強制昇進試験3
それから数日間、ただ黙々と歩く。ただし順調ではなかった。
小さな女性が人殺しのケモノを避け、奇跡のような根性で突き進む姿は、佐々野の目にはかなり異様で恐ろしい存在のように映った。だがこれは、佐々野自身が過去やってきたことなのだ。
日数が立つにつれ、瀬戸から発せられる話にも力強さが戻ってきており、足も体力も順調に回復しているようだった。全身泥まみれで虫に刺されたりして、皮膚がボロボロになっており、まともな姿には見えない。しかし瀬戸がどんな姿になろうとも、一言も弱音を吐いていなかった。
もう絶対に合格できると、佐々野は確信していた。
「佐々野さん、私が合格したらご褒美が欲しいんだけど」
「私が出来ることなら」
瀬戸はかなり山道に慣れてきたようで、杖に頼らずともしっかりと地面を踏みしめて歩くことが出来るようになっていた。
「美味しいもの食べたい」
「クマの肉ですか?」
「いや、クマはごめん、別のがいいな」
二人は笑顔。天気もよくこのままゴールまで何事もなく続けばいいなと思っていた。
「牛肉食べたい」
「いいですけど。肉なんですね」
「そしてその後、二人でホテルに行って」
「ええ?」
「佐々野さんとエッチして」
「・・・」
「私の首をぎゅーって締めて欲しいんだけど、お願いしますね」
「・・・」
楽しそうに言った。瀬戸に悪意は無かったが、目の前の変態女の実績を知っている佐々野は、内心かなり怖がっていた。
その日は大雨が一晩中降り続いていた。明るくなると雨はやんでいたが、一面曇り空であり空は見えていなかった。
瀬戸が木の上から力なく降りてくる。獣を恐れて、木の上から場所を移すことをしなかったため、一晩中雨に打たれて体調を崩していた。
「おはようございます」
佐々野から話しかけたのは、瀬戸が地面から動かず、まるで死んだように見えたからだった。
「佐々野さんおはよう。今日は天気悪いね」
声に力強さが全く無かった。
「体調を崩されたようですね」
「佐々野さんは大丈夫なの?」
「私は大丈夫です」
「頭が痛い。鼻が効かない。吐きそう。下痢はないみたい。熱はある。でも寒い。特に頭が痛い」
「確かザックの中に鎮痛剤が入っていたと思いますが」
「もう飲んだよ。全然効いてないみたい。解熱剤は無かったけど贅沢言えないね」
佐々野との受け答えははっきりしていたが、話している最中はずっと頭を抱えていた。
「二秒くらいかな。周期的に耐えられない頭痛がするの」
どうすることも出来ないため、何も答えることが出来なかった。
「今の私のペースを教えて」
「一日遅れですが、順当に行けば回復できる予定でした」
「過去形ってことは体調不良を気にしてるんだね」
「はい」
「大丈夫、私は負けないよ」
言葉には力強さが若干感じられたものの、上を向こうとはせず、両手で頭を抱えながら頭痛にひたすら耐えているようだった。
体調が悪い瀬戸の行動を見て、佐々野は瀬戸が今までしてきたことを理解し始めていた。ただ闇雲に進んでいるわけではなく、何らかの規則を決めて、それを元にケモノがいるかどうかを五感で判断しながら進んでいたようだった。しかし体調が悪くなりそれがうまく行っていない。表情は険しくなっている。極端に機能が低下している鼻と耳を使い、工夫しながら進んでいるようだった。
「あああああ・・・」
時々しゃがみこんで、下を向きながら両手で頭を抑える。頭痛が耐えられないようで嗚咽が漏れる。
山道を登っている途中で瀬戸が足を止める。
「佐々野さん」
「はい」
その呼び方は消えかかった炎のようにか弱かった。
「今まで優しくしてくれてありがとう。でももう余裕がない」
「どうしたんです?」
「あそこにケモノが隠れてる。それは佐々野さんも分かるでしょう?」
「・・・」
佐々野は直接ハイとは言えなかったものの、返答を態度で示す。
「私は死ぬ気はない。でももう色々と時間がない。今までどおり木に登る体力も惜しい。突き進むしか無い。そうなると死ぬ可能性が出てくる」
「強行するつもりですか」
「死ぬ気はないけどね。佐々野さんにあえて本当に嬉しかったよ」
「私もです。幸運を祈ります」
足を引きずりながら歩を進める。瀬戸の予想通り、草むらにはケモノが隠れており、ゆっくりと顔を出してきた。何度も出会っているからなのか、瀬戸が恐れることはなかった。それどころか、ケモノの方に走って行き、今まで使っていた木の棒を槍のようにして体に突き刺した。ケモノは警戒していなかったためか突然の出来事に驚き、そして瀬戸から逃げるようにして草むらへと戻っていった。
「よし行く」
ケモノの様子を一瞥もせず再び道を歩み始める。
「痛い、痛い、痛い、痛い」
頭痛は続いているようで、槍を杖にしながらなんとか前に進んでいた。だが不調にも関わらず、その歩調は決して遅いものではなかった。
「瀬戸さん、ケモノの尾行と復讐に注意して下さい。さっきは去って行ったから大丈夫だとは思いますが、傷つけられて逆上する場合は非常に多い。一度瀬戸さんを獲物と認識すれば、奴らは本当にしつこく追ってきます」
「ありがとう。分かってるよ」
それから数時間は、山の上り坂を一定のスピードで進んでいた。以前の表情とは変わって余裕は全く無く、鬼が乗り移ったような形相である。頭痛が耐えられないようで、体が横にふらふらと動いていた。
山道をひたすら登る。頂上が近づくに連れて道が狭くなっていった。進む先の茂みにはケモノが待ち構えている。
佐々野の口から言葉が出そうになる。瀬戸は極端な体調不良により、緊張を貼り続けることができず、ケモノを見落としているようであった。ふらふらとした足取りが止まり異常事態に気がついた。しかしすでに数匹のケモノが瀬戸を取り囲む。
そのとき佐々野は、初めてフィールドで瀬戸が取り乱したのを見た。
「きゃああ!!」
佐々野が思わず目をそらす。
「い・・いや! どうして?」
これでもう終わりだ、と佐々野は思った。
ケモノはすぐには襲ってくることはなく、瀬戸の様子を見ているようだった。瀬戸が突然の出来事でかなり怯えてしまったため、ケモノの方は大分余裕があるようだった。
自分の感情を抑えこみ、何とか現状を冷静に判断しようとしていた。
「ダメ」
下を向いてつぶやく。
数秒の間、全く動かずにいたものの、何かを決心したように立ち上がる。そしてケモノに背を向けて、崖の方へ走りだした。動物の本能により、ケモノは逃げる瀬戸の方にめがけて、一斉に駆け出した。だがケモノたちは、すぐ走るのをやめて立ち止まった。
瀬戸は止まらない。そのまま崖の上から身を投げた。佐々野もすぐ確認のため崖から飛び降りる。崖の下には大きな木々が生えており、その緑の中心に瀬戸が突き刺さる形で落下した。
佐々野はすぐ瀬戸を見つけた。全く無事のようで、木の根もとに何食わぬ顔で立っていた。
「大丈夫なんですか?」
「はい。擦り傷はすごいですが、足はくじいていませんし、骨にも影響はありません。自分でもびっくりしてます。ゴキブリ並みの体力が付いてたかも」
「もう終わりかと思いましたよ」
木の枝がクッションになっており、崖から飛び降りてもうまく衝撃が吸収されたとのこと。
「佐々野さん、私のペースは」
「いま計算し直しますが、2日おくれと行ったところでしょうか」
「そう」
佐々野の方を見ることができず、頭を押さえて下を向いていた。
「頭痛は良くなりませんか」
「もう痛くて、我慢できないくらい・・・」
自分の言葉にハッとして我に返る。弱音が目立ってきたことに気がついたようだ。顔は苦痛で歪めたままだが、声のトーンだけを上げて佐々野に問いかける。
「佐々野さん、今の崖からのダイブ、すごいと思いません?」
いきなり調子の良い声色に少し驚いてしまったが、瀬戸は相変わらず下を向いている。
「とっさの判断も合わせてよかったと思います」
しかしペースが致命的になってしまったとは言うことができなかった。
「今の私、百点満点?」
「はい、百点です」
「へへ! これはもう合格まで後少しですね」
その意味のないと考えていたやりとりも、佐々野はようやく意味を理解出来てた。不安になったら誰かにほめてもらうことで気を高ぶらせているのだった。
調子の良い事を言っているにも関わらず瀬戸は両手で頭を押さえつけており、やがてその場でうずくまってしまった。
「私、このテストをやり遂げたい」
「瀬戸さんなら出来る」
「ありがとう佐々野さん。だからもう少し頑張るよ」
異変に気がついたのは佐々野より瀬戸の方が早かった。ケモノの気配を察知して表情が変わる。数は四体、成体が二体で子供が二体、まだ遠くにいる。
しかし成体は、様子見などをせずに全力で走って距離を縮めていた。急な攻撃は今までに経験はなく、瀬戸は全く予想できずにいた。
木々の中に落ちたことが幸いであり、木の幹に身を隠すことで、突進を避けることはできた。ケモノの走りが止まった瞬間、瀬戸は何も恐れずにそのクマの体に槍を突き刺した。ケモノが叫び声を上げたことすら確認せず、すぐナイフを取り出してもう一体のクマに視線を移す。突進こそしては来なかったものの、もう一体もすぐ近くで警戒していた。瀬戸からケモノの方に近づき、ナイフで顔を突き刺そうと襲いかかる。だがうまく行かず。
今までうまく行っていた奇襲攻撃が失敗に終わる。こうなるとナイフしか持たない瀬戸に出来ることは無かった。
ケモノが前足を振り下ろす。瀬戸の体は人形のように倒された。
気がつくとケモノは体に覆いかぶさっており、キバが左手の付け根に食い込んでいた。肩を食いちぎられそうになりながらも、鎮痛剤の作用なのか瀬戸はうろたえるようなことはなく、右手でもっているナイフでケモノの目を突き刺した。
目をやられたことでケモノが暴れ、瀬戸が放り投げられる。すぐに起き上がり、たった今ナイフで刺したケモノの方を確認した。二体のケモノは瀬戸の方を見向きもせずに、体を地面にこすりつけていたが、やがて動かなくなった。
どういうことだ。何故ケモノは瀬戸に反撃をしないのか。
佐々野は何らかの違和感を持ってその様子を見ていたが、ふと我に返り瀬戸の方に近寄った。その姿はかなり傷ついていた。
「もうダメかな」
佐々野からは無いも言えない。
「成体を二体絶命させたよ。佐々野さんから教わった毒草をつかったんだ」
「そうか、毒を使ってたからなのか」
今までのケモノとの戦闘が余りにうまく行きすぎていることに、佐々野は違和感を持っていた。
瀬戸の体は、左手負傷、そして右足骨折。試験を継続するには余りに致命的である。
「佐々野さん、もうダメかな」
答えを求められる。
「……まだだ」
「右足が折れてるみたい。これだと、どうあがいてもゴールには間に合わないよ」
両者、しばらく沈黙する。
だが徐々に痛みを自覚してきたようで、顔が歪み冷や汗が大量に浮いている。
「佐々野さん。私を殺して」
瀬戸が目を閉じて言った。
「それは、できない」
「私さ、佐々野さんに殺されたいんだ」
「すまない」
佐々野が都合悪そうに視線を落とす。だが瀬戸は笑顔で答えていた。
「じゃあ思いっきり抱きしめてくれないかな。そうしたら佐々野さんの胸の中で思いっきり泣いて、そのあと自害するよ」
笑顔を向けられた佐々野は、瀬戸とは全く違う悩みで頭を悩ませていた。
(この女性を助けたい。)
それは試験官として正当な行為なのだろうか。佐々野にはケガを治す能力があった。しかしそれを今ここで使ってしまっていいのだろうか。
(俺は、この女性を助けて、一緒に仕事をしたいと思っている。)
気に入らなければ殺してしまえ。そういう命令は受けているが、逆に仕事をしたいと思った人を助けても良いのだろうか。瀬戸の悲惨な状態を見ながら、佐々野は試験官として誤った行動を起こさないように細心の注意をしていた。
「私はね、この試験中に死にたくない、この試験をやり遂げたいってずっと思ってた。でもできないみたい。本当に悔しい。でもさ、なんか全く逆の気分になっちゃった。ようやく死ねるんだ。死ぬのが嬉しいよ。最後の最後に佐々野さんのような優しい人に看取られて本当によかった。今までこんな極悪なことしてきたのに、色んな人をいっぱい殺してきたのに。私の最後がこんなに幸せだったんだなって。うれしいな」
「馬鹿!」
こんな簡単に心を動かしてしまって、俺は試験官として失格だなと佐々野は考えていた。
近づいて瀬戸を抱きかかえる。
「死ぬのが嬉しいだなんて、そんな事あるわけないよな」
「痛い」
左腕が損傷しているものの、佐々野は全く気にせずに瀬戸の体を起こす。
「残念だけど! 俺はお前をここで死なせたくない」
「・・・」
瀬戸は意味がわからなかったが笑顔のままであった。
「死ぬのが嬉しいだって? 俺はあなたに死んでもらいたくない。一緒に仕事がしたい。瀬戸さんは合格しなきゃダメだ。こんなに能力があって、冷静な判断ができて。俺の部署に必要だ。俺に必要なんだ。俺は試験官の権限であなたを修復する。死なせたりはしない」
「無理だよ。この手足じゃ」
「答えて欲しい、瀬戸さん。俺と一緒に、神の国で仕事をしたくないか? 今までの生活を捨てて、その能力を使って生きたくはないか? 生きたいと言って欲しい。どうか、まだ諦めないで欲しい」
瀬戸には佐々野がいいたことが全く理解できずにいた。だが佐々野から、瀬戸に何かを求めている気迫が伝わってくる。
「生きたいに、決まってるじゃない……」
瀬戸の語尾が泣きそうになる前に、佐々野はすぐ瀬戸を地面におろした。そして瀬戸の上着とズボンを脱がせにかかった。
「痛い!」
「俺にはケガを治す魔法が使える。layer1の人間なんだから使えたっておかしくないだろう? あなたの左腕と右足のケガを治す。だから絶対にこの試験をクリアして欲しい」
腕を露出させる。肩は真っ赤に染まっており、傷跡から肉が盛り上がっている。右足の外傷は見えないが、変な方向に足が曲がっていた。
その折れ曲がった右足を、佐々野は強引に両手で鷲掴みをした。瀬戸の足に激痛が走る。
「あああ!!」
痛みで弱っていく瀬戸など全くで気にせず、右足の負傷部分を何度も握る。やがて手を離したものの、今度は真っ赤な左腕を同じように両手で握りしめた。
瀬戸はしばらく肩と足の痛みで動くことさえ出来なかった。辺りには瀬戸の吐息だけが響き渡る。しばらく沈黙していた佐々野が、まだ下を向いている瀬戸に向かってつぶやいた。
「ケガは治った」
「はあ?」
激痛はまだ続いていた。だが瀬戸は、自分の体の痛みが徐々に消えていっていることに気が付き始めていた。肩と足には血糊がついていたため、ケガそのものは見づらかったものの、外傷が全くなtくなっていることに気がついた。
「あれ?」
瀬戸が動く。
「腕が動くんだけど」
「死にたかったなら申し訳ない。でも直してしまった。また試験の続きをやってほしい」
「えっと、それはいいんですけどね。本当に治っちゃったの?」
あれほど苦しんでいた痛みが徐々に収まっていく。
「ちょっと、本当に動く! どういうこと? なんか拍子抜けですね!」
笑顔で佐々野に言った。だがすぐに一つの疑問が湧いて出てくる。
「私に協力してしまって、試験は継続できるんですか?」
「たぶん、問題ないとは思う」
佐々野がどの程度自信を持ってい言っているものか分からなかった。
「本当ですか?」
「そもそも試験官は、ある程度の裁量を持って手助けが許されているんだ。もちろんやり過ぎたら総合評価でマイナスになり失格となる。今回の場合、瀬戸ふみはすでにフィールド上である程度優れた能力を発揮しており、評価としてプラスの貯金分もあったため、今回一度きりならまず間違いなく許されると思う」
「適当に言ってませんか? そんなものなんですか?」
ケガの痛みは完全に治ってしまったのが分かった。
「でもなんか、佐々野さんに、すごーく、恥ずかしいこと言っちゃったような気がします。怪我を治してくれる裏技があるなら、はじめから教えてくれても良かったじゃないですかぁー」
「それは無理だよ。こっちだってかなり迷ったんだから」
佐々野は瀬戸に背を向け、死体となったケモノの成体の周りをうろついている、小さなケモノ二体を素手で殺した。
「手で殺せるものなの?」
その二体を持ち上げて瀬戸の前に放り投げる。
「まだ体調は悪いんだろう? 今日はこのケモノを食って、明日に備えよう。本日休憩をすると、残り4日で2日遅れ、つまり4日で6日分進めばクリアということになる。栄養を採って倍のペースで進んで欲しい」
瀬戸は体に疲れが一気に押し寄せ、その場に座り込んでしまった。
すでに当たりは真っ暗になっていた。
二人は焚き火を囲って座っていた。瀬戸の頭痛は相変わらず続いているようだったが、ケモノの肉を勢い良く食べてしまうだけの気力はあった。その気力と栄養が行き渡ったのか、体調は徐々に回復に向かっていた。
焚き火を囲って二人はしばらく沈黙していた。やがて瀬戸が佐々野の隣に近寄っていった。
「私さ」
座ってる佐々野の、腰の当たりに顔を押し付けた。
「怖かった」
佐々野は動かずにいた。
「本当に、こわかったよぉ・ぅぅぅ・・・」
顔を押し付けてしがみついたまま、震えてしばらく泣き続けた。佐々野はそのまま動かずにいたが、いつの間にか瀬戸はくっついたまま眠ってしまっていた。試験が始まってから何日も経って、初めて安心して眠れた事になる。
佐々野は動かずに、ただ黙っていた。
翌日。
瀬戸は明るくなる前に目を覚ましていた。
「おはようございます」
佐々野は全然寝ていないのか、そんな様子をずっと見つめていた。
「佐々野さん。私ここで寝ちゃったんですね」
「行けますか?」
「頭痛が治っちゃった」
「それは良かった」
瀬戸の体力は完全に元通りになったようであった。
「佐々野さぁん、昨日のワイルドな口調はやめちゃったんですか?」
「えっと。なんだろう」
瀬戸の左手は完治していた。だが服は血で真っ赤に染まっていた。服はケガをする前から既に泥だらけであったため、全く気にはしていなかった。
「残り6日の道のりを4日で行けばいいんですね」
体を伸ばして瀬戸が言った。
「そうです」
「ふーむ」
いつもどおり下を向いて沈黙する。
「わかってほしいのですが」
佐々野が話しかける。
「私が瀬戸さんを助けることは、もうできません。いくら死にそうになっても、もう絶対に助けられません。あとは完全に自力でゴールまで向かって欲しい」
「そうでしょうね」
そのことについては、すでに分かっているようだった。
「佐々野さん、私は絶対に合格するつもりですけど、」
「はい」
「すこし急ぎます。無茶と思えるペースかも知れませんが、絶対にやり遂げますので、ついてきて下さい。たぶん、今日は本当に速いペースで行くと思います」
そういうと瀬戸はすぐ立ち上がり、目的の方向へと歩みだした。
その日、11時間後に瀬戸はゴールにたどり着いた。6日の道のりを4日ではなく、11時間で達成。強制昇進試験の合否会議では問題なしの合格。瀬戸ふみは正式にlayer1の治安維持層・分析業務に配属され、試験官である佐々野暁斗の部下となった。




