天使管轄区域5
イリーナとアマンダが椅子に座る。
男性はその前に立ち、二人に言った。
「ここは大天井補佐業務・layer3分析業務の会議となりますので、間違って入ってきた人は出て行って下さい」
アマンダがイリーナを見る。
イリーナはただ黙って男性を見ていた。
「では自己紹介から初めましょうか。私は大天井・layer3分析業務室長の大天使アダムです。アマンダは本業務にはよく参加しているんですが、えっと、あなたはアマンダと知り合いなんですか?」
アダムがイリーナに問いかける。
イリーナは笑顔で答えた。
「はい。今回の試験で天使になりました、イリーナと言います。アマンダとは大悪魔の同期となります。よろしくお願いいたします」
「え! 大悪魔なの?」
アダムがアマンダの方に視線をやるものの、アマンダは脇を向いていた。
「本業務に興味を持ってくれたのは嬉しいんですが、layer3分析業務って大悪魔出身の方が二人も揃って行うような仕事じゃないですよ? ねえ、アマンダが誘ったの?」
「とんでもない! 私もなんでイリーナがここにいるのか不思議で仕方ないんです」
イリーナは相変わらず笑顔でいた。
「まあ、興味を持ってくれたのなら、せっかくですしlayer3に行ける準備をしましょうか。イリーナはlayer3には行ったことは?」
「ありません。layer3業務は三度目になるんですが、どれもこれも体力が無くてダメ。だから体力を付けるべく訓練をしている最中なんです」
「ああ、そこまでやる気がある方なんですね。よかった」
「よくないよ!」
アマンダが叫ぶ。
「ねえ、イリーナどうしちゃったの!? あんたそんなことしてる暇ないでしょ! 悪魔層管轄やるんじゃなかったの?」
「私はlayer3の事を全く知らない。だから勉強のためにもlayer3業務に参加する必要があった。当分はlayer3に入れ込むことにしたから」
「もっともらしい言い分だけど、何か企んでるんじゃない?」
アマンダは素で怯えていた。
「いいでしょ、もう。アダム、話を続けて下さい」
「あ、ああ」
それから天使の能力についての簡単な説明と、layer3についての話を行った。
「説明するより、現場に行った方が早いよね。じゃあ行こうか」
「え!」
イリーナが驚く。
「行きたくない?」
アダムが問いかけた。
「いえ、別にいいんですが、何回かlayer3業務を行ったときに、みんな私のことを見て、お前ならlayer3で死ぬぞって脅すんです。本当に大丈夫なんでしょうか」
「大丈夫だよ、先輩のアマンダがいるでしょ」
「私!?」
アマンダが叫ぶ。
「そうだよ、守ってやってよ。先輩ってのは大悪魔のことじゃないよ。分析業務の先輩でしょ? じゃあ行くよ」
そう言うとアダムはすぐ部屋から出ていってしまった。
「う・・・」
二人が気まずそうに顔を会わせる。
だがすぐにアダムの後を追った。
建物を抜けlayer3管理区域に出ると、降臨室と呼ばれる部屋に行き、layer1からlayer3への移動を行う。
たどり着いた場所は広大な砂浜の真ん中であった。それはまるで砂の中に地下鉄の駅の入口があるような構造になっていた。
「どこなのここ」
イリーナが恐る恐る聞いた。
「もうlayer3に付いたんだけど、layer1とはあんまり変わらないよね」
アダムが笑顔で話しかける。
「ちょっとわかりませんが」
「説明するね」
そう言うと、アダムが天使の翼を広げた。それを見てアマンダも翼を出す。イリーナはアダムの話を聞いていたためそのままだった。
「今回は新しい人が来たと言うことで、前々からやろうとして放置していた比較的簡単な仕事を行う。残念だけど分析業務じゃなくて他部署からの雑用だ」
「そうなんですか」
アマンダが横から言った。
「うん。希少種トカゲの卵の採取。これが今回の目的。だけどトカゲって言ってもlayer3のやつだから、大天使堂の建物よりも大きくて獰猛なやつだ。卵を少しだけ盗んできて、layer3の研究員に渡すと言うお仕事になる」
「希少種というと殺してはダメってことですか?」
アマンダが質問する。
「そのとおり。元々はトカゲを保護することを目的としているため、殺すのは絶対にダメなんだそうだ。とは言っても危険だから殺す許可は取ってるけどね。卵は複数生む上に大半は育成に失敗するため、数個盗むのは全く問題ない。全部盗んでもいいってさ」
「わかりました。ですが私からは殺しはしません」
アマンダが答える。
「獰猛なやつって危険じゃないですか? 本当に簡単なんですか?」
イリーナが聞いた。
「私一人で何とかできるレベル」
「アダムっていつも一人で仕事してますよね。それって全然何の説明にもなってませんよ」
アマンダが笑っていった。
そしてイリーナに話しかけた。
「まあ安心しなよ。絶対に置いていったりしないから」
「は、はあ」
イリーナには全然信用できないことだった。
「二人って仲悪いの? ごめん、よく知らないからなんとも言えないんだけど、もしアマンダがイリーナを置いていったり危険な目に合わせたら、私の方から結構本気で怒るから、その辺は安心してもらっていいよ」
「ちょっと、私が怖いんだけど!」
アマンダが不満を言う。
だがあまり気にせずにアダムが宙に浮いた。
「じゃあ行くよ」
そう言ってアダムが上空に舞い上がる。
それをイリーナは見ていたが、すぐアマンダが話しかけた。
「翼は出せる?」
「う、うん」
イリーナの背中にも翼が現れた。
「じゃあ先に行って。私は後ろからついていくから」
イリーナが浮く。だが翼の操作に慣れていないようで、ふらふらとアダムを追っていった。アマンダは飛ぶことに慣れているようで、すぐイリーナの後をついていった。
「もう少し早くできない?」
「やってみます」
二人の速度が上がる。
三人は高い崖の上に立つ。アダムが下を指差しながら言った。
「あれだよ。二体いるね」
遠くからでは大きさが良く分からなかった。
「私が一体引きつけて巣から離す。アマンダがもう一体。そしてイリーナは卵を探してこの袋に入れて持ち帰る」
アダムがイリーナに手提げバックの様な袋を渡した。
「あの、卵ってどういう形なのか知りませんよ?」
「スーパーで売ってる卵と同じサイズで、真っ青だからすぐ分かるよ」
「卵は小さいんですか」
「見つけられなくても問題ないから。無理しないで、ゆっくり探して、ダメだったら引き返してね」
「えっと」
「じゃあ行くか」
イリーナが何かを話そうとする前にアダムは言ってしまった。
「どうしたの? できそうにない?」
アマンダが聞く。
「いえ、何とかやってみせます」
「イリーナに何かあったらすぐ駆けつけるつもりではいるけど、危険だったらすぐ引き上げて。初回だからそれで全然問題ないから」
「はい」
イリーナが素直に頷く。アマンダは翼を大きく広げてアダムを追いかけた。
二人の軌道とは違った方向から、おそらく巣があるだろう場所に向かう。途中、アマンダとアダムの方を確認したが、二人はトカゲに接触して引き寄せているようであった。
「大丈夫かな」
イリーナの初仕事と言うことでかなり緊張していた。しかも命がかかっている。
卵はやけにあっさり見つかった。
「地面に穴が開いてると思ったら」
その卵は本当に真っ青であり僅かに発光していた。綺麗だが生物として何かおかしくないかと感じていた。
少し大きめのクレーターのような穴があいているため、その中に入る。卵は見えているだけで10個ほどあったので、半分の5個を袋に詰めた。
翼を広げ、穴から出ようと上を向いたときに冷や汗が流れる。
「カラス!?」
その鳥は非常に大きい。自分の体の二倍ほどの大きさがある。イリーナは慌てることはなかったが、命の危険を強く感じていた。
おそらく一羽。
だが増える可能性がある。すぐ行動を起こし、カラスの方向に向かって飛び出した。
その行動はうまく行き、カラスに攻撃されること無く、横を通り抜けて穴から脱出することはできた。すぐ地面に降りて辺りを見渡すが、カラスは一羽しかいない。
逃げれるかと思った瞬間、カラスがイリーナの方向に向かってきた。
「天使の技は使えないけど!」
カラスを限界まで近づけてから、正面に黒い壁を作る。
それは悪魔の能力であった。まだ天使の能力に慣れていないイリーナは、昔から使える技でガードしようとした。
それは成功するものの、悪魔の壁は衝撃で砕け散る。
「あれ? ちょっと、やばいんじゃないの!?」
地面に倒れたカラスが地面に立ち、その巨体をイリーナに向ける。
だが、イリーナの方向を見た瞬間、すぐ逆方向に飛び去っていってしまった。
「逃げた? 助かったの?」
無意識につぶやく。
「うん、もう大丈夫だ」
「え!」
後ろを振り向くとアダムが立っていた。
「危なかったね」
「は、はい」
力が抜けたようで、イリーナはその場に座り込んでしまった。
すぐアマンダもイリーナのもとに駆けつける。
「大丈夫でした? なんか戦ってなかった?」
「鳥が一体居て、何とか追い払った」
アダムが言った。
「それって結構やばかったんじゃ」
「まあそうかも。とりあえず卵は回収できたんで、この場から離れよう。私はちょっとやることがあるんで、アマンダはイリーナを連れて先に離れてて」
「また写真ですかー?」
アマンダがアダムに問いかける。
「うん、貴重な卵だからね。それより早くしたほうがいいよ。ほら、トカゲが二体こちらに戻ってきている」
アダムが指差した先には、引きつけられてから巣に戻って走ってきているトカゲの姿があった。
「ほら、イリーナ。行くよ」
「う、うん、でもちょっと待って」
ヨロヨロと立ち上がるイリーナを見て、アマンダが近づき、イリーナの体ごと片手で抱え込んだ。
「ちょ、ちょっと! アマンダ!」
「捕まってて」
アマンダが翼を大きく広げて、イリーナを抱えたまま上空に飛び出した。
高い位置で、二人はアダムの方向を見ていた。
トカゲが巣に戻っているというのに、アダムは写真をずっと撮っていた。
やがてアダムはトカゲに踏み潰されたが、あまり効いていないようで、すぐ起き上がってからトカゲの近くをウロウロと歩き回り、近くで写真を何枚か撮ってから上空に飛び上がってきた。
「じゃあ行こうか」
「へい。イリーナはしばらくこのままでいて」
「は、はい」
アマンダに抱きかかえられたイリーナは大人しくなってしまっていた。
「しかしあれに踏まれても潰されないんだったら、アダム一人で行けばよかったじゃないですか!」
「初めはそうするつもりだったんだけど、イリーナの仕事デビューとしては最適だったでしょ?」
「うーん、そうか?」
アダムとアマンダが会話しながら、元の降臨室まで戻っていった。
三人は会議室まで戻った。
「どうだった?」
アダムがイリーナに問いかける。
「正直、怖かった」
大人しくなってしまったイリーナがつぶやいた。
すぐアマンダが二人に話しかける。
「体力がないってずっと言ってたけど、体力って問題じゃなさそうだね。天使の能力に慣れれば全然行けると思うんだけど」
「うん、私もそう思ってた」
アダムが頷く。
「でもまあ、イリーナはlayer3の勉強に来ただけだし、そんなに頑張んなくてもいいんじゃないかな!」
アマンダがイリーナの方を向いて言った。
だがイリーナは真剣な表情のまま二人につぶやいた。
「教えてくれませんか、天使の能力を。私も頑張ろうと思いますので」
「いいよ。本日はこれで終わり。次回は訓練にしよう。そう言えば、アマンダを鍛えるのも随分苦労したよね」
アダムが答えた。
「そうでしたっけね」
アマンダが二人から目をそらして言った。
それから数週間が経つ。
イリーナはほぼ毎回アダムのもとに参加していた。
小さな会議室では相変わらず三人だけであり、新しい人は誰も来ていないようだった。
「それでは次は王都の仕事なんですが」
アダムが話す。
アマンダはおとなしく聞いていたものの、イリーナがアダムの言葉に割り込んだ。
「ねえアダム」
「なに?」
「もっとさ、でっかい仕事無いの? なんか分析内容もしょぼいと言うか」
返答したのはアマンダだった。
「文句あるなら別の業務に行きなよ」
「アマンダは付いてきてくれないんだもの、もう既に一人で行ってるわよ」
アダムが少し考えて言った。
「あるにはある。大天井補佐業務じゃなくて、私の所属しているlayer3分析業務室では、比較的大きな案件を扱ったりしている。アマンダも何度か参加してもらってるよ」
「え! マジで! 私もやってみたい!」
イリーナが食いついた。
「次の案件はlayer2が関係している特殊なやつだからダメだろう。アマンダも参加できないと思う。その次辺りかなぁ。でも今のイリーナの実力じゃ全然ダメだよ。それまでに実力付けるように業務を調整しようか」
「えー」
「ところでイリーナはさ」
アマンダが話しかけた。
「いつまでこの仕事してるの?」
「もう! どうしてアマンダはいつまでも私にいじわるするの!? いいじゃん、いつまでだって。天使ってそういうものでしょ!?」
「そりゃそうだけどさ。わりと真面目に気になってるんだよ、イリーナが悪魔層管轄をやらないって、勿体無いと思うんだけど」
「それはこっちのセリフでしょ? なんでクソババアが悪魔層管轄やってないんだよ! 今すぐlayer3なんてやめてしまえ!」
睨み合う二人に対して、アダムが笑顔でつぶやいた。
「今二人に辞められるのは私が困るから、まあいいじゃない」
それから今日の業務を二人に説明する。
アマンダとイリーナは、仕事に対しては非常に真面目であった。だからこそ、アダムは無条件で二人を受け入れ、そしてlayer3で仕事ができるまで丁寧に指導してあげていた。
「そうだ、二人は仕事が終わったら時間ある?」
アダムが言った。
「私はありますけど何ですか?」
アマンダが答える。
「イリーナが来て、もう結構な時間が立ってるから、親睦会なんて開こうかなと」
「わ! いいですね! いいですね! わたし飲み屋に行きたいです!」
イリーナがすぐに食いつく。
「え、えぇー?」
アマンダが不思議そうな顔をしてイリーナの方を向いた。
「アマンダは都合が悪い?」
アダムが問いかける。
「大丈夫です」
アダムが話を続けた。
「それでさ、layer2の飲み屋に行こうと思うんだ」
「はぁ! layer2?」
二人が驚いて声を上げた。
「常人層より美味しい食べ物があるんだって」
「私ってlayer2に行ったこと無いんですけど」
「私もない」
「じゃあ行こうか!」
アダムはマイペースに話を進めた。
仕事が終わり、アマンダが会議室へ戻った。
「そう、あんずは来れないんだ。じゃあまた今度、二人で一緒に行こうか」
アダムが電話をしていたが、すぐに受話器を切った。
「あんずは来れないってさ。みんなに紹介したかったんだけどね」
「そうですか」
アマンダが答えた。
やがてイリーナもやってくる。
「シャワー浴びてまいりました! じゃあ行くんですか?」
「うん、行こうか」
いつもとは違う別の降臨室に向かいlayer2へ移動を行った。
三人は漁港近くの繁華街にある居酒屋にいた。
狭い空間にたくさんの人が詰めて座っており、非常に活気のある店であった。海鮮が専門であり、頼んだ料理はどれも大きかった。
「こう言う場所って初めてかもしれない」
アマンダが言った。
「私も無いよ、layer2って面白い場所なんですね」
イリーナが続けていった。
「私も最近知ったんだ」
アダムが答えた。
「ところで、アダムってlayer2の言葉を喋れたんですね」
アマンダが問いかけた。
「うん、次はここで仕事すると思うから、最近言葉を覚えたんだ」
「そうなんですか。layer2って危険な場所って聞いてたし、危険専門のアダムが行こうって言うくらいだから、すごく嫌な予感してたんです。でも平気みたいですね」
「layer3よりもなら安全だよ。だけど治安はlayer1よりもは悪い。安心は出来ないかもね」
アダムが言った。
すでに三人はお酒を飲んでおり、特にイリーナは遠慮なく飲み食いしまくっていた。
「おいしい! ねえ、すごく美味しいよこれ!」
笑顔でイリーナが二人に言った。
「お前さあ、本当に一体何なんだよ」
アマンダがつぶやく。
「なに? こんな場所で説教するつもり?」
「いや、そうじゃないけど。ちょっと、アダム。聞いてくれませんか?」
「何?」
酔っぱらいモードに入っているアマンダへ、アダムが返事をした。
「イリーナってば、私と天界で久しぶりに再開したとき、私の花束を平手打ちで叩き落としたんですよ?」
「そうなの?」
アダムがイリーナに話題を振る。
「そんなこともあったかな」
「それでさ!」
アマンダが続ける。
「あんたとは馴れ合う気はない!って怒鳴られてさ、私、すごく怖かったんだから。それが今では何なの? 本当はここにいる人はイリーナじゃないんじゃないの?」
「私は今でもアマンダなんかと馴れ合う気はないですけど!」
イリーナは酒を飲みながらつぶやいた。
「ははは。複雑な関係なんだね」
「この生魚美味しいよ! 寄生虫とか大丈夫なのかな!」
アマンダとイリーナはとにかくよく喋った。
アダムはそれを適当に受け流していたものの、極力全部暗記しようと努力していた。二人の関係は微妙によく分かっていなかったからであった。
仲は良くないのだろう、しかし完全に悪いとも思えない。何故かイリーナの方が、アマンダに近づいて行っているように見えた。しかしイリーナはそれを全く自覚していないようであった。
酔っぱらいに絡まれながら、それから結構な時間が経過した。
二人はまだ元気に飲み食いをしていた。
「ねえ、これ美味しい! もっと頼んでいい?」
「私は酒がいいんだけど!」
「いや、そろそろここを出ようか」
アダムが言った。
「え! まだ始まったばかりだけど!」
「そうだよ、なんでそんなこと言うの!」
二人がアダムに絡み合う。
「まあ落ち着いて。結構な時間が立ったんだよ。それにlayer2ってのはなんだかんだで危険だから、取り敢えずlayer1に戻ろうか」
「うーん、そうですね、続きはlayer1でやりましょうか」
アマンダが酔っ払いながら言った。
三人が降臨室まで歩く。
アマンダとイリーナは完全に酔っ払っており、二人で体をぶつけ合いながら叫んで歩いていた。
(大丈夫なのかな、この二人は。)
アダムは不安に思うものの、少なくともlayer2の通り道には同じような酔っぱらいがいたので目立たなかった。
それから降臨室を通ってlayer1に戻る。
「じゃあ、今日は私はこれで帰るから」
アダムが言った。
「えー!」
「えー!」
「二人はもう少し飲んで行ったらどうかな。明日の業務はお休みにするから」
「いや! 行きますから!」
イリーナが言うものの、すぐアダムが優しく言い返した。
「来れたら来るでいいよ、じゃあアマンダ。後はよろしくね」
「わかりました!」
そう言うとアダムはすぐに歩きだし、去っていった。
「ねえアマンダー! 私まだ飲み足りないのー!」
「わかったから。じゃあ行こうか」
二人が歩き出す。
気がつくとアマンダは、イリーナを引きずるようにして歩いていた。
「あんたの家はどこ? 運んであげるから」
「ひみつー」
「おまえ、本当にフリーダムだな」
アマンダは口を割らないイリーナを自宅へと連れ込む。
「ほら、寝ろ」
「うーん」
ソファーにイリーナを寝かせて、毛布をかけてやる。
しばらく沈黙する。
アマンダは構わずにテレビの電源を入れて、それをずっとながめていた。
「ねえ、アマンダ」
イリーナがポツリと声を掛ける。
「なーに?」
「今日はごめんね、そしてありがとう」
「いいよ」
「明日から業務頑張るからさ、じゃあねお休み」
「うん」
イリーナが寝る。
アマンダも寝ようと部屋の明かりを消す。それで本日は終わると思っていた。
数時間ほど経って、時間は真夜中であった。
物音でアマンダが目を覚ます。暗闇で動く陰があり、それがイリーナだとすぐに気がついた。
「どうしたの?」
暗闇の中でアマンダが問いかけるが、どうも様子がおかしかった。
急いで部屋の電気をつける。
イリーナはソファーの上で頭を抱えていた。
「ちょっと、本当にどうしたの!?」
アマンダが駆け寄った。
そしてイリーナの体に触れたとき、イリーナの顔が恐怖に歪み、そして強く拒絶した。
「嫌!!」
自分の体を掴み、ガタガタと震えだす。
「い、イリーナ、あなた」
しばらく待ってもイリーナは落ち着かない。
「そうだよな。イリーナは」
震えは止まらない。イリーナはこちらを見ようともしない。
「天使になったばかりだし」
ようやくイリーナはアマンダの存在に気がつく。
体を震わせたまま、イリーナは何とか声を出した。
「ご、ごめんなさい。でも、私、たまにこうなっちゃうんです」
「いいよ」
「夜になると・・・。本当に、ごめんなさい・・・」
「いいって。イリーナはずっと一人で頑張ってきたんだもんね」
しばらくイリーナの方を見ていた。
だがイリーナは自分の頭を両手で締め付けたままアマンダを見なかった。
どうしたらいいのかわからない。
だが、放っておくわけにも行かないだろう、アマンダが思った。
イリーナに近づき、震えるイリーナを抱きしめた。
「いっ!!」
一瞬、イリーナは拒絶の声を上げる。
反抗は予想できていたため、少し強めにイリーナを体に引き寄せて腕で締め付ける。
「大丈夫、大丈夫だから」
イリーナを固定したまま、アマンダがソファーに移動して座る。そしてイリーナの顔を、自分の胸に埋めて抱きしめてあげた。
「もう大丈夫だから」
「え・・」
イリーナが顔を上げる。
「もう大丈夫だよ、イリーナ。ここは安全な場所だから。安心しなよ。私が一緒にいてあげるから」
「あ、アマンダ・・・」
しばらくは何も動かなかった。
ずっと沈黙が続いた。
静寂の中、イリーナがアマンダの体に手を回す。
そして強く抱きしめた。
「そう、大丈夫だから」
「ごめんなさい、アマンダ」
「なに言ってるの。あなたを守ってあげる。ずっと、ずっと守ってあげる。ずっとそばにいてあげる。だから安心して眠りなさい」
「うん」
再び静寂が訪れる。だがイリーナの様子が変わる。
体の震えが止まる。
腕の力も緩まっていた。
アマンダはイリーナが眠りにつくまで、ずっと頭をなでてあげていた。




