神隠し編11
すぐに集会所に戻り、治安維持層の窓口と大天井の窓口をつなぎ、遠隔で打ち合わせとなった。
「松本春菜を操っていた黒猫は、天使層・堕天使・松桐坊主でした。犯人が天使である以上は、これ以上治安維持層の分析業務チームには協力をお願いするわけには行きません。よって、本業務は中断になると思います」
アダムが端末に向かって言った。
「了解ですが、治安維持層はもう業務から外されるということですか」
地獄地蔵が質問をした。
「大天井と概念基盤で会議をしてから決めることになりますので現段階ではわかりません。しかし、まあほぼ確実に治安維持層のメンバーは終了でしょうね」
「それが分かるのはいつ?」
「早いうちとしか言えません。とは言っても、皆様にご迷惑をかけ続けるわけにも行きませんので、そうだな」
アダムが話を中断し、あんずの端末に声をかけた。
「あんずにお願いがある。本業務はあと一日だけ、中学校で後始末をしてから終わりたいと思う。あんずは明日から概念基盤への報告に着手して欲しい。中学の後始末が終わったら、治安維持チームを解散して私もあんずと合流する」
「治安維持チームは明後日で開放するってこと? それで大丈夫?」
「仕方がないよ。もし再び治安維持チームにヘルプが必要になる場合は、調整の時間が必要だとこっちから強く概念基盤に要求する」
あんずはしばらく悩んでいた。
「わかりました。この打ち合わせが終わったら資料作りに入りますので、後で個別に本日の状況報告をおねがいします。それでは治安維持チームに報告をおねがいします」
あんずがアダムに言った。
「聞こえていたかもしれませんが、明日はリサ、ふみ、私で中学の後始末を行います。それが終わったら、治安維持チームの業務は終了にしたいと思います」
「リサはもう返却してしまってもよろしいですね?」
アダムの横からリサが話しかけた。
「そうだね。明日が終われば中学校には用なしだし問題ありません。仮にリサが必要だった場合、今回みたいな急な要求はせず、準備期間が必要なことをちゃんと伝えます」
「ありがとうございます」
「では最後にひとつだけ治安維持チームにお願いしたいことがあります。これから大天井と概念基盤で話し合いは行いますが、結果はすぐ出ると思います。その報告は、私とあんずが再び常人層多目的会議棟に行き報告させて欲しいのです。恐らくは本業務はそれで完全に終了。そのあと、打ち上げでもしませんか」
「あ、いいですね」
横からふみがつぶやいた。
「そうですね。せっかくなので、最後に打ち上げをするのは良いと思います」
端末の向こうから地獄地蔵が話しかけた。
「ハルトもいいよな」
「いいっすよ」
地獄地蔵とハルトの会話が聞こえてきた。
「ありがとうございます。窓口は明日一日だけ待機でおねがいしますが、それ以降は解散で問題ありません。おそらく一週間くらい後でしょうか。結果が分かり次第、地獄地蔵の方に報告したいと思います」
それで会議は終了となり、それぞれの窓口回線が切断となった。
翌朝、リサは教室で陽子と雄太に会っていた。
「おはよう陽子。今日はね、サヨナラを言いに来たんだ」
「はぁ? さよなら?」
陽子はリサがふざけているのかと思い、バカにしたように答えた。
「さては探偵団の身元が悪の組織にバレたな?」
雄太が身を乗り出してリサに問いかけた。
「ごめんねー。雄太は神が度肝を抜くくらいの名探偵だったよ。陽子と一緒の学校生活も本当に楽しかった。でも私はこれで探偵団ともサヨナラなんだ」
「なんだよそれ」
「色々と楽しかったよ、陽子、雄太。本当は卒業まで一緒に居たかったんだけどごめんね」
リサは二人に手を振った。
不思議そうに見つめていたものの、すぐにリサから視線を外し、陽子と雄太が二人で話し始めた。そんな様子を確認したあと、リサは席から立って、廊下の方に歩き出した。
「ところでさ、陽子。なんでお前の隣の席って空いてるの?」
「知らないよー。後ろの人が詰めればいいのに」
元々リサが座っていた席を見て、陽子が言った。
「待てよ陽子。これは何か事件の匂いがする」
「また事件? あんたの推理って一回でも当たったことあったっけ」
陽子が雄太に呆れて言った。
「これはきっと失踪事件。犯人は神の仕業」
「あははは!! 雄太の推理って全部神が犯人じゃん!!」
授業のベルが鳴り、一時限目が始まる。
廊下をリサとふみ先生、アダム先生が歩く。
授業中にある教室のドアを開けて、三人が教室に入った。
しかし松本春菜以外は誰も三人を見ようとしない。授業をしている先生も、それを聞いている生徒も、三人は全く見えていなかった。
リサが笑顔で松本春菜に手を振った。だが春菜はかなり怯えているようで、そんな様子を見て顔を引きつらせていた。すぐにリサが春菜の方に近寄って抱きしめてあげた。
「よく頑張ったね。黒猫にあんなことされて怖かったでしょう?」
「ええ?」
教室にいる生徒と先生は、誰も春菜の方を向こうとはしない。
「黒猫は私たちがやっつけました。あなたが殺したと思っている人たちも全員無事です。いずれ帰ってくるでしょう」
「あ、あなた達は?」
春菜が小さな声で問いかける。その質問にアダムが答えた。
「私たち三人はlayer1から来ました。あなたを助けるために」
「layer1?」
「そう。layer1の術式を使っているため、教室のみんなには私たちが見えていないのです。そして、あなたが相手をしてきた黒猫もまたlayer1の犯罪者でした」
春菜がふみの方を見る。
「で、でも。あなたの顔は、やっぱり無い」
「何か術式を掛けられているようですね」
それからアダムは春菜を調べ、何かを操作しているようだった。
「どうですか? 顔は見えましたか?」
ふみが笑顔で手を振ってみせる。
「はい。大丈夫です」
「さて、では問題の空間転移の能力ですが。あなたが習得した能力は本物の術式なので解除することは出来ません。でも悪用されても困るので、私の洗脳能力で二度と使えないようにします。すこし手荒な方法ですが、これで松本春菜さんも日常に戻れると思います。強制的に封印することをお許しください」
「おねがいします。もうこんな能力、私は使いたくありません」
「ご協力ありがとうございます」
途中から春菜はずっと泣いていた。
「ごめんね。もう少し早く気がついていたら、あなたにはこんな思いをさせなくてよかったのかもしれない」
リサが言った。春菜は何も言えずに泣いていたものの、十分感謝しているようだった。
「それでは私たちはもう帰ります」
三人は春菜に対して何も言うことが出来なかった。
悪霊ではなく神そのものに取り憑かれた子供。そんな最悪な状況で、命があるということ自体が奇跡であった。
松本春菜の能力は封印。
後の業務は大天井サイドで継続となる。
治安維持層・分析業務では、業務が完全に終了となった。
アダムの業務が終わり、リサとふみはlayer1の分析業務室へ戻っていた。
ソファーでは、ふみの話を女の子のリサとマイが真剣に聞いていた。
「リサとマイは女性として十分魅力的だから、正直に言うと私の美容方法なんて全然当てにならないと思う」
すぐにマイがツッコミを入れる。
「一応、私は自分のレベルを理解しているつもりだよ。ふみは男性女性から関心を抱かせるよに人生をかけて研究してきた美容のエキスパートだし、リサは特殊な美貌でやってきたその筋の天才。でも私はそうじゃない。私は極めて一般的な人。だから教えてほしいの」
「そんなこと無いよね。マイはすごく可愛いよ。リサもそう思うよね」
「私、マイ大好き」
ふみとリサはしばらく顔を合わせて笑っていたが、やがてふみが佐々野に問いかけた。
「佐々野さんもそう思うよね」
「暁斗がね、女の子の会話に巻き込まないで欲しいだって」
リサの言葉を受けてから、ふみがマイに向かっていった。
「マイって本当に、本当に、すごくかわいい。ずっと見ていたいくらい」
「ということで、ふみ先生。教えて下さい」
恥ずかしそうに言ったふみの言葉を無視してマイはお願いした。
「分かったけどリサも興味があるの? 美しさではどんなに頑張ってもリサに敵わないことくらい私も知ってるよ。どちらかというとリサの美容方法にも興味があるんだけど」
ふみがリサに問いかける。
「私はふみのスタイルに興味がある。ほら、私って出るとこ出てないし、でもふみって出るとこ出ててすごい迫力あるし。どういう肉体改造をしたらそんなに足長くなるの? っていうか何なのその体、本当に本物なの?」
「本物だよ」
「触ってみてもいい?」
「あ、じゃあ私もリサに触りたい」
「ごめんなさい。やっぱりやめます」
マイも横から食いついた。
「私もふみのスタイルについては知りたい。ふみってとんでもなくスタイルいいんだけど、これって何を食べたらそうなるの?」
「分かりました。では私が幼少の頃から実施してきた美容方法、スタイル構築方法を説明したいと思います」
ふみがそう言うと、マイとリサは本気で喜んでいた。
だがふみの言葉は、二人の予想していた内容とはだいぶ違っていた。
「美容の本質は人のイメージの中に存在します」
「イメージ?」
「はい、イメージ、つまり想像力です。自分の外見というのは、自分が本当に望んている姿がそのまま反映されます。美しくなりたいのであれば、自分の望む姿を思考の中に定着させる必要があります。そのためには、まずは目標を決めること。どんな姿になりたいのかを頭の中にイメージします。そうしたらイメージを言葉で現し目標とします。目標は曖昧な表現でもいいんですが、必ず数値で決めるようにします。次に習慣を用いて時間を味方に付けることをします。なにか魔法のような、これをしていればすぐにでも良くなると行った近道は存在しません。結局は長期的な習慣と地道な努力以外に自分を変える方法は無いのです」
しばらくふみの講釈を聞いていたものの、マイとリサが望んでいたものとは程遠かった。
「例えば体重を落としたいとします。最初に目標となる体重を数値で決めます。それが決まったら、目的を実現するために何が出来るか、長期的な視点で習慣に出来ることを考えます。例えば毎日何時から何時まで外を走るとか。簡単にクリア出来るような内容を、長く続けるようにすることが大切です。分かりますね?」
ふみが色々と話し終わる。
一通り聞いたリサがふみに話しかけた。
「話してる内容が全部頭に入ってこないとは思わなかった」
「え! それってひどくない?」
「なんかさ、堕天使のおっさんと話してる時のふみと感じが同じだった」
「なんなのそれ」
横からマイが話しかけた。
「私はふみの言いたいことは分かったよ。分かったけどさ。難しそうというか、その」
「そんなこと無いと思うけど」
「あのね」
リサが二人に話しかける。
「暁斗が笑ってるんだけど、女の子の会話を聞いてる男の人をどうしますか?」
「リサは佐々野さんにやってもらえばいいんじゃないかな」
「そっか!」
マイは、ふみが言った一言を思い出していた。
『これをしていればすぐにでも良くなると行った近道は存在しません。』
(私は近道を期待してたんだろうなあ。)
それから三人はしばらく楽しく会話していた。
やがてリサが暁斗に切り替わる。
「そろそろ時間が来ました」
「あ、そうなんだ」
マイが寂しそうに言った。
「思った以上に寂しいですね」
ふみがつぶやいた。
「会えなくなるわけじゃないからさ」
リサも寂しそうにしていた。
それからリサはふみに近づいて抱きついた。
「今までありがとう。暁斗と仲良くね」
「うん、分かった」
そのあとリサがマイに抱きついた。
「今度は、私の中にマイが入ってもいいよ」
「え、そんなこと出来ないよ、たぶん」
「えへへ、暁斗にお願いしてみるね」
マイから体を離すと、リサは二人に向かって言った。
「では、今から佐々野暁斗の体に戻ってきます。リサには会えなくなりますが、また別の業務で会うこともあるでしょう。佐々野暁斗の転生は一日もあれば終わるので、明日の朝か午後には戻れると思います。それまで、分析業務室はふみにお任せします」
「わかりました。お気をつけて」
二人を後にして、リサは部屋から出て行った。
数日後、地獄地蔵から暁斗に電話が入った。
暁斗は何かに驚いていたようだが、すぐに受話器をおいた。
ソファーに座り、暁斗とふみが二人で話し合う。
「地獄地蔵長から連絡があった」
「お仕事の続きですね」
「天使層・堕天使・松桐坊主が、概念基盤に昇進したとのこと」
「はい!?」
ふみが驚いて聞き返す。
「俺もびっくりしたよ。意味がわからないよな。なんで犯罪者が昇進するんだよ、しかも大天井すっ飛ばして概念基盤になるんだよって聞き返してしまった」
「どういうことなんですか?」
「俺たちが松桐坊主と別れた後、すぐに大天井に昇進したんだそうな。それから間髪入れずに概念基盤の昇進試験を受けて合格した。そこまでは聞いた」
「そのまんまですね」
「すまないが、俺もこれ以上わからない」
ふみはまだ驚いていたようだった。
「他に聞いたこととしては、アダムが関わっていた仕事は完全に中断になったということ。詳しくはアダムの方から直接伝えたいという話を聞いている。この日、この時間に多目的会議棟に出張になるけど、ふみは大丈夫?」
「はい、もちろん大丈夫ですが」
ふみは全然納得できない表情をしていた。
そのとき、後ろのドアが開き、ハルトが入ってきた。
「おい、聞いたか暁斗」
「聞いたよ。概念基盤だってね」
「そうだよ、なにそれ?」
ハルトが問いかけるものの、誰も知っているはずがなかった。
「よく規約で概念基盤って出てきますよね」
ふみが話しかけた。
「そうだよな、俺はそれしか知らんよ」
ハルトが答えた。
「仕事を始めた時は天使層と概念基盤はいないなーって思ってたんですけどね。まさか頭から尻尾まで全部揃うとは」
「あと、layer2にlayer3だろう? ははは」
ハルトがふみに楽しそうに言った。
「ハルトはアダムの集会には参加するんだろう?」
「するよ。気になるもんね」
場所は常人層・多目的会議棟。
メンバーは全員揃っており、アダムが説明を始めた。
「内容は既にお伝えしたと思います。本業務の犯人である天使層・堕天使・松桐坊主が、layer1の最高位である概念基盤に昇進したことで、松桐坊主自体の罪が無くなりました。よって本業務は中断という結末を迎えました」
「はい」
地獄地蔵が頷いた。
「もう少し詳しく説明します。私たちが松桐坊主を逃したその二日後に治安維持チームは解散になりました。しかし松桐坊主は、すぐにlayer1に戻り大天井昇進願いを提出したとのこと。翌日に受理されていますので、かなり早いうちに大天井・大天使になっていたのです」
「大天使ってそんなに簡単になれるんですか?」
ふみが横から質問をした。
「天使層から大天井へ昇進する際には書類の提示のみで大丈夫です。唯一昇進試験がないのが大天井です」
「それは了解ですが、堕天使でも?」
「はい、堕天使というのは堕ちた天使という意味ではなく、概念基盤が制定した行政上の分類の一つであり、天使層の役割を失っていない正当な天使の役職名です。だから通常の天使と同様、大天井への昇格も出来ます。このような例は過去にも何度かあります」
「そうなんですか」
ふみは納得できないていない部分があったものの、それはほかのメンバーも同様であった。
「大天井に昇格した時点で松桐坊主の罪はクリアされるため仕事が中断となります。実はここまでは私たちも予想出来ていました。だが大天井の松桐坊主はすぐに概念基盤への昇進試験を申し込んだのです」
横からあんずが補足をした。
「ちなみに大天井から概念基盤への昇進の条件は、複数の試験官の前でのプレゼンとなります。松桐坊主は演説したそうです。自分の考えを概念基盤に伝えて認められたら昇進という流れですね。天使層昇進試験とは全然違って平和なものです」
アダムが説明を続けた。
「その概念基盤に、松桐坊主は一人で持論を説明して認められた。題名は『人の悪意と世界の統治』だそうです。分かりますか、これがどういうことか」
誰も喋らなかった。
アダムは少し悔しそうにしていた。
「松桐坊主は、自分の考えに従って犯罪行為を行っていた。あの人の最終的な目標が何かはわかりません。しかし目先の目標は概念基盤の昇進試験だったに違いありません。色んな人を傷つけている人を、私は許せずに取り締まるろうと必死だった。だが結果はどうでしょうか。松桐坊主が正義となって終わった。松桐坊主にとって、今回の犯罪は、全世界の平和を実現する上ではどうしても必要な犠牲だったとでも思っていたのでしょうか。概念基盤は犯罪者の考えが正しいと認めた。そして正義の一員として採用した。そういうことなのです。じゃあ、私のやってきたことは一体何だったんでしょうか」
アダムが下を睨みつける。
そんな様子を見ながら、あんずが話しかけた。
「アダムがやってきたことには何一つ落ち度はありません。あなたの行動は誇ってもいい。結果がどうであれ、責められることは全くありません」
少し目を閉じていたが、アダムは目を開けて、あんずに微笑んだ。
「ありがとう」
「しっかりして下さいね」
改めてメンバーの方を向いて、アダムは話を続けた。
「事件が解決したことに変わりはありません。本業務は完全に終わりました。治安維持層・分析業務のメンバーは素晴らしい活躍をしてくれました。本当にありがとうございます。これでお別れっていうのは寂しいものですが、何か縁がありましたらまた一緒にお仕事できればと思います」
「layerは違いますが同じ分析業務です。もう少し歩み寄ることはできるのかもしれませんね」
地獄地蔵がアダムに言った。
「そうですね。それは面白そうかもしれません」
アダムの終結宣言より、本業務は完全に終了となった。




