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(1)オレは美少女になる

 オレ、48歳独身サラリーマン。


 会社では十数年前に出世コースから完全にドロップアウト。

 部長とは名ばかりの閑職に追いやられて早5年。

 昔風の言い方をするなら、いわゆる窓際族というヤツだ。


 部下もおらず(部長なのに)、仕事もたまに書類が回ってくるだけ。

 初めのうちこそ、腐ってても仕方がないと一生懸命自分で仕事を探し、企画書や提案書を作成して上にあげたが全てその場で却下され、ゴミ箱に捨てられた。


 今では一日のほとんどをネットサーフィンして過ごすという、完全な給料泥棒と化している。

 もはや退職勧告待ったなしの状態だ。


 プライベートも特筆すべき事は何もない。


 築25年の1LDKの賃貸マンションに独り暮らし。

 クローゼットにはスーツが4着、礼服が1着、白のワイシャツが7着でうち半袖が3着。家具も必要最低限。

 元々狭い部屋なので気にならないが、引っ越しする時はさぞかし楽だろうと思う。


 社会人になってから楽しかった事と言えばただひとつだけ。


 20代後半に初めて出来た彼女と約2年ほど、ここで同棲していた事がある。


 2歳下の彼女とは学生時代のつての合コンで知り合った。

 美人とまでは言わないが小柄で明るく世話好きな女性で、自分にはもったいないぐらいだった。


 付き合って半年で同棲開始。

 お互い働いていたのですれ違いなどもあったが、あの時は確かに二人の未来がそこにあると感じていた。


 それがあっけなく終わったのは29歳の春。


 そろそろ結婚も視野に入れていたオレたちは、お互いの親への挨拶の日程などを調整していたのだが、そんな時期に彼女が妊娠している事がわかった。

 順番が逆になってしまったのは申し訳ないと思ったが、オレたちの子供が生まれてくる、というその事実がただただ嬉しく誇らしい気持ちだった。

 子供の名前の候補を考えたりしながら浮かれたような日々を送っていたオレに、現実は厳しかった。


 会社に病院から電話があった時、確かにオレ自身が出て話を聞いたはずなのだが、オレにはその日の記憶が全くない。

 記憶がないから説明もできないのだが、とにかく彼女は流産して子供はいなくなった。


 責任を感じた彼女はおれと別れて実家に帰り、その後一切連絡が取れなくなった。


 オレは鬱状態になっていたらしく、母親が実家から出てきて病院に通わせたり食事や身の回りの世話を焼いてくれたのだが、オレが回復するのとほぼ同時にガンで亡くなった。


 その時オレは30を過ぎていた。


 そこからはもう何もかもが右肩下がり。

 わざわざ書くほどの事もないようなつまらない人生。


 敢えていうなら、もう十分過ぎるほど辛酸を舐めてきたのだからこれから先は並大抵の事では驚かないだろうという根拠のない自信だけはあった。



 だが、どうやらオレはまだまだ甘かった……。

 運命の女神様は、この程度でオレを楽にしてやる気などさらさらなかったのだ。


 いつものように帰宅していつものようにコンビニ弁当を食べ、いつものように風呂に入っていつものように寝た―――

 はずなのにどうしてこうなった!!??



*****



 ―――誰かに呼ばれた気がして目がさめると、見慣れない天井があった。

 ん? 確かに昨日はうちに帰って寝たはずなんだが……。


「おとうさん、 おねえちゃんが起きたよ!」


 遠くで声がする。

 子供の声?


 バタバタドタドタと足音が近づいてきて扉が開く。


「おお、嬢ちゃん! 良かったなぁ無事で」


 ヒゲもじゃのオッサン? やけに体がデカいなぁ。

 ―――と、その後ろから小さい人影、女の子か。


 この人たちは誰だという思いと、ここはどこなんだという思いがぐるぐる頭の中でループする中、他にもちょっと心にひっかかるモノがある。

 なんだこの違和感は?


「大丈夫? おねえちゃん」


 女の子が心配そうにこちらを伺っている。


 いや待て、待てよ。

 おねえちゃん、と今言ったのか?


 慌てて周囲を見回すが、この部屋にいるのはベッドの上に体を起こしたオレだけ。

 唯一の出入り口の扉のところにはオッサンと女の子。


「どうした、嬢ちゃん。探しものか」


 オッサンこそどうしたんだよ、オレは男だ。


「ここは、どこですか」


 オレの第一声、まずはそれを聞こう。

 話はそれからだ。


「ここはね、チコリのおうち」

「こらチコリ、それじゃわからんだろう」


 オッサンありがとう、その通りだ。


「ここはトット村、ゴルテリアの南にある小さな村だ」


 トットにゴルテリア? なんだそれ?


「お前さんは一昨日の夜に西の森で生き倒れになっていたのを、たまたま通りかかったワシが見つけてうちへ運んだんだ」

「そう……でしたか。ご迷惑をおかけしました。助けていただいてありがとうございます」


 頭は下げたが、絶賛大混乱中だ。

 そして、頭を下げた時に気がついたことがある。


 胸が腫れている? 邪魔だ。

 そして髪が……長いだと?


 どういう事だ!?


 垂れてきた黒髪に触れる……確かにこれは自分の髪らしい。

 白髪の交じったくせっ毛ではなく、黒髪ストレートのロングだが。



 次に両手で胸をまさぐる。


「うおっ!!!!」

「のわっ!?」

「きゃっ!」


 三人が微妙な時間差で奇声をあげた。


 胸がやわらかい。

 そして気持ちがいい。

 おそらくは寝巻きと思われるシャツ一枚を隔てた感触だが、まぎれもなくこれは本物、且つDカップ以上はある……。


 改めて自分の手を見る。

 ひっくり返しつつまじまじと見る。

 白くて細い。

 俗に言う白魚のような指というヤツだな。


 ―――むぅ、ここまで来たらアレか。

 やはりアレを確認しないわけにはいかないではないか。

 アレと言ったらアレに決まっている。


 が、ここは他人の目がある。

 今この場で確認するのはよろしくない。

 確認だけならいつでも出来るのだから、そいつは人払いしてからでオッケー牧場。


 扉の方を見ると、二人は半分扉の後ろに隠れるようにして恐る恐るこちらを伺っている。


「すみません大きな声を出して……」


 再度謝罪して、にっこり笑顔を作って見せるとようやく安心した様子で部屋に入ってくる。


「そ、そうかそうか。突然知らない家で目覚めたらそりゃびっくりもするってもんだ。なぁチコリ」

「うん。おねえちゃん安心して。ここは安全だよ」


 女の子はチコリという名前なのか。

 見た目は5、6歳といったところだな。

 ハイジのような服を着ている。


「ありがとう、チコリちゃん。おじさんも」


 再度頭を下げる。

 やはり胸が邪魔だし、髪もいちいち視界に入ってきてウザい。

 一瞬またぼんやりしてしまった。


「おっと、そうだ。スープがあるから飲みなさい。チコリ!」

「はーい」


 チコリが奥へ走って行く。

 何のスープだろうとぼんやり考えつつ眺めていると、


「お嬢ちゃんはその前に風呂でも入ってきたらどうだ。サッパリするぞ」

「はい、ありがとうございます」


 よおし、風呂か。風呂だな。

 オッサンもまさか風呂にまでは入ってこないだろうからな。

 確認してやろうじゃないの。

 オレが男なのか、女なのか!



*****



 オッサンに案内された風呂場は狭いながらも、木の浴槽にかけ流しのお湯が張られていた。


「この村は温泉が湧いてるんだ。どうだ、贅沢な風呂だろ?」


 確かに贅沢だ。

 だがそろそろオッサンには出て行って欲しい。

 ちょっと困り顔でオッサンの方を上目使いに見てみた。


「おっと、すまんすまん。それじゃどうぞごゆっくり」


 オッサンは顔を赤くして出て行った。

 かわいいじゃないか、オッサン。



 よし、ここからはオレのターンだ。

 寝ていた部屋からの移動中にうっすらと感じてはいたが、大事なオレのアレがあるべきところにある気配が全くしない。


 寝巻きの上から抑えてみる―――――ですよね。


 やっぱりか。


 ない!

 あるはずのものがない!


 オレのアレが、アレのオレがない!!



 落ち着け、冷静になるんだ。

 これは夢か、夢なのか?


 いや夢じゃなかった場合の可能性も考えるんだ。


 そ、そうか。

 入れ替わりって事も考えられるぞ。

 あの男女がぶつかって階段から一緒に転げ落ちたら心が入れ替わってしまったっていうヤツ。


 まぁオレは誰ともぶつかってないし、転げ落ちてもないんだが。

 強いて言うなら人生をだいぶ前に派手に転がり落ちたっきり、底の方でひっそり暮らしてただけだ。


 いや待てよ。

 寝て起きたら入れ替わってるアニメもあったな。

 あれは時空を超えて男女が入れ替わっていたじゃないか。

 まさに今この状況にピタリ当てはまらない事もない。


 となると、この女の子の中身の方はあっちの世界のオッサンのオレの体に行っちまってるっていうのか?


 おいおい、それは悲惨すぎるぞ。

 ないものがあるってことじゃないか。

 しかもやたら年取ってるし、浦島太郎状態だろ。


 申し訳ない、見ず知らずの女の子。

 せめて、せめてオレはキミの体を大切に扱います。

 あと、出来るだけ大事なところは見ないようにします。

 胸もむやみに揉んだりしません。

 だから早まって自殺なんて事だけは絶対にしないでくださいッ!


 今すぐ戻りたいってほどでもないけど、戻れないのが確定するのは避けたい。


 だが、オレの体に入った女の子の今後に希望など微塵もない事だけはよくわかる。

 どうか、どうか入れ替わりではありませんように。



 と、風呂場の片隅で両手を合わせて祈る。


 そして出来るだけ体を見ないようにしながら、寝巻きを脱いで体を流し湯船につかる。


 あ~~~~極楽極楽。

 気持ちいいッ。


 ちょっと整理しよう。


 ここはゴルテリアというおそらく国の南の方にあるトット村という場所。

 オレは西の森、とかいう場所で倒れているのをオッサンに見つけてもらってここへ運ばれた。

 あの女の子はチコリちゃんで、オッサンは父親。

 トット村には温泉が湧いている。


 今のところ情報はこれだけか……少なッ!


 あれだよな、オレは詳しくは知らないんだが、アニメやラノベなんかで流行っている異世界モノっていうヤツなんじゃないの?

 異世界転生?

 このオレが?


 何の冗談だよって感じだが、この状況じゃなぁ……。


 オレはどうやら女になった。

 男だが、女だ。


 しかもこの体は若い。

 よくわからんけど、おそらく10代じゃないかなぁ。

 なんていうかツヤツヤピチピチしている。

 

 ハッ! そうだ、顔!

 自分の顔まだ見てないぞ!!


 部屋にも風呂の前にも鏡が見当たらなかったなぁ。

 この世界にはもしかして鏡が存在しないのか?

 いや、たまたまって事も考えられる。

 

 何か、顔が映るものはないかと風呂場の中をあちこち見まわす。

 

 あったよ手鏡みたいなものが。

 

 さて、いよいよ異世界のオレとご対面~。

 

 ……か、かわいい。 マジでかわいいぞッ!

 

 前髪パッツン黒髪ロングストレート。

 瞳がやや青味がかっているのが印象的だ。

 そのせいか目元が涼しげでミステリアスに見える。

 鼻筋もすっと通っていてちょっとハーフっぽい?

 なんのハーフだよ。

 きれいな卵型の頭。

 耳の形もきれだが、若干横に開いているのは実際のオレと似てる。

 まぁオレのは福耳だから全然形は違うのだが。

 口元も上品かつエロティック。

 思わず人差し指で触れてみる……ぷるるんっ。

 コラーゲンたっぷりですねわかります。

 

 しばし見とれた後、横顔や斜めの角度などもじっくり検証する。

 

 結論。非の打ちどころのない完全無欠の美少女です!

 

 一体何者なんだよ、キミは……。


 あ、名前!


 そうだよ、名前どうすんの?

 まさか中井繁敏(なかいしげとし)(本名だ)なんて名乗るわけにもいかないしなぁ。


 10代の女の子の名前……美少女キャラ……アスカ、レイ 

 ってそれじゃエヴァだろ。


 いや、でもこの世界じゃ誰も知らないか。

 なんとなく和風だし、アスカって事にする?

 印象はレイの方が近いが、ここは敢えてアスカで!

 

 漢字はどう……って、そうだ! 言葉! 字!


 この世界の言語ってなに?


 オレ、普通に会話成立してたよね、さっき。

 字もあるんだろうけど、読めるんだろうか。

 この子の記憶がそういう部分は活かせてるって事なのか?


 まぁいっか。

 通じてるんだし。

 字は必要になった時考えよう。



 オレの名はアスカ。


 超絶美少女だが、中身はオッサンだ!

 ハハハハハ……。


 ―――こうしてオレの異世界ライフが始まった。

読んでいただきありがとうございます。

拙い文章で恐縮ですが、もし興味を持っていただけたなら今後とも応援していただけると嬉しいです。

よろしくお願いいたします。

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