第5話 【首相官邸】
グランドパークホテルでの最初の接触から2日後
東京・永田町にある首相官邸5階の総理執務室では、2人の男が向かい合わせに座り、話を始めようとしていた。
まず、官邸の主であるナカジマ総理大臣が口を開く。
「タナカ少将、君が恐れていた事態が現実になったな。」
「いずれは起こるものと覚悟していましたが、まさかこれほど早いとは思いませんでした。」
「彼らは一体どこまで知っているんだ?」
「まずオシリスが潜水艦である事、潜水艦の推進装置がスクリューでない事は、既に知られています。
ただ最高機密である、ハルカワシオリの存在までは掴んでいないようです。
今回、オシリスが敵艦を発見してから拿捕するまでの動きは、オシリスの能力が反映されたものですが、オシリスが敵艦を発見した事は偶然に過ぎません。
ところがアメリカ側は敵艦の発見についても、オシリスの能力の成果と考えているかもしれません。」
「オシリスが過大評価されているかもしれない訳か・・・
だから核魔法兵器の提供という特大の見返りを持ち掛けてきたのかもしれないな。」
「アメリカ軍の最新兵器である核魔法兵器を我が国に提供する。
その代わり、コア技術はブラックボックスのままで良いので、オシリス級潜水艦を提供して欲しいというのが、彼らが示した条件です。」
「実際には、それで済むはずが無いだろうがな。」
「ええ、彼らはオシリスを手に入れたら、コア技術を含めた内部構造を徹底的に調査する腹づもりでしょう。
もっともこちらだって、核魔法兵器を入手したら内部構造を徹底的に調査しますから、お互い様ですがね。」
「結局、狐とタヌキの化かし合いになる事は、彼らだって先刻承知のはずだろう。ところで肝心の核魔法兵器は完成しているのか?」
「アンダーソン中将に確認したところ、既に核実験は成功しているそうなので、技術的には完成していると言えます。実用化は時間の問題でしょう。
今回盗まれたチャーリーはアタッシュケース程の大きさでしたが、開発が進めば、もっと小さくする事が可能だそうです。」
「そうか、普通に考えれば魅力的な取引なんだろうが・・・」
そこで2人は沈黙してしまう。
オシリスはハルカワシオリの驚異的な魔法能力を前提とした艦であり、そもそもコア技術など存在せず、技術移転そのものが不可能である。
『その事実を知ったら、彼らは一体どんな顔をするのだろうか?』
タナカ少将は、一瞬そんな想像を巡らせたものの、すぐに気持ちを切り替えて会話を再開する。
「当然の事ながら、彼らの要求を受け入れる事は不可能です。
しかし、その理由を説明しようすれば、我々の最高機密であるハルカワシオリの存在について触れざるを得ません。
それだけは絶対に避けなければならない。」
「となれば、取引には応じられない、その理由も説明できないという回答になってしまうが、重要な同盟国である米国との友好関係を維持するためには、ゼロ回答は出来るだけ避けたい。」
「実に厄介ですね。」
「いっその事、オシリスの存在そのものを否定するというのはどうだろうか?」
「それが出来れば最善ですが、今となっては難しいと思います。
今回、交渉相手であるアンダーソン中将が独断で動いているとは思えません。
彼が核魔法兵器の提供を持ち掛けてきた時点で、アメリカ政府中枢の意向を受けて動いていると考えるのが自然です。
何故なら、この提案はアンダーソン中将の裁量レベルを明らかに超えています。
そうだとすれば、オシリスは既にアメリカ政府の重大関心事になっている可能性が高い。
こうなってしまっては、完全否定で逃げ切る事は無理だと思います。
オシリスの存在を認めた上で、オシリスを提供する以外の方法で、彼らと交渉するしかないでしょう。
具体的には、今回と同じような形での協力を、今後も約束する。
そのあたりを落としどころにするしかありません。」
「しかしこちらがオシリスを提供しないという事であれば、相手も核魔法兵器を提供してくれないだろうな。」
「核魔法兵器は、我が国としても出来れば手に入れたい技術ですが、それよりも重要なのがオシリスです。
その意味では交渉が決裂するのは、我々にとってむしろ望ましい展開かもしれません。
そもそも我々が望んで始めた交渉ではないのです。こちらの条件を相手が受け入れないのであれば、我々は席を立つだけです。
その場合、我が国は何も得る事は出来ませんが、何も失わずに済みます。」
「分かった、その線で進めよう。引き続きアメリカ側との交渉を続けてくれ。」
「承知しました、総理。」
もし交渉が成立すれば、オシリスはアメリカ軍と共同作戦を行う事になる。
そしてオシリスが共同作戦で戦果を挙げれば上げるほど、アメリカ側はオシリスの秘密を手に入れたいと一層願うはずだ。
しかし交渉が決裂したとしても、アメリカがオシリスへの関心を失う事は無いだろう。
むしろオシリスへの関心が高まる可能性が強い。
『本当に厄介だな・・・』
それはタナカ少将の率直な感想だった。




