霊能力編5
翌日、誠司と恵子はふみのことを気にしながら仕事をしていた。
さらに翌日。
昼前にはふみのもとへ到着するよう、誠司と恵子が二人で歩いて向かった。何も連絡は入れていないため、不在だったら帰ってくるつもりであった。
家に到着し、鉄の門を開けると、ふみが運動着姿で体操をしていた。
「こんにちは」
「あ、こんにちは。誠司くん、あと恵子さんも」
「こんにちは、ふみさん」
「今日はお二人でどうしました?」
ふみが動きを止めて二人の前に駆け寄った。
「この家に何か問題がなかったかどうか、一応確認に来たんです」
恵子が答えた。
「大丈夫でしたよ。とっても広い部屋で、空調もついてて過ごしやすかったです」
「それなら良かったです」
二人は会いに来てくれたのかもしれないとふみは思い、すぐに二人に話しかける。
「せっかく来てくれたのですから、もしお暇でしたら、すこし散歩しませんか? 実は今から、この辺りを歩いてみようと思ってたんです」
本当はふみは走るつもりであった。
「ええ、お付き合いします」
恵子が答えた時だった。
そのとき、車のエンジンの音が聞こえてきた。三人は駐車場の方に顔を向けた。
一台の乗用車が駐車場に入り、止まろうとしていた。
「もしかして佐々野さん?」
ふみが言い、車の方向に走り出した。ふみに続き、二人は車の前に移動した。
「佐々野さん」
ふみが笑顔で手を振った。佐々野は車から降りると、すぐ三人にあいさつをした。
「ふみ、久しぶり。そちらの二人は、水影誠司くんと、水影恵子さんだね」
「はい」
佐々野はすぐに二人に話しかけた。
「俺はlayer1分析業務の佐々野暁斗といいます。これからふみと二人で、佐々野和彦当主にお世話になるので、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いいたします。僕は水影誠司です」
「私は水影恵子です」
二人はお辞儀をした。
「ふみはもう二人とは自己紹介を済ませた?」
「はい。私は二日前にここに来たんですが、何か問題がなかったかどうか、わざわざ確認に来てくださったんです」
「それは、どうもありがとうございます。分析業務が終わるまで、ここは使わせてもらいます」
「はい」
誠司が返答する。
「お二人は本日あいてますか? 今から当主に電話で連絡して、時間があるかどうか確認するんですが、もしみなさまの都合が会うなら、分析業務の話を誠司くん恵子さん含めてやってしまいたいんでね。ふみも大丈夫?」
「私たち二人は特に用事はありませんが」
恵子がふみの方を見る。
「今から恵子さん、誠司くんと一緒に散歩にでも行こうかと話してた所だったんです」
「ちょうどいい、荷物を下ろすとか準備で三十分くらい時間が欲しいので、三人は散歩してきて。その後みんなで車に乗って水影家に戻るのはどうだろう」
三人は頷いた。
「ありがとう。あと、ふみは免許証を持ってる?」
「持ってますよ」
ふみは財布を取り出して、その中から免許証を取り出した。
「どうですか、原付の免許を持ってるんですよ」
ふみが笑顔で自慢した。
「すまないがふみ、それはもう使えないんだ。ふみの戸籍はlayer1に移管してるからね。だから焼却して捨てよう」
「えー!」
「代わりにこいつを使って」
佐々野がふみに封筒を手渡す。ふみが中を開けると、そこには新しい免許証が入っていた。
「なにこれ!」
免許証の種類には空欄が無く全部記載が入っている。
「大型車からバイクまで全部乗れる。この車も自由に使っていいよ」
「佐々野さん、偽造ですか? 偽造ですね!」
「いや、正式に発行してもらったよ」
「でも私、車なんて運転できませんよ?」
「そこは頑張るしか無いね」
「ひえー」
誠司と恵子が横から免許証を見る。
「うわ、すげえ。全部乗れるって初めて見た。しかも住所がlayer1になってるし」
「これがlayer1パワーなんですね」
「二種ってどういうときに役立つんだろう」
佐々野が昔のふみの免許証を見て言った。
「三人で出かけるなら車を使ってもいいよって言おうと思ってたんだけど」
「やめたほうがいいですね。運転できませんし、お二人も乗りたくないでしょう」
それから適当に散歩をしてきた後、佐々野と合流して水影家へと向かった。
水影家の屋敷内にある大きな畳の部屋に人が集まった。テーブルを囲い、佐々野、ふみ、和彦当主、誠司、恵子と並ぶ。
「当主に認証処理のご対応いただきましたのでご存知と思いますが、私はlayer1・治安維持層・分析業務の代表である佐々野暁斗です。まずはlayer1主導でこの場を仕切らせていただきます。
本業務は責任者である私佐々野のほか、現場担当として瀬戸ふみ担当員、および遠隔地からハルト担当員の三名により対応します。ハルト担当員は現場には来ませんが、何か極めて深刻な異常事態が生じた場合はlayer1より緊急で派遣されますので、その際は認証処理の対応をよろしくお願いいたします」
佐々野が和彦にお辞儀をして、和彦もそれを礼によって返答する。
「本業務の目的は、水影家に古くから伝わる除霊・および鎮魂に関する術式を調査し、layer1に知識として保管することです。そのためには、私佐々野および瀬戸ふみ担当員が水影家のご協力のもとに術式を体得し、得た技術を私たちがまとめて報告する方法が適切であると判断しました。簡単に言うと、私とふみの二名が水影家に弟子入りする事になります。
外務省を通じてlayer1・分析業務から水影家へは、やや強引なお願いをしてしまいましたが、快く承諾して下さいました和彦当主には心から感謝申し上げます」
佐々野は一度顔を上げて全員の顔を見た。とくに疑問に感じていることも無いようなので話を続けた。
「水影家でご対応いただけるメンバーは今集まっている、和彦当主、誠司くん、恵子さんの三名だと聞いておりますがあっていますか?」
「はい」
和彦が答える。
「よろしくお願いいたします。分析業務は私佐々野と瀬戸ふみ担当員の二名が、水影家に伝わる術式の全てを体得する事を終了条件とします。認識はあっていますか?」
「はい、あっています」
「ありがとうございます。業務開始の日から、佐々野、ふみが水影家に通う形で術式を体得したいと思います。指導として対応いただけるのは、和彦当主と誠司くんの二名と聞いております。よろしくお願いいたします」
佐々野とふみがお辞儀をする。
「最後に極めて重要な注意事項を説明させて下さい。本業務はlayer1に関わるものであり、layer2としては非常に機密性の高い案件となります。layer1は本来神の国と言われているほど神格化された存在であり、本案件もまさに神にふさわしいほどの機密を確保する必要があります。本業務で知り得た知識を第三者に漏らしたりすると、layer1の監視組織に見つかる可能性があります。そうなると、非常に重い罪となり、あなた達は連帯責任で死刑になる可能性がございます」
佐々野が全員の顔を見る。露骨に驚いている人はいなかったが、全員が真剣な表情をしていた。
「私としては、つまり分析業務の部署としては、水影家とは末永く付き合っていきたいと考えています。可能な限り死に繋がらないように仲裁することを考えてはいますが、なにぶん部署が違うため、場合によっては本当に命に関わるということを肝に銘じていただきたいと思っています」
佐々野が和彦に確認を促す。
「分かりました。誠司、恵子。わかったか?」
「はい」
「はい」
佐々野が話を続ける。
「業務開始として簡単に説明させて頂きました。layer1分析担当としては以上ですが、ふみ、なにかある?」
「いえ、ありません」
「では和彦当主からご紹介お願いできますか?」
和彦が頷いて口を開いた。
「術式の詳細は、追って説明するが、終了条件にあった何を覚えるのかだけは、ここで明確にしたい。術式は一式、二式、三式、四式の四種類。さらに各術式には表と裏があり、例えば表四式、裏四式のような分類となる。すなわち、8種類の術式を教えるのが我々の仕事となる」
「わかりました」
佐々野がすぐに反応する。ふみもあらかじめ誠司と恵子に教わっていたため、何となくは理解できているようだった。
「術式は私の他に誠司が全部使える。誠司の除霊の技術は極めて高いので、主に誠司が対応してもらうことになる。もちろん、私が対応しないということは無いようにしたいが、仕事がどうしても手放せない場合は優先させて貰いたい」
「はい、それは問題ありません」
「恵子は今現在術式の修行中の身であるため、佐々野さん、ふみさんと一緒に術式の指導をしていきたいと考えている」
「わかりました。恵子さん、よろしくお願いします」
こちらも佐々野はすぐに了解する。
「よろしくお願いします」
恵子も疑問に思う所は無いようだった。
「私からは以上です」
和彦の説明が終わった。
「補足があるのですが」
佐々野がすぐに和彦に話しかける。
「はい、何でしょう」
「本業務は、もし水影家の将来の発展に繋がるようなことがあるなら、可能な限り私たちでご協力したいとも考えています。私とふみで何が出来るかはわかりませんが、例えば術式の改良であったり、確認であったり、分析業務担当としてお手伝いが出来ることがあるなら、是非とも協力したいと思います」
「ほう」
「具体的な案が出てこなくて申し訳ありません。力不足であることは十分承知していますが、もし除霊業務のお手伝いが出来るのであれば、是非とも参加させていただきたいです」
「わかりました」
ふみには佐々野の言いたいことがいまいち良くわからなかった。この段階では、和彦もよく分かっていなかった。
ただひとつ、ふみが思ったこと、佐々野が非常に楽しそうに見えた。
水影家での話し合いはすぐに終わり、そのまま解散となる。ふみは佐々野に連れられて、車で移動していた。
「ふみが小型のトラックを運転出来るのは知っている」
運転している佐々野が、助手席のふみに話しかけた。
「はい、よく昔は死体を運ぶときに使ってました。無免許でしたけど」
ふみが何ともなしに答える。だが佐々野は、ふみの過去に関することを言う時は、かなりふみに気を使っているようであった。
「だからと言うわけではないんだが、これから軽トラックを一台取りに行く。帰りは俺とふみでは違う車に乗って帰ることになる」
「わかりました、けど。大丈夫かなあ」
「ダメならどうしようか。でもふみなら行けると思うよ」
「クラッチ操作なら何となく覚えてますよ。山の中で何度もエンストしてかなり焦ったこともありました」
ふみが笑いながら言った。
「いま運転しているのはオートマチックだけど、トラックはマニュアル。どっちを運転したい?」
「じゃあトラックで! オートマチックって運転したこと無いから怖いんです」
「ふみがそれでいいなら構わないけど、たぶんトラックの方が難しいよ?」
二人が向かった場所は海が近く、倉庫しか置いていないような場所であった。車の交通は少なく、人は全く見当たらなかった。似たような倉庫が沢山並んでいる所の一つの建物に向かって車を走らせ、倉庫の入り口から中へそのまま入って車を止める。倉庫の中には白い軽トラックが止まっていた。
ふみはどちらの車にも乗ってみて試し運転をしたあと、それでも軽トラックを選んで帰宅となった。倉庫から水影家の道はもともと人がほとんど通っていない田舎道であったため、多少運転が下手でも何とかなるような場所だった。
家に到着して駐車場に車二台を止める。二人は家の中に入り、家の中での作業となった。
休憩室と書かれた部屋で二人が作業をする。
テーブルの上には小型の機械が置かれていた。
「これからの作業はふみにやってもらうよ。手順を色々と覚えてもらいたいんでね」
「はい、機材をセットすればいいんですね」
「これは電話線をつなぐことでlayer1と通信が出来る機械。ここにある資料通りに設定すれば、ハルトと繋がることになる」
「電話線って、電話がlayer1に繋がるんですか。知らなかった」
ふみが部屋に置いてある電話を持ちながらつぶやいた。
「国が通信事業会社にお願いして、電話回線網をlayer1の交換器に繋いでるんだそうだ。layer1の交換器から向こうへは、この機械がないと通信できないとのこと。人間は降臨室を通じてlayer2に来るけど、回線っていうのは一体どうやってあっちと繋げてるんだろうな」
「なんかよくわからないテレパシーとかでやってるんじゃないですか?」
電話の仕組みなど全然わからないふみは適当に答えた。
ふみが機械の設定をしている間、佐々野はノートパソコンを取り出して別の仕事をしていた。
「データリンクが有効ですって。何やら良さそうですね」
「繋いでみて。ハルトはいるかな」
呼び出し音が聞こえてくる。うまく行ってるなと、佐々野は安心していた。やがて向こうから声が聞こえてきた。
「こちら治安維持館のハルト」
「あ、ハルトお久しぶり。こちらlayer2分析業務・担当の瀬戸ふみです」
「おう、そろそろだろうと思ったよ」
「佐々野暁斗もいるから」
遠くから佐々野が言った。
「暁斗、聞こえたよ。仲良くやってるようだな」
「水影家にあいさつはしてきたんで、スケジュール通りに進めるつもりだ。ハルトの出番は無いだろうから、数日おきに連絡を取り合うでいいと思う」
「そうか、楽させてもらえるならありがたい」
初日ということで佐々野もハルトも話すことは無いようであった。
「ハルトは緊急時にこっちに来るって聞いたけど、緊急じゃなくても来ないんですか?」
ふみが話しかける。
「行かないよ。言葉があまり通じないからな」
「というか、ハルトってこっちに来れるんですね。マイは行けないって言ってたから、てっきり普通の人はlayer2に来れないんだと思ってました」
「普通の人は行けないよ。俺は常人層の他に、治安維持層の位を取得してるんでね。だから分析業務の窓口対応が出来るんだ」
「あー、そうだったんですか。じゃあ上長の承認なしにこっちの食べ物を口に出来るんですね?」
「妙なことに詳しいんだな。たぶん食えると思うけど、気にしたこと無かった」
後ろから佐々野が補足した。
「食べれるよ」
「じゃあ納豆をおみやげに出来ますね」
「やめとけ、ふみ」
それからハルトと次の打ち合わせの時間を決めて終了となった。回線を切って、ふみが電話線を繋ぎ変えているときに佐々野が話しかけた。
「さて、今日のやることはこれで終わりなんだけど」
ふみが振り向く。
「初日だし、ごはんでも食べに行こうか。ほら、お肉を食べるって約束したし」
「はい、喜んで」
ふみが笑顔になり頷いた。
佐々野の運転により、ふみと二人で遠くまで車を走らせる。大きな通りまで出ると、田舎の風景は完全に消えて基幹となる道路に連結した。
「あそこです、佐々野さん」
ふみが指定した店はファミリーレストランのようなステーキ専門店であった。車を止めて店の中に入り席に座る。
「ふみは肉が好きなの?」
「はい、大好きというか、もう人生の一部です。水と肉と野菜さえあればずっと生きていけるくらい」
「そりゃ誰でも生きていけるけどさ」
ふみはメニューを見て色々と考えていた。
それを見て佐々野が話しかける。
「お金の話をするのもどうかとは思うけど、そもそもlayer2のお金は限度はあるものの生活費くらいならいくらでも使えるから、好きなのを頼んでも大丈夫だよ」
「そこは佐々野さんのおごりって事にしておいて下さい」
「ああ、分かった」
佐々野は少し笑いながら答えた。
「この店は結構どこにでもあるチェーン店なんですが、ずっと行きたかった所なんです。生きているうちにこれてよかった」
「そんなに行きたかったんだ」
「つぎは三倍くらい高いステーキ屋に行きましょ」
「うん、機会があったらね」
二人は店員を呼び注文をした。
「ふみとこうして食事するってのは初めてだね」
「試験中に一緒にお食事したじゃないですか」
「まあそうだけど。あれは命がかかってたからね」
ふみは強制昇進試験の事を言っていた。
「佐々野さんは、」
今度はふみの方から話しかける。
「私が来る前は、ずっと一人で仕事してたんですか?」
「あの部屋に一人でいるのは一年くらいかな。その前は、悪魔層の地獄地蔵っていうジイさんと一緒に仕事してたよ」
「ええ! 悪魔層の人が居たんですか? というかそれって人の名前?」
「かなりイレギュラーで、なんで治安維持館に悪魔が居たんだって、周りの人たちはかなり怖がってた。普段は地獄地蔵長って呼んでるんだけど、たぶん名前なんだろうな。俺の直属の上司にあたる人で、分析業務以外にも何かしてるっぽい」
「へえ」
「ふみにも会わせたいんだけど、いつこっちに来るんだろう」
名前が珍しい事にふみは気になっているようだった。
「お地蔵さんみたいな人なんですか?」
「見た目は普通。普通っていうのもわかりづらいけど、ただの悪魔と言うか、ただの人だよ。だが地獄には関係しているようで、ずっと長い間地獄案件をやってるとは聞いてる。悪魔層ってよくわからないんだが、地獄案件って何なんだろうな」
「閻魔様っぽいですね」
「わからない。でもやってそうではある。見た目普通だけど」
「私がそこに行ったら地獄に落ちちゃいますね」
ふみは笑ってみせたものの、佐々野はどう反応していいのかわからなかった。
「悪魔層の人って、常人層以下の人だと会話することに許可が必要なんだ。だからふみも地獄地蔵長との会話申請をすることになると思う」
「偉い人なんですね。会話するだけで許可って、何となくlayer1っぽいなって思います」
「そうだなあ。確かにlayer2では無いよね」
それから少し間が空いたため、今度は佐々野の方から話しかける。
「ふみはlayer1には大分慣れた?」
「はい、おかげさまでマイともお出かけ出来ましたし。まあ、慣れた頃にlayer2に戻ってきてしまったんですけどね」
「言葉も問題なく伝わってるようだね」
「まだ片言ですけど」
「分析業務が始まる前に、ひとつだけ伝えておきたいことがあってね」
佐々野の口調が変わったため、少し真面目な話になるだろうとふみは思った。
「もしふみにとって、分析業務が合わないと感じたら、別の部署に異動することも出来るって事を覚えておいて欲しい」
「それは無いです。私は分析業務で働きます」
ふみが即答する。
「一応、覚えておいてくれないか。水影家の案件は簡単なものだが、分析業務の雰囲気みたいなのはわかってもらえると思う。この業務は暴力のような、危険なものが主体となりうるものだ」
「はい、トレーニングの内容からも分かっているつもりです」
「だがそれがふみの能力と合っているかどうかは分からない。俺の目から見ると、ふみはかなり魅力的な女性に映る。実際にふみは外見であったり、後は水影家の人たちの対応であったりを、普段から相当気にかけている。対人能力が普通の人より優れているんだ。そういった人たちが活躍できる、ちがう治安維持の仕事も存在するんだ」
「興味ないですね」
ふみの言葉は若干冷たかった。そんなふみの不機嫌を佐々野はすぐに察知した。
「悪かったよ、ごめんなさい。そもそも、ふみと働きたいと言ったのは俺の方なんだし、それを忘れたわけではないんだ」
「いえ、いいんですよ。佐々野さんが私の事を考えてくれてるのは分かっていますので」
少し重くなった空気を改善しようと、ふみが笑って見せてくれた。だが佐々野の中では、ふみの今後については慎重に考えていかなければいけない事だと思っていた。
「でも、佐々野さんに魅力的って言われて、とっても嬉しい」
ふみが上目遣いで佐々野の方を見た。
「約束通り、この後一緒にホテルに行ってもいいんですけど」
さらに佐々野の方を見つめる。佐々野はどう反応していいのか迷っていた。
「でも絶対にひどい目に合っちゃうんで、私の癖が治ってからにしましょうね」
「あ、ああ」
了承していいものかどうかもよく分かっていなかった。
「そうだ、私からも佐々野さんに言うことがあったんだ」
「なに?」
「お食事のあと、一緒に一時間走りましょう」
「え、ここでもやるの? 別に無理する必要はないよ」
「無理して走るんです」
相変わらずニッコリと微笑んで佐々野に言う。
「わかった。断る理由もないし」
「ありがとうございます」
そのときテーブルにステーキが運ばれてくる。二人は食事をしてから家に帰り、暗い夜道をランニングしてその日が終わった。




