第3話 【謎の潜水艦】
北太平洋、マリアナ海溝付近、水深1700m
周囲に人工物など何も無い、魚もまばらな深海に、何かが潜んでいる。
それは海底岩礁でも沈没船でもない・・・潜水艦だ。
広々とした潜水艦の発令所には、たった5人のクルーしかいない。
「作戦終了、お疲れさま」
クルー全員に声をかけたのは、発令所の中央に座っている若い青年だ。
軍服は着ていない。
「ふぅー」
中央前方の席で軽いため息をついたのは、どう見ても10代の少女である。
少女も軍服は着ていない。
「終わったー!」
そう叫んだのは、短パンにビーチサンダルというリゾートファッションのような姿の女性クルーだ。
青年が短パンの女性クルーに声をかける。
「レイナ、ふゆしおの様子は?」
「んー、ちょっと待って・・・今は潜望鏡深度で停止してるね、魚雷は当たってない感じかなー」
「こちらの攻撃から逃げ切ったか、さすがだな。」
「まあ、どうせ弾頭はダミーだし、当たっても影響ないけどね。」
青年は笑顔を見せると、今度は目線を前方の少女に向ける。
目線を感じたのだろうか、少女は後ろを振り返り、青年を見つめたまま、ぽつりとつぶやく。
「ユウキ、朝ごはん・・・」
「!!忘れてた、それでは深度500mまで浮上、これより基地に帰還する。」
「深度500mまで浮上」
少女が復唱すると、艦は『完全』に水平を保ったまま、『無音』で浮上を開始する。
「ミカミ艦長、浮上後も魔法装甲は維持しますか?」
冷静な口調で青年に判断を求めたのは、メガネをかけた女性クルーだ。
彼女だけは、きっちり軍服を着ている。
「そうだな・・・深度500mまで浮上後に魔法装甲を解除、それから朝食にしよう。」
「了解、深度500mまで浮上後に魔法装甲を解除」
艦が深度500mまで浮上すると、彼女は予定通り魔法装甲を解除した。
魔法装甲の副作用で若干赤く見えていた艦内の空気が一瞬で透明に戻る。
正確には、本来は無色透明である空気中の二酸化炭素が赤くなるというのが、魔法装甲の副作用だ。
この世界の魔法には、ほぼ例外無く副作用が発生する。
実際の副作用は魔法の種類によって千差万別であり、魔法装甲の副作用は軽微な部類に入る。
本来の作用と副作用が同じくらいの威力を持つ魔法もあるので、使い方が難しい魔法の方が数としては多い。
魔法装甲はAクラス魔法の中でも高難度であるため、発現できるメイジは少数である。
それを詠唱無しに発現できるというのは、彼女がAクラスメイジの中でもトップクラスの実力者である事を示している。
「ヨロイ少尉、ありがとう。少し休んでくれ」
魔法装甲の連続使用をねぎらったミカミ艦長は、今度は後方席に控えている軍服にエプロン姿の女性クルーに声をかける。
「カナエさん、朝食の準備を」
「ええ」
名前を呼ばれた女性クルーが発令所から退出する。
それを見届けた短パン姿の女性クルー、レイナが魔法装甲を解除して一息ついたヨロイ少尉に話しかける。
「今日の朝ごはんは何かなー?ミキ」
「今日はカレーと聞いています。」
「昨日も一昨日も朝はカレーなんだけど、アンタは飽きない訳?」
「飽きたと言うなら食べなくても結構ですよ、カナエさんも手間が省けますし。」
「食べないとは言ってないじゃん、ケチメガネ!オタンコナス!!」
「・・・センジュレイナ、あなたを侮辱罪でご飯抜きの刑に処します!」
いつもの事なのだろう、ミカミ艦長は2人の口喧嘩には興味を示さず
一人、未来に思いを馳せる。
『ようやく始まったな、全てはこれからだ。』
「ユウキ、大丈夫?」
いつの間にか前方の席にいた少女がミカミ艦長の目の前に近づき、彼の顔をじっと覗き込んでいる。
心配そうな少女に、彼・ミカミユウキは笑顔で答える。
「大丈夫、作戦は成功だ。ありがとう・・・シオリ」