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layer0  作者: 運転安全
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天使管轄区域6

 分析業務室では、暁斗とマイが仕事をしていた。

 だが暁斗の横にはふみが座っており、体を押し付けたまま寝ていた。


「おいっす、次の話なんだけど」


 ハルトが部屋に入ってくる。

 そして暁斗とふみを見るなり驚いてしまっていた。


「仕事やりづらくない?」

「うん、やりづらい」


 暁斗がふみを見ながら言った。


「んー?」


 ふみが目を開ける。


「ふみ。マイの方に行って」

「うーん」


 ふみが立ち上がると、マイの方に向かい、隣に椅子をつけて膝枕をしてもらう。マイはふみを受け入れるものの、気にすること無く仕事をしていた。

 それを見て、暁斗がハルトに話しかけた。


「最近のふみはなんか変なんだよな。いつも俺かマイのどちらかにくっついてくる」

「まあ天使なんて、そんなもんなんじゃないの?」


 ハルトが言った。


「しかも事務処理をやってると、ふみは規約を全部暗記しているから仕事が捗ることが結構あってね。マイなんて最初は恥ずかしがってたけど、今だとなんにも言わなくなってしまったよ」


 それを聞いて、マイが言った。


「ふみは自由ですし」


 膝のふみは何も言わずに目を閉じていた。


「エレナとフレイも、もうふみのことは何も言わなくなってしまった」

「俺も慣れた」


 ハルトが笑って言った。

 そのとき、エレナとフレイが帰ってくる。


「ただ今戻りました」


 エレナが言った。

 暁斗と話していたハルトがフレイに声をかけた。


「なあ、フレイ。頼んでた銃が届いたって、特殊警備のホースが言ってたよ。後であいつの所に行ってやってよ」

「おお! 待ってたんだ。わかった後で行くよ。なあエレナも来てくれないか。元一般警備のやつがいれば、すぐにでも試し撃ちできると思うんだ」


 エレナはそれほど興味がなかったため、適当に答えた。


「まあいいけどさ」


 それからしばらく休憩をしていたが、エレナはふみの存在に気が付き、マイに近づいた。


「どうしたの?」


 マイが話しかける。


「ふみって具合が悪いわけじゃないですよね」


 膝枕で寝ているふみを見ながら言った。


「いつものやつでしょ。少なくとも天使が体調を崩すことは珍しいと思うよ」

「でもさすがに変じゃないですか?」

「まあ、私も暁斗も気になってはいるんだけどね」


 するとマイの膝から声が聞こえてきた。


「変じゃありませんー」

「だそうです」


 そのときふみは、ふと何かを思い出したように体を起こした。


「ねえ、エレナ。ちょっと時間ある?」


 ふみが問いかける。


「暁斗がいいって言うなら」

「ねえ暁斗! エレナを少し借りてもいい?」


 暁斗はハルトと話していたが、少しふみの方を向いて言った。


「いいよ」

「ちょっと来て!」


 ふみがエレナの手を取り、すぐに部屋から出ていってしまった。


 目的地は治安維持館からはるか遠く、海に出てさらに向こう側にある離島。ふみはエレナの体を両手で掴み、空を飛んでいた。

 たどり着くと、ゆっくりと島に降りる。

 エレナの体から手を離し、二人は上陸した。


「怖かった・・・」


 エレナがその場に座り込む。


「速かったでしょ」

「うん、天使ってすごいと言うか怖いと言うか」


 視界には海が広がっており、後ろは草むらのようであった。


「ここには何をしに来たの?」

「遊びに来たんだ」

「そうなんだ。なんとなく意味もなく来たんだろうなって思ってたよ」


 エレナが笑った。

 二人で島の周りを歩きながら、ふみがつぶやいた。


「layer3に行く方法がわかったよ」

「どんな方法?」

「降臨室ってわかるよね」

「ええ、私たちがlayer2に行くときの部屋だね」

「そう」


 ふみがふり向いて、笑顔でエレナを見た。


「降臨室ってね、layer3に行くときにも使っているんだ。ただし、行き先を変えるためには権限が必要。私なら何とかできそうだから、もうすぐエレナと一緒に行けると思う」

「そうなんだ」


 エレナはあまりうれしそうにしていなかった。


「あれ、行きたくない?」

「そうじゃないけど」


 少し悩んでいたようだが、エレナが真面目な顔をしてふみに言った。


「ふみは私とlayer3に行って、それからどうしたい?」

「どうしたいって?」


 ふみも動きをやめてエレナと向き合った。


「この言い方は良くないね。ただ、私とふみの接点は、もうlayer3に行くか行かないかだけになってしまった。すでにふみは私の位置から非常に離れた場所に行ってしまっている。私はほとんど何も考えずにふみを追いかけて分析業務に来たけど、それからどうしていいのかわからない」


 エレナが下を向く。

 ふみは少し困ってしまった。


「エレナは分析業務を辞めたいと思ってるの?」


 ふみが問いかける。


「分からない」

「そうなの」


 その内容は全くの予想外であったため、ふみはショックを受けてしまっていた。

 エレナが話を続ける。


「本心では辞めたいとは思っていないよ。だって、一般警備とは全然違って新しいことだらけなんだもの。でも私にはレベルが高すぎる。フレイもそう。私とは全然違う。私はみんなにはついて行けない」

「うん、そうかー。そうなのか」


 エレナが下を向いてしまった。

 言葉が途切れたため、ふみがエレナに話しかける。


「フレイはエレナと随分仲良さそうじゃない」

「それも不思議。どうして私と仲良くしてくれてるんだろう」

「それはね、暁斗、私、フレイの三人ならわかる」

「え?」


 エレナが不思議に思いふみを見た。


「分析業務の強制昇進試験はね、試験自体が極端に難しいだけじゃない。合格した後、その試験の恐怖の傷が癒えないうちに、全く知らない言葉すら通じない異世界に放り出される事になる」

「確かにそうだね」

「そう言った孤独の中で、一番優しくしてくれた人には尊敬してしまうものだよ。暁斗の場合は地獄地蔵長、私の場合は暁斗、そしてフレイの場合は、あなた、エレナだよ」

「ええ!?」

「フレイはエレナに出ていってほしくないと思ってることだろうね。あと、暁斗はエレナに言ってないんだろうけど、エレナには重要な役割がある。戦力外には見ていないし、前線に立たせる気でいるよ。もしエレナが辞めたいなら、今のうちに辞めるべきだと思う。でもまだ興味を持っているなら絶対に辞めるべきではない」


 ふみの表情を見て、エレナは昔を思い出していた。今のふみは、分析業務で膝枕をねだっている甘えん坊ではなく、以前の一般警備にいたふみだった。

 ふみが続けて言った。


「実はね、私も分析業務に戻ろうと思ってるんだ。天界で色々とやることがあったけど、そろそろ全部に蹴りを付ける」

「ふみ、今日はふたりきりになれて本当に嬉しかった。どうか私のことも忘れないで欲しい」

「うん。もう少し待っててね」



 その夜、暁斗、ふみ、マイの三人は暁斗の家に集まっていた。

 ソファーに座るマイに、ふみが抱きついてしばらくそのままであった。マイは何も気にせずに、テレビをつけて見ていた。


「ねえ、マイ。もっと私にかまってよ」

「うん頭なでてあげるね」


 言う前から頭をなでており、そしてマイはテレビを見たままだった。


「もっと! もっと!」

「ふみはかわいいねー」


 そこに暁斗がやってくる。

 ふみはすぐに暁斗の手を取り、ソファーに座らせる。

 マイと暁斗の間に挟まったふみは、幸せそうに微笑んでいた。


「ねえ暁斗。手を握って」

「うん、いいよ」


 暁斗とマイも笑いながらふみの方を見ていた。

 だが、暁斗とマイはさすがにふみの様子が少しおかしいと感じていた。それはふみに何度か問い合わせているものの、ふみには自覚が無いようだった。


「私ね、暁斗とマイがいればもう何もいらない」

「私もふみと暁斗がいれば十分だよー」


 マイはふみに会わせて笑っていた。


「暁斗とマイには聞いて欲しい。私ね、大天使になる」


 ふみが言った。


「ええ? そうなの?」


 暁斗が答えたものの、それがどういうことなのかは良く分からなかった。


「うん、もう少し頑張るね」

「ふみが決めたなら何も言うことはないけど。でも天使昇進試験の時のように、黙って無理されたら正直不安だよ。俺にできることはないの?」

「あるけど無いよ。だって、暁斗にできることは全部お願いしちゃってるし」


 ふみは相変わらずの笑顔で言った。


「そうか。確か書類提出で大天使になれるってアダムが言ってたね。でも天使のほうが自由が利きそうなもんだけど」

「それはそのとおり。でも天使だと概念基盤の命を拒否することはできない。私は大天使になってから分析業務に戻り、治安維持層の立場で暁斗とまた仕事をする」

「そんなことってできるの?」

「できる。出来なくてもやる。それが天使の称号を授かった私の仕事だから」


 その時のふみの表情は、二人があまり見ることのない天使のものであった。

 緊張感に気がついたマイは、すぐふみの顔を自分の胸に当てた。


「ほら、力を抜いて」

「マイ大好きー」

「ふみってさ、天界でもこんな感じに甘えん坊なの? 天使の友達がいるって聞いてるけど、困らせてるんじゃないの?」

「私はいつもこんな感じだよ。それにアマンダとイリーナはとってもいい人だから」

「そうなんだ。いつかは会ってみたいね」

「機会があったら。そうだね、機会があったらマイにも会わせるね」

「ダメだよ、天使をここに連れてきちゃ」



 翌日。

 ふみが治安維持層での用事を済ませてから天界に戻り帰宅する。

 部屋にはイリーナが一人でお酒を飲んでいた。


「ただいま」

「おかえりー。アマンダと一緒じゃないのー?」

「一人ですが、アマンダはまだ帰っていないんですね」

「そうなのよー」


 まだ酔いは浅かったが、飲んでから時間が経っているようだった。


「イリーナとアマンダは本当にお酒が好きなんですね」


 ふみがイリーナのそばに座ってから話しかけた。


「大好きだけど。そろそろ飲む量だけはコントロールしないとねー」

「肝臓に悪いですからね」

「内臓は悪魔層技術の肉体改造で取り替えればいいだけだから案外どうにでもなるんだ。アルコール依存症になると精神の問題だからちょっとばかり厄介なの。まあ荒治療が無いわけでもないんだけど」

「そうですか」


 ふみがカバンからペットボトルを取り出すと、イリーナの隣で飲み始めた。


「それお酒?」

「いえ、水です」

「私の飲む?」

「今日はアマンダにお話があるので、それが終わってから。本当はイリーナにも話したかったんだけど、アマンダとの会話を聞いていて欲しい」

「うん? うん」


 イリーナが返事したと同時に玄関の扉が開き、アマンダが入ってきた。


「二人とも帰ってたんだね」

「うんー」

「アマンダ」


 ふみがアマンダに向かって話しかけた。


「なに? 話がありそうだね。着替えるまで待ってくれる?」

「はい」

「ふみも着替えてきなよ」


 アマンダが奥の部屋に行った。


 ふみは着替えずにその場に座っていた。

 少し真面目な話があるのだろうと察して、アマンダはお酒を手にとらずにふみの正面に座った。イリーナは相変わらずお酒を飲んでいた。


「私がこの家に来てから結構な期間が経ちました。そろそろ出ていこうかと思いまして」


 ふみが二人に話しかける。


「え、そうなの? ずっといればいいじゃない。私たちとの共同生活は合わなかった?」


 アマンダがサラリと返答したものの、イリーナは横でかなり驚いていた。


「ちょっと、ふみ! あんた出ていくの? 嫌なんだけど!」


 酔っぱらいが立ち上がってふみに言ったものの、アマンダはあまり気にせずにふみとの話を続けた。


「イリーナはいて欲しいってさ。私もふみにはまだいて欲しい。だけど無理には言えないし、ふみの好きにすればいいと思う」

「ありがとうございます。そのご厚意はとてもうれしい」

「訳があるんでしょう? ふみの思っている不都合が解消されれば、私たちは今までどおり、三人で生活できるってことだね。それで、ふみは何を気にしているの?」


 アマンダの発言にふみが驚いた。しばらくアマンダの顔を見ていたが、やがてふみの顔が笑顔に変わる。


「ふふふっ。アマンダって本当に優しい」


 ふみが笑ってみせる。ふみが感情を素直に表に出すことは珍しいため、アマンダとイリーナは少し驚いてしまった。


「どうしたの? ふみが笑うだなんて珍しい」

「アマンダは私の心が読めるんですか?」

「そんなわけないよ」


 ふみが笑顔のまま、続けて話をした。


「私と一緒にいるためには、私の過去を知る必要があります。そうじゃないと、アマンダとイリーナの命が危険に侵されてしまいますからね。どうでしょうか、私の過去、つまりlayer2の私の情報は、大天井権限で人事システムにアクセスすれば見ることができると思います。確認していただけませんか?」

「もう見たよ」


 アマンダが即答する。

 ふみはアマンダの返答を予想していたようだったが、イリーナはかなり意外に思っていた。


「え! なんで? アマンダはふみの過去を調査したの?」

「なんでって、そもそも私たち天使にはその権利があるから。また、私の所有する住まいで将来発生する可能性があるリスク対策のため。私を信用しきってだらしないイリーナを、私がふみから守るため」

「アマンダならちゃんと見てくれてると思っていましたよ。でもそれにも関わらず、私とは今までどおり接してくれた。なぜなんですか?」


 アマンダがふみから視線を外し、イリーナの方に体を寄せると、酒瓶とコップをとり上げた。


「ふみは真剣だ。私一人だと手に負えない。イリーナも参加して」

「それは構わないけど、私はふみの過去なんて調査してないよ」

「ふみはlayer2では性欲のために何人もの人を殺してきた異常性癖の女性だ。その手腕が買われて治安維持層・分析業務の強制昇進義務にぶつけられて合格した。わかったか?」

「はぁ? ふみって人殺しなの?」

「そうですよ」


 ふみがイリーナの方を向いて微笑んだ。


「もっと詳しく説明すると、男性でも女性でも、アマンダやイリーナのような魅力的な人がいると、セックスして殺したくなっちゃうんです」

「だが今は暁斗とマイがいるから殺人はしていない。違うか?」


 アマンダが割り込んで問いかける。


「あっています。それが私を今までここに居させてくれた理由ですか?」

「それだけじゃないが、まあそんな所」

「本当に、layer1の人って、危機管理がどこかおかしいんじゃないんですか?」


 ふみは少し気が抜けたように言った。


「イリーナは私のことをどう思いますか?」

「どうって言われても。そうなんだとしか」

「私と一緒に意識を失うまでお酒を飲みたいって思うんですか?」

「それは・・・」

「イリーナをレイプしちゃいますよ」

「それはそれで、うーん」


 ふみが首を振る。


「アマンダ、あなたは私に殺されるって思わなかったんですか?」


 今度はふみがアマンダに問いかける。


「思ったよ。でも天使なんて、どいつもこいつもそんなもんだし。私は百年近く悪魔層組織で生きていて色んなやつを見てきたから、別にふみだけが特別危険だとかは思わなかった」

「じゃあイリーナも危険だって思ってたってことですか?」

「え?」


 アマンダが意外そうな顔をしてふみの方を見た。


「そりゃ、もちろんそうだよ。こいつは常人層管轄組織でトップまで泳いだ人間だ。私やふみと一緒にいるときとか、またlayer3に関わっているときは全く表に出てこないが、たくさんの人を蹴落としてまで大悪魔の地位を手に入れたやつなんだよ。いろんな人を叩きのめし、大勢の人から尊敬され、大勢の人から恨まれている。私が現役で大悪魔やっていたときにイリーナを下に見たことなんて一度だってなかった」


 アマンダの発言に、イリーナがかなり驚いていた。


「そういうやつと対等なのがふみだ。普通の人とは違っていて、大天使であるにもかかわらず分析業務という暴力が主体の組織にいまだに在籍していており、そしてlayer間の差ですらものともせず、私たちですら理解できない急な昇進をしてきた怪物だ。こんなに小さくて若くて可愛らしい女の子なのに。中身はとんでもない化け物。人間を何人殺していた所で私にとっては予想の範囲内だね」

「あの、私は全然予想してなかったんですけど」


 イリーナが二人に情けない声を出す。


「ふみと私とイリーナは能力に得意不得意はあるものの、総合してみればほぼ対等なんだよ。じゃあ私からふみに質問するけど、ふみは私とイリーナに殺されると思ったことはなかったの?」

「私が殺されるですか? 考えたこともなかった」

「本当に?」


 アマンダがふみの顔を見て問いかける。アマンダはかなり驚いているようだった。


「ごめんなさい。よく分かりませんが、私はアマンダとイリーナが私を殺すなんて考えたことはなかった」

「私はね、ふみほど強烈な人間を見たことがなかったんだ。それは行動の面でも考え方の面でも、そして物事を達成させようとする獣のような強い意志。また百手先まで見通せる程の精密な頭脳。どれをとっても全て常人離れしていると思った。だからさ、イリーナと私への警戒心って本当になかったの? それが意外。考えたこともなかった? ふみは身内には甘いってことなのかな?」


 若干棘をもたせた発言をふみは正面から受け止めるものの、ただアマンダの顔を見て顔を横に振りだけだった。


「ふみ、こいつはお前を殺すよ」


 アマンダがイリーナに肩を回して体を寄せた。


「殺さないよー。何いってんのさー」


 イリーナが否定するものの、アマンダは面白そうにして笑顔でイリーナを見ていた。


「私はイリーナほど過激ではない。でもね、何も命のやり取りだけが殺しじゃない。私とイリーナはふみには出来ない能力がある。それを用いてふみの存在自体を危険に晒したり、あるいはふみの大切な人たちの立場を壊すこともできる」


 ふみの表情が固まる。


「つまりふみの大切な人、暁斗とマイを殺すと言うこと。だが、私とイリーナがそんなことをして何になる? それを踏まえて言わせてもらうが、ふみが私とイリーナを殺して一体何になると言うんだ。ふみが天使層昇進試験に合格したと言う事実は、すなわちふみが自分の感情を理性にて制御することができたことを意味する。言い方を変えると、ふみはもう性欲をコントロールできているってことだ。だから何も問題ない」


 ふみにとっては意外な返答であった。しばらくあっけにとられたように動きを止めてしまった。


「本当に、アマンダが言うと、そんな感じがしてきますね」


 ふみが声を上げて笑った。


「ふみは若いんだなって、ふみと出会ってから初めて思ったよ。私たちだってまともなわけ無いでしょう? ふみとほとんど同じなんだって。過去も現在も未来も。ここにいる酔っぱらいのイリーナだってそうなんだよ。layer1の中枢で、あれだけ長い期間働いてきたんだもの。叩けばホコリがゴッソリ出てくるってこういうことを言うんだ」


 ふみが改めて二人の顔を見直した。


「こいつさ、大悪魔イリーナってかなり過激で危険なんだよ」


 アマンダがイリーナの肩に手を回して言った。


「やめてよー」


 イリーナは少し恥ずかしそうにしていた。


「悪魔層大臣やってたときに、こいつは私のことを殺そうとしてるんだろうなって思った人が何人かいたけど、イリーナも私のことを殺そうと思ってたんだよ」

「思ってないよ。肛門に焼酎つっ込んでやりたいって思ってはいたけど」

「絶対嘘だろ、バカ」


 話をしている内容とは違い、二人は楽しそうにじゃれ合っているように見えた。


「私のような人と一緒に暮らして、気持ち悪くないんですか?」


 ふみが二人に問いかけた。

 アマンダがすぐに返答した。


「正直に言うよ。少なくとも私は気持ち悪いだなんて全然思っていない。ふみの過去はそれほど重要じゃないと判断した。今のふみがどうであるか、そっちのほうが大切だ。私は正当にふみを評価して一緒にいることを選んだ。それは間違いだと思っていないし、これからも私とイリーナがふみに害を与えられる可能性は非常に低いと考えている。だからそれでいいじゃない」


 ふみがアマンダと目を合わせた後、イリーナとも目を合わせた。

 だがイリーナ自体は話にかろうじてついていけている様な状態であった。

 続けてアマンダが話をした。


「どう、納得した?」

「しませんよ。でも納得することにします」

「じゃあ、出ていくなんて言わないよな」

「いいません。イリーナを襲うとか、そういうこともいいません」

「良かったな、イリーナ」

「良かったのかなぁ」


 イリーナの表情だけは明るくなっていなかった。


「ふみとアマンダの言ったことは全部了解で、ふみが出ていかないっていうのも嬉しい。でも、私って、アマンダに甘えすぎてたのかも」

「いまさら何言ってんの」

「せめて明日にでも、ふみの過去はちゃんと調査させていただきます。ごめんね、ふみ」


 イリーナの言葉にふみが反応した。


「はい。それで、どうしても私と一緒にいるのが駄目って言うなら、ちゃんと考えますので」

「それはない。私はふみと一緒に居たい」


 イリーナも、ふみの殺人についてはそんなに驚いていないようであった。


「でも、ふみはさ、今は殺人をしてないんだよね?」

「はい」

「どうして人殺しをやめちゃったの?」


 イリーナの酔っ払った発言にふみとアマンダが驚いた。

 続けてイリーナが言った。


「変なことは言ってないと思うよ。強制昇進試験に認められたってことは、layer1ではふみの殺人能力が認められたってことでしょう? それをやってないって、いいことなのかな。世界はそういうふうに出来ているものなのかな」


 ふみの表情が何かに怯えたように引きつった。

 そんな表情を見て、イリーナの全身に恐怖が走った。


「あ! ごめんなさい!」


 慌ててイリーナが叫ぶ。そして急いでふみに抱きついた。


「不用意な発言をしてしまいごめんなさい! お願い! 私の言ったことは忘れて下さい!」


 イリーナがふみに抱きつきながら言った。イリーナの腕は震えていた。

 しばらくその状態のまま時間が止まる。アマンダですら何も言うことができず、二人の様子を見ていることしかできなかった。

 やがてふみが口を開いた。


「大丈夫ですよ。ただ、以前に同じようなことを言われたことがありまして。それを思い出してしまっただけです」

「本当に? 本当に大丈夫?」

「そんな怖かったですか?」


 イリーナがふみから体を離して、顔を合わせた。


「一瞬だけだったけど、ふみが怯えた様子、初めてだった。取り返しのつかないことを言ってしまったんだと思った」


 ふみの緊張が解かれていることを確認して、アマンダの体から力が抜けた。


「私が趣味の殺しを辞めたのは、暁斗とマイの二人と約束したから。それ以外に理由なんてありません。私は世界なんかより、大好きな人との約束のほうが大切なだけです」


 ふみがイリーナの右手を、やさしく両手で掴んだ。


「まだ震えてる。ねえイリーナ、どうしてなの? 不安になることなんて無いと思うんですけど。私はアマンダとイリーナは絶対に傷つけません。あなた達が私を受け入れてくれたこと、本当に嬉しく思ってるんです」


 ふみは落ち着きを取り戻していたが、イリーナはまだかなり気が動転していた。

 アマンダが横からふみに話しかける。


「ふみは私たちに拒絶されることを考えて着替えてこなかったんでしょう? でももう大丈夫だから、着替えてきて、そして改めて乾杯しましょう。イリーナは私が落ち着かせるからさ」

「本当にありがとう。ではお言葉に甘えさせていただきます」


 そう言ってふみが立ち上がって奥に歩きだした。

 アマンダとイリーナが二人きりになる。

 イリーナはアマンダに体を寄せて小さくつぶやいた。


「ふみに、嫌われたらどうしようかって、怖かった」

「大丈夫だよ。ふみはイリーナの気持ちを理解できてはいないようだけど、人をすぐ嫌うような人でもないようだから」

「うん」


 この日、ふみはアマンダとイリーナ二人に対して完全に気を許した。また、アマンダとイリーナも同様にお互い認めた関係となった。

 それを三人は十分自覚できたため、大天使に昇格することを決意する。

 数日後、三人は書類提出を行い、概念基盤に受理されて大天使になった。


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