強制昇進試験2
次は変態殺人鬼の女性。
「瀬戸さんは、中学を実質中退した後、現在18歳になるまで、色んな人と性関係を持っては、その人たちを殺していますね。老若男女さまざまだ。殺害リストがこれになります」
同じように紙袋から書類を取り出して、それを瀬戸に渡す。
「やめてよ」
「人数があまりに多い」
「どうしてなの。今まで警察だって欺くことができてたのに。そんな証拠があるなら、なんで今まで私を放置してきたの? とっとと捕まえて殺すなりすれば良かったじゃない!」
頭を抱えて下を向きながら、吐き出すようにつぶやいた。
「あなたの罪を裁くことが目的ではありません。逆に、あなたの殺人の能力が非常に優れている事をお伝えしたくてここにいるのです。そしてその優れた能力は、layer1に認められたのです」
「認められた?」
顔を上げて佐々野の方を見るものの、その表情は相変わらず鋭い。
「書類には殺害した人の他、殺害した手口の詳細が載っています。その手口が実に巧妙で計画的だ。とても凡人が出来ることではないし、殺害を何度も行っているにも関わらず、誰一人あなたの犯行に気がつかなかったというのも素晴らしい。layer1ではこのように人智を越えた能力を持った人にはlayer1に昇進してもらうような義務を課しているのです」
「昇進? 義務? どういうこと?」
「これから試験をしてもらいます。合格したらlayer1で働いてもらいます。失敗したら死にます」
しばらく反応がなく止まってしまったが、やがて佐々野の方を向く。
「なるほど。わかったよ」
素直に頷いて笑ってみせる。本当に分かったのだろうか、と佐々野は思ったものの、このような反応をする試験者は珍しくはなかったため聞き流した。
登山道具の中をみてじっと固まる。一分ほど沈黙した後佐々野に問い合わせた。
「ケモノって言うのは、どれくらいのサイズ?」
「二メートルから以上の大型が多いです」
「うん」
また一分ほど沈黙する。だがすぐ動き出して黙々と作業を始める。
「佐々野さん」
「はい」
「ケモノって美味しい?」
初めてのおかしな質問に戸惑いつつも、冷静に解答をする。
「はい。ケモノはヒグマをベースに人工的に作られたものです。味自体はクマと同じだと考えても良いでしょう」
「私の肉も美味しいのかな」
「人は何度か食べたことがありますが、私は好きではありませんでした」
少し驚いたようで、作業をやめて佐々野の方を向きなおして話しかけた。
「え、佐々野さんは人を食べたことがあるの?」
「あります」
佐々野が何気なく言うものの、瀬戸はかなり驚いていた。
「そうなんだ、あるんだ。私は人を沢山殺してきたけど食べたことはなかった。たぶん私はまずいと思う。だから食べられちゃいけないんだ」
「そうですね。絶対に試験を合格しましょうね」
瀬戸が準備を済ませてから、二人が部屋から出る。佐々野はすぐにドアにカギを掛けた。
「あれがケモノ?」
遠くではいつものように、すでに獲物を待ち構えているようであった。
「そうです。遠くに三匹いますが、今までの経験から、すぐにここに来ると思います」
「・・・」
また瀬戸はしばらく沈黙した。佐々野がそんな様子を見て、最初は瀬戸が悲しんでいると思っていた。しかし、どうも何かを考えているようであった。
「佐々野さん、ゴールはどれくらいかかるの?」
「20日かかるとは聞いています」
「私、生理が来るんだけど」
「あらかじめ瀬戸さんの体は、試験中は月経機能が止まるように調整させてもらっています」
「そう」
返答が終わる前に瀬戸は動き出した。
近くにある木まで走って行き、枝を切って武器を作っているようだった。先端を尖らせた棒を三本作ってザックに引っ掛けるようにして持った。三匹のケモノが近づくと瀬戸は何の恐怖も持たず、冷静に木の上に登っていった。
佐々野は前回の試験者であるジンの行動を思い出していた。
「私、木登り得意なんだー」
遠くから佐々野に語りかける。佐々野がその様子を近くで見続けた。ケモノが佐々野の方に近づいても、瀬戸意外に興味を示すことはなかった。
そして、ケモノが瀬戸の方に登って行っても、それを予期しているようで慌てることはなかった。ただ静かに木登りをして近づいてくるケモノを見つめ、ある程度近づいたとき、木の上からケモノの目にめがけて棒を突き刺した。
佐々野には何をしていたのかよく見えていなかった。だがケモノが木から転げ落ちると、太い鳴き声を響かせながら、三匹とも走ってどこかへ行ってしまった。
するすると木から降りてきて一言。
「方向は?」
歩いている間、瀬戸はよく佐々野に話しかけた。
「佐々野さんって奥さんはいるの?」
「いません」
「じゃあずっと独身?」
「いえ、何年か前に妻とは死別しました」
「そう」
またしばらく沈黙して歩く。そして思い出したように話をする。
「佐々野さん、さっきのケモノの対応、どうだった?」
「素晴らしかったです。大抵の人はあそこで死にますので」
「百点満点?」
「そうですね」
「えへへ。嬉しいな」
喋っている分だけ疲れるのではと思っていたが、瀬戸なりの気持ちの整理方法のようであった。
「そろそろ日が暮れるけど、眠るときはどうすればいい?」
「野宿しかありません」
「佐々野さんはどうするの?」
「私は多分起きてますし、少なくとも瀬戸さんが起きているときは寝ないようにしています」
「私はどうやって寝ればいい?」
「それはご自分で判断するしかありませんが、過去の事例から見ると木の上で寝るのがいいようです」
「そうだね。だとしたらもうひと工夫必要かな」
夕暮れが近づくと、見晴らしのいい場所に大きな木が立っているところで足を止めた。ザックから糸を取り出し、鈴を付けて木の上にぶら下げる。ケモノが来ても目覚められるようにする為の工夫であった。
荷物を全部持って木にのぼり、枝に抱きついた。
「こんな所で寝るの初めてなんだけど。虫とかいやだな」
樹の下にいる佐々野に笑顔で問いかけた。
「晩ごはんはどうしますか?」
佐々野が上を向いて問いかける。
「今日はなし。明日、佐々野さんに食べられるものを教わりながら進む」
「そうですか」
それから瀬戸はすぐに就寝したようだった。ケモノが来ることもなく、夜は何事もなく過ぎ去り、そして辺りは明るくなり始める。
佐々野はそんな様子に驚いていた。うまく行きすぎているからであった。
ケモノ三匹に出会っても冷静に対処して追い払う。その方法は非常に不完全であったものの何故かうまく行った。それから道中は何事も無く、夜にケモノに襲われることもなく就寝する。全く派手なイベントは無かったことが、逆に異常事態だと感じて驚いていた。
翌日。
木の上の瀬戸は、明るくなる前に起きだして、そしてすぐに出発した。
「ケモノは明け方から昼にかけて動きが活発になります。朝方は十分お気をつけて」
「おはよう佐々野さん。がんばるよ」
瀬戸ふみの2日目。
朝方はほとんど会話がないまま、ただひたすら歩いていた。しかし突然歩みをやめてしばらく止まっていた。
「においがする」
瀬戸が突然つぶやいた。佐々野は何かに気がついたように、瀬戸の方を見た。そんな佐々野の様子を、瀬戸はずっと凝視していた。
佐々野は瀬戸の声が来る前から、ニオイのもとがケモノであることに気づいていた。そしてケモノのいる方向に意識を集中させていたのだが、そんな佐々野の様子を瀬戸が盗み見していた。
すぐに瀬戸が近くの木に登った。やがてケモノが現われて、瀬戸めがけて木の上に登って行ったが、前日と同じように、瀬戸はかなり正確に目と鼻を突き刺して追い出していた。
危険を回避した瀬戸が木から降りてくる。
「瀬戸さん、私の反応を見てましたね?」
と佐々野が問いかけた。
「ダメ? やっぱり反則かな」
「私の反応を見て危険を察知したという事自体は、とても褒められることです。でも次に瀬戸さんに同じ行動をとられないよう、私が何か対策をしなければなりません」
「あはは、ごめんね。でもケモノのにおいは、結構前から気がついてたんだよ」
「そうですか」
「今の私は百点だった?」
「はい。でもペースは少し上げたほうがいいと思います」
「それがきついんだよね」
これほどまで順調に進めた人を、佐々野は知らなかった。ケモノをうまく対応していた人は過去にもいたが、今の瀬戸には精神的な余裕がある。そのことが佐々野を驚かせていた。
しかしこの先はどんどんと道が荒れてくるため、大抵の人は疲れ果ててしまう。だからこそ現段階で順調であることを認めても、合格できるかどうかは分からなかった。
それから数時間。道順を聞くこと以外は、瀬戸から発せられる言葉はない。一日目とは違い、大分肉体疲労にやられているようであった。
「佐々野さん」
「はい」
「足が痛くて動けない。おぶってもらえます?」
少し息切れを起こしているものの、瀬戸はまだ佐々野に笑顔で問いかけることができていた。
「残念ですがそれは無理です」
「そうですよね。仮に私が一時間休んだとして、挽回は可能ですか?」
「まだ致命的ではありませんが、ペースとしてはかなり遅いので、どこかで無理をしない限り時間切れです」
「そう」
瀬戸はその場で座り込んで、一分ほど動かなかった。以前の反応からしても、休憩というより考えているのだろうと佐々野は考えていた。
「ダメ」
時々独り言をつぶやく。
「ダメだね」
「瀬戸さん。どうしました」
「黙って」
十分ほど座り込んでから立ち上がり、また無言で歩き出した。佐々野はそんな様子を見ながら、瀬戸は今まで接してきた人と、何かが大きく違っていることに気が付き始めていた。今まで瀬戸が取り乱したのは、佐々野が最初に大量殺人を指摘したときのみ。それからはケモノに合おうが、足を痛めようが、自分のペースを乱すことはなかった。
歩いているうちに、気持ちの整理がついたのか、佐々野に頻繁に話しかけるようになる。
「この草は食べられるんだっけ」
「猛毒です。根を食べたらすぐに死にます」
「これは食べられるんだよね」
「はい。中に虫がいる可能性がありますので注意して下さい」
「佐々野さんは食べないの?」
「私は試験官として訓練を受けている人間ですので、あまり食べる必要はないのです」
「そう。常にダイエットだね」
「試験官の時だけですので」
時間的には全く余裕はないのだが、瀬戸は頻繁に休憩を入れていた。
「瀬戸さんは、このようなサバイバルの経験があったのですか?」
「いいえ。私にはサバイバルの適正が無いから、この試験内容に決まったのでしょう? それは佐々野さんの資料に書いてあると思いますけど」
今までの態度とは変わり、笑顔はなく冷たい声色で佐々野に言った。
わかりきったことを言わせるな、そんな瀬戸の声が佐々野には聞こえてきたようであった。
「すみませんでした。ただ、瀬戸さんがあまりにもスマートに物事を進めるため、正直驚いています」
「そうですか。でも時間的な余裕はないと聞いてますけど」
「ありません」
沈黙する。やがて瀬戸が立ち上がり、無言で歩みを始めた。
しばらくすると川が見えてきた。川辺に近寄り、そこで水を飲み、水筒に水を補給した。
「わかってはいると思うけど」
瀬戸が川の方を見ながら話しかける。
「なんでしょう」
「足が痛くて動けない」
その場で靴と靴下を脱ぐ。足の小指は赤く染まっていた。
「更に言うと、膝も痛くて動かない。普段歩いていないと、山道ではたった一日でこうなってしまうんだね」
足をさすりながら更に会話を続ける。
「更に更に言うと、歩かなければ殺されるんでしょう?」
「そうなります」
「そんなのってひどいけど。私が言えることじゃないよね」
結局、その場で夜を明かすことになる。寝場所は昨日と同じように、近くにある木の上を寝場所にしていた。瀬戸はその夜、一言も喋らなかった。
三日目。
何事もなく夜が終わり、そして周囲は明るくなる。瀬戸はすぐに起きて、川で顔を洗って出発する準備を始めた。
「眠れていないようですね」
佐々野が話しかける。
「・・・」
瀬戸から答えはない。苛立っているのだろうと感じて、佐々野は何も言わなかった。そんな空気を読んで、瀬戸が笑顔を作り弁解する。
「ごめん。佐々野さんには笑顔で対応したいんだ。私の笑顔を見てくれる、最後の人かもしれないからね」
佐々野は余計に何も言えなくなった。
「本日は一匹にもケモノに襲われないことが目標」
「やはり避けてたんですか。どうやったらケモノを避けることが出来るんですか?」
「なんとなくだよ」
すぐに歩みを始める。靴擦れの対策はできているようで、スムーズに歩みを進めることができているようであった。だが日が完全に昇り、昼近くになると瀬戸の状態が急変する。
「佐々野さん。足が痛くて動けない」
ずっと足を引きずって歩いていた。山道は更に足場が悪くなってきていた。
「佐々野さんにはあらかじめ言っておくけど、致命的なまでに時間が遅れても、私は必ず取り戻してみせる。だから心配しないでね」
「何か戦略でも?」
「無いよ」
瀬戸はほとんど何も喋らず、ただ必死に足を動かしていた。ケモノを避けているためか、かなりおかしな道を通っていくため、距離は稼ぐことは出来ず辺りが暗くなってしまった。食料は木の実と山菜を生で食べていた。不思議と下痢などの症状は起こしていないようであった。
その日、ケモノには遭遇しなかったものの、かなり短い距離で就寝した。常時気を貼り続けて疲労が溜まっているようではあったものの、夜中もまともに寝ている様子はなかった。
四日目。
明るくなるとすぐに木から降りてきて、すぐに支度の準備を始める。佐々野はそんな瀬戸の様子を見ていたが、地面に足をつけると瀬戸がすぐに話しかけた。
「佐々野さん」
「はい」
「ケモノって美味しい?」
「味はクマそのものですので美味しいですし、栄養にもなります」
「佐々野さんはクマのさばき方を教えてくれる?」
「クマの死体さえ用意できれば、それは可能です」
「そう」
たぶん瀬戸はケモノを仕留めて食料にしようとしている。そんな事をしようとした人が今までいただろうか。佐々野はそんなことを思っていたのだが、だがすぐに心当たりに気がつく。それは佐々野本人であった。
歩みを進めると、すぐにケモノに遭遇した。瀬戸は明らかに自分から会いに行っていた。姿を確認すると、今までどおり木に登り待つ。それを瀬戸追ってクマも獲物を食べようと登ってくる。今までは木の棒で顔を突き刺していたが、今回はザックから燃料ボトルを取り出してケモノの顔に浴びせ、すぐマッチで火をつけて炎上させた。
ケモノの全体が炎に包まれる。そんな様子を、瀬戸はずっと木の上からずっと見ていた。木に燃え移ることはなく、ケモノはすぐ下の地面で暴れまわっていたが、やがて弱って横たわった。
瀬戸が木から下に降りる。とどめを刺そうと、あらゆる場所を木の棒で突き刺そうしていたが、すぐにケモノは動かなくなった。
「佐々野さん」
佐々野の方を見る。佐々野はただ驚いていた。ガソリンストーブの燃料を使ってケモノを燃やした人は、瀬戸が初めてだったからだ。
「ガソリン無くなっちゃった」
「瀬戸さん、すごい。これは合格できるんじゃないですか?」
「ぬか喜びしちゃいますよ。でもその前に朝ごはんにしたいです。佐々野さんも食べます?」
「量が多そうですので、いただきます」
その返答には瀬戸も驚いた。
「一人じゃ食べきれないのでどうぞ。でも、てっきり断られるかと思っちゃった」
佐々野はすぐ近くの木々を集めて火を起こし焚き火を作る。近くの木の枝ナイフで切りつけて串を作り瀬戸に渡す。
すでに絶命しているケモノの腹をナイフで裂き、内臓を取り出して簡単な下処理を行う。肉を取り出して食べやすい形状にして串に刺していき、それを焚き火にあてた。
「私に協力してもいいんですか? 反則で怒られちゃいません?」
「獲物自体は瀬戸さんが自力で仕留めました。私は瀬戸さんの好意に甘えた形になります。だから私はお手伝いとして肉を調理しました。誰も瀬戸さんに反則などと言うことは出来ないと思いますし、私はそう主張します」
二人はケモノの肉と心臓を食べた。かなりの量を食べたのだが、肉はまだ沢山あまっていた。
ある程度食事が落ち着いた所で、瀬戸が佐々野に話しかけた。
「これで私のケガが癒えてくれるとスピードアップできるはず。肉を食べただけでケガが治るのかはわからないけど、明日まで私の命があるならば、もう少し歩けるようになるはず。残念なのはガソリンを全部使ってしまったこと」
「計算の上の行動だったんですか」
「計算なんて上等なことはしていません。それにスピードアップできた所で、たぶんゴール到達まで何か一つ足りないように思える。たぶん、今のままだと私は死ぬかも」
瀬戸の予感はあたっているのだろうと佐々野も考えていた。
五日目。
瀬戸と佐々野が並んで歩く。瀬戸の体調は足以外は問題なく、歩き始めは元気があるため、佐々野に話しかけて進んでいた。
「まる二日遅れとなります」
佐々野が言った。
「以前、五日まで生き残った人はどんなペースだった?」
「それが意外に早く、逆に二日ほど進んでいました」
「どうして死んだの?」
「崖から飛び降りて死にました。緊張が限界に達して自殺したのかと思っています」
「ああー、まあ」
そこで会話は途切れる。
その日は瀬戸が話すことはなかった。足は痛そうにしていたものの、ペースは昨日より早くなっていた。遅れを取り戻すまでは行かないものの、順調に足を進めており、ケモノに出会うことも無く、その日を終えた。




