第3話 【目覚め】
危機は何の前触れも無く訪れた。
その日の早朝、北京にある魔法省で毎月開かれる会議に出席するため、私は魔法指導教官と共に公用車で研究所を出発した。
私が軍の研究所に来てから、間もなく一年が過ぎようとしている。
研究所での訓練は、それなりに厳しいものだったが、規則正しい生活と十分な食事が与えられ、何より理不尽な暴力を振るわれる事の無い今の生活は、私にとって天国だった。
生まれて初めて安定した生活環境を得た私は、国家が期待する一級国家魔法士になるため、研鑽を積む毎日を過ごしている。
北京市内で高速道路を降りた私たちが、もう少しで魔法省の庁舎に到着しようとした時、事件は起こった。
制限速度を大幅に超過して反対車線を走っていた大型トラックがハンドル操作を誤り、中央分離帯を飛び越えると、私達の乗った車の進行方向をふさぐ様に飛び出してきたのだ。
道路は一車線であり、全く逃げ場は無かった。
運転手は反射的に急ブレーキをかけたが、このままでは正面衝突は避けられない。
相手は大型トラックである。ぶつかればただでは済まないのは明らかだった。
とっさに私は眼をつぶり、『避けろ!』と強く心に念じた。
その瞬間、私は大型トラックと一体になるような感覚に包まれる。
甲高いブレーキ音と共に私たちの乗った車は急停止したが、いつまで待っても起こるはずの事が起こらない。
恐る恐る目を開けた私の前からは、不思議な事に衝突するはずの大型トラックが消えていた。
一体何が起こったのか、私は理解出来ないでいた。
やがて私は、運転手がポカンと口を開けながら空を見上げている事に気付く。
空を見るため窓を開けて上を見た私の前には、信じられない光景が広がっていた。
大型トラックは消えたわけではなかった。
そのトラックは道路上の空中にふわふわと浮かんでいたのだ。
トラックと一体化したような感覚は相変わらず続いており、私はこのトラックを浮かび上がらせたのが自分自身である事を直感的に理解する。
私が「右に動け」と念じると、果たして車はその通りに動いた。
自分の直感が正しい事を確信した私は、車をゆっくりと地上に下ろす。
私はこれが自分の能力によるものである事を理解したが、これが何を意味するのかまでは全く分からなかった。
当然、私自身もこの状況に驚いていたが、周りの人間の驚きは、それを遥かに上回っていた。
それまで絶句していた魔法指導教官が、驚愕の表情のまま私に問いかける。
「・・・これはお前の仕業なのか?」
私は黙って頷く。
この事故が私を、やがては国家の運命をも大きく変える事になろうとは、その時の私には想像すら出来なかった。
次回は5月8日(金)20時に公開予定です。




