第4話 【李美帆】
「李美帆?」
「はい。」
「その少女が世界の歴史を変える程の魔法遣いだというのか?」
「それにつきましては言葉で説明する前に、こちらの映像をご覧ください。」
その男は持参したノートパソコンの画面を林副主席に見える様に置くと、動画を再生する。
画面に表示されたのは、一人の少女が自動車を「運転」している映像だった。
運転席に座った少女はハンドルを握っておらず、アクセルにも触れていない。
にもかかわらず、彼女が乗った自動車は周回路をスムーズに走行している。
ただはっきり言えば地味な映像である。
その証拠に映像を見せられた林副主席の反応は芳しいものではなかった。
林副主席にとって、この手の売り込みは決して珍しくはない。
さして重要ではない魔法を「将来性がある」などと言って、政府や軍から予算を引き出そうとする輩は、どこの世界にも存在する。
「このような事が普通の人間に出来ないのは分かる。だがこれがそんなに凄い魔法なのか?自動運転ならわざわざ魔法を使わなくても実用化しつつあるではないか。」
「彼女が『運転』できるのは自動車だけではありません。船や小型飛行機を魔法で自由に操れる事は確認済みです。そして恐らくは空母やミサイルでさえも・・・」
「試したのか!?」
説明を遮る勢いで発された林副主席の質問に対し、男は丁寧に答えを返す。
「いえ、現在の研究所の権限と予算ではそのような実験は不可能です。しかし今までの実験結果から見て、成功する確率は相当高いと予想されます。」
「・・・・・・」
林副主席は、この魔法の持つ潜在力を早くも理解する。
「・・・良く知らせてくれた。だが私は党の執行部の一員とは言え、副主席に就任したばかりの末席に過ぎない。何故これほど重要な情報を私に話すのだ?売り込む先を間違えているのではないか?」
「いいえ、間違えてなどおりません。林副主席、あなたがこの魔法を見たのは今回が初めてのはずです。」
「無論、その通りだ。」
「初見であるにもかかわらず、あなたは今『これほど重要な情報』と言われました。つまりこの魔法の真価を僅か数分で見抜かれたという事になります。これこそが私の判断の正しさを証明しています。申し訳ないが他の方では、いくら説明してもこの魔法の価値を正確に理解して頂く事は難しいでしょう。それ以前に今の私の立場では党の執行部メンバーに面会する事すら困難です。国内外の情報収集が担当であるあなたなら私と面会して頂けると思いました。」
「分かった。お前は李美帆の魔法指導教官と言ったな。それでお前が欲しい見返りは何だ?」
「まず、先程申し上げたような本格的な実験を行うための予算の大幅な増額です。次に人事です。私を研究所のトップにして頂きたい。たとえ私の実験が成果を上げたとしても、今の立場では、その成果を所長に横取りされるのは目に見えています。」
「仮に私がお前に肩入れしたとして、私にどんなメリットがある?」
「李美帆を手に入れたあなたは、世界を手に入れるでしょう。我が国だけではない、世界です。この魔法は世界の軍事常識を一変させる可能性があります。いずれ世界はこの魔法の前に屈服する事になる。この魔法を手にした国が世界の覇権を握る。それが我々を待ち受ける未来です。」
「お前の言う通り、この魔法をもってすれば我が国は覇権国家になれるのかもしれん。だがこの国の常識からすれば、私が党の主席に就任する可能性はゼロに近い。お前はそれを理解しているか?」
「ええ、その常識は理解しています。しかし時代が大きく変わろうとした時には常識も変わらざるを得ません。間もなく過去の常識は瓦解します。その時こそ、あなたの出番です。」
「私がこの話を断ったらどうする。他のパトロンを探すのか?」
「あなたが私の思っている通りの人ならば、あなたは断らない・・・いえ、断れないと思いますよ。」
「面白い事を言う男だ。」
「あなたはいずれ、この国を率いて世界の覇権を目指す事になるでしょう。私はあなたに賭けたのです。」
「・・・いいだろう。予算と権限については心配するな。お前の人事についても考慮しよう。」
「ありがとうございます。これで実験を次の段階に進める事が出来ます。」
「私の配下になる以上、報告は怠るなよ。・・・ところでその魔法は何という名前なんだ?」
「魔法の名称は『制圧』です。もっとも今の段階では正式名称ではありませんが。」
「『制圧』か・・・この魔法に相応しい名前ではないか。」
男が退出し、一人になった林副主席は大きく息を吐いた。
『李美帆・・・いつもの売り込みかと思えば、とんでもない手土産が向こうから飛び込んで来たものだ。今までは副主席が俺のゴールと諦めていたが、主席どころか世界とはな・・・この先に進むのは恐ろしく危険で、恐ろしく魅力的だ。』
一度は封印した野心に再び火が点いた彼は、不敵な笑みを浮かべるのだった。




