(11)オレは森で狩りをする
トット村を後にしたオレとジュリアは特に何も考えず道なりに進んでいた。
徹夜での調査団救出活動から突然の裁判、地下牢で一晩明かした早朝に即追放の身となった境遇があまりにもスピード展開すぎて未だに頭が追いついていない状態なのかもしれない。
初めのうちは2人とも言葉少なだったが、だんだんと言葉を交わすようになった。
「アスカってさ、寝てる時鼾かくんだね」
「えっ!?」
ままま、マジですか?
え、それは牢屋でうとうとしてた時にってこと?
中身がオッサンだから仕方ないとは言え、この幼気な美少女にそんな醜態を晒させることなどあってはならん! 断じてならん!
「ウソよ、ウソ。冗談に決まってるじゃない」
あまりにオレが青ざめていたからかどうかは知らないが、慌てて否定するジュリア。
「ホントに? 実はオレに気を遣ってウソってことにしてくれたとかじゃなく?」
「……はぁ~。前から思ってたけどアスカって時々面倒臭いよね」
「面倒臭いってなんだよ」
「なんか卑屈な中年おじさんって感じ」
ギクリ!
めっちゃ当たってます。その通りですよジュリアの姐御。さすがですぜ。
「悪かったな、中年のオッサンで」
「ダメよ、18の若い女の子に手なんか出しちゃ」
「はいはい。せいぜい自粛するよ」
やはり10代女子との会話は苦手だ。
そもそも自分の声がオクターブ高い女子声であることにすら未だに慣れない。
遠い昔、声変わりした時の違和感に似てる気がする。
もしそうなら、そのうち気にならなくなる可能性が高いってことだよな、うん良かった。
「どうしたの?」
ジュリアが心配そうに顔を覗き込んでくる。
だから近いんだってば。
パーソナルスペース! ATフィールド!
「そう言えば、電撃の魔法のことなんだけど……」
オレがさらりと自然に話題を変えようとすると、ジュリアの顔色の方が一瞬のうちに変わった。
「それ今蒸し返す?」
「いや、あの時は助かったって話なんだけど」
「お礼ならもう言ってもらったわよ」
「ジュリアが魔法使えるなんて全然知らなかったよ」
「だから魔法の話はしないでって言ってるのに……。ホントしつこいおじさんみたい」
「ごめん……」
マジでへこむんでもうおじさん連呼するのやめてほしい。
でもジュリアにとっての魔法もそれと同じなのかもしれない。
よほどコンプレックスがあるのだろう。
それならそっとしておいてあげるのが大人の態度というものだ。
「私の方も聞きたいことがあるんだけど」
今度はジュリアが攻撃に転じる番?
「なに?」
「ミーナさんの戦技、いつ教えてもらったの?」
「ミーナさんの? ああ、神足のことか」
「そうそれ。急にアスカまで使いだしたからびっくりしたのよ」
「あれは別に習ったわけじゃなくて、ちょっと真似してみただけなんだ。だから全然ミーナさんのスピードには追いつけなかったし」
「あのねアスカ。知らないようだから教えておいてあげる。戦技っていうのはちょっと真似してみただけで出来るようなものじゃないのよ」
「あ、うん。ごめん」
「そこ謝るとこじゃないから」
「ははは……だよね」
オレのパーフェクト再現力についてはまだジュリアにも話していない。
でも、毎日オレに稽古をつけてくれてたジュリアなら何か気付いていてもおかしくはないと思う。
どうでもいいことにはガンガン突っ込んできても、大事な核心にはそう簡単に踏み込んでこないのがジュリアという人間なのだ。
それが優しさなのか、慎重さなのか、あるいはそれ以外の何かなのか―――。
「もうひとつあるんだけど、いい?」
今日のジュリアは欲しがりさんだなぁ。
「アスカはたぶん魔法の素質があると思う」
「えっ!?」
魔法の話はやめてって言ってたのに。
対象が自分じゃなければOKなのか?
「あの時、剣に属性付与の魔法かけてもらったでしょ?」
「うん。クェスさんに」
「属性付与の魔法って、時間と共に効果が薄れていくの。でもあの剣、結構長い時間効果が持続してたでしょ」
「そうかな? 長い短いの判断の基準がわからないからなぁ」
「私がアスカから剣を借りた時、だんだん効果が薄くなるのがわかったわ」
「そうなんだ? オレ全然気付かなかったよ。ジュリアの方がすごいじゃん」
「違うのよ。アスカが持っていると効果が落ちないのよ」
「そうなの?」
「属性付与された武器は、与えられた魔法の力だけじゃなくて使用する人間の魔法の力も効果に影響するのよ」
「へぇ~、そうなんだ」
オレのマヌケな返事がお気に召さなかったのか、だんだんジュリアがむきになってきた。
「ホント全然わかってないのね。そもそも剣があんな風に見た目や形まで変化すること自体普通じゃないのよ」
「えっ、そうなの?」
「そうなんです!!」
「ちょ、ちょっとジュリア落ち着いて」
「クェスさんだってびっくりしてたと思うわ。誰もがあんな風に使えるならもっと早くそうしてたはずでしょ」
「そう言われてみれば確かに」
「だからあの剣はアスカの中にある力によってあんな風に変化したと思うの。それってアスカに魔法の素質があるってことでしょ?」
「ど、どうだろう?」
急にそんなこと言われてもなぁ。
魔法なんて自分で使ったことないし、習ったことすらないわけで。
と、突然道の脇に見える休憩小屋から人影が現れた。
「よぉよぉジュリア。村を追い出されたってのに随分と元気じゃねぇか」
なんか聞き覚えのある声だが……。
「タモン! あんたこんな所でなにやってんの?」
ジュリアの険しい声で思い出した。
チコリに村を案内してもらった時に酒場の横で絡んできたヤツか!?
「なにってお前を待っててやったのさ。ちゃんと見送ってやろうと思ってな」
タモンと呼ばれた男はあの時のように腰に短剣を佩いていたが、厄介なことに右手に剣をもう1本持っていた。
一緒に出てきた2人もあの時の連れか?
こっちは顔まではよく覚えていないが、人数も合ってるしおそらくそうなのだろう。
その2人も既に剣を抜いている。
「へぇ。わざわざ村から離れた場所で待っててくれるなんてねぇ。あんたいつどうやって私たちのことを知ったの?」
ジュリアが疑問に思うのももっともだ。
オレたちは昨夜遅くに裁判にかけられ、早朝に刑が執行されたのだ。
一晩のうちにその情報を仕入れて先回りしてここで待ち伏せするなんて、不自然極まりない。
「いやなに簡単なことさ。ヨブ判事とはちょっとした知り合いでね」
なんだと!? あの判事か?
くっそー、いけすかないヤツだと思ってたが職業上の秘密すら守れない屑野郎だったとは……。
「なるほどね。下衆は下衆同士ってわけね」
ジュリアも煽る煽る。
「なんだと!? ジュリアてめぇいい気になりやがって! 警護隊じゃなくなったタダの女なんかもうメじゃねぇんだよ!!」
ホラすぐ本性出ちゃった。小悪党はこれだからなぁ。
「ふぅん、今までは警護隊の肩書が怖くてボクちゃん手が出せなかったのって自ら白状してくれたわけね。臆病者さん」
「んだとコラ! おい、やるぞ!」
子分共に命令するタモン。
若い女性相手に3人がかりとは立派だねぇ。
「ジュリア、2人は任せて」
「ありがと、アスカ」
そういうわけなので雑魚の始末はオレが担当しますよ。
手早く片付けて差し上げます。
なに、昨夜戦った魔物と比べたら笑っちゃうような相手だからなぁ。
オットから渡されたこの剣、早速振ってみようじゃないか。
あ、あくまで鞘に納めたまんまですよ。
じゃないと死んじゃうんで。
「おっと、そっちの姉ちゃんは動くんじゃ……」
ドガッ! バキッ!
タモンが何か言いかけてたが無視して雑魚は気絶させてやった。
結局声すら聞くことなく終わってしまった。
「……なッ―――――」
タモンが呆気にとられている隙にジュリアが攻撃開始。
「どこ見てんのよッ!」
だいぶ手加減したジュリアの踏み込みだったが、集中力に欠けたタモンには充分脅威だったようだ。
避けるのにバランスを崩してたたらを踏む。
ジュリアがタモンの足を払って尻餅をつかせると、すかさずその頭上に剣をピタリと据える。
「もうお終い?」
「こ、ここでオレに怪我なんかさせたら、お前の罪状が増えるだけだぞ」
うわぁ~、なんたる言い草。
「私もうトット村を追放された人間だから、関係ないんじゃない?」
「そっ、それは……人として、人間として倫理的に問題があるんじゃないのか?」
「ふぅ~ん、人として。倫理的に、ねぇ……」
お前がそれを言うか。
とんだ茶番だな。
「ジュリア、そんなヤツとっととブチのめしてやれば?」
「う~ん、そうしたいのはやまやまなんだけど、なんか後味悪くなるような気がして」
「もう充分悪いでしょ。っていうかそのまま帰した方が後味悪いし」
「やっぱそうかな」
慌てたタモンが早口で捲し立てる。
「おいおいおい、なに物騒な相談してるんだよ。もう勝負はついただろ? ほらオレの負けだ。見ろよ、な? な?」
こいつ自分で恥ずかしくないのか?
たまに会社でもこういう手の平クルクル人間いたけど、こいつらの頭の中どうなってるのかほんと謎だわ。
で、決まってこういう連中は自らを省みるというか客観的に見ることが出来ないんだよなぁ。
だから何度でもいつまでもクルックルクルックル手の平返しまくるという……。
そういや、オレが出世の道を断たれたのもクルックル野郎のせいだった気がする。
自分の部下がライバル派閥のスパイだったなんて知らなかったんだよ。
そういう可能性すら考えなかった自分のミスでもあるのだが。
あいつ、自分のボスに切られた後も平然とオレのところに来て自分は被害者アピールしてたもんなぁ。
オレが島流しされた時も、早速新しい上司に取り入ってオレのこと下げまくってたっけ。
ハッ! イヤな記憶のスパイラルに呑まれそうになるところだった!
「ジュリアがやらないならオレがやる」
剣の鞘を振り上げる。
「待ってアスカ! もういい。―――もういいよ」
タモンの顔に喜色が浮かぶ。
こいつマジでムカつくわ。
「一応言っとくけど、そういうのあんまり良くないよジュリア」
「どうして?」
「この手の人間は同じことを平気で繰り返す」
「そうなの?」
「だからとことん痛い目見せてやるのが正解だよ」
「じゃあ次はそうする」
「次からでいいんだ?」
「うん」
ジュリアがそう言うなら仕方ない。
だが、ここで油断して2人共背中を見せるなんてマヌケはしないぜ。
ちゃんと警戒体制のまま、距離をとるまで視界に入れながらその場を離れる。
案の定、10mも離れないうちにタモンは立ちあがって吠える。
「これで済んだと思うなよジュリア! オレは絶対許さねぇからな! 覚えてろよ!」
ハイ出ました『覚えてろよ』。
やられ雑魚のテンプレセリフ乙。
お前に二度と出番なんかあるかボケ。
「あんな事言ってるけど」
「放っときましょ」
もはや振り返りもせずに先へ進む。
念のため後ろの気配だけは注意しながら。
*****
「ジュリア、この道まっすぐ進むとどこに行くわけ?」
「ザンボッタス領のジンムって町まで、かな」
「それって遠いの?」
「1000km以上あると思う」
「ハイ無理~」
日本の本州を縦断するよりちょっと短いくらいか。
「ちなみに途中から西に行くとサッカールよ」
「え、サッカールってあの……」
「サッカリアの人たちの町」
「そうなんだ……サッカールかぁ」
「行く?」
「いや、今はやめとく。でもいつかは行ってみたいなぁ」
「そうだね。サッカールはいい町だっていうから私も行ってみたい」
ジュリアとサッカールへ、か……。
サッカリアのみんなとも再会できたら楽しいだろうなぁ。
でも当面の目標はそれじゃない。
「じゃあ、とりあえずどこ目指すの?」
「トット村の北にウルズスラって町があるけど……」
「そこまでどれくらい?」
「たぶん200kmくらいかなぁ」
「おお、それでも結構あるなぁ」
「南部は人の住んでいる場所が離れてるからね。ゴルテリア自体、そんなに人口が多いわけじゃないし」
「なるほど。じゃあとりあえずはウルズスラを目指すってことでいいのかな」
「構わないけど、道なりだと結構遠回りになるから森の中を行った方が近いかも」
「オレはそれでもいいけど」
「じゃあ決まり」
という経緯で整備された道を外れ森の中へ入ることになった。
美少女同士の野宿旅。
しかしその内面は美少女とオッサン。
何もない、何もないのだがむしろ何か少しくらいはあって欲しい。
もう少し夜が寒ければ2人で身を寄せ合って温め合う展開も望めたのかもしれないが。
日中はジュリアが警護隊で森の中を進む訓練をしていたというので、色々教わりながら進んだ。
日が昇る方向と沈む方向、夜は星の位置などを手掛かりにするそうだ。
慣れると感覚でだいたいの方角がわかるようになると言う。
そんなものなの?
追放初日はオットからもらった包み(中はサウラのパンと山羊チーズ)があったので良かったが、それ以降は自分たちで食糧を調達しなければならなかった。
食べられる植物や木の実なども採ったが、当然それだけでは足りないので狩りをする必要に迫られる。
何よりオレたちには金がない。
普通に道なりに進んでいてもいずれその問題に突き当たることになったのだ。
となれば狩りをして食べるのは当然の理。
この森(エミールの森というらしい)にはバニーニ(ほぼウサギ)とシルカ(ほぼシカ)がいたので、主にその2種類を狩りの対象にしてしっかり最後まで生きるために頂きました。
異世界でのジビエ料理最高!
オレはウサギ料理はちょっと臭みが苦手だったんだが、鹿は大好物だった。
いや、猪の方がもっと好きなんですけどね。
しかしこの世界のバニーニとシルカはどっちもクセがなくて非常に美味。
思わず調子に乗って燻製の作り方などをジュリアに伝授してえらく感心されてしまった。
燻製にすると携帯性が上がるし、何より日持ちがいいからね、うん。
エミールの森は豊かで動植物の種類も多く、逆に魔物は少なくて非常にいい環境だった。
もうかれこれ1週間はこの森を移動しながら生活している。
狩りは単なる食料調達の行為だけではなく、身体を動かすいい訓練にもなった。
実戦ともまた違うが獲物を狩るという行為が、感覚を研ぎ澄ませたり臨機応変に対応する術を自然と身につけるのに役立ったように思う。
何よりジュリアとの連携がより緊密に出来るようになった。
ウルズスラまで予定通りならあと2日ほど、となった日の夕方。
オレとジュリアはいつものように狩りの真っただ中、生後1年くらいのシルカを追って(シルカは足が速く、跳躍力も高い)岩場を進んでいた。
「ジュリア、そっちに行った」
「了解」
岩だらけの山の斜面を駆けあがっていくシルカを下手から追っていたオレは、山の上の方左手から追跡していたジュリアへ声をかける。
ただ殺すだけなら比較的容易なのだが、出来るだけ苦しませることなく一撃で仕留めることを狩りのルールとしていたため、そう簡単にはいかないのだった。
「もう一回下に行かせるから!」
ジュリアが上から追い立ててくれるということだ。
アアアアアアアアアッ!
叫んでいるのはジュリア。
ターザンみたいで最初は笑ってしまったのだが、こうやって大きな声で獲物を追いたてるのはこの辺りでは普通のことなのだそうだ。
よぉし、こっちに来い。来い!
斜面を再び下に下りはじめたシルカが、ある所ですっと姿を消した。
え!?
何が起きたのか一瞬わからなかったが、岩場の隙間か穴にでも逃げ込まれたのかと思い、慌てて姿の消えた辺りへ駆け寄る。
「アスカ! ダメ!」
ジュリアが叫んだ。
何がダメなんだ?
このままじゃシルカを見失ってしまうぞ?
もうすぐ目の前がシルカの消えたポイントなので、そのまま近づく―――と!
突然目の前から大きな影が飛び出してきてそのままこちらへ突っ込んできた。
「うわぁッ!」
思わず叫んで半身になる。
ザシュッ。
シャァァァァァァッ!
掠ったと思ったら胸元が斬り裂かれていた。
そのまま通り過ぎていく姿を見てビビる。
蛇だ!
巨大な蛇。映画のアナコンダ並みのデカさ。
よく見ると喉元の下あたりが大きく膨らんでいる。
まさか、オレたちのシルカを食いやがったのか!?
自分たちも捕って食おうとしていたのだが、そんなことは棚に上げて仲間を殺されたような気分になる。
「アスカ! 大丈夫!?」
「ああ、掠っただけだ」
毒は―――たぶんないだろう、大丈夫。
あったらもう効果が出始めてもおかしくない。
え……
膝ががくっと崩れる感覚。
マジで?
「アスカッ!!」
ジュリアがこちらへ駆け寄ってくる。
が、だんだんその姿がボヤけてくる―――もしかしてこれってやばい?
ジュリアに抱きかかえられた、らしい。
心配そうなジュリアの顔、泣きそう? いやもう泣いてる?
だがちょっと待て。
あの蛇、今そこでターンしてこっちに来ようとしてないか?
ジュリア、蛇だ。蛇の方に集中してくれ……。
その時、鋭い風切り音がしたかと思うと蛇が倒れるのが見えた。
何が起きたんだ?
「なに? 誰?」
ジュリアの声がする……。
「あなたたち、そこで何をしているのですか?」
気絶しかけている(たぶん)オレの耳にも心地よい、クリアで澄んだ声がした。
ジュリアの顔の更に上の方へ視線を向けると、斜面の上に人影。
輝く長い銀髪がそよ風のようにたなびき、鋭い碧眼と長弓に番えた矢がこちらを射竦める。
何か言わなくては、と思った瞬間意識が途切れた―――。
読んでいただきありがとうございます。
更新再開しました。
ここからアスカとジュリアの旅が始まります。
これからも引き続き応援よろしくお願いします。




