霊能力編1
試験を合格した瀬戸ふみは、強制昇進試験ゴールと同時に、そのままlayer1の病院へ緊急入院となった。だが重症は無く、細かなケガ自体は即日癒やされ、すぐに全くの健康状態となる。しかし数日間は病院で隔離された。病院内は別世界であり、話している言葉自体が異国のものであった。
意思疎通ができず、何を言っているのかわからないテレビをずっと見続けるという、全く暇な時間を数日過ごした後、訳もわからずある建物に連れてこられた。
扉には見覚えがある文字で、「治安維持層・分析業務」と記載されていた。ノックもせずに扉をあけて中に入る。部屋は広く、机がいくつも置いてある、事務室のような場所であった。部屋の隅を見ると休憩所のようなスペースがあり、ガラスのテーブルを挟んで薄汚れたソファーがおいてある。そこには試験官であった佐々野暁斗が座っており、ふみの方を向いていた。
改めて二人はソファーに向き合って座った。
「俺はlayer1治安維持層・分析業務担当の佐々野 暁斗です。あなたの上司になるので、これからよろしく」
「佐々野さん、こうしてまたあえて本当に嬉しい」
佐々野も同じ気持ちであったため、二人は顔を合わせて笑顔となった。
「私のことはふみと呼んで欲しいです。でも私は佐々野さんって呼びますので」
「あ、ああ。わかった」
「ふみっちでもいいですよ」
「いや、ふみと呼ぶよ」
二人はリラックスしたまま、佐々野が話を続けた。
「ふみは立派なlayer1の人間となった。だから、仕事はバイトのような扱いでするわけではなく、治安維持層の分析業務という、ちゃんとした部署の仕事をしてもらう。残念だけど常人層の位がない今のふみに拒否権はないんだ。でも強制昇進の義務のように、あそこまでひどい扱いは無いから安心して欲しい」
「へえー」
ふみが佐々野の顔を覗き込んで笑顔を見えた。
「気になるんですが」
「何だい?」
「私が仕事をするような流れで説明されてますが、拒絶した場合はどうなるんです?」
「うーん、拒絶か」
佐々野は少し困ったように考えていたものの、やがて口を開いた。
「あんまりいいことにはならないよ。強制昇進の義務のような扱いはないものの、反抗し続けた場合は命の危険もありうる」
「私は佐々野さんと働くためにこの場にいますので、拒絶することはありません。だけど、どうなるかは知っておきたいと思いまして質問しただけです」
「働く気になってくれてるなら嬉しいよ」
少し安心したように佐々野がつぶやいた。
「どんな仕事なんですか?」
「ふみのような、あまりにも実力がある人に出会って、その能力を調査する。あるいは強制昇進させて、試験監督を行う」
「ふぅん」
ふみの態度からは本当に理解しているか分からなかった。それどころか、まともに聞いているかどうかすらよくわからない。
「私って実力あるんです?」
「ある。第一にlayer2で多くの人間を殺しているということ。第二に強制昇進を俺の前で見事にクリアしてみせたこと。どちらも普通の人間じゃ無理なことだ」
「うーん、私の犯罪のことを言われると、何だか複雑な気分です。佐々野さんに全部知られてるってことは、逮捕されちゃうんでしょうか」
「逮捕はされない。罪はlayer2で犯したものだからね。ふみはもうlayer2の人間じゃない。だからlayer2の人間では、警察であろうと裁判官だろうと、誰もふみを裁くことはできないんだ」
「そうですか」
ふみは自分の過去の犯罪のことを話したくはないのだろうと思い、違う話をすることにした。
「いきなり業務についてくることは無理なので、まずやって欲しいことは体力づくり。あとは言葉。layer1固有の言葉があるんで習得して欲しい。加えてlayer2の、ふみにとっての外国語も」
「病院にいた時から思ってましたけど、やっぱり私の母国語じゃダメなんですね」
「うん、大変だろうけどlayer1の言葉は覚えてもらうよ。語学の先生は手配している。体力づくりのメニューも用意している。体力づくりは俺もやってるから、ふみとは毎日一時間ほど一緒にランニングを行う」
「一時間も? 私そんなに走れませんよ」
「がんばれ」
佐々野が笑顔で言った。ふみも断るつもりはなかった。
「はい」
朝から佐々野の説明を受け、昼前には一通りの話が終わっていた。
「今週はlayer2からの引っ越しだけにしておこう」
「いま住んでるところを解約すればいいんですか? 引越し代なんて持って無いです」
「また戻ることはあるから、そのままでいいよ。冷蔵庫の中が腐らないように、ナマモノを捨てて来ればいい。不在中に部屋代とか、公共料金とか、色々とお金が必要になるだろう。当然layer1から出るけど、今すぐ欲しいだろうから手配するよ」
「ありがとうございます」
そう言うと、部屋の奥から紙袋を持ってテーブルの上にのせる。
「一千万ある。足りなかったら言って」
「本当ですか? もうお金の感覚めちゃくちゃですね」
「それ返さなくていいから、全部持っておいて」
現時点でのふみの年収は二百万程度。一千万の束を自分のお金として持つのははじめてであった。
「あと引っ越しは転出届とかじゃなくて、国籍どころか世界すら変わるので、市役所県庁じゃだめ。総務省本部に自分で行く必要がある。この日、この時間に、絶対に本人が来てくださいとのこと」
「ええー、なんですかそれ。ソーム何とかってなに? どこにあるんですか?」
「国の行政機関だよ。あっちから場所の指定があったんだ。日時と場所はこれに書いてる」
「なんか悪い夢を見てるような感じがしてきました」
「たぶん国のトップの人に会えると思うよ」
ふみは渡された書類を見ながら少し考えていた。
「佐々野さん。今の私ってその国のトップよりも高い地位にいるわけですよね」
「そうだ。だからこそ国の代表が、ふみに対してこれからも仲良くしてください、みたいなことを一言お願いしてlayer1に送ることになる。本部署であるlayer1治安維持層とはlayer2との中間管理を担う層のため、彼らの対応は今後の仕事として、ふみに営業するという面で必須のものとなるわけだ」
「でも、私はなにもしていないし、なにも変わっていませんよ? それなのに、いい学校行って、エリートになって、誰かに選ばれて、それで国のために命を削ってきたような天才たちが、何もない私より下になるというのは、あまりにおかしい」
突然、ふみの声色が固くなる。
その豹変に佐々野は驚いてしまった。
「いや、そう思うかもしれないが」
佐々野は少し悩んで止まってしまった。
「あ!」
その沈黙にすぐ気がついてふみが慌てて声をあげる。
「ごめんなさい。ちょっと気になっただけなんで。私はlayer1の事を全然知らないし、世界がそうなっているには理由があるはず。もう少し考えてきますね」
「説明できなくてごめんな。当日は失礼がないようにさえしておけば問題ないと思う。本当は、あっちから絶対に迎えに行かせてくださいとの事だったけど、ふみはこれからいろんな役所に頻繁に出入りするようになると思うから、勉強だと思って歩いて行ってきて」
再び佐々野が部屋の奥に行き、何やら物を取り出してきた。
「コレを持って行って」
「なんですか?」
ふみが受け取ったのは、革製の鞘に収まっている大きなナイフであった。
「あげる。小さいのが無かったからでかいけど、今後の仕事で使うから持っておいて」
「またケモノとでも戦うんですか?」
「いやそうじゃなくて、認証に使うんだ。それ持ってlayer2に行ってきて」
「はあ、認証ですか」
それからしばらく佐々野の説明を受ける。layer2でやること、layer2への移動の仕方、layer1への戻り方、など。
佐々野と別れて建物を出た。それから別の建物の降臨室と呼ばれる部屋に行き、layer2への移動を行った。ふみにとって久しぶりのlayer2。佐々野より大金を受け取っているため、指示通り家に帰って荷物の整理を行う。
バイト先へ退職の連絡を入れ、大家に長期不在にするための連絡を入れる。一週間は少し短すぎると感じたものの、逆に全てを捨てるにはちょうどいい時間かもとも思った。
「あ、みっちゃん? 最近どう〜、元気してる?」
友達にも連絡を入れておく。
「うん。次の仕事決まったんだ。ちょっと連絡取りづらくなるかも」
layer1の話は避けることにした。詳しく言うと時間がかかるし、何よりふみ自身の犯罪の詳細を伝えたいとは思えなかった。
部屋で一人になり落ち着いていた。
時計は夕方の5時を指していた。
「なんか夢みたいだったな」
部屋に戻ると、いつもの匂い。
そこでようやく日常の感覚が蘇る。
今まで起きたことがすべてが嘘であったかのように思えていた。
「突然、目が覚めたら佐々野さんがいて。何日もひたすら走って、腕と右足を壊されて」
しかし自分の足を見ても、ケガ一つない。
「本当だったのかな。なんか全部嘘くさい」
床に寝転んで薄暗い部屋の天井を見る。
「いつもこうやって、自分には何が出来るかって考えて、ひたすら人とつながる事ばかり考えてたのに。自分勝手な欲望のために人の尊い命を沢山奪って。どうして自分は罰せられたり、ひどい殺され方をしないでここに戻ってきたんだろう。佐々野さんはどうして私のような悪人を殺してくれなかったんだろう!」
ふみが起き上がり、何気なく机に目を移す。本日、佐々野からもらったナイフと資料は、確かにそこに存在していた。
「総務省、○○都×××区・・・、あはは、何から何まで嘘くさいけど、こんな所行ったこと無いなぁ」
現実味がないような状況でも、重たくて危なそうなナイフは確かに存在していた。
次の日、元バイト先に向かって退職の弁解をした後、図書館に向かい、国の重要なポストに付いている人の名前と顔を調べていた。この嘘くさい出来事が、単なる茶番ではなく本当かどうかを確認するためには、今から行く場所とそこで出会う人たちを見て、自分で判断するしか無い。
そして当日。建物に入りホールの受付で名前を名乗る。
「layer1の瀬戸ふみ様ですね」
「はい」
「お待ちしておりました。担当をお呼びしますので、しばらくお待ちください」
二人の黒服が現われてお辞儀をされる。
佐々野と会っていたときは気が楽だったものの、自分が生まれ育ったlayerの行政機関で、このような待遇をされると少し怖くなってしまっていた。
とある部屋に案内されると、マスコミの報道などで見たことがある人が立って待っていた。
「お待ちしておりました。瀬戸ふみ様」
それは図書館で調べた、国の代表である。
「認証をよろしくお願いいたします」
その国のトップがふみに向かい、機械を一つ差し出した。あらかじめ佐々野に使い方を教わっているため、戸惑いをせずにその機械を手に持った。
「刃物を使用しますが、失礼をお許しください」
ふみは腰につけているナイフを取り出すと、先端で自分の親指に切り込みを入れた。にじみ出た血液をデバイスの上に塗りつけて、機械を役人の代表に返却する。
「layer1・治安維持層・分析業務担当・瀬戸ふみ様。認証は受け付けました。ご協力ありがとうございました」
横から黒服がふみの指を消毒し、ケガの手当をした。そんな様子を、ふみはただ面白くなさそうに見つめていた。
それからふみは、役人から丁寧な挨拶を受けてその場を終える。あっけなく終わりすぐに開放された。だがふみには、それが確かに現実であるということを悟らせるものであった。
話の内容は二つ。layer2の戸籍から瀬戸ふみは削除され、layer1に引き継がれますということ。そしてlayer1の治安維持層では、私たちの事をどうぞよろしくお願いいたします、ということ。
ふみに残ったものはただひとつ。佐々野からもらったナイフのみ。それ以外、ふみに関わるものはこの世界に全く存在せず、自分自身が全て消えてしまった。総務省の入口前で立ち呆けているふみは、それを自覚すると何だか寂しい思いがした。
治安維持層・分析業務室にて、ふみの新しい生活が始まり、数日が経過した。
佐々野は仕事が非常に忙しいようで、毎日二時間だけふみと合って指導することになっている。一時間はランニングで体力づくり。そして一時間は次の仕事に向けての説明である。それ以外の時間は、layer1の母国語の習得、layer2の外国語の習得。そしてひたすら体力づくりであった。
夕方六時になると、佐々野はふみをさそって外に出た。
「今日こそは完走出来るような気がします」
ふみが運動着姿で軽く飛び跳ねながら言った。
「午前中もトレーニングしてたんだろう? 疲れたならあんまり無理しなくてもいいから」
「いえ、絶対について行きます」
ふみは非常に真面目であった。
これほどまでふみが真剣にトレーニングをしてくれるとは、佐々野は全然思っていなかった。というのも、試験前にふみの普段の行動を調査していたからである。
佐々野の調査では、ふみは人に対してはあまり誠意を見せず、何事にも中途半端に対応するような人間だった。普段は仕事をなあなあで事を済ますが、人前で笑顔を見せることが出来るため、対人関係に問題は起きてはいなかった。
ただし、自分の犯罪については全くの別である。すべてが完璧主義であり、そして冷徹だった。正に表と裏といった二面性がlayer2でのふみの姿である。
現在のlayer1のふみは、少なくとも佐々野に対して何か文句を行ったことはなく、ただ素直に事を済ます。物分りの良い態度は強制昇進試験からそうであり、ときに物分りが良すぎて何も分かっていないのではないかと錯覚するときさえある。
毎日のトレーニングを行うふみの姿勢も、以前のふみの姿に当てはまらない。中途半端ではないが、血がにじむような完璧主義でもなかった。
運動着姿のふみと佐々野が走る。佐々野にはかなり余裕があり、ふみがついてこれる速度まで落として走っていた。ふみは足を引きずって何とか付いて行くことができた。
「完走できたあ! はぁはぁ」
息を切らしながらも会話を続ける。
「初日は一分も持たなかったのに、成長したと思いません?」
「成長してるよ。少し頑張り過ぎじゃないのか?」
「走るのは嫌いじゃありませんので」
ふみが嬉しそうに佐々野に言った。
ランニングが終わり、治安維持館の分析業務室に移動する。二人は、部屋の隅に置いてあるソファーに向き合って座った。もともとランニングのあとは佐々野の追加指導の時間を設けていたのだが、今まではふみが疲れ果てていたため、実施したのは本日初めてであった。
「体力は大事だから、続けていってもらえると本当に助かる。語学の方はどうだい?」
佐々野が話しかけた。二人は着替えとシャワーを済ませているため、もう疲れは残っていないようだった。
「全然わからないけど、休憩室にいた女性とお話しできました」
「ほう、それはすごい」
「でも何言ってるのか、全然わかりませんでした」
「それで話に乗ってくれた女性もすごいな」
佐々野が驚く。続けて質問した。
「トレーニングのほうは?」
「筋トレと格闘技も難なくやってますよ。先生と言葉は全然通じませんけど、ボディーランゲージで何とかなるもんですね」
ふみが楽しそうに答える。
「格闘技というか護身術に近いだろう。今後必須となってくるので、ぜひ慣れて欲しいのだが、ふみは女性だ。どういう問題があって、果たして続けていけるものなのかよくわからない。その辺りはどう感じてる?」
「今の所は何も問題ありませんよ。教官の方も女性ですし、体を動かすのは好きな方ですし」
「つらくはないか? 言葉が通じなければ、疎外感とかストレスとかたまるだろうし、精神的に参ってしまう人も多い。ふみと話している限りだと問題なさそうには見えるが、強制昇進試験を見た限りだと、ふみは自分の考えを表に出さない人なのではないかと思ってる。だから、ちょっとだけ感じたことでも言ってもらえれば助かる」
「ええ、話が通じないので、つらい時もあります。そういう時は休憩室に言って、とりあえず暇そうな人を捕まえて話しかけて見るんです。どういうわけか、嫌な顔して逃げ出す人ってあんまりいませんね」
「そうか。俺の時はそんなことしなかったが。言葉は俺より早く覚えるかもしれないな」
ふみが突然驚いてみせる。
「佐々野さんのとき? ひょっとして佐々野さんもlayer2の人だったんですか?」
「言ってなかったね。俺もふみと同じ、強制昇進試験を合格した人だよ」
「ええ〜!!」
「その話は、次の業務に入ってからゆっくり話せると思うから、その時にするよ」
「そうですか、たくさん聞きたいことあります」
今の佐々野は業務が忙しかった。しかしふみのマネージメントと仕事の説明は佐々野の大切な業務であるため、手を抜くことは決して無かった。layer2との関わりが無くなってしまったふみは、現状で佐々野しか話し相手がいないことを気にしており、可能な限り話し相手をするよう心がけていた。
それから二人は別の話題に移る。
佐々野がファイルから書類を取り出してふみの前に置いた。しかし今のふみには、異国の書類であるため、文字が何一つ読めなかった。
続けて写真をふみの前に置く。書類の文字がが読めないので写真をじっくり見るしか無かった。
「結構先になるが、これが次の仕事で訪問する、分析対象の人物だ」
写真には六十代後半くらいの男性が写っていた。白い和服を着ており、腰には刀を下げている。しかし武士のような姿ではない。
「layer2の人ですよね」
「ああ。この人は水影19代目当主の術式者である、水影和彦という男性だ。幽霊と戦ってる人、そう思ってもらえば合ってると思う」
「幽霊?」
「正式には、極悪質な幽霊体および鬼の除霊と鎮魂を請け負う宗教団体だそうだ」
「鬼ですか。この刀で戦うんでしょうか」
「うーん、わからん」
「あ、若い子もいますよ」
他の写真には、当主と同じ服を着た、若い男性と女性が写っていた。
「水影誠司、水影恵子だと思う。双子でどちらも年齢が17歳。高校二年生だと」
「私の一歳下ですね。会うのが楽しみ」
一応は全ての書類に目を通していたものの、諦めて一つにまとめて机に置いた。
佐々野が話を続ける。
「本件は、水影当主が使う、除霊と鎮魂のための術式を分析するのが業務となる。ふみに行なったような強制昇進試験ではない。
理由は水影一家が伝統的な家であり、さらにlayer2の国としての業務も担う団体であることが上げられる。俺たちが水影当主を殺しちゃったら、国としても色々困るってことなんだ。その点、ふみや俺はいなくても良かったってことだから、強制昇進試験にされたってことになるな。俺はすでに水影当主とは一度会って話をしている。また、layer1専用の外交官から正式に水影当主に話も付けてもらっている。
仕事の内容は、俺とふみの二人で水影家の業務を見学させてもらい、そのあと弟子入りして術式を二人で覚えるという流れになる。並行して水影家の仕事と、分析業務の仕事も行う」
「はい、大体わかりました」
すぐに返答が来たのは、ふみがもうすでに仕事内容を予想していたからだった。
「ふみも術式を覚えてもらうよ」
「霊能力者になるんですね。何かワクワクします」




