第5話 【月光】
「シオリ、もういいよ・・・もう十分だ。」
「ダメ、良くない。このままでは、みんなが死ぬ。」
そこはオシリスの艦内なのだろうか。
シオリはユウキと会話する自分の姿を第三者のように上から眺めていた。
「他に方法は無い。ユウキ、あなたなら分かるはず。」
「だけど・・・だけど・・・」
「もうこれを止められるのは私しかいない・・・いつかこんな日が来るんじゃないかと思っていた。さようなら、ユウキ。私はみんなを護りたい。」
「シオリ・・・」
「ユウキ、泣かないで。ユウキはずっと私を守ってくれた。」
シオリは無理やり笑顔を作る。
反対にユウキの顔が悲しみに歪み、イメージはそこで唐突に途切れる。
これでもう何度目だろうか、シオリはこのイメージが何を意味するのか分からないでいた。
それは遥か先の事のようにも思えるし、すぐ近くの事のようにも思えた。
時間の感覚は曖昧であるにもかかわらず、イメージそのものには現実感があり、シオリはそれを単なる妄想の産物と片付ける事が出来なかった。
そしていつもならそこで終わるはずのイメージが、その日は違っていた。
次に現れたのは自分と姿形がそっくりの少女である。
「あなたは誰?」
シオリの問いかけに少女は答える。
「私はあなた。あなたの運命を告げる者。」
「さっきの夢を見せたのは、あなたなの?」
「あれは夢じゃない、『交流』という名前の魔法。『交流』こそがあなたの本当の能力。あなたが潜水艦と『交流』すれば『魔力航行』になり、時間と『交流』すれば過去や未来を見る事さえ可能になる。」
「あれが私の未来・・・?」
「あれも一つの未来。このままであれば、こうなるという未来。見せられたのではない。あなたが自分の能力を使って見ただけ。あなたは本当の力に目覚めようとしている。そう、あなたはまだ、自分の能力のほんの一部しか使っていない。」
「こうして話をする事も『交流』なの?」
「そう。『交流』は魔法の根源に最も近い能力。『魔力航行』は『交流』の一つの表れでしかない。それなのにあなたの周りの人は、『表れ』を本物だと勘違いしている。あなたの本当の能力について、彼らはまるで理解していない。」
「・・・・・・」
「今日、私はあなたに知らせに来た。この幸せは束の間に過ぎない。」
「束の間・・・」
「あなたはこれからもユウキと一緒に戦いたいと願っている。でも、あなたの願いは結局かなわない。」
「どうして?」
「もうすぐ分かる。あなたはどちらかを選択する事になる。自分の幸せか世界の運命かを。」
「ユウキは約束してくれた。いつも一緒だと。」
「その約束は守られない。既に『もう一人』は目覚めてしまった。時は止められないし、起こるべきものは起こる。今の日常はあなたにとって、一時の夢、一時の幸せ。」
そう言うと少女は姿を消した。
イメージは今度こそ終わり、現実の世界へと戻っていく。
シオリが時計を見ると、時刻は午前3時を指していた。
部屋は静まり返り、物音一つしない。
大きく深呼吸したシオリは寝る事を諦め、ゆっくりとベッドから起き上がる。
そして彼女はカーテンを開けると、窓から空を見上げる。
夜空には雲一つなく、満月が輝いていた。
月明かりに照らされたベッドルームで、シオリは自らの運命を想う。
自分の本当の能力に、さほどの興味は無い。
ただ、ユウキと一緒にいられれば幸せだった。
『この幸せは束の間に過ぎない。』
運命を告げに来た少女の言葉がよみがえり、シオリの心に影を落とす。
それがいつかは分からない。
ただ、今の幸せを終わらせる何かが始まろうとしている。
ユウキとの別れは避けられない運命なのだろうか?
その時私は、何を選ぶのか?
夜はもうすぐ明けようとしていた。
今回のサブタイトルはベートーヴェンのピアノソナタ第14番から頂いています。
ベートーヴェンのピアノソナタの中で、最も有名な曲と言ってもいいかもしれません。
シオリが現実の世界に戻ったシーンから、この曲が流れているイメージで書き進めました。
次回は舞台が一転、帝国の首都・北京になります。
帝国内部の権力図が書き換わります。
お楽しみに。




