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layer0  作者: 運転安全
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悪魔編6

 場所は天使層管轄区域、通称天界。


「問題は二つある。一つは該当魔術の出力の測定が全く取られていないと言うこと。せめてオーダーだけでもわかれば報告に乗せて、後は悪魔層に丸投げできるんだがね」


 大天使アダムが書類を片手に説明していた。

 対応しているのは大天使あんずである。


「私はlayer3に戻って測定でも構わないと思っていますけど。ただ、やるとしても、デスクワークがまだ山積みなんで、当分あとになりそうですね」

「当分あとでもいいから、測定は少なくとも私たちで一回はやってみることにしようか。ただし、どこかから応援は要請するよ、あんまり出力がでかいと二人じゃ手に負えないし」


 二人の表情には疲れが見え隠れしていた。


「もう一つの問題とは?」

「ああ、こっちのほうが深刻なんだが」


 アダムが目を閉じてつぶやいた。


「仕事、飽きた」

「私だって! 資料作りばっかりでもう嫌なんですけど!!」

「遊びに行こうか」

「いいですね。アダムはどこ行きたい? 私はlayer3のアステルダム呪術店に行きたい」

「あんずは呪術好きだね」

「そうと決まれば支度しなきゃ!」

「いや、そうと決まったわけじゃないけど」


 アダムの言葉を無視して、あんずは軽い足取りでlayer3分析業務室から出ていこうとした。

 部屋の扉を開けて廊下に出ると、一人の男性が立っていた。


「まあ、お客様だなんて珍しい」


 男がすぐに話しかける。


「アダムはいるかい」


 あんずが笑顔で対応する。


「アダムなら中にいますが、ご用件はお仕事の話でしょうか? それとも決闘のお申込みでしょうか」


 そんな物騒な言葉を聞いて、部屋の奥でアダムは驚いてしまっていた。

 男も驚いたものの、顔に笑みを浮かべて答えた。


「お仕事だよ。俺がアダムに勝てるわけ無いだろう」

「かしこまりました、アダム! 概念基盤の松桐坊主神がお見えになっていますよ!」

「何だって!?」



 テーブルを挟んで、アダムと松桐坊主が座る。

 あんずが緑茶を二人に配った。


「ありがとう。突然押しかけてしまって申し訳ない。あいさつ回りに来たわけだが、時間の都合が悪ければ出直してくるつもりだ」


 アダムが知っている以前の松桐坊主とは全く違い、おとなしい対応である。既に堕天使ではないため当然ではあったものの、アダムはどう反応してよいのか少しだけ迷ってしまった。


「お構いなく。むしろ私としては今の方が都合が良いです」

「あんずにも聞いてほしいことなんだが、問題ないかな」

「はい、問題ありません」


 すぐあんずが答える。実際に、ふたりは仕事をやめて気分転換したいと思っていた。

 そしてアダムの隣の椅子に腰を下ろした。


「要件の一つは営業だ。俺は概念基盤に所属して神になった。だからと言って、別にアダムとあんずに関係するかと言えば、おそらく全く関係ない。でも色々と迷惑かけたことはお詫びしたい」

「私はもう何も思っていません。でも概念基盤の神が私たちの職場に来るって、あんまり無いことですよ。呼んでくれたら私たちの方から行きましたのに」


 アダムが答える。


「まあ、足で稼いでると思ってもらって欲しい。堕天使のときにアダムには言ったと思うが、俺はそもそもアダムと縁を切る気はなかったんだ。敵対する気も一切ない。だからと言って、アダムに何か頼むような仲でもないから、俺からは何もしない。でも逆に、アダムに何かあったら相談くらいだったら乗るよ」

「そこまでしてくれるのは嬉しいですけど」

「あ」


 そこで松桐坊主が動きを止める。


「すまん、いきなり言ってることと違ってるんだが、一つお願いがあったんだ」


 アダムも動きが止まった。神からのお願いというのは、些細なことでも非常に重い責任が付きまとうからであった。あんずも緊張して成り行きを見守った。

 そんな様子を、松桐坊主はため息をついて見ていた。


「ふみが悪魔に昇進したことは知っているか?」

「え」


 アダムが驚く。


「本当ですか、知りませんでした」

「ふみって治安維持層の子ですよね。早すぎませんか、まだ強制昇進から一年も立っていないでしょう?」


 あんずも驚いて発言をした。


「俺だって驚いたよ。いくら何でも早すぎる」

「あなたが何かをしたんですか?」


 松桐坊主がふみに興味を持っていることは知っていた。


「きっかけは作ったが、俺からは全く何もしていないといい切れる」

「きっかけって、推薦したとかですか?」

「してない。今思えば、推薦しておけばふみに恩の一つでも主張できるかと思ったよ。俺はお前たちがふみを推薦したんだとばかり思ってたんだが」


 アダムとあんずが顔を見合わせて、そして首を振った。


「さて、そのきっかけの話だ。少し話が長くなるんだがね」


 少し考えてから二人に話し出した。


「治安維持層の分析業務は、過去に完全に無くなったのは知っているか?」

「いえ」


 あんずも首を振った。


「分析業務は一度神の命を受けて業務停止になっている。理由は、メンバーの戦闘能力が極端に上昇しすぎるのが問題になるんだ。これはなんとなくわかるだろう」


 二人が頷く。


「アダムのように大天使が分析業務をするなら全く問題がないんだが、治安維持層だとそうも行かない。しかし色んな理由があって、大天使が管轄するわけにも行かずに今に至るんだ」

「業務停止になっているのであれば、今の治安維持層・分析業務は一体何なんですか?」


 アダムが質問する。


「悪魔層・地獄地蔵が再建した組織だ。色んな規約を調査して組織整備を行い、治安維持層の組織にも関わらず悪魔が室長を務めるという思い切った事をやってのけた。当然、反発はかなりあったものの、それでも何年かは運営できた。

 だが根本問題は解決できていなかったんだ。問題は今の室長である暁斗にある。あいつは控えめに言っても暴力の天才なんだよ。今でこそ地獄地蔵の管理下でおとなしくしているが、暁斗と地獄地蔵の二人だけで、天使を凌駕するくらいの戦闘能力になってしまった」


 アダムが知っている暁斗は、佐々野リサの姿であったため、いまいち想像するのが難しかった。


「そして今の組織形態に落ち着く。地獄地蔵は悪魔層に戻された。組織を追い出されたわけではなく、現場は禁止されたが暁斗の上司として管理することが許された。その後、地獄地蔵はさらに規約の整備を行い、少なくとも天使数人くらいの戦闘力なら許されるように調整した。能力の数は戦闘力に比例するわけじゃないそうだから、普通に考えたらこれで問題ない。さらにバックにはアダムを始めとする怖い大天使が控えてて、もし暁斗が神に歯向かったり発狂でもしたら治安維持層・分析業務そのものを力で潰すという約束で現状の組織運行がされている」

「ええ!? そうなんですか? 私の名前が出てきてますけど、そんな事は知りませんよ?」


 アダムだけでなくあんずすら驚いていた。


「神と地獄地蔵の間で交わされたトップシークレットだからね」

「そんな重要なこと、言わないでくださいよ」

「でも、流石におかしいですよ」


 あんずが発言をした。


「そこまで危険なことをしてまで、治安維持層で分析業務を行う必要があるんですか?」

「分析業務はかなり重要な仕事だよ。それはアダムとあんずにも当てはまる。本当はな、治安維持層の分析業務もアダムに管理させたいんだ。だが現段階では身分の違いを始めとする、縦方向の組織体制の再構築がどうしてもネックになる。間には治安維持層、常人層、悪魔層、天使層があるんだ、考えただけでもウンザリだ。そのウンザリの一部に、真っ向から立ち向かった地獄地蔵を評価する人は多い。実際に分析業務を再建したとき、それを良く思った神は多かったんだ」


 アダムとあんずが無言になる。

 そして次のことばを待った。


「さて、俺が殺そうと目をつけていた瀬戸ふみが、暁斗の部下となった。ふみがどんなやつなのかは大天使の権限で調査しているだろうから知っているだろう? ふみは暁斗の部下になってから、ものすごい勢いで自分の能力を高めていった。それこそ、地獄地蔵や神の予想を遥かに超えてね。分かるだろう、瀬戸ふみも暴力の天才だったんだ。

 どうして瀬戸ふみは暁斗と出会ったんだ? 類は友を呼ぶってやつなのか知らんけど、このまま行くと暁斗とふみの二人で天使数人分なんて軽くクリアしてしまう。それに気がついた俺は、まあ知らない仲じゃないってことで、なるべく二人の仲を壊さないようにふみを異動させてやった。ふみは悪魔になる前は、分析業務じゃなくて治安維持層・一般警備担当だったんだ」

「ちょっと待って下さい、ふみは異動してたんですか?」

「そうだよ。ふみを異動させて暁斗の元から離した。そしてそれは俺の命令だ。もっともふみはそれを知らないだろうがね。地獄地蔵とふみはカンカンに怒ってたけど、早いうちにこうしないと、瀬戸ふみと佐々野暁斗はそれぞれ隔離され、永久に会えなくなる可能性があった。だから、俺からの無言のメッセージとしてはこうだ。会えなくなったわけじゃないんだから、別部署で仲良くしておけ。それが嫌なら、暁斗かふみのどちらかが悪魔になって、あとは自分でなんとかしろ」

「ず、随分と、その、お優しいんですね」


 アダムが驚いて松桐坊主の顔を見た。


「やめとけよ照れるだろう。この仕掛けには目的がある。俺はね、どっちかが悪魔になるとは思っていたよ。暁斗かふみのように有能なやつが悪魔になったほうが神としても都合がいいから、仕掛けは悪くないものだったんだ。俺の狙いはめでたく成熟した。だが一年もしないうちに悪魔になるって一体どういう人間なんだ? 瀬戸ふみがそこまで強烈なやつだって思っちゃいなかったよ。俺ですら悪魔試験は一発合格できなかった。お前らは一発合格できたか?」


 二人が首を振る。


「ふみは自分の信念通り悪魔になり、そして行動は全く止まっていない。多分ふみは近いうちにお前ら二人の前に現われると思う」

「それはふみが天使になると言うことですか?」

「さすがにそこまでは言い切れないよ。例えどんなにふみが優秀であっても、天使層昇進試験はな、分かるだろう?」

「はい、あれはちょっとひどい試験だと言うか」

「まあ何にせよ、どんな理由であれ、ふみがここに来るのは間違いないと思ってる。今のふみと一番近い天使がお前たちだからね。それで、もしふみと会ったら伝えて欲しい」


 松桐坊主が少し考え込んでから話し始めた。


「ふみを異動させたのは俺だってこと。だがもう俺は、ふみや佐々野暁斗と関わることは永久にないから安心しろってこと」

「お願いと言うのは、それを伝えることですか?」

「ああ、そうだよ。もう俺はふみに興味なんて無いんだ。でもあいつら怖いから、放っておいたら神の俺を殴りに来るだろう。だから、もうお前らに関わらないと教えてあげて欲しい。俺は俺で別の仕事があるから、ふみに怖がってる暇なんて無いんだ」

「えっと、了解です。命を確かに承りました」

「そんなもんじゃないから。ただ、たまたまふみに会ったら伝えて欲しいだけだから」


 二人が頷く。

 それを見て、松桐坊主は少し安心したようだった。


「最後に俺の仕事の紹介をさせてくれないか」

「ええ」

「悪意の研究をやって来たわけだから、それを活かして世界統治方面をやりたかったんだがね。layer0の方に回されてしまったよ。興味ないからいつまでやってるかはわからないけど」

「layer0って概念基盤だとエリートコースだと聞いていますが」

「そうかもしれんけど。確かに俺の周りの連中はみんな頭の回転が早くて、いつでも飛びかかってきそうで怖いよ」

「松桐坊主神そのものじゃないですか」

「俺はそこまで行ってないよ。アダムとあんずの方が向いてるんじゃないか? でもまあ、layer0で困ったらとりあえず相談は受け付けるよ」

「わかりました、とは言うものの、layer0って魂とか輪廻とかそういうのですよね?」

「まあ、間違っちゃいない」

「あんずが呪術とか好きそうだったけど」


 二人があんずの方を向く。


「やめてくださいよ、私はそんなんじゃありません」


 慌てて否定していた。




 薄暗い小屋の中央にはベッドが置いてあり、一人の男性が横たわっていた。

 男が目を開く。知らない場所にいたためすぐ飛び起きた。

 部屋の奥には一人の女性が椅子に座っており、男性を見ていた。


「お気づきになりましたか?」


 女性が笑って声を掛ける。


「何だ、ここは」

「ようこそ、layer1の試験会場へ。レオナルドさんは神に選ばれたため、ここに連れてこられました」

「なんだって?」


 おかしな発言を聞いて、男の意識が鮮明になる。


「レオナルドさんの出身国はだいぶ複雑な事情があるようですね。国に敵対するためのゲリラ組織の行動部隊隊長として、様々な奇跡を起こした英雄であると聞いています」

「何を言っているんだ。ここは何なんだ」

「沢山の人を救い、そして沢山の人を殺した。私たちはあなたの実績に敬意を示したいと思います」

「お前、何者だ」


 男が飛び起き、女性を殴りつけるつもりで飛びかかった。

 しかし女性の前に、一瞬だけ黒いガラスの様な壁が現われ、男性は自分の勢いの反動で逆方向にふっとばされた。それは悪魔の能力であった。


「申し遅れました。私はlayer1強制昇進試験担当の瀬戸ふみと申します」

「layer1・・・だと・・・?」

「これからあなたのナビゲーターとして数日間お世話をさせていただくことになると思います。よろしくお願いいたします」


 女性は始終笑顔で対応した。


 昼過ぎにふみは治安維持館に戻ってきていた。


「初めての強制昇進担当はどうでした?」


 ふみが分析業務室に入ると、すぐに暁斗から話しかけられた。


「すぐ死にました」

「でしょうね」


 ふみが自席に座ると、マイが奥からコーヒーを持ってきてくれた。


「お疲れ様です」

「ありがとう、マイ」


 ソファーには地獄地蔵が座っており、ふみに話しかけた。


「私も暁斗も、一時期はこんなことをずっと繰り返してきたんだ。そうやって合格したのが暁斗とふみの二人だ」

「本当に一瞬で死ぬんですね。しかもすごく有能そうな人だったのに。話は聞かされていましたけど、あんなに丁寧に試験の説明をしたのに、私の熱意は何だったんでしょう」


 ため息を付いた。

 ふみが話を続ける。


「今まで知らなかったんですけど、悪魔層昇進試験の一次試験って、分析業務の強制昇進を超簡単にしたものだったんですね」

「え! そうなんですか!?」


 暁斗が驚いていた。


「私は一次試験免除だから詳しく知りませんけど」


 横から地獄地蔵が説明した。


「そうだよ。強制昇進と違う所は、グループで目的地に向かうと言うこと、あと銃やマシンガンは使ってもよし、距離も短くなっている」

「めちゃくちゃ簡単じゃないですか」

「それでも命はかかっているから、簡単だって思えるのは、この世界でも暁斗とふみの二人だけだ」

「うーん、たしかにそうかも」


 それからふみは少し休憩をし、コーヒーを飲み終えた。


「これからもう一人決めるために暁斗は頑張るんですね?」

「そうなります」

「頑張ってね。私はこれから悪魔界に戻らなきゃだけど、嫌になったら代わりますので」

「ありがとうございます」

「じゃあそろそろ行こうかな」


 そう言うとふみはマイの体に抱きついた。


「行くんじゃないんですか?」

「疲れたから膝枕して欲しいかも」


 焦ったマイが、ふみの耳元で囁いた。


(今度、家でいっぱいしてあげるから!)


「わかったよー」


 ふみがマイから体を離し、そして暁斗を含めて二人に言った。


「もしかしたら今週末は帰れないかもしれない」

「わかりました」


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