天使管轄区域4
時期は大きく過去に遡る。
現在からちょうど一年前。
ふみがまだlayer1に居なかった時代の話である。
天使層活動区域。通称、天界。大天使を含む、天使が活動する区域である。
一人の女性が悪魔層活動区域に存在する一つの建物に立っていた。
「エンジェルゲート」
扉の文字を読み上げてから、一人建物の入り口に入っていった。
フロントの人に話しかける。
「こんにちは。天界へ行きたいんですけど」
「それではあなたの位とお名前をお聞きしたいのですが」
「イリーナ。天使層・天使イリーナ」
名前を聞いて、フロントの人が少し驚いたようだった。だがすぐにイリーナの方を向いて、手続きを進めた。
「かしこまりました。それでは生体認証をお願いいたします」
「え! あっちに行くだけで認証するの?」
「エンジェルゲートの利用は初めてでしょうか。生体認証、つまり血判はゲートを利用するたびに必要となります。しかし傷は私たちがすぐに癒やすため、痛いのは一瞬だけとなります」
「ごめんなさい、変な声だしちゃって。いいよいいよ、認証くらいやるから」
イリーナがナイフを取り出して指に傷を付ける。フロントから差し出されたデバイスに塗るとディスプレイに文字が現れた。
「天使層・天使イリーナ。認証が完了しました。ご協力ありがとうございます」
フロントの女性がイリーナの手を優しく持ち上げて、傷口に棒のようなものを付ける。すぐに血が止まり傷が無くなった。
「ありがとう」
「ゲートは奥の方になりますが、ただ廊下を歩いていくだけで天使層活動区域に繋がります」
「わかった」
イリーナがフロントに一礼して立ち去る。
通り抜けると公園に連結しており、木々と噴水が目の前に現れた。そこは悪魔層管轄区域、常人層管轄区域とほぼ大差ない。
さらに向こうの正面には大きな建物が見えており、それはイリーナがよく知っているものであった。
「あれが大天使堂かぁ」
思ったよりも感動がないと思っていた。
大天使堂とは、天使の行政機関であり、いつも大悪魔へ命令を下す建物であった。悪魔層管轄の役人たちの一種の憧れでもあった。
イリーナも天使になることを目指し、いつも大天使堂を目標に生きていた。だが目の前にある建物は、意外なほど普通の建物であった。
「なんだかな」
大天使堂に向かって歩く。
天使の初回講習は大天使堂で行なわれる。
「天使と悪魔の違いは大きく三点あります。一つは悪魔の義務から解放されること。そして一つは天使の権限が付与されるということ。これはただの許可制なので、あなた自身に変化が起きたのではなく、周りが変わった事になります。そして最後の一つは天使の能力が使えると言うこと。これは天使細胞の受肉によりあなた自身が変わったものとなります」
「まあ、そうだね」
分かりきったこと。しかし説明担当の天使も、説明する義務があるため仕方がなかった。
「これは覚えておいて欲しいのですが、権利と能力の内容は、必要に応じて自分で調べていかなければいけないと言うことです」
「誰も教えてくれないってことね」
「一人でやっていくならそうなると思います。でも業務を通じて、先輩や雇用主が教えてくれると思います」
「業務ねー」
「天使は悪魔と違って非常に自由です。一人で全てを調査し、自分だけで仕事をする事が許されます。そうではなく、大天使の業務補佐をする事もできます。規約を無視して堕天使になることも許されますし、また何もせずにいることさえ許されます」
イリーナが驚いて聞き返す。
「何もしないって、怒られないの?」
「怒られません。大天使だと概念基盤の神に怒られますが、天使だと許されます。まあ、大天使も怒られないようなものですが」
「へ、へえー」
「どちらにせよ大天使の上司は必ず付きますので、上司と相談して自分の道を決めるのが良いかと思います」
「わかった」
簡単な説明が終わりイリーナは解放される。
イリーナにはやりたいことがあった。悪魔層管轄、および常人層管轄である。
今までのイリーナは大悪魔として天使の命を受けて仕事をしてきた。だが天使となったイリーナは、大悪魔に命を出す立場になる。
イリーナは今までさんざん天使にこき使われてきた。だが今では悪魔を使う立場になった。だから悪魔に命を下すのが自分の使命であり、そうやって世界に貢献することが当たり前のことだと信じていた。
「大天使補佐業務希望の方ですね?」
「はい、今日は見学に参りました」
大天使堂・第一会議室。その部屋は悪魔層にある悪魔堂・第一会議室と遠隔で繋がっている場所である。大悪魔たちは会議室に集まり、そして天使たちと対峙する。無茶な要求を天使への拒否権ではねのけ、自分たちの要望を理論で突きつける。
過去、悪魔と神の戦争は神の勝利によって終結した歴史がある。だが平和を維持するために、大悪魔と大天使は会議と言う形で戦いを行っていた。
その前線に大悪魔として立っていたイリーナは、今は逆の立場で再び戦いに参加しようとしている。
部屋はいくつかの場所で区切られており、中央に座っているのが議長を務める大天使たちであった。中央の壁は悪魔棟の会議室につながっており、向こう側には大悪魔が並んで座っている。
「大悪魔、エリザベス」
イリーナが無意識につぶやいた。
以前、大悪魔イリーナとして会議に参加していたときは、いつもエリザベスの後ろ姿を見ていた。だが今は真逆。イリーナは部屋の脇で見学している立場とは言え、エリザベスの正面に位置する場所にいる。
エリザベスは老婆である。
大悪魔時代のイリーナは、同じ大悪魔と言えどもエリザベスとは敵対関係にあった。エリザベスは元大悪魔アマンダ率いる派閥の一派である。イリーナはアマンダとは考え方が全く会わず対立していた。だからこそ、エリザベスも敵として認識していた。
今までエリザベスを恐れたことはない。
だが天使と対峙するエリザベスの姿は立派だった。一言で表すなら狡猾な老婆。若い天使など、敵ではないと無言で挑発しているようにさえ見える。アマンダ一派の正当な後継者としての自信があるのだろう。外見はしわくちゃな老婆そのものでありお世辞にも美しくない。だが天使と対峙するエリザベスは、どういうわけか美しく感じた。
「以前、向こう側にいた立場としてはどうですか?」
イリーナが天使に小声で話しかけられる。
「どうと言われましても。ただ知っている人たちから睨まれる立場にいるというのは、自分が変わったんだなと実感させられます」
「私たちは元大悪魔の人たちを歓迎しますよ。大悪魔との会議が終わったら、次の作戦会議のため、天使たちが集まりますので、そこに参加してくれませんか?」
「はい、お願いします」
作戦会議とは、神からの要求が大悪魔へ伝えられたか、また大悪魔から天使への要求はどうなったかの確認を行うものである。神と悪魔の扱いを今後どうしていくかについてが主な内容であった。
部屋は作戦会議専用の場所が用意されており、壁一面は黒板となっていた。たくさんの資料が磁石で貼り付けられており、全てが余す所無く利用されている。
建物自体は天使にふさわしい装飾がされており、天井や床には芸術的な模様が施されているものの、テーブル、机は使い勝手の良い簡易的なものであり、ほとんどの備品が実用重視で選ばれていた。
「大天使堂の中って、普通の会議室みたいなんですね」
イリーナがつぶやいた。
「作戦会議室だけだと思うよ、一番活発に使われている場所だからね」
ボールペン、鉛筆、消しゴム、付箋紙、のり、コピー用紙など、全てが安く大量に仕入れられるものである。しかし大悪魔の会議室も似たようなものだったと思い返していた。
大悪魔出身のイリーナは作戦会議に参加した。
今までイリーナを敵として認識していた大天使たちだったが、非常に厄介だった大悪魔イリーナが仲間になってくれるということを喜んでいた。イリーナも同じような気持ちであった。
しばらく話し合いが行なわれる。
そして解散となろうとしているときに、イリーナが話しかけた。
「所で、アマンダはいないんですか?」
「アマンダ?」
一同が静まる。それは単純に誰も知らなかったからだ。
「アマンダって天使になってたの?」
近くの天使の女性が質問した。
その返答は隣の男性が行った。
「知らないの? 一時期、アマンダが天使になったって、ここでも随分話題になったもんだけど」
「ああ、そうなんですか。たぶん私が来る前の話ですねー」
女性が笑って答えていた。
「ということは、アマンダはここには来ていないってこと?」
イリーナが驚いて話しかけた。
男性がイリーナに答えた。
「自分が知っている限りだと、アマンダは一度だけ来たことがあったはずだ。それからは見かけないね。別の仕事をしてるんだと思うよ」
「そうですか」
悪魔管轄業務は終了。一同は解散となった。
それからイリーナは色々な場所をめぐった。
大天使補佐は様々な業務が存在し、見学に行くことが許されている。大悪魔管轄以外にもイリーナが興味を持ったものに積極的に参加していた。天使は、大天使補佐に手当たりしだい参加することが神から推奨されていた。
イリーナはいつでも無意識に考えてしまうことがあった。
「アマンダがいない」
元大悪魔アマンダは大悪魔のトップであった。イリーナとは考え方が合わない。だからこそイリーナの敵であり、いなくなるべき存在であった。
大悪魔イリーナは、裏ではアマンダを殺そうとしていた。
抹殺して自分が組織を乗っ取る。それが世界で正しい道だ。アマンダはイリーナのそんな狙いに気がついており、エリザベスでさえ知っていた。
時が経ち、アマンダは大天使を退職した。体力的な問題であると聞いていた。そうして、憎きライバルが一人いなくなった。イリーナの望んでいた状況になったなずなのに、イリーナは大悪魔の業務と並行して天使昇進試験を受けていた。
天使になってから、イリーナは真っ先にアマンダを探していた。
「アマンダが行きそうな場所は悪魔管轄。常人層管轄。それ以外に思いつかない。でも全然いない。関係者に聞いても見たことがないって言う。どうなってるの?」
場所は大天使堂前の公園。
エンジェルゲートをくぐり抜け、イリーナが一番最初にたどり着いた場所である。ベンチに座ったまま昼食を取る。本日は何もしないでいることに決めていた。
「あんなクソババアに会って何がしたいんだか」
イリーナの周りには誰もいなかった。
悪魔層との入り口に設置されている公園のため、場所によっては非常に大勢の人が行き来する。だがわざわざ休憩用に用意されているベンチがある広場は誰も利用していないようで、イリーナしかいなかった。
だからこそイリーナはこの場所によく来ていた。
一時間ほど何もせず噴水をながめていた。
こんなにゆっくりしたのは何十年ぶりだろうとさえ思っていた。
気が緩んでいたため、イリーナは一人の女性が近づいてきていることに、全く気がつかなかった。
「イリーナ」
突然話しかけられて驚く。
顔をあげた。
そこには見たことのない若い女性が立っていた。
「どなたですか」
イリーナの顔つきが変わる。
女性は花束を持っていた。歳は20代であり若い。だが天使の外見ほど当てにならないものはない。イリーナは、その女性がほぼ間違いなくクソババアだと確信していた。
「天使アマンダ」
「へえ」
イリーナが立ち上がる。今まで忘れていた闘争心が燃え上がった。今すぐこの女を叩きのめしたい、そんな思いとともに、目の前にいる女性を睨みつけた。
だがアマンダは全て理解しているかのようにしていた。
「イリーナが天使になったって聞いて驚いたよ」
アマンダが話しかける。
「私はあんたが天使にいるって聞いて、嫌な気分しかしないけどね」
アマンダはずっと笑顔のままであった。
そして持っていた花束をイリーナに手渡そうとした。
「天使の昇格おめでとう」
すぐそれを平手打ちで叩き落とす。
アマンダの手から花束が地面に落ちた。
「あんたとは絶対に馴れ合わない」
イリーナが睨みつけた。
だがアマンダには予想できていた行動のようであった。
「まあ、待ってイリーナ」
地面に落ちた花束を広い、そしてアマンダはすぐそばのベンチに腰掛けた。
「イリーナは大天使堂で働くんでしょう?」
アマンダが問いかける。
「そうに決まってるでしょ? 所であんたは一体どこにいたわけ? ずっと探してたのに、どこにもいなくて探すの諦めてたんだけど」
「私を探してどうしたかったのさ」
「面倒なやつがどこにいるかくらい把握しておく必要があるでしょ?」
「これはまた、大悪魔辞めてから随分攻撃的になったな」
「もう私はあなたの下じゃない。アマンダと同じ、天使だ!」
イリーナの語尾が強くなる。
「私はさ、」
優しく話しかける。
そんなアマンダの余裕がイリーナには気に入らなかった。
アマンダが会話を続けた。
「私はlayer3の仕事をしてるんだ」
「え、layer3?」
予想外の言葉。
「そう、layer3。今後は大天使になってlayer3専門でやっていこうと思ってね」
「layer3って、なにそれ。じゃあ大天使堂にいなかったのって」
「うん、悪魔層管轄はそもそもやってない。今日私がここに来たのも、イリーナに会いに来ただけだから」
「え、そうな、の?」
イリーナの語尾が弱くなる。
「イリーナは立派な大天使になって、悪魔層管轄を務められると思う。私の下で大悪魔をやってきたときから、イリーナだけは他の大悪魔たちと全然違っているのがわかったよ」
「なによそれ」
イリーナはなぜかアマンダに強く言い返す気が無くなっていた。
「私は多分死ぬまでlayer3をやるからさ、もうイリーナとは会うことがないと思う。だから言っておこうと思ったんだ、大悪魔エリザベスをあんまりいじめないであげてね。そんなの無理だって言い返されるのはわかるけど、エリザベスって悪魔層想いだし天使の事情もよくわかってる貴重なやつなんだ。私と同じ派閥だってことでエリザベスが嫌いかもしれないけど、きっとわかってあげられると思う」
「ちょっと待て、会うことがないって!」
声を張り上げるイリーナに、アマンダが再び花束を渡そうとした。
「イリーナ、天使昇格おめでとう。そしてさようなら。もう二度と会うことはないと思うけど、私はイリーナのことを応援している。頑張ってね」
花束を受け取ってしまう。
その無意識の行動にイリーナ自身が驚いているとき、アマンダは後ろ姿を見せて去って行った。
イリーナはただそれを呆然と見ていた。
「なんなの、それ」
次の日、悪魔層管轄の業務を終えて、イリーナは一人で公園に来ていた。日は暮れようとしており、辺りには誰もいなかった。
そんな中で、イリーナが独り言を喋る。
「アマンダがいなくなって、嬉しいと思ってる」
それは自分の偽りのない本心であると確信していた。
「あのクソババアは私の天敵だ。だから悪魔層管轄を行う上で、あいつがいなくなったのは本当に嬉しい。天使にはあいつ以上の曲者がうようよいるのは間違いないが、それでも楽になったのは間違いない」
おそらくは本心。
しかし引っかかることがあった。
「でもアマンダがいないと言うことは、本来倒したい人がいなくなったわけで」
気持ちの整理がつかずに混乱する。
どういうわけか、イリーナはずっと混乱していた。宿敵がいなくなった。それは確実なはずなのに、何故か心に穴が空いたように思えていた。
「私はアマンダを打ちのめしたかったの?」
今までアマンダに向けていた憎しみが、行き先を失ってイリーナの中で暴れまわっていた。
「やっと対等になったのに。同じ大悪魔なのにあいつだけ手の届かない場所にいて。やっと同じ土俵に上がれたってのに、あいつはもう全然違うところを見ていた」
イリーナは意外な喪失感を覚えていた。
「あいつを打ちのめすことが私の目的だったっていうの? 私は一体何がしたいの?」
冷や汗が流れ、頭からポタポタとしずくが落ちる。
「ちょっとまって。おかしい。私の闘争心が、出てこない」
全く気がつかなかったこと。イリーナの中で、アマンダは良くも悪くも特別な存在であったことに気がつかされた。ライバルが居なくなり、目的が揺らいでしまっていた。
しばらくその状態で固まっており、気がつくと辺りは真っ暗になっていた。
「なにこれ? なんでこんなに暗いの?」
我に返り、自宅へと歩み出した。
アマンダに会ってから、心が落ち着かなかった。嫌いなやつがいなくなった。ただそれだけなのに、心が異常なまでにかき乱されているのがわかった。
一晩悩んで、次の日も公園に来ていた。
「一つわかったことがある」
誰に言うわけでもなく、上を向いて青空を見ながらつぶやいた。
「私はlayer3を知らない。全く知らない。それは許されることなんだろうか」
広大な砂漠のような場所で、イリーナは一人走っていた。
正確にはたくさんいた天使に置いていかれて、一人だけになってしまった。
「はあ、はあ、なにこれ、つらい」
ふと顔を上げると、業務担当の天使がイリーナの前に立っていた。
「どうだい、体力がないとつらいだろう?」
「ごめんなさい、みんなに全然ついていけませんでした・・・」
「まあ、少し休もうか」
天使の男性は、イリーナの情けない姿を見ても何も思わないようだった。
男性がイリーナにペットボトルの水を渡す。
「ありがとうございます」
「君のように体力がない天使が見学に来るって結構あることなんだ」
「ごめんなさい、layer3のことって全然知らなくて」
「いや、いいよ! 勉強になっただろう? 別に次も来てもいいんだ。そうやって体力をつけていって、立派にやっていく天使って結構いるし」
「そ、そうですか。はぁーー」
男性は優しかった。
イリーナが動けるようになったことを見計らって、男性が声をかけた。
「今日はこれで終わりにしよう。天使の翼で戻ろうか。だが、その前に言っておきたいことがある」
「はい、覚悟しています」
「いや、怒るわけじゃないからさ」
初めて参加したlayer3の業務は、ひたすら体力が必要であった。そのせいで、今まで悪魔層管轄のみをやってきたイリーナは全くついていけなかった。
男性が話を続ける。
「layer3に体力はどうしても必要だ。そうしないと、天使だろうが死んでしまうんだよ。あそこは危険な世界だからね。でも天使だと体力を付ける効率的な方法がいくらでもある。それは自分の体の相性もあるから自分で調べてほしいんだが」
「ああ、そうなんですね」
「でもとにかく考えてみて。自分がlayer3の業務に本当に合っているか。特に元大悪魔であるイリーナが本当にlayer3をやる必要があるのかどうか」
大悪魔と言う語を聞いてイリーナが驚く。
男性は本当は言いたくなかったことのようだった。
「ありがとうございます、よく考えてみます」
「うん、個人的にはね、私はイリーナを歓迎しているよ」
男性の天使は最後まで優しかった。
次の日、別のlayer3業務に参加したが、前回と変わらずイリーナはついていけなかった。
担当の天使二人がイリーナが向き合って話している。
「この時期には、色んな天使が業務にやってくるんだがな、イリーナの場合は」
男性の天使はかなり難色を示していた。
「お前は、layer3をやめろ」
「なんですって!?」
イリーナが叫ぶ。
「向いてねえ。今日以降やめろ、この業務にも来るんじゃねえぞ」
「ちょっと待って下さい、いくら何でもあんまりじゃないですか?」
立ち上がって抗議するものの、男性は引き下がらなかった。
「うるせえ、向いてねえんだよ。後は知るか。もう来るなよ」
そう言うと男性はイリーナを無視して部屋から出ていった。
「何なのあれって! 言い方ってあるもんじゃないの!?」
イリーナが怒りを現す。
そんな様子を見ていたもう一人の担当の男性が優しく問いかけた。
「ごめんなさい、イリーナ」
「あ、ええ」
突然声をかけられてイリーナが慌てる。
男性は続けて言った。
「でも、あの人の言うことはそんなに間違ってないです。イリーナはこのまま続けると、layer3で死んでしまうかもしれません」
「う、」
イリーナの動きが止まる。
「あ、ごめんなさい。気に障りましたか? でも、あの人の言いたかった事って、あなたには死んで欲しくないって事だと思いますよ。じゃあ素直にそう言えって思いますけどね」
「そう、ですか」
「落ち込まないで下さい。layer3って独特で体育会系的な所があるんです。一度、イリーナは肉体強化を検討してからlayer3業務に戻ってきたらどうでしょうか? きっとlayer3業務をもっと楽しめると思いますよ」
「ありがとうございます、あなたに優しくされて、ちょっと嬉しいです」
「あの人には絶対に言っておきますから。もうあんな失礼なことを言うなって。興味があるならまた来てくださいね」
「いえ、興味があるとしても、次に来るときはもっと体力をつけてから来ます。本当に、ご教授ありがとうございます。あと、あの人にもごめんなさいって言っておいてくれませんか」
イリーナは素直に自分の非を認めることにした。
「わかりました」
その日は解散となる。
真っ暗な公園の中で、イリーナは一人ベンチに座っていた。
「私が落ち込むことはない」
実際にイリーナの精神はかなりタフだった。
「明日も別のlayer3業務には行くけど、肉体強化はなんとかした方が良さそう」
そんなことをブツブツとつぶやきながら、ふと我に返る。
「なんかいいな」
だがイリーナの顔つきは大分輝いてきた。
「アマンダに会ってよかったかも。layer3業務って全然うまく行かない。私の知らない世界があって、私には向いてないって言う人がいる世界がある。つまり、私が超えなければいけない世界だってこと。あのクソババアに感謝しなきゃ!!」
数日後、layer3業務3回目で天敵に会う。
そこは小さな会議室であり、椅子が乱雑に散らばっていた。イリーナが来たときは誰もいなかったため、適当に近くの椅子に腰を下ろしていた。
やがて足音が聞こえてくる。
ドアが開き、部屋にいるイリーナを見て驚きの声が上がる。
「い、イリーナ!?」
その女性はアマンダ。
「ついに見つけた」
イリーナに驚いた様子はなかった。
「ちょっと! なんであんたがここにいるの? 部屋間違えてるよ、と言うか建物自体間違えてるよ、と言うか業務自体間違えてるよ?」
「私はlayer3の業務しに来たんだけど」
「何バカなこと言ってるの!? 早く帰んなよ、マジで帰って! ってかあんた怖い!」
「別にいいでしょ!」
アマンダがイリーナの体を掴んで部屋から出そうとする。
「かえれええ!!!」
「いやだああ!!!」
そのとき後ろのドアがあき、一人の男性が入ってきた。
「何してるの・・・」
「あ、アダム!」




