていた。
それをワイルドと言うべきか、行儀が悪いというべきか。
でもまぁとりあえず目の前にある焼いたもも肉だけは、オレも手掴みでいってやろうじゃないか!
*****
小一時間ほどで腹一杯になった。
普通の女3人であればここでガールズトークが炸裂してまだまだ居座るのが本当なのだろうが、ロビィは森の民でそういう習慣はなく、オレは男なので当然そんな事は思いもよらず、ジュリアだけが何か話を振って場を回そうと頑張っていた。
「ちょっと! 2人とも話聞いてる?」
とうとうジュリアが現実に目覚めてしまった。
「うん、聞いてる聞いてる」
「私は聞いています」
「絶対ウソ。こういう時だけ返事するんだから」
うんまぁそうなんだけど、食事が終わったら店出るのが普通だからね。
「それで、この後どうする?」
こういう時は話題を変えるんだ。
そして決めたらとっとと移動しよう。
「私は狩りに行ってもいいです」
「いや、それ町の中じゃ無理だから」
「お風呂は?」
「いいけど、夜まで時間があるから出来ればもう少し後がいいな」
ロビィもジュリアもあまり当てにならない。
「人間の町の様子をもっと観察して周りたいです」
「買い物! あ、お金ないんだった……」
おいおいおい。
「そうだよお金。いつまでもロビィに借りるわけにいかないんだから、稼がないと!」
「そうね、それ結構重要な問題だわ」
「まだお金はあるので大丈夫です」
ロビィそういう問題じゃないよ。
お金がなくなってからじゃ遅いでしょ。
それにオレとジュリアでロビィに返さなきゃならないんだし。
「オレ考えたんだけど、冒険者をやるのはどうかな」
トット村を出た時からずっと考えていたことだ。
オレたちが手早く収入を得るにはそれしかないと思う。
「賛成。っていうかアスカもそう思ってたのね。良かった」
「ってことはジュリアも?」
「うん。強くなってお金も稼げるんだから、最高じゃない」
「強くなるかどうかはわかんないでしょ」
「なるよ、大丈夫」
「そうです。ジュリアもアスカもまだまだ強くなります」
ロビィが何故か得意気に断言した。
「ロビィ、前にリグナスもそんな事言ってた気がするけど、本当なの?」
「はい、本当です」
「それって魔法力みたいに強さも見えるってこと?」
ジュリアも身を乗り出して聞いてくる。
「いえ、強さは見えるものではありません。ですがまだ成長の余地を残している者はその身体から自然に発するものがあるのです。成長を終えた者にはそれはありません」
「それをロビィは感じることができるってこと?」
「そうです」
「森の民だから?」
「森の民すべてが感じられるわけではありません」
ロビィとジュリアの問答を聞いてもやはりピンと来ないが、魔法力の一件もあるし信じておこう。
にしても森の民ってつくづく不思議な種族だよなぁ。
「とりあえず冒険者になるってことでいいかな」
「それなら冒険者組合へ行かないと」
「私も冒険者になります。面白そうです」
よし、次に向かう先は冒険者組合に決定だ。
*****
ビビアンに場所を聞いたら、カラテ食堂のある角を曲がって奥へ行ったところに冒険者組合の建物があることがわかった。
まさかそんなすぐ近場だったとは!
お会計(合計785ゼニー/ありがとうロビィ)をして店を出たその足で向かう。
冒険者組合の建物は3階建になっていて、入り口はなんどスイングドア。
西部劇なんかの酒場でよくある両側からバタンとやって入るヤツ。
いいねぇいいねぇ。雰囲気あるじゃん。
「ここが冒険者組合か……」
入口の前で3人横に並ぶ。
いま中から人が出てきたら相当邪魔だろうな。
んじゃ、早速入ろう!
「一番ノリ~ッ!」
なんと、ジュリアに先を越されてしまった。
しかもジュリアの押したスイングドアが戻ってきてオレの肘にガツンとぶつかる。
ィテッ! 痛ぇよジュリア。
ロビーのような広いスペースに結構な人数がいたため、ジュリアに苦情を言うのをかろうじて堪える。
だが入って数秒で様子がおかしい事に気が付いた。
初めはざわざわして騒々しかった中の様子が、波が引くようにサァーッと静まっていったのだ。
もしかして―――めっちゃ注目されてるやん!!
そりゃそうか。こんな美少女3人組が入ってきたんだから。
残念ながら入る前には全く想定していなかったので、完全に好奇の目に晒された無防備な状態だ。
「どこ? どこで受付してるの?」
ああ、我らがジュリアはそんな様子など気にも留めずに、冒険者登録の受け付け場所を探している。
相変わらずハート強いっすね、ジュリアさん。
一方感受性の強いロビィの方はいつもより一層深くフードを被って俯いており、顔などほとんど見えません。
おーい、逆にそれ目立っちゃうからね。
まぁ、フード脱いだら脱いだで耳が出ちゃって大騒ぎだろうけど。
「女だ」
「3人とも女だ」
「すげぇ美人だぞ」
「隠してるヤツの顔、見たか?」
「何しにきたんだ?」
「うほぉ、たまんねぇなオイ」
「ちょっと声かけてみろよお前」
「やめろよ、お前が行け」
ひとり口を開きだすともう止まらなくなったらしい。
周囲はまた騒然とし出したが、注目度は更に高まっている。
「おーい、ここは女子供の来る場所じゃねぇぞー」
とうとう囃し立てる輩まで現れた。
するとこれまた一気に同調する連中が出てくる。
「なんならオレたちの相手でもしてくれや」
「オレのも頼む!」
「姉ちゃん幾らだー?」
ザ・男、だな。悪い意味で。
オレたち以外にも女性は何人かいたのだが、我関せずを決めこんでいるようだ。
「あの、よろしければご案内いたします」
そこへ救いの天使登場。
制服のようなものを着ているから組合の人か案内係だと思われる。
髪を後ろで束ねた20代後半と思えるクール系の女性がやってきて、オレたち3人を奥の個室へ案内してくれた。
さすがのジュリアも野郎どもの野次に切れ加減だったが、暴走する前に移動出来て本当に助かった。
ロビィは一貫して沈黙&俯き状態。
「失礼しました。どうぞおかけになってください」
部屋に通された後、案内嬢に促され椅子に掛ける。
「ありがとうございます。ところで私たち冒険者登録に来たんですけど、手続きはどこで出来ますか?」
お礼もそこそこにジュリアが尋ねる。
「ああ、冒険者登録に。そうでしたか。ではこちらで手続きをさせていただきますので少々お待ちください」
ここで手続きをしてくれるとはラッキー。
一旦個室を出ると、手に書類を持って戻って来る案内嬢。
「こちらに必要事項をご記入ください。あと最後に署名と母印が必要になります」
それだけでいいの?
「みなさま、ご年齢は16歳以上ですか?」
あ、年齢制限は一応あるんだ。
オレとアスカがはいと答え、ロビィが頷く。
「畏まりました。手続きが終わりましたら、こちらの注意事項をよくお読みください」
そういって別の紙を渡された。
なんだか沢山字が書いてある。
保険の契約内容みたいな小さい文字でずらずらとびっしり……これ、読ませる気ないだろ絶対。
しかも署名して母印押してから見せるって、順番合ってる? 法律的に問題ないの?
まぁないんでしょうね。ザルだなマジで。
年齢欄に正直に書くべきかどうかで悩んでいたロビィが最後に書類を提出して手続きは完了。
結局本当の年齢にしたのかどうかは不明だ。
「はい。これで手続きは完了となります。それから、こちらはみなさんの階位を表す木札になります。必ず見えるところに身に付けておいてください。それと木札の裏面にも署名をお願いします」
そう言って黒い木札が1人1枚配られた。
あ、裏は色塗ってないからサイン出来るな、良かった。
黒に黒だと見えないんじゃないかと心配しちゃったよ。
「あのすみません。階位ってなんですか?」
知ってて当然みたいに言われたがこっちはちんぷんかんぷんなので聞くしかない。
「ああ、それは後で私から説明するわアスカ」
ジュリアは知ってるんだな。そっか。
ロビィはどっちだろうと表情を伺うが、読めない。
案内嬢が出て行った後、ジュリアが説明してくれた。
階位というのは冒険者をクラス分けしたものに当たる。
最初は黒札(丙級)、次に白札(乙級)から黄札(甲級)になり、そこまでが初心者入門者の階位。
それ以上は経験者いわゆるベテランに相当し、赤・青・紫・銀・金の順で五級から一級に昇格。
原則的には一級が最上位になるが、一級の中でも特別な功労のある冒険者には特級が与えられる事があるそうだ。
ちなみに今現在、世界中の現役冒険者に特級はいない。
それだけレアな存在という事らしい。
どんだけすごいんだよ特級冒険者ってのは。
「で、その階位ってどうやったら上がるの?」
「年に2回、階位認定試験が行われるのよ。それに合格したら昇級できるの」
なるほど、年に2回か。一級まで最短でも4年はかかるんだな。
まぁそうすんなりうまくいくとも思ってないが。
「でもこれでオレたちは晴れて冒険者になったんだよな?」
「そうよ、一番下の丙級だけどね」
「冒険者は何をするのですか?」
ロビィが質問したことにより、次の課題が明確になった。
そうだ、冒険者になっただけではお金は稼げないのだ。
「組合に持ち込まれる色んな依頼の中から、好きなの選んで申告するの。そうするとその依頼は契約済みになって他の冒険者は受けることができなくなるわけ」
「依頼はひとりでやるのですか?」
「申告は代表者がひとり手続きすればいいだけで、実際に何人でやるかは特にきまりはないの」
「そうですか、では私たちの代表は誰ですか?」
ロビィったら何も考えなしに質問してるのかと思いきや、大概重要な所に辿りつくってすごい!
「そう言えば……どうするアスカ」
「代表という意味ではジュリアでいいんじゃない?」
「私もジュリアが適任だと思います」
「そ、そう? まぁ別にいいけど」
「じゃジュリアに決定!」
ジュリアはまんざらでもなさそうな顔をしている。
「それじゃ、今から依頼の方見に行かない?」
「いいね」
「私も行きます」
すっかり忘れていたが、オレたちは人目を避けるためにこの個室へ移動したのだった。
それを、個室を出てまた人だかりのある方へ移動したらどうなるか……。
「おおっ!」
「来たぞ」
「あいつらだ」
「すげぇイイ女じゃねぇか」
「顔を隠してるヤツも美人なのか?」
「誰か顔見て来いよ」
「顔見せろー!」
早速この有り様だ。
カウンターらしき場所にさっきの案内嬢がいたので声をかける。
「あの、すみません。依頼を見たいんですが」
「はい。依頼でしたらあちらの掲示板に貼り出してあります。ただ、黒札の方が対象の依頼は現在1件しかありません」
「えっ! たった1件しかないの?」
「なになにどうしたのアスカ」
「オレたちが受けられる依頼が1件しかないってさ」
「どういうこと?」
「申し訳ございません。今朝は3件あったのですが、午前のうちに2件は契約になりましたので今は1件しかないのです」
「なるほど。それじゃまぁ仕方ないからその1件残った余りモノでも見に行きますか」
依頼掲示板の前まで3人で行って探す。
もうこの時間帯には新しい依頼を探す人も多くはなく、終了した依頼の報告に来た者やただ単に他の冒険者との情報交換のために来ている者がほとんどなのだそうだ(案内嬢談)。
「あった! これじゃない?」
目のいいロビィではなく、ジュリアの方が先に見つけた。
掲示板の右下隅に貼られていたそれは確かに売れ残りそうな案件だった。
――――――――――――――――――
依頼番号:GRD148306189
依頼内容:街道工事の護衛任務
依頼主:セザール・フランクリン
対象位階:不問
募集人数:1人~20人
期日:開通まで毎日
支払い:日払い
報酬:1人当たり200ゼニー/日
手当:
魔物出現時/200ゼニー
魔物討伐時/魔物等級に応ずる
――――――――――――――――――
丸1日拘束されてたったの200ゼニー。ホプス10杯分。
魔物が出れば400ゼニーでようやく一般人の一日の賃金レベル(案内嬢談)。
しかし、怪我や命の危険と引き換えにようやく人並みというのでは他の冒険者が皆敬遠するのも当然だ。
肝心の魔物討伐時の報酬は未記載なのも胡散臭い。
つまり、オレたちのように他に選択肢のない黒札以外は受ける理由がない依頼というわけだ。
「明日になればまた新しい依頼が貼り出されるかもしれませんから」
と案内嬢は言うが、あったらあったで争奪戦になるんだろうなぁ。
「どうするジュリア」
「う~ん、私は別にこれでもいいと思うけど」
「え、そうなの? 意外と欲がないんだなジュリアって」
「ううん。お金は欲しいけど、最初から背伸びしてもしょうがないかなって。逆にこんな依頼、今の私たちくらいしかやる人いないんだから、何事も経験でしょ」
「まぁそれはそうだね」
モノは考えようだ。
「私はジュリアに従います」
ロビィの一言で決まった。
「じゃあ、これやります私たち」
ジュリアが案内嬢に告げると、近くにいた連中から嘲笑が上がった。
「畏まりました。それでは申告手続きを致しますので、どうぞこちらへ」
案内嬢の言うまま、カウンター状の受付に通されてジュリアが申告手続きを済ませる。
こうして初仕事が決まった。
明日朝に町の西門に集合とのことだ。
要がすんだらとっととここを出よう。
いつまでもジロジロ見られながらあれこれ噂されるのは堪らない。
ジュリアに先を越されないよう、一番でスイングドアを通る。
続くジュリアも最後のロビィもドアにぶつかる事なくすんなり通りぬけたようだ。
くっそー、なんでオレだけ……。
「これで私たちは冒険者になったのですね」
「そうよ、3人とも冒険者よ!」
「まだ全然実感湧かないけどな」
冒険者組合の建物の外に出たオレたちは、互いの顔と出たばかりの建物を交互に見ながらそれぞれ感慨深げに立っていた。
そしてジュリアが次の指針を宣言した。
「そろそろ今日の宿を探さないとね」
「ごめんロビィ、またお金借りることになるけど」
「大丈夫です。お金はまだあります」
聞き込みの結果、この町に4軒あるらしい宿のうち下から2番目のリールズナブルなところに決定。
一番安い宿は窃盗が多発するらしいので論外。
一番高い宿は1泊2500ゼニーもするのでこれも論外。
2番目に高い宿とどっちにするか迷ったのだが、ロビィに悪いので安い方にした、という経緯。
近くに公衆浴場があったというのもポイント高し。
一旦宿にチェックインした後、3人で公衆浴場へ行った。
利用料は1人20ゼニー。
ホプス1杯と同じ価格ならまぁまぁリーズナブルだ。
まだ少し早い時間だったせいか、比較的空いていてオレたちの他には4人ほどしかいない。
ちなみに当然ながら女湯だからな。
この世界では基本的には公衆浴場を利用するのが一般的なのだ。
オットの家に浴室があったのはレアケースだったというのをジュリアから稽古の休憩時に聞いた時はびっくりした。
あれはオットが自分で作ったらしい。所謂DIYですか。すげぇなオット。
「あ……」
浴槽に浸かってふと横を見るとあの少女たちがいた。
確か名前はキャシーとフォスだったか。
「あ、あんたたちはあの時の」
ジュリアも気がついて声をかける。
「あの時はどうもありがとうございました」
この年長の方が確かキャシーだったか。
フォスの方はまたしてもロビィに釘付け。
そう、ロビィもさすがに風呂の中までフード被るわけにはいかないので耳は丸出しなのだ。
それもあって人の少ないこの時間に来たのもある。
少女たちの他2人はそこそこ高齢な御婦人なのでいい感じにスルーしてくれている。
「君たちはどこから来たの?」
ちょっと少女たちに聞いてみる。
「私はナーナン、フォスはシイラスからです」
それどこ? いや、聞いてから思ったんだがオレが地名を聞いてもわかるわけなかったんだよな、ははは。
「あんたたちユガから来たの? どうしてわざわざこんなところまで」
ジュリアは知っているらしい。
確かユガはゴルテリアの南にある自治区だったな。
それくらいならオレもなんとか知ってる(ジュリアから借りた本のおかげで)。
「私たち、ご奉公先へ行く途中なんです」
「ご奉公って、今の時代にまだそんなのあるの?」
「アスカ、ちょっと……」
ジュリアに肩を掴まれて少女たちと少し距離をとる。
「なんだよ急に」
「しっ、ちょっと声大きい」
あ、なに内緒の話なの?
小声で続けるジュリア。
「あの年齢の女の子の奉公って言ったら、裕福な家の使用人として売られたってことよ」
「えっ!?」
なに、こっちは人身売買オッケーなの?
どこのアジア裏組織だよそれ。
思わずまた声でかくなって、ジュリアにペチンと頭叩かれた。
「ってことは、一緒にいたあの男はブローカーってことか」
「なにそのブロなんとかって」
「ああいやこっちの話。仲買人なのか」
「そうなるわね。可哀相だけど、きっと親にはもうお金も渡っちゃってるだろうし」
「今更どうしようもないと?」
「彼女たちを買ってくれた人が善人である事を祈るわ」
「そんな……」
可哀相だけど仕方ない、というのがジュリアの考えらしい。
そもそも倫理的にそれがどうなのか、と思ってしまうのはオレがこの世界の人間ではないからなのだろう。
そこでふとロビィはどうなんだろうと思い、ロビィを探すと……。
洗い場で泡まみれになっていた。
「ロビィ、なにやってんの?」
「これは面白いですね。しゅわしゅわします」
やたらと泡立ちのいい石鹸だな(たぶん)。
ロビィがソープまみれじゃないか、ってこの表現の方がやべぇ。
よし!
「そうだ、背中流してやるよ」
「お願いします」
一瞬驚いたような表情をしたロビィだが、すぐに快諾。
極めて自然にスキンシップモードに移行完了だ。
「あ、じゃあ私はアスカの背中流してあげる」
なんだと!?
オレがロビィの背中を流して、オレの背中をジュリアが流すのか。
なんという美少女サンドイッチ!
ここでジュリアの背中をロビィが流せば美少女トライアングルが完成するのだが、まぁ贅沢は言うまい。
それに三角形じゃ横からになってうまく洗えないしな。
なによりきっとすげぇ邪魔になる。
こうして3人で泡まみれになって背中をゴシゴシ洗いっこした。
ジュリアの背中は結局ロビィの後にオレが洗ってやった。
必要以上に力を込めてな。
その直前、ジュリアがオレの背中を流している時にふざけて後ろから乳揉んできやがったからその仕返しだ。
本当はその勢いでオレがロビィの乳を揉むというストーリーもあったのだが、残念ながらロビィは超貧乳なのだ。
泡まみれの手で泡まみれの超貧乳に触ったらツルッと滑って転倒して頭でも打ちかねない。
そんな恥ずかしい醜態は晒したくないので断腸の思いで我慢した。
その分、ジュリアの背中を石鹸なしで赤くヒリヒリにしてやったという訳だ。
ちなみにキャシーとフォスも途中からお互い洗いっこをしていた。
少女の洗いっこもなかなかに微笑ましく絶景であったぞ。
尚詳しい描写は割愛する。
「じゃあな、気をつけて戻れよ」
「またね、キャシー。フォス」
「ありがとう、おねえちゃんたち」
「さようなら」
公衆浴場を出て少女2人と別れ、オレたちの宿『アルマンゾ』に戻った。
宿では1階が受付とロビー、そして食堂も併設されていた。
食堂といっても簡単な軽食メインで、ガッツリ食べたい時には向いていない。
とはいえ、今日のオレたちは遅くに昼を食べたので晩飯はここで軽く済ませることに。
部屋に戻ると、まだそれほど遅い時間でもないにも関わらず猛烈な眠気に襲われた。
ここまでの長旅の疲れが、お風呂と食事によって一気にきたのかもしれない。
そして何よりも文化的生活に戻れた安心感のせいあるのだろう。
だが、解決すべき問題がまだあった。
この部屋は本来2人部屋なのでベッドは2つしかない。
4人部屋だと料金が高くなるので主人に無理をいって3人泊まらせてもらう事にしたのだ。
従って誰かが床で寝るか、ベッドをひとつシェアする必要がある。
それをどうするか、まだ決めていないのだった。
「私は床でも大丈夫です」
「ダメよ、ここの宿泊費はロビィが出してくれてるのに!」
「だからジュリアが床で寝てくれ」
「私はリーダーよ。だからアスカが床で寝なさい」
「ジュリアの方が、こういうのは向いてるから。オレは繊細だから無理」
「は? なにそれ! アスカの話し方の方がガサツだわ」
「あ~はいはい、悪うござんした」
だんだんオレとアスカの口喧嘩になっていった。
「わかりました!」
突然ロビィが叫んだ。
なに、なにがわかったの?
「こうすればみんなで寝られます」
言うなり、2つのベッドをくっつけ始めた。
ああ、そうかそういうことか。
なんでこんな簡単なことに気がつかなかったのか。
眠くて思考能力が低下していたとしか思えん。
「ナイス、ロビィ」
「ロビィ賢~い」
ジュリアがロビィに抱きついてそのままベッドに倒れ込む。
「ちょっと苦しいですジュリア。離れてください」
いや、ジュリアはその程度じゃ離れてくれないよ。
まぁ頑張って。オレはこっちの端でひとり静かに寝るから。
オレはベッドに横になると、数秒で眠りに落ちた―――。
読んでいただきありがとうございます。
土日はちょっと所用で更新できませんでした。
しかも、なんだかまた長くなってしまい申し訳ありません。
これでもかなり削ったのですが、もうどこをどうしたらいいのかわからなくなったのでUPしちゃいます。
次回、ようやく冒険者になった3人の初仕事になります。
引き続き応援よろしくお願いします。




