(10)オレは法廷で裁かれる
「それでは開廷する」
ジャ~ン。
小型のドラのようなものが打ち鳴らされる。
目の前の一番高い席に判事が座っている。
一段下の席に横一列で法廷審議委員と呼ばれる5人が並ぶ。
向かって右端奥の少し引っ込んだところにさっきのドラとそれを鳴らす人。
そしてオレはというと、もちろん被告席だ。
弁護人とか傍聴人とかいうものは存在しないらしい。
なんなら検察も原告も、それらしき人物が見当たらない。
どういう裁判だよ!
但し、オレの後方に席がひとつ設けられており、そこへ座っているのがジュリアだ。
オレの次の被告人らしい。
流れ作業乙。
あ、ちなみにオレの両隣りにはオットの家にやってきた2人が、ジュリアの隣にも男2人が立っている。
逃げようとしたら拘束するのが役目、なんだろうなたぶん。
しかし、メシも食ってないのに暗い中引っ立てられ、何の説明もなくここに立たされたわけだが……。
ジュリアともさっきここで初めて顔を合わせた。
お互い何が何やらといった状況のはず。
「被告人は名前を述べなさい」
判事が上から目線(実際高い所からしゃべっている)で言う。
「アスカ」
「ちゃんと姓と名を名乗りなさい」
「……アスカ」
ガンガンガンガン!
判事がイラついた様子で木槌をぶっ叩く。
叩き過ぎだろ。
「被告人は聞かれた事に答えなさい」
「答えてます」
「貴様、我が法廷を侮辱するつもりか?」
くっそ腹立つ。
侮辱する気は満々だが、こんな事で罪状が重くなっては割に合わない。
「アスカ・ラングレーです」
違うけどな(プッ)。
ハイ偽証罪成立。
「よろしい。以降は素直に答えるように」
御満悦の表情だ。
こいつはダメだな。
滲み出る人間性の下劣さが半端ない。
こんなのが判事とか、トット村終わってるな。
「被告人アスカ・ラングレーは警護隊隊舎より備品を許可なく持ち出し私的に使用した。被告人はこの事実を認めるか?」
は?
あの防具と剣の事を言ってるのか?
持ち出したのはオレじゃなくてジュリアなんだけど……。
「使用したのは事実ですが、あれには理由があって……」
ガンガンガンガン!
「被告人は聞かれた事にのみ答えるように」
あちゃー、やっぱり?
チラッとジュリアの方を見ると、ごめん!と言う表情で手を合わせていた。
許す。
っていうかそもそも責める気ゼロだ。
なんだか厄介な事になったな、ぐらいの認識だ。
「被告人は認めるか?」
「……………………」
どうしたものか。
肯定しても否定しても悪い方にしか転ばない気がする。
なら素直に従っておいて判事の心象を悪くしない方が、ジュリアの時に少しでも役に立つだろうか。
「被告人!!」
「……認めます」
「よろしいッ!」
その顔やめろ。
特にその鼻孔を広げてフンッとしたような仕草が一番目障りだ。
「では次に被告人の出自について問う。被告人は現在オット・バーミーの自宅に一時的に保護されているという事で間違いはないか」
「間違いありません」
「では被告人は本来の所属と住所を述べなさい」
ここでそう来るか。
いや、もっともな質問ではあるのだが……。
困ったな、どうする?
「申し訳ありませんがその質問にはお答えできません」
ガンガンガンガン!
「被告人は質問に答えなさい」
「判事、答えたくても答えられないのです」
ガンガンガンガン!
「被告人は当法廷を侮辱している! これは法廷侮辱罪に当たるぞ!」
ガンガンガンガン!
ガンガンガンガンガンガン!
どんだけ叩けば気が済むんだよ。
絶対DV気質だな、この判事。
「聞いてください判事。実は私はこの村にやってくる前までの記憶がないのです。ですからその質問には答……」
「記憶がない!? 記憶がないだと?」
話を最後まで聞けよ、判事だろ?
開廷して3分も経ってないと思うが、もううんざりしてきた。
「被告人は記憶がないと言っているが、先程は名を名乗り、こうして言葉も話しており、警護隊長の話では戦闘にも参加したそうではないか。記憶のない人間にどうしてそんな事が出来るのかね?」
「ですからそれは……」
「被告人は虚偽の証言により罪を逃れようとしている。自らの行いに対し反省の色が見られないと当法廷は判断せざるを得ない」
よくもまぁペラペラとしゃべる判事だ。
予め決められたセリフを練習してきたかのようだ。
最初っから出来レースだったって事か?
「もうひとつだけ確認する事がある。被告人はジュリア・ザナックを唆し、共謀して警護隊の備品を盗み出した上で村の領内で魔物狩りを行った。この事実に間違いはないか」
うーむ、ここは考えどころだな。
このままオレが肯定すればジュリアは主犯ではなく共犯者として罪が少しは軽くなるかもしれない。
ただ、よくわからないのは魔物を倒した云々が吉と出るか凶とでるか、だ。
まぁこの判事の表情からすると凶の可能性が限りなく高いわけだが……。
「はい判事。間違いございません」
後ろの方でジュリアが身じろぎする気配があった。
頼むからおとなしくしててくれ。
「よろしい。これより15分間の休廷とする!」
ガンガン!
判事と審議委員が扉から出ていく。
ふぅん、これから裏で判決と量刑を決めるわけか。
実質判事ひとりで全部決めるようなものだな。
そしてオレはこのまま放置プレイ。
隣に立つ2人も御苦労さまなこった。
「椅子とかないの?」
右隣の男に一応ダメもとで聞いてみる。
「…………」
無視かよ!
「15分も待たされるんなら、座りたいんだけど」
左隣の男にも聞いてみる。
「…………」
オレだってそうだよ的な顔で睨まれた。
あれか? もしかして被告人と私語を交わすのは禁止されているとかってヤツ?
仕事熱心だねぇ。
ジュリアが肩で笑っている。
いいよな、お前は座ってるんだから。
思ってたよりも早く連中は戻って来て再び審議が再開した。
「判決を申し渡す!」
ほら、やっぱり。
「被告人アスカ・ラングレーを追放の刑に処す。尚、追放期間は短くとも8年間とする」
追放の刑? 村から出ていけって事か?
重いのか軽いのかよくわからんが、命の危険まではなさそうだ。
その程度で済んで良かったと思う事にしよう。
「被告人は以下の罪により有罪とする。
ひとつ、身分を偽り人々を欺いた罪。
ひとつ、警護隊備品盗難教唆及び実行の罪。
ひとつ、盗難品使用の罪。
ひとつ、村の近郊における私的な魔物狩りの罪。
ひとつ、当法廷における偽証の罪。
以上!」
なんだか色々と納得がいかないが、もう面倒臭いからそのままにしとくわ。
法廷侮辱罪が適用されてないのが不思議だったが、あの判事の中では仏心という事になってそうで怖い。
「本件はこれにて閉廷。被告人は退廷しなさい。次の被告人を前へ!」
ようやく終わった。
男たちに両腕を掴まれて引っ立てられる。
正面からジュリアが同じ恰好でやってくる。
すれ違い際、ジュリアにウインクすると不敵に笑い返してきた。
なんだかイヤな予感がする―――。
オレたちが法廷を出てドアが閉まると同時に中から判事の声がした。
「それでは開廷する」
ジャ~ン。
*****
地下牢で夜明かし。
徹夜で調査団を助けに行き、魔物と戦った見返りとしては何ともしょっぱい報酬だ。
法廷から戻ったジュリアと同じ牢だったので、どんな様子だったか聞いてみたのだが……。
「バッカじゃないのあの判事! 最初からこっちの話なんかこれっぽっちも聞く気ないのよ! だいたい調査団を助けにいった事はどうなったのよ!? 罪は罪として仕方ないとしても、善い行いと相殺って事にはならないの? この村の裁判があんなだったなんて、信じられないッ! こんなの絶対おかしいわ! 納得できないッ!」
と、一気に捲し立てたのだった。
さすがはジュリア。
「で、判決はどうなったの?」
「有罪で追放5年の刑よ」
「なんだ、オレより軽いじゃないか。良かったな」
「ぜんっぜん良くない!」
まだまだ怒りのマグマが煮えたぎっているようだ。
「っていうかアスカ! なんであんたが主犯になってんのよ!」
「まぁいいじゃん。どっちでも」
「よくないわよ! 備品については全部私が悪いのに……」
「あんな滅茶苦茶な裁判でそんな細かいところに拘ったって仕方ないって。それよりちょっと聞きたいんだけど、追放の刑って重い方なの?」
「重いわよ。死刑の次に重い刑よ」
「死刑もあるんだ」
「あるけど、よほどの事がない限りは死刑になんてならないわ」
「牢屋に禁固何年、とかいうのはないの?」
「それもよほどの時だけね。追放するにはデメリットが大きい場合とか。この牢の数見てよ。有罪になった人を片っぱしから牢屋に入れたりしたら、あっという間に満員になっちゃうわ」
確かに牢の数は全部で5つほど。
1つの牢の広さは様々だが、一番広い牢でも5、6人入るかってとこだ。
オレたちが入っているのは2人用? 無理すれば3人入れる2畳ぐらいの牢だ。
全ての牢に囚人を入れるとなると20人がギリギリ限界だろう。
「それでオレたち、いつ追い出されるのかな?」
ちょっと気になったので聞いてみた。
「今日よ」
「えっ!?」
今日なの? もう? 早速?
はえーよ、早すぎるだろそれ。
せめてオットとチコリにお礼と謝罪をしたいんだけど、それじゃ無理だろうなぁ。
「ジュリアは平気なの?」
「何が?」
「今日村を追放になっても」
「別に。もうどうしようもないみたいだし。アスカも一緒だから平気よ」
え、今何て言った?
「オレとジュリアって一緒に行ってもいいの?」
「違うの? だって2人とも追放でしょ?」
「そうだけど、なんかそれだと2人で仲良く長期旅行に出かけるみたいじゃない?」
「それもそっか……。でも別々に出たって後から合流すれば同じ事よ。だって村を出てからの事までずっと監視されるわけじゃないでしょ」
「それはそうだろうけど……」
モノは考えよう、だったな。
どの道オレはこの先ずっと村にいるわけにもいかなかっただろうし、いつか出ていくならそれが今日でも別に構わない……か。
ジュリアと一緒に、どこへ行こうか。
*****
おそらくはまだ早いであろう時間に朝食が支給され(堅いパンと水みたいなスープだけだったが)、食べ終わった辺りで門番がやって来て外に連れ出された。
うーん、シャバの空気はうまいなぁ。
などと感慨に浸っていると、ジュリアが肩をトントンと叩いて来る。
「アスカ、あれ見て!」
ジュリアの指す方を見ると―――おおッ! すごいギャラリーの数!
追放になる美少女2人をひと目見ようとやって来た野次馬、かどうかは知らないが20~30人は人が集まっているように思われる。
「派手に送別会でもやってくれるのかな」
まぁ違うだろうが。
野次馬の中からゴツイ姿がひとつこちらへやって来た。
「お父さん!」
ガラドか。
「ジュリア、アスカ君。こんな事になってしまって本当に申し訳ない」
「いえ、どうか頭を上げてください。あの後、特に問題はありませんでしたか?」
ひとりだけ先に帰宅させられた身なので一応聞いておく。
「ああ。怪我人も皆、大事には至らなかったようだ。魔物もあれ以来姿を見せていない」
「そうですか。良かった」
「お父さんは大丈夫なの? 怪我してたじゃない」
ジュリアはそれが一番の心配事だったらしい。
「あんなものは怪我のうちに入らん。飯食って寝てれば治る」
「そんな事言ってないでちゃんと治療して。もう年なんだから」
「お前は人を年寄り扱いするのかッ!?」
あの武骨そうな隊長も娘とはこんな風に会話するんだなぁ。
すると後ろからオレを呼ぶ声が……。
「アスカおねえちゃ~~~~ん!」
振り返るとチコリがてってけ走ってくる。
その後ろにオットやサウラの顔も見えた。
わざわざ早起きして来てくれたのか。
「うわ~ん!」
チコリが腰の辺りに抱きついてくる。
こんな風にされるのもこれで最後か……。
「アスカおねえちゃん村を出て行っちゃうの? イヤだよ。 チコリを置いていかないで~!」
泣き叫ぶチコリ。
オットに何と言って聞かされたのだろうか。
「ごめん。ごめんねチコリ」
やばい、なんかこっちまで悲しくなってきた。
「やだやだやだやだ~ッ」
チコリはひたすらダダをこねている。
参ったなぁ。
こちらの様子を察してくれたのか、オットとサウラが近くへ来てくれた。
「チコリ、泣くのはよすんだ。ちゃんとお別れをしなさい」
「だって……ひぐっ、だってぇ~」
オットが言ってもダメか。
サウラはただじっと見守っている。
「チコリ、泣き虫には剣の稽古はしてやれないなぁ」
ジュリアがチコリの頭に手を置いてしゃがむ。
「うぅっ、ジュリアも行っちゃうの?」
「うん。でも5年したら戻ってくるから」
「5年ってどのくらい?」
「5年は5年だよ。チコリが5才だから、今年産まれた赤ちゃんがチコリと同じくらいになるまで、かな」
「…………っく……」
しゃくりあげながらも何か考えている風のチコリ。
「アスカおねえちゃんも一緒に帰ってくる?」
こちらを見上げて言うチコリ。
あ、子供の目線。
オレもしゃがんでチコリの顔をちゃんと見る。
「オレはもうちょっと時間がかかるんだ。先に帰るジュリアと一緒に待っててよ」
「ほら、その頃には剣の稽古も出来るだろうから、強くなってアスカを出迎えようチコリ」
「……チコリも強くなれる?」
「もちろん!」
ジュリアがポジティブイメージをどんどんチコリに刷り込む。
上手いなぁ。
ジュリアってば、いい上司になれるよ。
「アスカおねえちゃん、絶対また村に戻ってくる?」
「うん、チコリと約束する」
指きりという風習はこの世界にはあるのだろうか?
「チコリ、右手の小指を出して」
「……こう?」
恐る恐る立てたチコリの小指に、オレの小指を絡ませる。
指きりげんまんの歌を歌うのは恥ずかしいから、これで許して。
「オレとチコリの約束だ。これは約束のおまじない」
「おまじない?」
「約束を破ったら罰が当たるんだ。だから約束を破らないようにって」
「……うん、おまじない!」
軽く上下に振って指を放す。
ジュリアが不思議そうに見ているが、まぁ後で説明する時間はたっぷりある。
「ジュリアも!」
何だかわからないなりにチコリと指きりをするジュリア。
「約束したからね!」
チコリの涙はもう乾いていた。
「アスカさん、これを……」
サウラが衣類のようなものを両手で差し出す。
「これはお前さんが倒れていた時に着てたものなんだ。ボロボロだったもんで、サウラに縫い直してもらったんだが」
「あまり上手く直せなくて、ごめんなさい」
こうして並ぶと兄妹というのも頷ける。
サウラから受け取ったのは風避けのある黒いマントだった。
手にとって触れてみても何も思い出せない。
「それからこれはあの時、お前さんの近くに落ちていたものだ。たぶんお前さんのだと思う」
立派な鞘に納まった剣を受け取る。
こんなものがあったなんて、オット全然言ってくれなかったじゃないか。
それにしても、やはりこれにも見覚えがない……。
「見ず知らずの私なんかに親切にしていただき、本当にありがとうございます。この御恩は忘れません」
頭を下げて2人の今後に幸多かれと祈る。
オレの方は、気懸りだったお礼をこうしてちゃんと言えただけで充分。
「達者でな。これ、途中で食べなさい」
オットが何か温かい包みを持たせてくれた。
何から何までほんと、ありがとう。
「道中、気をつけてね」
サウラも、短い間でしたが本当にお世話になりました。
「チコリも、本当にありがとう」
「アスカおねえちゃん、元気でね。」
小さな手と握手を交わす。
ジュリアも続けてチコリと握手。
「これより刑の執行を行う」
その声は―――やはりお前か、クソ判事。
ジャ~ン。
またあのドラ。外まで持ち出したのか。
なに、これでもう出て行けって事なの?
誰かちゃんと段取り説明しといてくれないと!
「途中までご案内します」
声をかけて来たのは警護隊副隊長のネイサンだった。
「副隊長……よろしくお願いします」
ジュリアが本当に恐縮している。
「わざわざすみません」
確かに警護隊に案内してもらうなんて畏れ多いな。
こうしてオット、サウラ、チコリ、ガラド、そしてその他野次馬に見送られながら刑が執行された。
ネイサンとヘリオスの先導で村の門に差し掛かると、門の右に警護隊が整列していた。
ロイド、ポックにパックの顔もある。
するとネイサンとヘリオスもその列の横に並び……
「全員、敬礼ッ!」
ネイサンの合図で一斉に敬礼のポーズをとる。
うおお、なんか感動する。
一緒に戦ったって事で敬意を表してくれているのだろうか。
それとも隊長の娘であるジュリアに対して?
ま、どっちでもいっか。
ひとりだけ視線が怖い人がいるんだが―――ああ、ティックか。めっちゃジュリアの方睨んでるじゃん。こっわ。
ジュリアと目配せして、ここからは2人だけで門を抜ける。
門の外側にサッカリアの4人がいた。
ミーナが手を振ってくる。
クェスは頭を下げている。
ベスは利き腕ではない左で例の人差し指中指のポーズ。
ボスは微動だにしない。
言葉は交わさずとも、気持ちだけで充分。
―――ありがとう。
こうしてオレとジュリアは村を追放された。
一度も振り返る事なく村を後にする。
これから何処へ行くのか。
何が待っているのか。
何もかもが不透明で未知数だが、幸いにもオレは一人じゃない。
今はただジュリアと共に前に進もう。
二人の未来のために―――。
――――― 序章・完 ―――――
読んでいただきありがとうございます。
今回で序章完結となります。
これから先は旅をしながらのエピソードになる予定です。
男子禁制ギルド結成まで先は長そうなので、ちょっとタイトル考え直すかもしれません。
次章以降のプロットを考えるため少しお時間をいただくかもしれませんが、引き続き応援していただけると嬉しいです。




