悪魔編7
それからすぐに地獄地蔵とふみの二人が部屋から出ていった。
「じゃあ、次の強制昇進試験のための資料確認を続けようか」
「はい」
マイが暁斗に返答した。
部屋の中はふたりきりであった。今はそれなりに忙しい時期のため、会話はほとんど無く部屋の中が静まり返ったまま、黙って作業を続けた。
しばらくして、誰かの足音が近づいてくるのがわかった。暁斗とマイが顔を見合わせて、ドアの方に視線を向けた。
ドアのノックが聞こえる。
「どうぞ」
「し、失礼します、あの!」
すぐ暁斗がドアに立っている女性に声をかけた。
「エレナ、少し遅かったよ。ふみはさっき悪魔層に帰ってしまったところだ」
「え! ふみが居たんですか?」
「あれ、ふみ目当てで来たんじゃないの?」
マイも含めて三人でソファーに移動した。
「異動までまだ時間がありますが、一般警備の方はもう業務自体を終わらせてしまったため、配属までお休みとなります。なので本日はあいさつに参りました」
「そうなんだ、エレナの席はちゃんと用意しているから、来るならいつ来ても大丈夫だよ」
「はい!」
「あなたが新しく配属になった人ですね」
マイが笑顔で話しかけた。
「はい。一般警備から異動になりました、エレナといいます。体力だけは自信があるので、これから皆様に負けないよう、頑張っていきたいと思います」
「あ、私も新人なんです。元々は治安維持館の事務所属でして、少し前に分析業務との兼任することになりました、マイといいます」
「え! 事務所属のマイ? ふみの友達の方ですか?」
「ああ、聞いてます? そうですよ。ふみが強制昇進でlayer1に配属になったときからのお付き合いです」
「そうなんですか! これからもよろしくお願いいたします」
しばらくは三人で雑談をしていた。
「ふみが悪魔になってから、最近は色んな人が来て賑やかになったなあ」
暁斗が言った。
「その、ふみは元気にしていますか?」
エレナが問いかける。
「うん、一般警備配属のときは、実の所あんまり元気がなかったんだけどね。今は大分調子がいいみたい」
「やっぱり一般警備は嫌々業務をやってたのかなあ」
エレナが落ち込んで見せる。
「そうだ、ふみから頼まれてたんだ」
暁斗が立ち上がり、自分の席からメモ用紙を持ってきた。
それを受け取り、エレナが驚いていた。
「これって!」
「ふみはエレナが怒ってるんじゃないかってすごく気にしてた」
「それは」
実際に怒っていた。
だが今となっては悲しい思いのほうが強くなっていた。
「しばらくはふみと会っても、身分の都合上、うまく意思疎通はできないと思う。でも、たぶんふみはエレナと会話申請を通すんじゃないかな。そうしたら、なぜ黙って出ていったのか、本人から聞いてみて」
「事情があるって聞きましたよ。タナカ長から」
「流石だな、あの人は。ふみが一般警備に配属してから、すぐにふみの能力に気がついてた人だよ。悪魔昇進試験のことも途中で気がついてたんだろうな」
「そうだったんですか」
それから暁斗は、次の強制昇進の候補についての説明をマイとエレナに話していた。
強制昇進についてはエレナにも聞いて欲しいことであったため、配属前ではあったものの暁斗からお願いして説明を聞いてもらうことにした。
「次はこの人の強制昇進試験を行う」
「強制昇進試験って、layer2から人を引っ張ってくるものですよね?」
エレナが質問をした。
「そうだ。一般警備にも強制昇進はあるよね。分析業務はあれより相当ひどいらしい」
「ごめんなさい、私のような下っ端だと、一般警備の強制昇進は、名前くらいしか知らないんです。でも分析業務ってクマと戦うとかじゃなかったですか?」
横からマイが話しかけた。
「有名ですよね。今の所、合格したのは暁斗とふみの二名だけだそうです」
「あ、そこまで難しいものだったんだ。ふみってやっぱり最初から普通じゃなかったんですね」
それからエレナは暁斗に視線を移す。
「やっぱりふみって、強かったんですね」
エレナは何か納得したようだった。
そして三人は、強制昇進試験の選考人物の資料に目を移した。
フレイ 男性17歳
layer2の用心棒
常にマフィア幹部など重要な人物の護衛を行っている
護衛だけでなく敵対するグループへ単独で乗り込み崩壊させる実績を持つ
その戦闘能力が認められ強制昇進の対象となる
成功時には昇進
失敗時には殺処分
資料を見てエレナは血の気が引いた。
「これって怖すぎませんか」
「だいたいこんなもんだよ。俺もこんな感じだったし」
暁斗が何気なく言う。
「暁斗、怖すぎませんか」
マイがツッコミを入れる。
「いや、マイは俺のこと十分知ってるでしょ?」
「まあそうですが」
怖がっているエレナを全く気にせず、暁斗が説明を続けた。
「大体は失敗するよ。99%失敗すると思っていい。しかも分析業務で扱う強制昇進試験の対象って、ほとんどというか全部殺処分なんだ。だから合格以外はどうあがいても死ぬ。そして死んだ後の次の候補も大体はこんな、難ありの経歴の持ち主だろう」
「あの、それはわかったんですが、合格したら私の同期になるわけですよね」
「そうだよ。一応面接時には説明したんだが、もし怖気づいたなら一般警備に戻るのは全然構わない。ちゃんと段取りは俺が受け持つ。これはマイも同じだ。自分のことを棚に上げさせてもらうけどさ、正直こいつらと一緒に仕事するのって結構危険なんだよ。俺もふみに何度か殺されかけてるし」
「あ、私も」
「私もです」
思わず三人は顔を見合わせてしまった。
「もし強制昇進試験に合格したら、選考とは別に再び天使の審査が入り、layer1にふさわしいかどうかはチェックされる。だが、そんな念入りなチェックにも関わらず、例えば強姦魔みたいなやつが配属になる可能性だってある。マイとエレナがかなり危険な状況になるわけだ。覚悟は必要だと思うよ」
「まあ私は構いませんけど」
マイには初めから辞めると言う選択肢はなかった。それは暁斗にも分かっていた。
「エレナはどうする?」
「私もとりあえずは分析業務で行きます」
「そう、わかった」
一人の男性が山道を駆け抜ける。
だが岩の壁が立ちはだかり、もうこれ以上前に進むことができなかった。前にも横にも逃げ道はない。来た道を振り返ると、ケモノと呼ばれる巨体が五体、こちらに向かって歩いてきていた。
「嫌なやつが来たな」
いつの間にか、男の脇に暁斗が立っていた。
「どうしましょうか、暁斗の旦那」
「私からは具体的に指示できませんが、フレイならこの状況から必ず脱出できると思っています」
「わかった。あんた嘘つかないみたいだし、やってみるよ。この崖を登ればいいんだろう?」
「それは全然考えていませんでしたが」
暁斗が言ったものの、フレイは全然聞いていなかった。
「へへ、登ってやんよ。簡単なんだよ」
それから何日か経過する。
フレイはまだ生き残っていた。
「いい朝だな」
「おはようございます、フレイ。一睡もしていないようですね」
フレイの顔は土気色になっていた。
「どうでもいい。それより進捗を教えてくれないか」
「時間としては10日以上の余裕があります。これは過去最高の成績ですし、ゴールはもう目の前と言っても良いでしょう。しかし」
フレイは地面に座ったまま、暁斗の話を聞いていた。
「しかし、なんだ?」
「もう立てないのでしょう?」
「まさか、まだまだ元気いっぱいだ。試験なんて簡単なんだよ、俺は暁斗に感謝してるよ。今まで付き合ってくれたんだもの。その感謝を返すまで、俺は死なない。絶対に死ねない」
「ありがとうございます」
暁斗がフレイから目をそらす。
「先に行っててくれよ。なに、ちょっとクソしてくるだけだから」
「フレイ」
暁斗はあのときのふみを思い出していた。
ふみの選考基準は、暁斗がこの人と働きたいかどうか。そして、ふみに下した決断は間違ってはいないと思っている。だが運命が大きく変わるのだけは確かだ。慎重に選ばなければいけない。
今フレイを助けたら、この人が分析業務のメンバーになる。
助けなかったら死ぬ。
「よく聞いて、フレイ」
「何だ? シケたツラしやがって、俺は全然平気なんだぞ」
フレイの左足首から下は破損して腐っていた。さらに腕も自由に動かないようであった。それでもケモノに出会った瞬間、猿のように木々を駆け回り、その危機を回避していた。
昇進試験の時間的には余裕があったものの、フレイの肉体的な時間はもう終わりを告げていた。
「フレイは俺の部下にならないか」
「部下だと?」
「そう。俺はお前と一緒に働きたいと思っている。神の国で、お前の能力が必要なんだ」
「ありがとよ、あんただったらいいボスになれそうだな。でもな」
すでにフレイは目が見えていないようであった。
「でも俺はもうダメだろう、ごめんな。あんたにせっかく親切にしてもらったのに、それが返せなくて残念だよ」
「そうか」
「まあゴールしたら……、部下でも何でもなってやるよ……」
フレイが息を引き取る直前に、暁斗が全回復させる。回復自体は簡単な魔法であったものの、その行動は相当な覚悟が必要であった。
その日、5時間後にフレイはゴールにたどり着いた。10日以上の猶予を残し到着。強制昇進試験の合否会議では問題なしの合格。フレイは正式にlayer1の治安維持層・分析業務に配属され、試験官である佐々野暁斗の部下となった。




